Rain after Five

春夜夢

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夜の街は昼間の喧騒が嘘みたいに静かで、
アスファルトの上を踏みしめる靴音が、やけに響いていた。
街灯の明かりがぽつぽつと道を照らし、
ふたりの影を細長く伸ばしている。

「……夜風、気持ちいいね」

「……さっきまで“寒い”って言ってたの誰だよ」

「だって、ごはん食べたらあったかくなったんだもん」

「……バカ」

陽翔はちょっとふてくされたように口を尖らせたが、
蓮はそれを気にした様子もなく歩き続ける。
ただ――歩幅は自然と陽翔に合わせて、ゆっくりになっていた。

(……この帰り道、なんか好き)

昼間とは違う、夜の空気。
静かだからこそ、隣にいる人の存在が、
いつもよりずっと近くに感じられる。



「ねぇ、蓮さん」

「……ん」

「今日もいろいろあったけど……こうして隣にいると、なんか全部どうでもよくなる」

「……」

蓮は横を向かないまま、
ほんの少しだけ指先を動かした。
ポケットの中で、
陽翔の手をそっとつかむ。

「……っ」

突然のぬくもりに、
陽翔の心臓が跳ねた。

「な、なに……」

「寒いって言ってたの、お前だろ」

「う、うん……」

「だったら、黙ってろ」

「……うん」

蓮の声はそっけないのに、
その指先の温度は優しかった。
夜風の冷たさと対照的に、
手の中だけがじんわりとあたたかい。



夜道を歩くふたりの靴音が、
カラン、コロンと軽く響く。
遠くで聞こえる車の音も、
この時間の静けさを邪魔しなかった。

陽翔は少し顔を上げて、
夜空を見上げる。
雲の切れ間から、
星がぽつりと光っている。

「……あ」

「なに」

「星、見えるよ」

「……別に珍しくもねぇだろ」

「そうだけどさ。……一緒に見ると、ちょっと違うじゃん」

「……バカ」

「でも、ほんとに」

蓮は空を見上げることもせず、
ただ陽翔の手を握る力を少しだけ強くした。
それだけで十分伝わる。
“ちゃんと隣にいる”ってことが。



「ねぇ、蓮さん」

「なんだ」

「今日、いい日だった」

「……なんで」

「ごはんも一緒で、帰り道も一緒で……
 こうして話してるだけで、十分いい日になる」

「……バカ」

「うん、バカでいい」

陽翔が小さく笑うと、
蓮はちらっとだけ彼の方を見た。
街灯の明かりに照らされた横顔は、
柔らかくて、少し照れているようにも見えた。

(……この顔、ずるい)

「……なにニヤニヤしてんだ」

「え、べつに~」

「……気持ちわりぃ」

「ひどい!」

「……」

「でも、好き」

「……あ?」

「今、言いたくなったの」

蓮はため息をひとつついて、
視線を前に戻した。
でも――ポケットの中で握った手は、
離さないままだった。

夜風が吹き抜けても、
そのぬくもりは、しっかりとふたりをつないでいる。

🕊️ 第74話 予告:「帰り道の“ただいま”」
夜道を歩いたあと、家の前で交わす“ただいま”と“おかえり”。
何気ないその言葉が、
ふたりの一日をあたたかく締めくくる時間になる――。
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