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第10話:宰相家の影と取引
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早朝、クラリス・エルフォードの屋敷に、一通の文が届けられた。
差出人は――宰相家、ルーベルト公爵家の嫡男、ユリウス・ルーベルト。
「“午前十時、書庫にて待つ”。……随分と、唐突なお誘いね」
クラリスは手紙を読み終えると、わずかに口角を上げた。
“書庫”という指定が意味するものはただ一つ――形式を外した、非公式の取引の場だ。
(まさか、あの一件で私に“興味”を持ち続けていたというわけではないでしょうね)
指定の時間。クラリスが訪れたのは、公爵家が所有する王都第三区の私邸にある書庫だった。
豪奢な装飾は控えめで、重厚な静寂に満ちている。書棚の奥に立つユリウスは、今日も黒の礼装に身を包み、感情を悟らせぬ目で彼女を迎えた。
「早速お越しいただき、感謝します。クラリス嬢」
「光栄ですわ、公爵閣下。ですが、このような場に呼び出されては、少々緊張いたしますわね」
「……どうやら、冗談も言えるくらいには余裕があるようだ」
ユリウスはわずかに目を細め、古い地図帳を閉じると本題に入った。
「今回の招待は、“提案”のためだ。――君の持つ立場と才覚を、私の“政治計画”に組み込ませてほしい」
「……“政治計画”?」
「慈善舞踏会を前に、貴族派と王政派の対立が再び表面化している。どちらにしても、次の宰相候補が誰であるかという点で、多くの貴族が神経を尖らせている。私もその一人だ」
「ええ、閣下が次代を担うのは、もはや確定事項のように噂されていますもの」
「だが噂だけでは足りない。“確定”させるには、“表の顔”と“賢き補佐役”が要る」
クラリスは瞳を細めた。
「……まさか、その“補佐役”を私に、というの?」
ユリウスは無言のまま、書棚から一冊の記録簿を取り出した。
そこには最近の貴族間の金の流れ、援助団体、舞踏会の寄付記録――“社交の裏”を見抜くための財務情報が詰まっていた。
「君は、すでに“社交界の情報収集網”を築いている。君と手を組めば、私は正確に貴族たちの動向を掴める。そして君は――宰相家の後ろ盾を得る」
明確な“取引”。
その視線は一分の揺らぎもなく、誠実かつ冷徹な政治家の顔をしていた。
クラリスは静かに扇子を開き、思考の間を作るように一呼吸。
(これは、婚姻の提案ではない。もっと“上”の――国家に関わる立場を私に用意するということ)
「とても魅力的なお話ですわ、閣下。……ただひとつ、懸念があるの」
「聞こう」
「私は“誰かの庇護を受けるため”に動くつもりはありません。共に歩むならば、対等であってほしい」
その言葉に、ユリウスは少しだけ口元を緩めた。
「当然だ。私は“道具”が欲しいのではない。“同盟者”が欲しい」
「……ならば」
クラリスはゆっくりと扇子を閉じ、ユリウスの瞳をまっすぐに見据えた。
「この取引、受けさせていただきますわ。ただし、私の手の内にはもうひとつの選択肢があることを忘れないで。レオン・カースウェル――彼もまた、“未来の鍵”を握っている男ですから」
それを聞いて、ユリウスの目がかすかに鋭くなる。
「……ふむ、君は本当に、恐ろしいほど慎重で、賢い」
「恐ろしい、だなんて。褒め言葉として受け取っておきますわ」
こうして、クラリスはついに政界と社交界の両軸を手にする立場へと一歩を踏み出した。
だが同時に、“誰と共に未来を選ぶのか”という重い命題も――避けられないものとなる。
差出人は――宰相家、ルーベルト公爵家の嫡男、ユリウス・ルーベルト。
「“午前十時、書庫にて待つ”。……随分と、唐突なお誘いね」
クラリスは手紙を読み終えると、わずかに口角を上げた。
“書庫”という指定が意味するものはただ一つ――形式を外した、非公式の取引の場だ。
(まさか、あの一件で私に“興味”を持ち続けていたというわけではないでしょうね)
指定の時間。クラリスが訪れたのは、公爵家が所有する王都第三区の私邸にある書庫だった。
豪奢な装飾は控えめで、重厚な静寂に満ちている。書棚の奥に立つユリウスは、今日も黒の礼装に身を包み、感情を悟らせぬ目で彼女を迎えた。
「早速お越しいただき、感謝します。クラリス嬢」
「光栄ですわ、公爵閣下。ですが、このような場に呼び出されては、少々緊張いたしますわね」
「……どうやら、冗談も言えるくらいには余裕があるようだ」
ユリウスはわずかに目を細め、古い地図帳を閉じると本題に入った。
「今回の招待は、“提案”のためだ。――君の持つ立場と才覚を、私の“政治計画”に組み込ませてほしい」
「……“政治計画”?」
「慈善舞踏会を前に、貴族派と王政派の対立が再び表面化している。どちらにしても、次の宰相候補が誰であるかという点で、多くの貴族が神経を尖らせている。私もその一人だ」
「ええ、閣下が次代を担うのは、もはや確定事項のように噂されていますもの」
「だが噂だけでは足りない。“確定”させるには、“表の顔”と“賢き補佐役”が要る」
クラリスは瞳を細めた。
「……まさか、その“補佐役”を私に、というの?」
ユリウスは無言のまま、書棚から一冊の記録簿を取り出した。
そこには最近の貴族間の金の流れ、援助団体、舞踏会の寄付記録――“社交の裏”を見抜くための財務情報が詰まっていた。
「君は、すでに“社交界の情報収集網”を築いている。君と手を組めば、私は正確に貴族たちの動向を掴める。そして君は――宰相家の後ろ盾を得る」
明確な“取引”。
その視線は一分の揺らぎもなく、誠実かつ冷徹な政治家の顔をしていた。
クラリスは静かに扇子を開き、思考の間を作るように一呼吸。
(これは、婚姻の提案ではない。もっと“上”の――国家に関わる立場を私に用意するということ)
「とても魅力的なお話ですわ、閣下。……ただひとつ、懸念があるの」
「聞こう」
「私は“誰かの庇護を受けるため”に動くつもりはありません。共に歩むならば、対等であってほしい」
その言葉に、ユリウスは少しだけ口元を緩めた。
「当然だ。私は“道具”が欲しいのではない。“同盟者”が欲しい」
「……ならば」
クラリスはゆっくりと扇子を閉じ、ユリウスの瞳をまっすぐに見据えた。
「この取引、受けさせていただきますわ。ただし、私の手の内にはもうひとつの選択肢があることを忘れないで。レオン・カースウェル――彼もまた、“未来の鍵”を握っている男ですから」
それを聞いて、ユリウスの目がかすかに鋭くなる。
「……ふむ、君は本当に、恐ろしいほど慎重で、賢い」
「恐ろしい、だなんて。褒め言葉として受け取っておきますわ」
こうして、クラリスはついに政界と社交界の両軸を手にする立場へと一歩を踏み出した。
だが同時に、“誰と共に未来を選ぶのか”という重い命題も――避けられないものとなる。
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