38 / 81
38
しおりを挟む
駅を出たとき、
空の色はいつもとまったく同じで、
通りを行き交う人の流れも変わらなかった。
けれど、陽翔の胸の奥は、ほんの少しだけ違っていた。
蓮と少しすれ違って――ちゃんと、向き合って――
それでも今、こうして隣を歩いている。
(……たぶん、これが“恋人”なんだろうな)
「……おい」
蓮が、無言で陽翔の肩を軽くつついた。
それだけの小さな仕草なのに、胸の奥に甘い音が鳴る。
「……なに?」
「ボケっとして歩くな」
「ん~、ちょっと、しあわせ噛みしめてた」
「……は?」
「今、蓮さんが横にいるの、ちゃんと感じてたの」
「……バカか」
「うん、バカでいい」
蓮は小さく息を吐いて、肩をすくめた。
けれど、歩くペースをわずかに落として、陽翔の歩幅に合わせる。
そんな何気ない仕草が、たまらなく優しい。
*
人混みを抜けた角で、
蓮の手がふと陽翔の指先を探してきた。
朝の街のざわめきのなかで、その動きだけが静かで、丁寧だった。
「……手、冷てぇな」
「蓮さんのがあったかいだけでしょ」
「……知らねぇよ」
それでも、蓮はそのまま陽翔の手を包んで離さなかった。
昨日までも同じように歩いていたはずなのに、
この瞬間だけは、少し世界が違って見える。
「……ねえ」
「ん」
「こういうとこ、好き」
「……バカ」
「でも“嫌いじゃねぇ”って顔してる」
「……してねぇ」
「うそ、してる」
蓮は視線を前に向けたまま、
ほんの少し、口の端を上げた。
そのささやかな笑みに、陽翔の胸が温かくしびれる。
*
事務所の扉の前まで歩いてきたとき、
蓮は何も言わずに陽翔の髪を軽くくしゃっと撫でた。
たったそれだけで、今朝の“もや”が完全に溶けていく。
「……なに、それ」
「なにが」
「今の……“好き”が出てた」
「出てねぇよ」
「出てたって」
「……うるさい」
言い合いながらも、二人の顔には自然と笑みが浮かんでいた。
さっきまでの空気が、まるで嘘みたいにやわらかい。
(……ちゃんと話して、ちゃんと戻れる)
(この関係、きっと強くなる)
*
事務所に入る前、
陽翔が少しだけ蓮の袖を引いた。
「……ねえ、蓮さん」
「ん」
「朝、ちょっと寂しかったけど……今は大丈夫」
「……そうかよ」
「うん。好きな人が、ちゃんと隣にいるから」
蓮はため息をひとつ吐いて、
目をそらしながら小さく呟いた。
「……お前、ほんとうるさい」
「でも、手、離してないでしょ?」
蓮の手が、握ったままの陽翔の指をわずかに強くした。
それだけで、陽翔は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
🕊️ 第39話 予告:「午前の静かな時間」
すれ違いを越えたあとのふたりの空気は、
いつもの仕事時間にもやさしく滲んでいく。
静かな午前中――視線を交わすたびに、想いが積み重なっていく。
空の色はいつもとまったく同じで、
通りを行き交う人の流れも変わらなかった。
けれど、陽翔の胸の奥は、ほんの少しだけ違っていた。
蓮と少しすれ違って――ちゃんと、向き合って――
それでも今、こうして隣を歩いている。
(……たぶん、これが“恋人”なんだろうな)
「……おい」
蓮が、無言で陽翔の肩を軽くつついた。
それだけの小さな仕草なのに、胸の奥に甘い音が鳴る。
「……なに?」
「ボケっとして歩くな」
「ん~、ちょっと、しあわせ噛みしめてた」
「……は?」
「今、蓮さんが横にいるの、ちゃんと感じてたの」
「……バカか」
「うん、バカでいい」
蓮は小さく息を吐いて、肩をすくめた。
けれど、歩くペースをわずかに落として、陽翔の歩幅に合わせる。
そんな何気ない仕草が、たまらなく優しい。
*
人混みを抜けた角で、
蓮の手がふと陽翔の指先を探してきた。
朝の街のざわめきのなかで、その動きだけが静かで、丁寧だった。
「……手、冷てぇな」
「蓮さんのがあったかいだけでしょ」
「……知らねぇよ」
それでも、蓮はそのまま陽翔の手を包んで離さなかった。
昨日までも同じように歩いていたはずなのに、
この瞬間だけは、少し世界が違って見える。
「……ねえ」
「ん」
「こういうとこ、好き」
「……バカ」
「でも“嫌いじゃねぇ”って顔してる」
「……してねぇ」
「うそ、してる」
蓮は視線を前に向けたまま、
ほんの少し、口の端を上げた。
そのささやかな笑みに、陽翔の胸が温かくしびれる。
*
事務所の扉の前まで歩いてきたとき、
蓮は何も言わずに陽翔の髪を軽くくしゃっと撫でた。
たったそれだけで、今朝の“もや”が完全に溶けていく。
「……なに、それ」
「なにが」
「今の……“好き”が出てた」
「出てねぇよ」
「出てたって」
「……うるさい」
言い合いながらも、二人の顔には自然と笑みが浮かんでいた。
さっきまでの空気が、まるで嘘みたいにやわらかい。
(……ちゃんと話して、ちゃんと戻れる)
(この関係、きっと強くなる)
*
事務所に入る前、
陽翔が少しだけ蓮の袖を引いた。
「……ねえ、蓮さん」
「ん」
「朝、ちょっと寂しかったけど……今は大丈夫」
「……そうかよ」
「うん。好きな人が、ちゃんと隣にいるから」
蓮はため息をひとつ吐いて、
目をそらしながら小さく呟いた。
「……お前、ほんとうるさい」
「でも、手、離してないでしょ?」
蓮の手が、握ったままの陽翔の指をわずかに強くした。
それだけで、陽翔は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
🕊️ 第39話 予告:「午前の静かな時間」
すれ違いを越えたあとのふたりの空気は、
いつもの仕事時間にもやさしく滲んでいく。
静かな午前中――視線を交わすたびに、想いが積み重なっていく。
0
あなたにおすすめの小説
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
寂しいを分け与えた
こじらせた処女
BL
いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。
昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。
カフェ・コン・レーチェ
こうらい ゆあ
BL
小さな喫茶店 音雫には、今日も静かなオルゴール調のの曲が流れている。
背が高すぎるせいか、いつも肩をすぼめている常連の彼が来てくれるのを、僕は密かに楽しみにしていた。
苦いブラックが苦手なのに、毎日変わらずブラックを頼む彼が気になる。
今日はいつもより温度を下げてみようかな?香りだけ甘いものは苦手かな?どうすれば、喜んでくれる?
「君の淹れる珈琲が一番美味しい」
苦手なくせに、いつも僕が淹れた珈琲を褒めてくれる彼。
照れ臭そうに顔を赤ながらも褒めてくれる彼ともっと仲良くなりたい。
そんな、ささやかな想いを込めて、今日も丁寧に豆を挽く。
甘く、切なく、でも愛しくてたまらない――
珈琲の香りに包まれた、静かで優しい記憶の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる