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夜11時過ぎ、ライブハウスの裏口を出ると、湿った夜風がふたりの体を撫でた。
街はもう静かで、ネオンの光がぼんやりと路面に滲んでいる。
この時間になると、芸人たちはそれぞれ帰るか、打ち上げに流れていく。
でも――吉岡と桐生はいつも“もうひと笑い”を作るため、ふたりきりでネタ合わせをするのが習慣だった。
「……ちょっと、歩くか」
桐生が言うと、吉岡は黙ってうなずいた。
肩が自然に並ぶ。手が触れるほど近い距離。
その“近さ”が、夜の静けさの中ではやけに意識される。
「今日の後半のネタ、ちょっと伸ばしてもいいかもな」
「……アドリブか?」
「うん。お前のツッコミ、もっと引き延ばしても客、ついてくる」
桐生の声はいつもより低く、落ち着いていた。
舞台の上のハイテンションな声じゃない――“素”の声。
それを聞くたびに、吉岡の胸の奥がじんわりと熱くなる。
「……俺、別にお前ほど器用じゃねぇし」
「そんなことねぇよ」
桐生は軽く笑って、コンビニの明かりの下で立ち止まる。
ネオンの光が頬を照らし、柔らかい陰影をつくる。
その表情が、妙に綺麗で――吉岡は息を飲んだ。
「俺、お前のツッコミじゃないと、たぶん笑い、成立しねぇから」
「……急に、なに」
「本気で言ってんだよ」
桐生の声が真っ直ぐにぶつかってくる。
いつもの冗談交じりじゃない。
夜の空気に混ざって、鼓膜を撫でるように響いた。
そのとき――桐生が一歩、近づいた。
吉岡の肩に手を置き、目を細めて、まるで観察するように見つめてくる。
「お前、今……照れてんの?」
「……照れてねぇ」
「うそつけ」
桐生の指が、吉岡の肩から鎖骨の上にすべる。
Tシャツの布地を押し下げるように、軽く、なぞる。
その一瞬で、吉岡の体温が跳ね上がった。
「……な、なにしてんだよ」
「触っただけじゃん」
「……そういう問題じゃねぇ!」
声を荒げた吉岡を見て、桐生がにやりと笑う。
あの、いつもの、ちょっと挑発的な顔。
でも、今夜は――それに微かな“熱”が混じっていた。
「俺さ……」
桐生が小さく息を吸う。
その息づかいが、吉岡の耳元を撫でる距離。
「お前のリアクション、舞台の上より、今の方がずっと好きだわ」
「……っ」
吉岡の心臓が、爆音を立てた。
まるでマイクの前に立っているみたいに、自分の鼓動がうるさい。
桐生が指を離さない。
肩から首筋を、ゆっくりと――なぞる。
肌の上に残るのは、ほんのり湿った夜気と、桐生の指の温度。
「……桐生」
「ん?」
「……やめろって」
「ほんとに?」
桐生が顔を寄せる。
鼻先と鼻先が、かすかに触れそうな距離。
夜の街灯が二人を照らして、影が重なる。
吉岡は――その距離から逃げられなかった。
「……ふざけんなよ」
「ふざけてねぇって」
「じゃあ……なんなんだよ、この距離」
桐生は、笑わなかった。
ただ、静かに見つめ返してきた。
その目に、冗談も、軽口もない。
「……俺、前からお前のこと、ちょっとずつ壊してるつもりだった」
「……は?」
「だって……壊れねぇと、俺のこと、見ねぇだろ?」
吉岡の喉が鳴った。
意味が、すぐに理解できなかった。
でも、心臓だけは、理解してしまった。
桐生が顔を寄せた瞬間――吉岡は後ろの壁に押し付けられた。
コンビニの明かりが、二人の影を重ねる。
その距離は、呼吸一つで触れるほど。
桐生の指先が顎に触れ、軽く上を向かせる。
首筋に触れた指が、熱い。
吉岡は息を呑んで、もう目をそらせなかった。
「なあ……俺、ずっとお前のこと、見てた」
「……ふざけんな」
「ふざけてねぇ。今、初めて本気で言ってんの」
その瞬間、桐生の唇が、吉岡の喉元すれすれをなぞった。
直接は触れない。でも、触れているのと同じくらい――近い。
「……っ」
息が詰まる。
体が勝手に震える。
この夜気と、桐生の熱と、指先の感覚が混ざって、吉岡の中の「相方」という言葉を溶かしていく。
「……お前、ずるいんだよ」
「ずるいのは、そっち」
桐生の声が低く、甘く、喉の奥から落ちる。
囁きが肌に染み込むようだった。
「……その顔、俺以外に見せんなよ」
吉岡は答えなかった。
できなかった。
唇が触れる一歩手前で、桐生がふっと力を抜いた。
「……帰るか」
「……ああ」
桐生は軽く笑って、肩を叩いて歩き出した。
いつもと同じ背中。
でも、吉岡の胸の奥は、もう“いつもどおり”じゃなかった。
――俺たちは、ただの“相方”じゃいられなくなってる。
その夜、吉岡ははじめて、それを認めた。
街はもう静かで、ネオンの光がぼんやりと路面に滲んでいる。
この時間になると、芸人たちはそれぞれ帰るか、打ち上げに流れていく。
でも――吉岡と桐生はいつも“もうひと笑い”を作るため、ふたりきりでネタ合わせをするのが習慣だった。
「……ちょっと、歩くか」
桐生が言うと、吉岡は黙ってうなずいた。
肩が自然に並ぶ。手が触れるほど近い距離。
その“近さ”が、夜の静けさの中ではやけに意識される。
「今日の後半のネタ、ちょっと伸ばしてもいいかもな」
「……アドリブか?」
「うん。お前のツッコミ、もっと引き延ばしても客、ついてくる」
桐生の声はいつもより低く、落ち着いていた。
舞台の上のハイテンションな声じゃない――“素”の声。
それを聞くたびに、吉岡の胸の奥がじんわりと熱くなる。
「……俺、別にお前ほど器用じゃねぇし」
「そんなことねぇよ」
桐生は軽く笑って、コンビニの明かりの下で立ち止まる。
ネオンの光が頬を照らし、柔らかい陰影をつくる。
その表情が、妙に綺麗で――吉岡は息を飲んだ。
「俺、お前のツッコミじゃないと、たぶん笑い、成立しねぇから」
「……急に、なに」
「本気で言ってんだよ」
桐生の声が真っ直ぐにぶつかってくる。
いつもの冗談交じりじゃない。
夜の空気に混ざって、鼓膜を撫でるように響いた。
そのとき――桐生が一歩、近づいた。
吉岡の肩に手を置き、目を細めて、まるで観察するように見つめてくる。
「お前、今……照れてんの?」
「……照れてねぇ」
「うそつけ」
桐生の指が、吉岡の肩から鎖骨の上にすべる。
Tシャツの布地を押し下げるように、軽く、なぞる。
その一瞬で、吉岡の体温が跳ね上がった。
「……な、なにしてんだよ」
「触っただけじゃん」
「……そういう問題じゃねぇ!」
声を荒げた吉岡を見て、桐生がにやりと笑う。
あの、いつもの、ちょっと挑発的な顔。
でも、今夜は――それに微かな“熱”が混じっていた。
「俺さ……」
桐生が小さく息を吸う。
その息づかいが、吉岡の耳元を撫でる距離。
「お前のリアクション、舞台の上より、今の方がずっと好きだわ」
「……っ」
吉岡の心臓が、爆音を立てた。
まるでマイクの前に立っているみたいに、自分の鼓動がうるさい。
桐生が指を離さない。
肩から首筋を、ゆっくりと――なぞる。
肌の上に残るのは、ほんのり湿った夜気と、桐生の指の温度。
「……桐生」
「ん?」
「……やめろって」
「ほんとに?」
桐生が顔を寄せる。
鼻先と鼻先が、かすかに触れそうな距離。
夜の街灯が二人を照らして、影が重なる。
吉岡は――その距離から逃げられなかった。
「……ふざけんなよ」
「ふざけてねぇって」
「じゃあ……なんなんだよ、この距離」
桐生は、笑わなかった。
ただ、静かに見つめ返してきた。
その目に、冗談も、軽口もない。
「……俺、前からお前のこと、ちょっとずつ壊してるつもりだった」
「……は?」
「だって……壊れねぇと、俺のこと、見ねぇだろ?」
吉岡の喉が鳴った。
意味が、すぐに理解できなかった。
でも、心臓だけは、理解してしまった。
桐生が顔を寄せた瞬間――吉岡は後ろの壁に押し付けられた。
コンビニの明かりが、二人の影を重ねる。
その距離は、呼吸一つで触れるほど。
桐生の指先が顎に触れ、軽く上を向かせる。
首筋に触れた指が、熱い。
吉岡は息を呑んで、もう目をそらせなかった。
「なあ……俺、ずっとお前のこと、見てた」
「……ふざけんな」
「ふざけてねぇ。今、初めて本気で言ってんの」
その瞬間、桐生の唇が、吉岡の喉元すれすれをなぞった。
直接は触れない。でも、触れているのと同じくらい――近い。
「……っ」
息が詰まる。
体が勝手に震える。
この夜気と、桐生の熱と、指先の感覚が混ざって、吉岡の中の「相方」という言葉を溶かしていく。
「……お前、ずるいんだよ」
「ずるいのは、そっち」
桐生の声が低く、甘く、喉の奥から落ちる。
囁きが肌に染み込むようだった。
「……その顔、俺以外に見せんなよ」
吉岡は答えなかった。
できなかった。
唇が触れる一歩手前で、桐生がふっと力を抜いた。
「……帰るか」
「……ああ」
桐生は軽く笑って、肩を叩いて歩き出した。
いつもと同じ背中。
でも、吉岡の胸の奥は、もう“いつもどおり”じゃなかった。
――俺たちは、ただの“相方”じゃいられなくなってる。
その夜、吉岡ははじめて、それを認めた。
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