伯爵令嬢の逆転劇

春夜夢

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第8話:婚約者候補たちの影

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 「薔薇の円卓会」での鮮烈な存在感を示したクラリス・エルフォード。
 それからわずか三日――彼女のもとには、複数の名家から“正式な縁談の打診”が届いていた。

「公爵家が三件、侯爵家が二件、そして……王家に近い男爵家からも」

 侍女ミーナが読み上げるたびに、クラリスはわずかに眉をひそめた。

「……ふぅん、やはりね。私を“自由な女”として放ってはおかないということかしら」

 縁談。それは表向きの結婚話に見えて、実際には“取り込む”ための政略。
 クラリスの名声を手に入れたい家々が、競って動き始めていた。

「ですが、これはこれで……好機かもしれませんわね」

 あえて乗るか、断るか。選択権は、彼女自身にある。

 そんな折――王都で開かれた文芸会に、クラリスは一人で顔を出していた。
 堅苦しい社交の場よりも、こうした趣味人の集まりのほうが、意外と本音や思惑が透けて見える。

 会場に入ってすぐ、その視線が一人の青年に引き寄せられた。

 漆黒の髪に淡い青の瞳。軍服にも似た整った正装に身を包み、誰とも群れず、ただ静かに詩集を手にしていた。

(……見覚えがある)

 クラリスが記憶をたぐるよりも早く、彼がこちらに気づき、歩み寄ってくる。

「久しいな、クラリス・エルフォード嬢」

 その低く通る声に、胸の奥がざわついた。

「あなたは……まさか、レオン・カースウェル?」

「そのまさか、だ」

 レオン・カースウェル。侯爵家出身にして、かつてクラリスと婚約の噂が流れた青年。だが本人の希望により海外留学を選び、話は立ち消えとなった。

「お噂はかねがね。まさか王都に戻られていたとは」

「君がここまで名を上げているとは、驚いた。……当時の君は、父親の庇護のもとに閉じ込められた“人形”だったからな」

「随分と……率直な物言いですこと」

「だから、気になって仕方なかった。あの人形が“本当に目を覚ました”のかどうか、確かめたくて」

 挑むような視線。
 だがクラリスも、負けずに笑みを返す。

「では、よくご覧になって。今の私は、どんな糸もつけられていないわ」

 そう言って、すれ違いざま、彼女はレオンの袖を指で軽く撫でるように触れた。

 レオンは少し驚いたように眉を上げ、そして口元を緩める。

「……やはり面白い。どうやら、君を見過ごすには惜しい存在になってしまったようだ」

「それはどうかしら。私は今、“自由”を謳歌しているの」

 文芸会の静かな空気のなか、周囲の視線も気にせず二人は言葉を交わした。
 その姿に、また新たな噂の種が撒かれ始める。

(レオン・カースウェル……彼は、単なる婚約候補ではないわ。私にとって、“過去”を象徴する存在)

 けれど今の私は、過去の延長線上にいるのではない。
 自分の足で未来を選び、立ち向かう“意志”を持っている。

(この縁談……乗る価値があるかもしれない)

 逆転劇は、さらなる深みへ――。
 そして、真にふさわしい“未来の伴侶”を巡る駆け引きが、今静かに幕を開ける。
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