Rain after Five

春夜夢

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駅前は朝の通勤ラッシュでにぎわっていた。
人の波に押されながらも、陽翔と蓮はいつも通り肩を並べて歩いていた――
はずだった。

「……ちょっと急がないと、遅れそう」

「……俺は別に」

蓮の返事は、いつもより少しだけ淡々としていた。
その温度の違いに、陽翔の胸の奥がわずかにざわつく。

(……あれ、なんかいつもと違う)

並んで歩いている距離も、ほんの少しだけ遠い。
握っていたはずの手も、今日は自然と離れていた。

「……ね、なんか今日、元気ない?」

「別に」

「……」

「ほんとに別に」

声はいつも通りなのに、
蓮の視線は前ばかりを見ていて、陽翔の方を見ようとしない。
たったそれだけのことなのに、
陽翔の胸に、じんわりと冷たいものが広がった。



「……俺、なにかした?」

「別に」

「“別に”ってさ、なんか怖いんだけど」

「……怖ぇってなんだよ」

「……だって、いつもと違う」

蓮が歩調を変えなかったため、
いつの間にか二人の間に小さな距離ができていた。
ほんの数歩。
でも、朝のざわめきのなかでは、その距離がとても遠く感じた。

「……」

「……」

沈黙が、思っていたよりも重くのしかかる。
こんなときに、どう声をかければいいのか――
恋人だからこそ、余計に難しかった。



信号待ち。
赤信号の前で立ち止まると、ふたりの間に通勤客がすっと入り込んだ。
その瞬間、陽翔の心に“ほんの小さな痛み”が走る。

(……こんなことで、こんなに胸が痛くなるなんて)

(俺、ほんとに……この人が好きなんだな)

「……なあ」

蓮が、ようやく口を開いた。
声は低くて、でも少しだけ不器用な響きを帯びている。

「……別にお前が悪いわけじゃねぇ」

「じゃあ……なに?」

「……ただ、ちょっと考え事してた」

陽翔は目を瞬いた。
予想外にあっけない理由。
でも――その“ちょっと”が、自分にとっては大きなものだったのだと気づく。

「……なんだ、そういうこと」

「……悪ぃ」

蓮が、ほんのわずかに顔を陽翔の方へ向ける。
その目に、さっきまでの硬さはなかった。

「……あのね」

「ん」

「俺ね、蓮さんの“ちょっと”を、ちゃんと感じ取っちゃうくらいには……すき」

「……バカ」

「うん。でも、そういう俺のことも、ちょっと覚えといて」

蓮は小さく息を吐いて、ふっと目を伏せた。
ほんの一瞬だけ、指先が陽翔の手を探る。
人波のなかで、ふたりの指がまた触れ合った。

「……お前って、ほんと……めんどくせぇ」

「うん。知ってる」

「……でも、嫌いじゃねぇ」

「っ……いまの、ずるい」

蓮の言葉に、胸の奥にたまっていたもやがふっと軽くなる。
小さなすれ違いは、ほんの少しの言葉と、指先のぬくもりで解けていった。



駅を抜けて歩くふたりの距離は、
いつのまにかまた、昨日と同じようにぴたりと寄り添っていた。

「……なあ」

「ん?」

「こういうの、ちょっと苦手だけど」

「うん」

「……ちゃんと、お前の顔見て言うの、悪くねぇな」

陽翔の胸があたたかく鳴る。
ほんの小さなすれ違いがあった朝が、
少しだけ、昨日より深い関係に変わっていた。

🕊️ 第38話 予告:「いつもと同じ、でも違う」
すれ違いの朝を経て、ふたりの空気は少しだけ変わる。
“当たり前”の時間に、恋人としての信頼とやさしさが深く刻まれていく――。
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