セーリオ様の祝福

あこ

文字の大きさ
4 / 38
★ 溝は深くなるばかり。

前編

しおりを挟む
誰しも『他人に言われるほど、自分はそんな人間じゃない』と思った事が一度くらいはないだろうか?
心の中に留める人もいれば、「自分はそんな性格じゃないよ」とか「自分はそんな人間じゃないよ」と、声に出して否定した事がある人もいるのではないだろうか?
他人が思う自分を「そうじゃない」と否定した時、言った相手が考え直したり気が付いたりして「たしかに、そうじゃないかも」なんて理解してくれる事もあれば、逆に「絶対そう」なんて強く言われて平行線を辿る事もあるのではないかと思う。
人が思う自分と、自分が思う自分。
ここに時に思ってもいないほどの溝が生まれ、互いに「なんでそう思うんだ」と理解し難い様な事になっている、なんていう場合もあるのではないかと私は思う。
今回は、そんな、自分と他者との間でが出来ている人の話をしたい。



ギャロワ侯爵家長男サシャ・ルメルシエには3歳年下のかわいい弟がいる。
名前はカナメ・ルメルシエ。
両親のいいところ取りをしたような愛らしい子供で、将来は美人になるだろうと誰もが言ったかわいい弟。
内面は母親に似て大変普通。そして泣き虫で怖がりだ。
雨と風が強い日、何度カナメはサシャの元を訪れただろう。
「にいさま……こわいよう」
そう言って廊下を走り震えて泣いて部屋に飛び込んでくるカナメを見ていると、3歳以上に年下の弟の様にも感じて、サシャは幼心に
──────、弟を守らねば!
と固く決めたほどである。
何かにつけて──────例えば転んだとか、怖いとか、とにかく色々な事に反応して泣くカナメ。
サシャはこの家の誰よりも早く、カナメに対して心配性になった。
「ぼくがカナメを守ってあげる。お兄ちゃんは、カナメを怖がらせたり泣かせたりした相手がいたら戦ってやっつけてあげる!」
自分だって幼いのに、サシャはカナメに何度も何度も言い聞かせた。
可愛い兄弟愛だと両親は微笑ましく見守っていたが、最古参の執事は
──────このまま成長すると嫌な予感がしますなあ。
とぼんやり思っていたと言う。思っていただけで、この執事も可愛らしい兄弟愛の前に、この思いは一度だって口にした事はなかった。
しかしもし、彼が一度でも口に出してみていたら、この兄弟の未来は変わっていたのだろうか。謎ではあるが、気になるところだ。

サシャがカナメ関係で“転機”を迎えた一つが、カナメが精霊と契約をしたその時である。
あまりに無防備な方法で契約した5歳のカナメを見て、彼は“進化”してしまった。
少し心配性だったサシャが、の心配性にしたのだ。
これを進化じゃないと言う人もいるかもしれないが、サシャとしては進化であったので、ここではそれを尊重し進化としたい。
ともかく、その日を境に当時8歳だったサシャは弟に“弩級の心配性”なお兄ちゃんとなった。
その進化は続く。誰も止めないから続く。
第三者が「あれ?」と思った時には何もかも、手遅れであった。

その手遅れになったと言われるターニングポイントの一つが、カナメ10歳の時である。
カナメに大きな、一生を左右する様な“事件”が起きた。
正直に言って、精霊との契約の結果“天才になる才能”を得たなんて“事件”が瑣末な事になりそうなほどの大きな事件が。
この国の第一王子のマチアス・アルフォンス・デュカス。カナメが言う『アルさま』とカナメが婚約をしたのだ。
この婚約は第二王子のエティエンヌ・ダヴィド・ピエリックが学園を卒業するまでは、決して誰にも言わないと言う契約付きで。

この時のギャロワ侯爵家の騒ぎは今も語種となっている。
なにせ、カナメ本人がこの婚約を「なるほど、解消する前提かあ」なんていう軽い、本当に軽い気持ちで「うん」と言って了承──とは言え、王族からの“打診”なので返事は「うん」しかなかっただろうが──したのだ。
他の誰もがマチアスは本気であると知っているのに、当の本人は「アルさまの都合による期間限定のお付き合い」という気持ちだったのだから、ギャロワ侯爵家の誰もがどれほど頭を抱えたか。想像していただけたらありがたい。
そのを見て、恐る恐るカナメの父であるギャロワ侯爵家当主シルヴェストルがカナメの気持ちを聞いてみれば、カナメはドヤ顔でこう言った。
──────アルさま、面倒な縁談を避けたくて、まあとりあえず、おれならなんとかなるかなーの気持ちで言ってるんでしょう?だからナイショの婚約なんだろうし、そういう王族訳ありの婚約ってあるみたいだもん。
と。
シルヴェストルは「そんな婚約があるって、そんな間違いどこで聞いたの、この子……」と口調まで崩壊して呟き崩れ落ち、母デボラは無言で気を失った。
唯一正気を保っていたサシャは、気持ちを新たにした。またしても、新たにした。
──────私がこの子を守らねば!悪意からも、訳のわからない間違いからも、守らねば!
そう、これが切っ掛けとなりカナメ限定での13歳のサシャが、カナメに対してへと“進化”を遂げたのであった。

当然ながらを知ったマチアスが静かにカナメの間違いを正し続け──これより少し後の事になるが──最終的にマチアスは“正しく”カナメに“決断”を迫り、カナメの意識としては婚約の書類を交わす事になる。
婚約の契約では「カナメが本当に望めば、この婚約を解消する」ともなっていたため、『普通の貴族の次男坊生活』をすると言い出すと思っていたシルヴェストルもサシャもカナメの決断に驚き、デボラはまたしても気絶しそのまま二日間寝込んでしまった。

とそうした近未来の話はここまでにして、とにかく“最初の婚約”をした頃に時間を戻そう。
この頃カナメは美少年というに相応しい容姿になっていた。
そして美少年のカナメは、怖がりと泣き虫をも覚えた頃である。
恥ずかしいから覚えたのではなく、彼なりの“進化”だった。
最も、隠すだけで後で家に帰ってからは泣いたり喚いたりはしていたので、サシャからすれば相変わらず泣き虫で怖がりの可愛い弟であったのだが……。
ともかく、何も知らなければ美少年カナメは普通の貴族の次男坊としてみられていた。
余談だが折角なので記しておく。この時13歳のサシャの容姿は『少し冷たく見える美少年』という評価である。

そんな美少年カナメは「解消前提にもかかわらず、どうしてこんなに勉強をしなければらないんだろう?」と首を傾げながらも、を受けるマチアスと共にを受ける日々が始まった。
対外的には──このにカナメが“勝手に入った”のだから、マチアスは相当落ち込んだ──第一王子マチアスの親友であり側近候補という立場のカナメは「解消後は側近になるためにこんな勉強が必要なのか……うーん、でいっぱいですって、は大変そうだから困りますって辞退できるといいんだけど……」と言いつつも、心許せる友人と机を並べ学ぶ事は楽しく、大人しくそうした時間を過ごしていた。
もちろん、この発言を知ったマチアスは本気で頭を抱え、ショックで暫く立ち直れなかったそうだ。
なにせマチアスはカナメに、親友枠でも側近枠でもなく婚約者枠しか用意していなかったのだから。

さて、対外的とはいえ側近候補となったカナメを誰より心配していたのは、そう、サシャである。
デボラもそれはそれは心配していたのだけれど、それが霞むほどの心配をしていたのが、サシャだ。
王城へ向かうカナメに着いて行く事もあったが──これはあまりに心配するサシャをみて、国王ロドルフが提案した事である──着いていかない日なんて、見送る時には持ち物チェックに始まり──カナメにだって優秀な侍従がいるのに、だ──、出かける際の注意事項を言い聞かせ──何か判らないものを食べるな、とか、知らない人について行くな、というおよそ10の子供に言う事ではない様な事も言う──、最後に今生の別かと言いたくなるほど抱擁し見送る。
帰ってくるまで「カナメは大丈夫だろうか?」「早く私も精霊と契約してカナメを守ってもらわねば」なんてブツブツ言っては、不安そうにため息を吐く。
こんなサシャを見ていると、同じ様に心配をしていたシルヴェスルトルは妙に冷静になってしまった。
自分よりも怒っている人を見るとなんだか冷静に……というアレと同じ現象だろう。

──────こんなサシャをカナメがどう思っていたかと言えば

「お兄様!ただいま帰りました」
「カナメ!なかったか?無事だったか?」
玄関ホールで抱き合う兄弟。
サシャはカナメの体をあちこち触って異常を確かめる。王城はどんな危険地帯なんだ、とカナメの護衛がどれだけ思っただろうか。
言っても無駄だと知るので言わない空気の読める優秀な護衛なので、一度もそれを言った事はないが、何度も心で思っていた。
それを黙って受け入れるカナメは「今日も異常はなかったよ」とのほほんと報告し「精霊さんもいるし平気だよ」とを喜びを持って受け入れている。
そう、カナメは「うざったい!」とか「過保護で面倒」とか、そう言った感情は持たなかった。
むしろ「お兄ちゃんってばなんだからー」くらいにしか思っていない。
「お兄様、いつも気にしてくれて、ありがとう」
「可愛いカナメに何かあったら大変だからね。何かあったら私が原因に報復しようと“常々”考えているよ」
「おれには精霊さんもいるから、滅多なことにはならないよ。えへへ」
「仮に精霊が報復しても、カナメの一大事にカナメを守っても、それでも私も報復したい。可愛い弟を傷つけてタダで済ますなんて……ギャロワ侯爵家がなめられてしまうだろう?」
「そっかあ」
そっかじゃない!と“口に出して”突っ込んでくれる人間は、この玄関ホールにはいない。
カナメにとって兄サシャは今も心配性のお兄ちゃんに変わりはなく、その気持ちを、兄の愛情を素直に受け止めていた。


突然だが、ダイエットをしている時や、成長期に身長が伸びている時など、長く一緒にいればいるほど、毎日見ていれば見ているほど、その変化に気がつかないなんて事はないだろうか?
毎日会っている相手には言われないのにたまにあった相手に「痩せた?」と言われたり、久しぶりに会った親族に「大きくなったね」と言われて「そういえば……」と家族から言われたりする様な事はなかっただろうか?
このカナメにも“それ”が当てはまっている。
サシャの心配を“一身に浴びてきた”カナメは、年々大きくなって行くサシャの過保護さに鈍感なのだ。
なにせ、カナメは物心ついた時には心配性の兄に見守られてきた。
そのカナメからすると、心配性だったサシャが弩級の過保護になっても、物心ついてからずっと何かにつけて心配してくれ守ってくれているサシャの変化と違いが良く分からない。
多少過激な発言も増えた気が……と思っても、年齢が上がっていろいろな言葉を知り対応を見聞きしての結果なんだろうと、“のほほんと”構えているから尚更そうだ。
だからカナメはいつまで経っても「お兄様は心配性」としか感じていない。
過保護だなんて、ましてや弩級の過保護だなんて、かけらも思っていないのだ。

「お兄様は心配性。もう少しおれを信じてくれたら嬉しいな」
「信じているよ。でもね、可愛い弟に何かあったらと思うと、心配してしまうのがお兄ちゃんって言うものなんだよ」
「そっかあ」
当然サシャは自分の変化に一切気がついていない。
大きくなればなって行くほど心配する種が増えるのは当然、だから自分があれこれ心配してしまうのも当然、可愛い弟の心配をするのは当然。
“何もかも当然”の行為だと、心の底から本気で大真面目に思っている。

この二人は、誰がなんと言おうとも、それを変えない。
この『誰がなんと言ってもそう思わない』と言う部分はさすがは兄弟なのか、よく似ていた。
誰がなんと言っても二人は全く解らないのだ。

──────ここから少し時間が流れてからの話もしよう。
しおりを挟む
感想 47

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

追放されたおまけの聖女♂は冷徹王太子の腕の中から離してもらえない〜今さら戻れと言われても、もうこの人の魔力しか受け付けません!〜

たら昆布
BL
聖女のおまけで召喚されたと思われて追放された不憫受けが拾われて愛される話

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

処理中です...