彼者誰時に溺れる

あこ

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high school education

04

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キスして。抱きしめて。名前を呼んで。
あれ食べたい。あれが欲しい。
好きって言って。
愛してるって、めいっぱい甘やかして。

思いつくまま手当たり次第。
何でもかんでも、奏が頭に浮かんだものをに口から出してみた週末。
明け方祥之助が迎えに来て「いってくる」と出ていった龍二に「いってらっしゃい」と言えた奏は、今ご機嫌で浴室から出てきた。
リビングは綺麗にしたけれど、テーブルの上には手当たり次第口から出した結果が少し残っている。
食べきれなかったスナック菓子と、見れなかった分のDVD。
それを視界に収めた奏は「ふふふふ」と自然と顔がにやけてしまう。

龍二は奏の“我儘”を本当に叶え尽くしたのだ。
好きって言ってと強請れば、面倒臭そうな顔をしながら「好きだ」と言ってくれた。面倒臭そうな顔しないでよ、と噛み付けば頭を撫でてくれ「好きだ」と笑って言ってくれる。
自分で強請っておきながら「優しすぎて怖い!愛人できたの!?」と疑うと「都合のいい女が仮に増えても、愛人なんてお前一人で手一杯なんだよ、クソガキ」とがぶりと噛みつくようなキスをされ、「お前がお利口さんになりゃ、わからねぇな」と笑われた。
とにかく奏が怖いと思うほど優しい龍二との週末。
(明日、世界が終わるとしたら、龍二さんのせいだ。俺は気にしないけどね!)
なんて本人が聞けば呆れそうな事を思ったほどである。

「楽しい週末でしたか?」
な」
「なるほど。楽しかったでしょうね」

車内の会話。
運転席に座る男は目の前のダッシュボードと運転だけに集中している。
後部座席では相変わらず愛想のひとかけらもない龍二がおり、その隣で祥之助が涼しい顔で笑っていた。
「奏さんの我儘、叶えるのが好きだと言ってあげれば良いものを。少し素直になってあげればいいじゃないですか」
「はっ!めんどくせぇ。これ以上我儘勝手にされちゃ迷惑なんだよ」
「珍しく否定しないんですね」
「疲れてんだよ」

この二人の付き合いは長い。
だからこそ龍二が奏を高額で落とした時、祥之助が受けた衝撃は凄まじいものがあった。
他の人間だって驚きだっただろうけれど、祥之助は謂わば暴力的な衝撃を受けたのだ。
しかし衝撃を受け止めた後、彼は同じくらいの勢いで冷静になった。
この男の事だ、どうせ暇つぶしで落としただけでそのうち飽きて捨てるのだろう。そう頭に浮かび納得し、悪趣味だと頭も抱えた。
そうやって、きっと一分二分くらいだろうか、祥之助は実際の時間より長い時間をかけた気持ちで冷静になれた次の瞬間、祥之助はもはやなんと言えば良いか解らないほどの衝撃を再び受ける事になる。
龍二のが違うのだ。
惚れてしまった顔をしていた。
龍二自身もそんな“愛”を自分が持てるなんて知らなかったに違いない。そんな本人すら存在を知らなかった“愛”を、買ったばかりの少年に向けているのだとそう祥之助が理解した途端、彼は横っ面をぶん殴られた気持ちになったのだ。
──────こいつに、があったのか。
人を愛すると変わると言う。
祥之助はそれを知っている。しかしやはり龍二にそれを当て嵌めるなんて思いもしなかった。なのに、祥之助の隣で面倒臭そうな顔で外を眺める男も同じだった。
人を好きにならない。愛さない。優しい声で名前を呼ばない。機嫌を取らない。甘い声で笑わない。
それが奏の前では、好きになり愛して優しく名前を呼び笑って機嫌をとる。
「──────人は、変わりますね」
龍二の、友人のそんな変わった側面に触れるとついつい言いたくなるのは祥之助の今の癖のようなものだ。

「ああ『うるせぇよ』以外の返答でお願いしますね。ので」
「んだよ中町、めんどくせぇな!てめえ、なんなんだよ、朝っぱらから!あれか、嫁さんと喧嘩したんだろう。あの出来た嫁さん怒らせたか?それで俺に八つ当たりったあ良い度胸だな」
「いつもあなたと奏さんのの巻き添えを食ってるんですから、たまには八つ当たりされてください」

「めんどくせぇ」と龍二が顔を覆い祥之助を睨み運転手が心で悲鳴を上げた頃、奏は「めんどくさ」と奏はブレザーを着たところだった。
甘やかされて気分良くなっていた時、龍二と彼は約束した。今週もちゃんと学校へ通う、と。
椿田龍二がこんな事を約束させるなんて、と聞く人間が聞けばと背筋を震わせそうだが、奏に対しての龍二は“こんなもの”だ。
ただ、約束した奏からすれば、気分が最高潮の時に聞かれその気分のテンション頷いたから
(詐欺にあった気分だ!)
と憤慨してる。月曜の今更だけど。
本当は行きたくないと切々に訴えるつもりだったのに、今週も行くと約束してしまったのだ。奏としては不服である。
それでも約束を守ろうとしているのはやはり「ちゃんと行ったな?偉かったじゃねぇか」なんて龍二が褒めてくれるからだ。

鞄に必要なものを詰めて奏は戸締りをしていく。
頼めば弁当を誰かに作ってもらえるそうだが、奏はコンビニや購買で買うと決めているから断っている。龍二はいい顔をしなかったけれど、奏は知らん顔だ。

「はー、今日は何買っていこーかなー」
小さく呟いた奏は、高校とマンションの間にあるコンビニに入った。
カゴを持ち出入り口からレジの前を横切りパンの並ぶ棚の前に。
そこでは新商品と書かれたポップが店内の空調で揺れていた。
奏は棚をじっと見つめ、クリームと板チョコが挟んである柔らかいパンとメロンパン、そしてコロッケパンもカゴに入れ、後ろを向く。
レモンティーのパックを手に取ってから戻し、少し考えてからペットボトルの棚に移った。そちらで同じレモンティーを選びカゴに入れ。満足そうに頷く。
龍二が見たらせめてパンを一つやめて、おにぎりに変えて欲しいと思うか、パンを二つにしてほしいと思うかもしれない。
そのままお菓子が並ぶ棚の間を抜けレジを目指す。
レジの前に小さなチョコが並んでいて、それをいくつか一緒に店員に渡した。
「ありがとうございましたあ」と言う声を背に受けて、奏はのんびり高校へ歩く。
(今日も護衛さんの存在発見できず!浅倉さん、見つけられるって言ってたのに、嘘つきだ。って、もしかして本当はいないのかな?)
いたら自分のこの酷いお昼も報告されてるのだろうか、と怒る龍二を思い浮かべる。けれどそれも奏は好き。態々そうやって龍二の怒りを煽る事だって多々ある。
たかが食事。
何を食べても良いはずなのに、龍二は奏の食事うるさい。ジャンクフードと呼ばれるものや、こうした菓子パンばかり勝手に食べると嫌な顔をされる。
(俺だけ、知ってる顔)
もう一人龍二に食生活を心配されている人を知っているけれど、その人に「俺に対しては不服だがであいつはぐちぐちうるせえよ。お前にはだろ?ま、俺はどっちもごめんだけどな」と言われて喜んだのは一生色褪せない記憶だと奏は思う。その時二人はファフトフードに舌鼓中。龍二が二人に同じ小言を言ったのも楽しい記憶として残っている。

愛されている。自分は龍二に愛されている。

奏が龍二の全て受け入れ、同様の気持ちで龍二を愛してから。どうしたら自分に龍二が顔を向けてくれるか、意識してくれるか、笑って好きだと言ってくれるか、キスをしてくれるか。
些細な条件だって忘れないように気をつけた。奏が全く気がつかない条件が実のところ溢れているけれど、奏は見つければ忘れないように心がけた。
その一つが自分の好きなものを食べる事。
だもん)
護衛が気がついてくれればむしろ好都合なのになぁと奏はビニール袋をご機嫌で揺らし、校舎に入った。

「かなでくーん」
「かなでちゃん!」

教室に入る直前に聞こえた声。
機嫌が急降下だ。
奏はまた、無意識で左手薬指の絆創膏を指でなぞる。
「かなでくんって、お昼は買ってくるの?何買ったのー?」
「おはよ、かなでちゃん!」
無視して奏は教室に入ったが、後ろから二人、マナとジュリが追いかけてくるのは足音で解った。
奏が自分の席につけば、彼女たちはその前の席の机に座る。スカートの中が見えようともお構い無しなのか、いや、この場合は奏の反応を見たいのか。どちらにせよ際どい座り方に奏の後ろの席の生徒が気まずそうに机に顔を押し付けた。
「ね、かなでちゃん、こんどおうちにつれてってよー」
「あの近くの高層マンションでしょ?」
「──────は?」
やっと反応を見せた奏に二人は楽しそうにケラケラと笑う。
「マナのお友達がね、かなでちゃんが入るの見たんだってー」
「あそこ住んでるんでしょ?」
奏は少し考えてから新しく買ってもらったスマートフォンを出す。そのまま“保護者”にメールを送信。
(『絡んでくる女にマンションバレた!ほら、近いとこは大変そうって言ったのに!バカバカアーホ!だから俺の意見もちゃんと聞いてって言ったじゃん!ほら、めんどーなことになりそうじゃん!ばか!』これで良し)
この内容を龍二の部下が見たら「なにがこれで良しだああああああ!」と心の中で盛大にツッコミを入れるだろうが、奏はこれくらい言わなければ気が済まない。
奏は、学校から少し遠くてもいいと言った。高校生活を謳歌する気なら別だろうが、奏はそんな気はさらさらなく、誰かを家に呼んで遊ぼうなんて考えてもいなかった。なるべくなら断る手段になり得る場所がいいと。それを却下したのは龍二だから奏は文句を言うまでである。
怒りを込めた文句を送信した奏がスマートフォンをしまう。
待っていたと言わんばかりに二人が飛びついた。
「かなでちゃん、誰にメール?おともだち?」
「ねえねえ、それよかかなでくんってホントにあのマンション住んでるのー?」
「送信相手は友達じゃない。あのマンションに住んでる」
言って奏は教科書を机の上に。その上に前の机から降り、前に立った二人が肘をついて身を乗り出す。着崩した洋服からちらりと下着が見えても奏はなんとも思わない。
「遊びに行ってもいい?」
「かなでくんのおかーさんの前では、いい先輩でいるからあ」
「無理です」
すっぱり断る。まだその二人が何か言おうとした時、このクラスの担任が登場し奏は無事解放された。

解放された奏は窓の外を眺める。
教師が入れ替わったのを声で感じ黒板に目を向けた。

その頃、移動中の車内でスマートフォンを握った重人が大笑いをし、その重人をスマートフォンの持ち主が殴る。
「奏は怖いもの知らずでいーわなあ。普通送れねぇよ」
「返せ」
「返す、返すさ。読み終えたからな」
「そもそも俺のを勝手に見てるんじゃねェよ」
運転席の祥之助は後部座席の二人の会話を聞くだけで、決して加わらない。どちらに味方しようと、仮に二人とは違う意見を言おうとも、何をしても面倒になるからだ。しかしその気持ちの裏側で、こんな高校生みたいなアホみたいに笑う時間も彼は好きであるのだけれど、そういう“バカみたいな事”は重人一人が言えば良く、ましてやその気持ちで参加する祥之助でもないので、無言のまま前を見つめたままだった。
「バカにアホって、ぶははははは」
「浅倉」
低い声を出しても堪えないのは百も承知。
重人はちゃんと着ていたスーツのボタンを外し、ネクタイを緩める。ミラー越しに目があった祥之助に
「出るときゃなおすからよー」
「そうしてください」
重人は祥之助の言葉遣いと声色が完全に一致しないのをまた笑い、彼は龍二の肩に腕を回す。
「なあなあ、お前、どーするのさア?」
「知るか」
「お前のせいで奏、健気に渋々がっこ行ってるのになあ」
肩に回る腕を龍二が乱暴に払いのける。

「ま、綾田の夜叉にこんなメールするコに、したらマズイわなあ。前途ある若者が日本から減っちまうからさ。俺ァ心配だわ」

ならなんで楽しそうな顔をしてるんだと、祥之助は露骨に嫌な顔をした。
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