屋烏の愛

あこ

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番外編

そと

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「誰が考えたのか知らないけれど、が無かったらこの季節、堪えてしまうね」

そう言って寒そうに息を吐き出したのは、船宿吉村に婿入り予定の駿河屋兵馬である。
彼の視線の先にはこの季節には似合いの障子に変わったその窓を半分程開け外を見るゆづかがおり、兵馬の意識を増々凍えさせていた。
の兵馬に取ってはの環境が最適なのだろうが、その環境は障子を開けるという事を良しとしないのだろう。
勿論ゆづかはだけれども彼はまた少し、違うようであった。

ゆづかはおとわが贈ったという白地に大振りな赤い花が描かれている半纏をき、兵馬に気を使ってだろう半分開けたその障子から向こう、流れる川に落ちていく雪を見ている。
昨日、この江戸には雪が降り今朝は止んでいるものの積もったそれらがバサリと音を立て落ちていく景色があちこちで見れた。兵馬がここにきて昼時分の今、漸く手が空きゆづかを探せば新吾──この船宿に勤める若い船頭だ──が気に入りのあの部屋──兵馬がゆづかに『気持ちを伝えた』部屋の事だ──にいるのだと兵馬に教えたのである。
「寒いから閉めた方がイイって言っても、お嬢様、あの通りで。もう俺、今年言わねえって決めてるンで……心配しているんですけどね、お嬢様、困った顔して笑って見てるだけなンですよぉ」
と申し訳なさそうな表情のまま頬を掻き新吾が付け加えた事から、寒い中障子を開けているのは今に始まった事ではない様だ。
だからって気にかけない人間がいない訳でもない事はその後、そんな新吾に呆れた様子で溜息をつき
「私は毎年毎回あのお姿を見る度に心配致しますけどね。兵馬様からも言ってみて下さいよ」
兵馬がここの主になった時右腕になるらしいと噂──面白い事に噂されるこの本人は全く知らないのだけれど──の与助の発言でも知れる。
兵馬は新吾の様に「今年はいうのを諦める」なんて方向に考えを変える事が出来ない訳だから与助同様、華奢な背中を見ながら本日何度目となるか解らない溜息を真っ白い息に変えてみせるのだ。



「ゆづか、外の景色は楽しい物かな?私には雪が川に落ちていくのが繰り返されている様にしか見えないけどね……ああ、ここからではそれすら、見えないんだけどね」

火鉢を移動させ、かつ煙草盆も移動させ、火鉢を挟む形でゆづかの隣に腰を下ろした兵馬をゆづかが見る。
兵馬を見たゆづかの頬も鼻の頭も赤く染まっており、ゆづかもは感じているのだと、兵馬は理解出来た。
「はい」
「……それは私が言った『私には雪が川に落ちていくのが繰り返されている』その通りだと言う返事かな?」
「ええ、兵馬様。今日はそれ以外あまり景色は変わり有りません」
にっこりと微笑み言うゆづかの息も白い。そっと胸の前で合わせている手の先も頬と同じく赤く染まり、兵馬はその手を時分の手で包んでみせる。
寒い寒いと──まあ格好悪い姿は見せまいと、兵馬は口には出さなかったが──ずっと火鉢に手を当てていただけあって、その温度差はゆづかの目を丸くさせるに十分だった様だ。
「最近気がついたよ。ゆづかはが好きだという事に」
「ぁ、兵馬様がいらっしゃるのに、私……」
「いいや、そんなを言っている訳ではなくてね、お前の趣味──────好きな物、愛しい物、可愛いと手に取るもの、そうした物を残さず知りたいと、そう、思っているという話だよ」
「……そんな風に思われて見られているなんて、恥ずかしいです」
「そんなにも困った顔をされるなら、この先は意地の悪い私にならない限り口に出さない様、気を付けようかね」
目を細め反省の色も無く笑う兵馬を、ゆづかはジッと見つめてから目を逸らす。
兵馬がとてもだとゆづかは思っているけれど、時折覗かせるはゆづかの心を、今雪を受け入れる変わりに波を立てた川の波紋の様に揺らした。
その揺れは悪い物ではなく、父親や母親から受け取った事も、勿論で感じた意地悪さでもない、何とも言い難い意地悪さ故の揺れである。
揺れるのに、意地悪であるのに、なぜだか笑顔になってしまったり心地よく感じてしまう。
それが相#手を好いているから__・</rt><rp>)</rp></ruby>だと理解してもゆづかにはまだ、なかなかどうして対処に困っているのだろう。
そんなを兵馬が知ればきっと顔には出さないだろうし、そんな行動もしないだろうが、口元を押さえ脂下がりそうな自分を押さえ込む事に必死になるだろう。
なるほど、そうした面で表情が酷く揺れない兵馬は、随分とをしているのだろうか。

「雪が降っていればまた美しさも有るだろうけれど、この景色にゆづかはを見ているんだろうかね」

障子に手を伸ばし完全に開けた兵馬は小さく、ゆづかに知られない様首を一度竦めてから言う。どうやら全面開け放った際の寒さは、兵馬の予想を軽く超えていたようだ。
「こうした景色も美しいと想う気持ちは私も有るよ。けれどね、ゆづかの様にじっと見て過ごす事は難しい。私は意外と、落ち着きが無い方なのかもしれないな、ふむ……じっとしていられる方だと思っていたのだけれどね、本当は怠けるのが得意なだけだったのかもしれないな」
さて、どうだろうか。と自分の落ち着きの無さに思いを馳せる兵馬の手は今も火鉢を避けてゆづかの手を握る。火鉢を避けている手は障害物を避ける事で体勢も悪いだろうに、ゆづかの手を離そうとしない。
それがこの冷たくなった自分の手を温めようとしているのなら、もしお互いの体温で温まろうとしているのなら、それはどれほど幸せなのだろうかとゆづかの口元がゆるゆると上がる。

「そとを、みているのです。兵馬様。私は、を」

音も無く地面へと落ちる雪の様な静かな声で言われ兵馬は、ゆづかに顔を向けて首を傾げた。
「今の私はまだ、このの事がなにもかも、見ていたい物でございます」
その言葉に合点が言った兵馬がゆづかの声を遮ろうと口を開くが、その間にゆづかが続ける。
「けれど今の私に取ってはきっとこの先も、見ていたいものだと思います。母と父が出来て見る事が叶った“そと”だけだってこんなに素敵なのに、この先には兵馬様もいらっしゃるから」

私はいつまでも“そと”を────

一度だけゆづかは兵馬に言った事があった。
あの街から出た時の空は今まで見た事が無い様な空だったと。それから“そと”の美しさに目を奪われる事が多いのだと。
その時兵馬は良く理解していなかったのだけれど、今は違う。

「なるほど……。それならお前と私は同じ趣味が有る様だ」

静かに笑った兵馬に今度はゆづかが首を傾げてみせる。

「ゆづかと共にいる時の景色は、様々な物を私に見せるから、目が離せそうにないとそう、常々思っているからね。お互いが好きなのだね」

ああでもそろそろ半分閉めさせてもらおうか、とゆづかを見ずに言った兵馬にゆづかは心底幸せそうな顔で頷く。
部屋の外に置かれた温かい茶に二人が気がつくのは、いつになるだろうか。
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