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第1話 男として仕える私に、宰相殿下は冷たすぎる
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私は、「レオン・アーデル」と名乗っている。
けれど本当の名前は、「レオナ・アーデル」。
貧乏伯爵家の三女として生まれた私は、家計を助けるために――女であることを捨てた。
髪を短く切り、胸を押さえるさらしを巻き、声色を低くして、男として王宮に文官見習いとして仕えている。
もうすぐ一年になる。今では私が女であることに気づく者は誰もいない。
……ただ一人を除いて。
「おい、アーデル。貴様、また文の書式を間違えている」
声の主は、ジークフリート・フォン・シュタウフェン。
現宰相。冷酷無比、王宮一の切れ者。
氷のような美貌と、決して感情を乱さぬ瞳。
王も一目置く、実質的な王国の頭脳である。
「申し訳ございません、宰相殿下。すぐに訂正いたします」
冷や汗をかきながら頭を下げる。
心臓が、どくりと跳ねた。
彼の視線を受けるだけで、背中に寒気が走るのはなぜだろう。
いや、知っている。
彼は私の正体に――気づいている。
入庁してすぐ、彼にだけ、妙な視線を送られた。
まるで――私を透かすように。暴くように。
そしてそれ以来、彼は私にだけ、容赦のない態度を取り続けている。
冷酷に叱り、無理難題を押し付け、誰よりも厳しく鍛える。
それでも私は、歯を食いしばって乗り越えてきた。
それが、“女である自分”を守るための唯一の手段だったから。
「……君は、ここにふさわしくない」
突然の言葉に、心臓が跳ねた。
私は机に置いた筆を止めて、顔を上げる。
「……それは、どういう……?」
ジークフリート宰相はゆっくりと私に歩み寄る。
その双眸は、氷のように冷たい――はずなのに。
今は、どこか熱を帯びていた。
「お前は、あまりに隠し事が多すぎる。危険だ」
「……な、何のことかわかりません」
「そうか」
そう言って、彼は私の目の前に立ち止まり、私の手首を掴んだ。
「なら、今ここで“証明”させてもらおう」
「え……?」
ぐいと引かれ、私は彼の胸に倒れ込んだ。
一瞬のことだった。
腕の中に収められた私は、抵抗する間もなく、背後の扉の鍵が――「カチリ」と閉められた音を聞いた。
「……宰相、殿下?」
「お前のことは、最初から気づいていた。だが、それでも傍に置いた。何故だと思う?」
声が、低く、囁くように響いた。
彼の手が、私の背に回される。
「私は……もう限界だ」
その言葉に、私はようやく気づいた。
この男は、冷酷な宰相なんかじゃない――
ずっと私を、女であると知ったうえで、見つめてきた。
抑え、耐え、我慢していたのだ。
そしていま、限界が――来た。
「……待って……ここ、執務室です……!」
「知っている。だが、誰も入ってこられないようにしてある。今ここには、私と……君だけだ」
その瞳が、初めて感情を露わにした。
熱い、欲望の色を滲ませた目で、彼は私を見下ろす。
「レオナ。君の名を、私はずっと、心の中で呼んでいた」
ああ、終わった。
私の“男”としての生活は、今日で終わる。
でも、それ以上に――この男との関係が、今日から始まる予感がした。
(続く)
けれど本当の名前は、「レオナ・アーデル」。
貧乏伯爵家の三女として生まれた私は、家計を助けるために――女であることを捨てた。
髪を短く切り、胸を押さえるさらしを巻き、声色を低くして、男として王宮に文官見習いとして仕えている。
もうすぐ一年になる。今では私が女であることに気づく者は誰もいない。
……ただ一人を除いて。
「おい、アーデル。貴様、また文の書式を間違えている」
声の主は、ジークフリート・フォン・シュタウフェン。
現宰相。冷酷無比、王宮一の切れ者。
氷のような美貌と、決して感情を乱さぬ瞳。
王も一目置く、実質的な王国の頭脳である。
「申し訳ございません、宰相殿下。すぐに訂正いたします」
冷や汗をかきながら頭を下げる。
心臓が、どくりと跳ねた。
彼の視線を受けるだけで、背中に寒気が走るのはなぜだろう。
いや、知っている。
彼は私の正体に――気づいている。
入庁してすぐ、彼にだけ、妙な視線を送られた。
まるで――私を透かすように。暴くように。
そしてそれ以来、彼は私にだけ、容赦のない態度を取り続けている。
冷酷に叱り、無理難題を押し付け、誰よりも厳しく鍛える。
それでも私は、歯を食いしばって乗り越えてきた。
それが、“女である自分”を守るための唯一の手段だったから。
「……君は、ここにふさわしくない」
突然の言葉に、心臓が跳ねた。
私は机に置いた筆を止めて、顔を上げる。
「……それは、どういう……?」
ジークフリート宰相はゆっくりと私に歩み寄る。
その双眸は、氷のように冷たい――はずなのに。
今は、どこか熱を帯びていた。
「お前は、あまりに隠し事が多すぎる。危険だ」
「……な、何のことかわかりません」
「そうか」
そう言って、彼は私の目の前に立ち止まり、私の手首を掴んだ。
「なら、今ここで“証明”させてもらおう」
「え……?」
ぐいと引かれ、私は彼の胸に倒れ込んだ。
一瞬のことだった。
腕の中に収められた私は、抵抗する間もなく、背後の扉の鍵が――「カチリ」と閉められた音を聞いた。
「……宰相、殿下?」
「お前のことは、最初から気づいていた。だが、それでも傍に置いた。何故だと思う?」
声が、低く、囁くように響いた。
彼の手が、私の背に回される。
「私は……もう限界だ」
その言葉に、私はようやく気づいた。
この男は、冷酷な宰相なんかじゃない――
ずっと私を、女であると知ったうえで、見つめてきた。
抑え、耐え、我慢していたのだ。
そしていま、限界が――来た。
「……待って……ここ、執務室です……!」
「知っている。だが、誰も入ってこられないようにしてある。今ここには、私と……君だけだ」
その瞳が、初めて感情を露わにした。
熱い、欲望の色を滲ませた目で、彼は私を見下ろす。
「レオナ。君の名を、私はずっと、心の中で呼んでいた」
ああ、終わった。
私の“男”としての生活は、今日で終わる。
でも、それ以上に――この男との関係が、今日から始まる予感がした。
(続く)
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