伯爵令嬢の逆転劇

春夜夢

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第9話:旧き縁、新たな火種

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文芸会の翌日。クラリス・エルフォードの屋敷には、早朝から一通の手紙が届けられていた。差出人は――レオン・カースウェル。

「“昨日の続きを、改まって話したい”。ずいぶん、直球ですこと」

 扇子を手にしながらも、クラリスの表情にはわずかな戸惑いが浮かんでいた。

 彼とは確かに“未遂の縁談”があった。だが、当時の彼は何の前触れもなく留学を選び、ただ一言の説明も残さなかった。

(あのとき、父は激怒していたわ。私も、まるで玩具のように捨てられた気がした)

 だが、今のクラリスは“過去に囚われた令嬢”ではない。

 その日の午後、彼女は王都の一等地にある老舗のティールームで、レオンと再会した。

「来てくれて嬉しい。だが、正直少し意外だった」

「理由も知らされずに去った方が、いきなり手紙を寄こすのですもの。理由を問い質すのは当然でしょう?」

 クラリスの言葉に、レオンは苦笑した。

「当時、僕には“家の内情”が見えてしまっていた。エルフォード家との縁談も、あのまま進んでいれば……君が、ただ政略の駒にされる未来しか見えなかった」

「それで勝手に“去る”という選択を?」

「ああ。君があの頃、何も知らないまま嫁いでいたら……今の君は生まれてこなかったと思った」

 その言葉は、不器用な優しさにも聞こえた。
 けれど、クラリスは静かに首を振った。

「その判断が間違いだったとは言いません。けれど……私を“守る”つもりで何も言わずに離れたこと、それは私の誇りを深く傷つけたのです」

「……すまなかった」

 レオンは素直に頭を下げた。その姿勢は誠実で、演技ではないと感じられた。

「でも今、僕は改めて君を選びたい。君を“守る”のではなく、君と“並び立つ”存在として」

 その言葉に、クラリスはわずかに目を見開いた。

「私にとって、結婚とは“庇護”ではありません。対等であること。お互いに利益をもたらす関係であること。――それが私の条件ですわ」

「ならば、なおさらだ。僕は“条件にかなう男”であると証明してみせる」

 彼の瞳には真剣な光が宿っていた。

(……変わったのね、レオン)

 心の奥にしまっていた“昔の痛み”が、少しだけ和らいでいくのを、クラリスは感じていた。

 しかし同時に――

 その夜、クラリスのもとに届いた別の使いが、心を波立たせる。

「“カースウェル家との縁談は不穏な噂がある”と、王宮内部でささやかれております」

 密偵が持ち帰った報告書には、レオンの父が最近、王政派の重鎮たちと距離を置きつつあるという不穏な情報が並んでいた。

(……つまり、カースウェル家が“政争”の渦に巻き込まれようとしている?)

 クラリスは、書類を机に置き、そっと窓の外を見つめた。

 穏やかな春風の夜。だが、社交界の空気には確かに――新たな“火種”の匂いが混じり始めていた。

(彼の想いは本物。でも、それだけでは動けない。私は今、どの縁を手に取り、どれを切るかを選ぶ立場にあるのだから)

 そして決意する。
 次に彼と会うとき――それは「過去の清算」ではなく、「未来の選別」として。
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