彼者誰時に溺れる

あこ

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high school education

05

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高校生活早くも
週末はご褒美が待っていて、奏のご機嫌はまたもいい月曜日。
(それも高校に着くと終わるんだけど)
うんざりした気持ちで自分の席を見つめた。
未だ纏わり付いてくるマナとジュリ。二人が奏の到着をその席に腰掛け待っている。
(あの彼氏と片思いくん、あの二人がこの人たちをしてくれればいいのに。そもそもグレちゃってるくせにこの二人のために朝からちゃんと学校とか、なにそれ迷惑)
今日はスナック菓子まで買って来た奏は、その袋の中身を見つめ元気を出そうと思いながら教室に一歩踏み込んだ。

「でさぁ、お前、本当なんなの?」

それはこっちのセリフなのに。と奏は夕焼け空の下、目の前にいる少年二人組を見た。
平均より小さめの奏にとって、年上で平均より大きなその二人は見上げる対象だ。
「なんなの、って?」
解ってても聞く。癖だ。
「マナとジュリだよ!ご機嫌らしいな」
「ぜんぜん」
臆する事のない間髪入れずな返事に、の方が声を荒げる。
「毎日毎日朝から喋ってるらしいじゃねぇか」
呼び出しにはバッチリな、奏で高校人生二度目の屋上は今回もまた怒鳴り声が支配していた。
「ぼくは話してない。向こうが話してるだけ」
奏の左手の親指は無意識に薬指を撫で続ける。
「いい気になるなよ」
その言葉に奏ははあと溜息ついた。
「ねえ、あのさ、いい気になるなってなに?」
真っ正面からぶつかってくる視線。
薬指を撫でる事をやめない左手とは違い、右手は鞄を持ったままおとなしい。
「ぼくは困ってる。ちゃんと学校に毎日行けば週末楽しく過ごせるの。だからなるべく問題なく、毎日普通にここで時間を送りたい。だから、彼氏先輩と片思い先輩が二人を止めてくれたらいいだけなのに。ぼくはちゃんと、二人にやめてって言ってる」
二人の顔がひくりと動く。
だって二人は。マナとジュリが奏から適当にあしらわれているのを。
けれどその二人がそれでも奏に会いに行くのは許せない。
マナは脅せば大人しくなる。けれど誰の恋人でもないジュリを脅せる相手はいないのだ。
彼氏は彼女の奔放さに苛立ち、片思いの彼はうまくいかない恋に腹を立て、丁度な奏がいるからその感情をぶつける。
ここで奏が“いじめられっ子”になれば二人はスッキリするのに、奏はいつまでたってもそうならない。
それがまた腹立たしい。
脅せるマナより脅せないジュリを思う彼の方が腹を立てているのだろう。奏が動かす指が目につき衝動的に動いた。

「え?」

奏に近寄り左手首をギチリと握りあげる。
そして目に付いた絆創膏に指をかけた。
「ちょ、まって、それ、だめ」
初めて聞く慌てた声に心がなんとも楽しくなる。
「なんだよ。大人しくがっこにきて、週末はパパとママにご褒美もらうのが楽しいお子様は、なにこんな絆創膏で慌てちゃうの?もしかしてかなちゃんって、そんなパパとママに期待されたりして、なんかここに、あるのかなー?」
言葉に奏は瞬くも、剥がそうとするその手をなんとか掴む。鞄は屋上のコンクリートに音をたてて落ちた。
「もしかして、かなちゃん、ストレス溜めて吐いちゃうコ?よく食べてるらしーけど、ほそいのはそのかなあ?」
今までのうっぷんか。いかに嫌味ったらしく言うか、いかに奏に嫌な思いをさせようか。そんな気持ちがありありと分かる二人だ。
「吐きダコとかないよ。普通薬指じゃないでしょって、いうか、まっ──────」
待ってダメと続く前にペラリと絆創膏が剥がれ、そこをみた少年は言葉を失う。様子のおかしい友人が心配になったと見え、マナの彼氏が近寄りまた彼も黙った。
「あーあ、見られちゃった。ま、いいけど」
奏の左の薬指。巻きつく棘のようなデザインの刺青。
見られたならもうどうでもいいと、奏はその刺青を見せつけて
「先生に言いたければどうぞ、先輩。それとも、見たい?」
二人の目の前で奏は柔らかく微笑む。
その柔らかい笑顔からは不釣り合いな、龍二が仕込み育てた色気を振りまきながら言えば目の前の二人がたじろぐ。
「ほ、か?」
この学校にある複数の不良グループのひとつとはいえ、トップの威厳を保つためにかマナの彼氏の方が掠れた声を出す。
「ん、ぼくね、意外と“ヤンチャ”なの。ふふ、背中にもあるよ?みたい?綺麗でなデザインなんだ」
ゴクリと鳴ったのはどちらの喉か。本人たちも解らない。動き出さない二人に笑い出して、左手首を掴む手を振り払い鞄を掴む。

「ぼくはいくらでも見せてあげるけど──────先輩たちだから、見ないほうがいいかもね。見る勇気が出たら、教えて欲しいな。じゃ、またね」

がちゃん、と鉄の扉が閉まる音。二人はそれでも動けないでいた。
まさに彼らは飲まれてしまったのだ。

さて、この月曜日でもうさすがに誰も絡んでこないと踏んだ火曜日。
奏は若さゆえの強さを知った。いや、彼も若いのだけど。
「かなでちゃん!」
「かなでくーん」
何故校門の前で二人に囲まれているのだろう、と奏は教室までもたなかった心の平穏にがっくりと肩を落とす。
二人はそんな奏の手をそれぞれ握ると校舎ではなく、校門近くに植わる大きな木の根元に引き摺るように連れて行った。
「きのうね、の」
二人が奏の前に立って、小声で話す。
「かなでくんのその、ばんそこーの下、タトゥーあるんだって?」
「は?」
「マナの彼氏がぁ、話してるの聞いたの。ほんと?痛くないのー?」
どうやら彼女たちは刺青を入れた奏でにまた一つ、そばに置いておくアクセサリーとしてのステータスを見出したらしい。
「でもぉ、隠してるってことは、パパやママに内緒?ねえねえ、それなら言われたら困っちゃう?」
「は?」
「脅しとかじゃないのお、ね、遊んでくれたら言わないもん」
これが脅しじゃないならなんだろうか、と奏は思う。でも奏の知っている脅しはこれよりも“オブラートに包んだ”言い方をする。だからそう思えば脅しじゃないのは確かなのかもしれないなんて、また、重人が聞けば笑い出しそうな事を考えた。
「言いたかったら、どうぞ」
これに驚いたのはマナとジュリ。
「先生に言っても、学校中に言いふらしても別にぼく、困りません。学校辞める事になるならそれはそれで、ぼくのせいじゃないから、し」
ぽかんとした二人を見ていた奏の耳に、チャイムが届く。
奏は二人を置き去りにして校舎の方へと歩き出した。
歩きながら取り出したのはスマートフォン。
(『龍二さんのバカ!ほんとうにめんどうくさい!がっこうなんて嫌い!』送信)
奏は龍二が色々と制限するのも何かを覚えさせるのも、どうしてなのかは解らない。例えば食事に口を出すのは、椿田龍二の愛人として“らしい食事”をしてほしいからだと思っている。本当は龍二が小柄で華奢な奏が好みだからなのだけれど、奏はきっと気がつかないし、一生知らぬままだ。時々反抗するし、高校へ持っていくお昼のように好き勝手に食べるけれど、龍二がそうしろというから、奏はそれを受け入れちゃんと言われたように食事をとる事が多いのだ。
龍二が好きだから。捨てられたくないから。
捨てる事なんてないのに、肝心の本人はあれほど我儘に気ままに好き勝手やりながらも、怖いのだ。
捨てられないと思う気持ちと捨てられるかもしれない気持ちがせめぎ合う。子供の奏にとって、抱え切れないほどの矛盾。それを周りの大人は手助けすらしてくれない。
言っても皆言うのだ。「あなただからですよ」と。

そんな奏も今回の高校入学ばかりは本当に解らない。
けれど龍二が行けというから文句をタラタラ言いながらこうして授業を受ける。
だが、ちゃんと授業を受けて週末良い事があっても、奏はそろそろ、このアクセサリーにしようと目論む女の相手も、嫉妬の八つ当たりも嫌になってきていた。
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