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第19話:灰薔薇の招待、影の晩餐
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月のない夜。
王都南部の古い貴族屋敷に、仮面をつけた一人の令嬢が馬車で降り立った。
クラリス・エルフォード――
彼女は今、王国でも限られた者しか存在を知らない“灰の薔薇(グレイ・ローズ)”の晩餐会に招かれていた。
外見こそ豪奢な宴の装いだが、ここに集うのは名も顔も伏せた、実力だけがすべての者たち。
貴族・商人・密偵・軍人――
それぞれが“影の名”を持ち、王国の裏から歴史を操ってきた。
「ようこそ、“紅薔薇”の令嬢。……クラリス・エルフォード嬢」
円卓の最奥。
紫の仮面をつけた男が、クラリスを“本名”で呼んだ。
「私の名を知っていて当然ですわね。あなたたちが私を招いたということは、“力を認めた”ということでしょう?」
静かな挑発。
場にいる他の仮面たちが、ざわめきを見せる。
「噂どおり……いや、それ以上の胆力ですな。王政派を潰し、貴族評議の流れを変えた令嬢とは、よもや思えぬほど若い」
「若さも、経験も、武器になるのよ。使いこなせれば、の話ですが」
微笑すら崩さず、クラリスは円卓の一席に腰を下ろした。
「あなたがたの狙いは何? “脅し”? それとも“勧誘”?」
紫の仮面が答える。
「そのどちらでもない。“取引”だ。今後、君とルーベルト家が築く政治基盤が王国を大きく動かすのは確実だ。ゆえに――我々は、“裏からの支援”を申し出る」
「見返りは?」
「情報へのアクセスと、いくつかの“決定”に対する口出し権。それだけで十分。我々は国を倒したいわけではない。“保ちたい”のだ。……より静かに、より賢く」
クラリスはワイングラスを回しながら考える。
(つまり、彼らは“破壊者”ではない。“均衡”を望む者たち。ゆえに私が“危険な変革者”になれば、今後は敵に回るということ)
「……その“均衡”が腐敗の温床であれば、私は容赦なく斬り捨てますわよ。それでも構わない?」
「それでも構わない。なぜなら――君には“判断力”がある。我々が最も恐れるのは、激情に身を任せた破壊者だ。君は違う。理性と野心を併せ持つ、極めて稀有な存在だ」
静寂が落ちる。
そして、紫の仮面が小さな箱を差し出した。
「これが我々との“同盟の証”だ。受け取るかどうかは、君に委ねる」
クラリスは手を伸ばし――一度、その箱に触れる。
だが、すぐにその手を引いた。
「申し訳ないけれど、今はまだ“答え”を出せないわ。今の私は“誰かの影”にはなりたくない。たとえそれが、利に適っていても」
数秒の静寂ののち、紫の仮面は低く笑った。
「……それでこそ。ならば次に会うとき、君がどう成長しているか、楽しみにしよう」
帰路の馬車のなか。
クラリスは窓の外、仄暗い王都の街を見つめていた。
その横顔に、迷いはなかった。
(敵も、味方も、まだ定まっていない。だからこそ――私が決める)
王国の“光”と“影”の狭間で、彼女は静かに戦っている。
誰かに守られるのではなく、自らの手で選び、自らの言葉で未来を築くために――。
王都南部の古い貴族屋敷に、仮面をつけた一人の令嬢が馬車で降り立った。
クラリス・エルフォード――
彼女は今、王国でも限られた者しか存在を知らない“灰の薔薇(グレイ・ローズ)”の晩餐会に招かれていた。
外見こそ豪奢な宴の装いだが、ここに集うのは名も顔も伏せた、実力だけがすべての者たち。
貴族・商人・密偵・軍人――
それぞれが“影の名”を持ち、王国の裏から歴史を操ってきた。
「ようこそ、“紅薔薇”の令嬢。……クラリス・エルフォード嬢」
円卓の最奥。
紫の仮面をつけた男が、クラリスを“本名”で呼んだ。
「私の名を知っていて当然ですわね。あなたたちが私を招いたということは、“力を認めた”ということでしょう?」
静かな挑発。
場にいる他の仮面たちが、ざわめきを見せる。
「噂どおり……いや、それ以上の胆力ですな。王政派を潰し、貴族評議の流れを変えた令嬢とは、よもや思えぬほど若い」
「若さも、経験も、武器になるのよ。使いこなせれば、の話ですが」
微笑すら崩さず、クラリスは円卓の一席に腰を下ろした。
「あなたがたの狙いは何? “脅し”? それとも“勧誘”?」
紫の仮面が答える。
「そのどちらでもない。“取引”だ。今後、君とルーベルト家が築く政治基盤が王国を大きく動かすのは確実だ。ゆえに――我々は、“裏からの支援”を申し出る」
「見返りは?」
「情報へのアクセスと、いくつかの“決定”に対する口出し権。それだけで十分。我々は国を倒したいわけではない。“保ちたい”のだ。……より静かに、より賢く」
クラリスはワイングラスを回しながら考える。
(つまり、彼らは“破壊者”ではない。“均衡”を望む者たち。ゆえに私が“危険な変革者”になれば、今後は敵に回るということ)
「……その“均衡”が腐敗の温床であれば、私は容赦なく斬り捨てますわよ。それでも構わない?」
「それでも構わない。なぜなら――君には“判断力”がある。我々が最も恐れるのは、激情に身を任せた破壊者だ。君は違う。理性と野心を併せ持つ、極めて稀有な存在だ」
静寂が落ちる。
そして、紫の仮面が小さな箱を差し出した。
「これが我々との“同盟の証”だ。受け取るかどうかは、君に委ねる」
クラリスは手を伸ばし――一度、その箱に触れる。
だが、すぐにその手を引いた。
「申し訳ないけれど、今はまだ“答え”を出せないわ。今の私は“誰かの影”にはなりたくない。たとえそれが、利に適っていても」
数秒の静寂ののち、紫の仮面は低く笑った。
「……それでこそ。ならば次に会うとき、君がどう成長しているか、楽しみにしよう」
帰路の馬車のなか。
クラリスは窓の外、仄暗い王都の街を見つめていた。
その横顔に、迷いはなかった。
(敵も、味方も、まだ定まっていない。だからこそ――私が決める)
王国の“光”と“影”の狭間で、彼女は静かに戦っている。
誰かに守られるのではなく、自らの手で選び、自らの言葉で未来を築くために――。
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