ポレイアーの奇跡

あこ

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母親は言う。
──────あの扉の先に言っては駄目よ。
父親は言う。
──────扉の向こうは死の国だ。出ればお前は死ぬぞ。
友人は言う。
──────扉の向こうに行くと、二度と帰って来れないんだって。
少年は思う。
──────なぜ、みんな扉の向こうに言った人の末路を知っているの?



少年、は村の先に有る大きな扉を見つめている。
その扉はただそこに、村の外れにだ。
扉の後ろに回っても扉の裏──といっても表と全く同じ装飾とノブがあるから、どちらが表かはっきりしないが──があるだけ。
ノブは回せるが、本当にそうなのか知る村人はいない。

年中快適な気温が心地いい、緑と色とりどりの花にあふれたこの村は自然が豊かだ。
自給自足のような生活だが、村の人間はこれといって不便を感じていない。
平和で穏やかな村。
だからだろう、村の“扉”は異質だった。
重厚な黒い扉には金色のノブが付いている。
そして扉は左右対称に鮮やかな模様が描かれていた。
誰も触れてはいけない扉。
親は子供を叱る時に「あんまり悪いコにしてるとあの扉の向こうから、悪魔がやってきて食べられちゃうよ」と言って聞かせる事がある程、“危険”とされている扉。
危険なのかどうかも、誰も知らないのに危険だと言われる黒い扉。
扉はこんな風に子供を叱る時に使わない限り殆ど話題にすらならない。けれどもその扉を、コチカは酷く気にしていた。
誰もが不気味だというその扉を、コチカは美しいと思っている。

(きれい……)

今日もまるで空が祝福するかの様に地面に木漏れ日を落とす森の中で、コチカはじっと扉を見つめていた。
じりじりと近寄って、そっと手を伸ばす。
心臓がおかしくなる程脈を打つのを感じつつ、コチカは伸ばした手をなかなか止める事が出来ない。
それでもハッと両親の顔が過って、その手をパッと引き寄せ左手でかばう様に胸の前で合わせる。
「みんな、だって……でも、こんなになのに」
ノブはなぜかコチカがこの扉を知ってからずっと綺麗なまま。扉も雨の次の日に見に来ても、泥が跳ね返って汚れているような事も無い。
それを“真面目”に考えると不気味にも思うが、こんな所に長い事──今の、村の長老が生まれる前から──ある扉なのだから、今更そんな事はコチカにとっては些細な事だった。
それよりもコチカとしては、この扉の先に何が有るかも解らないはずなのに、誰もがと口を揃えて言う方が気になって仕方が無い。
こちらの方が、コチカにはだ。
誰も知らないのに、なぜ死ぬと解っているのか。
コチカは不思議で仕方が無かった。

じっと扉を見つめていると、コチカの耳に村の鐘の音が聞こえる。
音色からコチカは今日からが始まる事を思い出した。
ここの白夜はふた月に一度、一週間ずっと一日中昼前くらいの明るさが保たれる。だから白夜が始まると夕方を告げる鐘の音をそれ専用の音にして流すのだ。もう夕方になりますよ、と村人に知らせるために。
コチカの両親は実に子煩悩で、夕食は必ず一緒に取るようにしている。
コチカは母親と一緒に夕食に仕度をし父親の帰りを待つを幼い時から日課にしているから、この夕方を教える鐘が聞こえたら帰らなければならない。
慌てて扉に背を向けて家の方に走り出す。
明日も絶対、ここにこようと心に決めて。

翌日。
コチカは決意そのままに扉の前にいた。
初めて見た時からずっと、見れば見る程コチカはこの扉に引かれている。
帰る時に帰りたくないと思う程に、だ。
元からコチカは好奇心が旺盛だった。
だけれど彼は無謀な少年ではない。親の言う事は良く聞くし、村の大人が言う“悪ガキ”では決して無い。
なのに、なのにどうしてもコチカは扉に関してだけは良い子になれなかった。

「    」

コチカの口が動く。
本人も何を言ったか解らない。
コチカは自分の本能が「そうしろ」と言っている様に何かに動かされる様に、気がついたらコチカはノブを回していた。

コチカが目をさますと、体が埋もれてしまう程のフカフカのベッドの上にいた。
恐ろしく軽く、とんでもなくふわふわの掛け布団はコチカの体をしっかりと包み込んでいて、真っ白のベッドの中からコチカの顔半分だけが出ている状態に近い。
ゆっくりと起き上がり回りを見るとそこは、コチカの幼なじみの少女が好きな絵本に出てくる“お姫様”の部屋のような可愛らしく上質な家具があり、けれどもしかし、着ている服は朝選んだそのままの物だから妙に浮いていた。
暫く呆然としていると、この部屋にある唯一──コチカの目に映る範囲での、だが──の扉がゆっくりと開き男が入ってくる。
コチカは目を丸くしたまま、口に手を当てた。
「白獅子……」
背の高い、服を着ていても体躯の良さが解る男。
白銀色の髪は肩にかかる程度で無造作だが、男の野性的な雰囲気にはピッタリだ。
そしてその頭には髪と同じ色の獅子の耳。ゆらりとゆれた白い尾は王者らしく、美しい。
「起きたか?体はどうだ」
「ぁ……えっと、あ、えっと」
どう、と言われてもコチカには目の前に獅子──────がいる事にも、自分がなぜここにいるのかも理解出来ていないから、混乱が混乱を呼び答えられない。
白銀色のライオンは真っ青な空をぎゅっと閉じ込めた色の目を柔らかくし、固まっているコチカのベッドに腰掛けると、コチカの頬をひと撫でして頭を優しく触る。
「医師の見立てでは問題は無いそうだが、それは医師の判断。もし辛ければ、直ぐに言って欲しい」
「あ……はい」
「して、愛らしき猫、お前はをしているな」
ライオンの大きな手がコチカの耳を優しく撫でた。
その耳はピクピクと動き、なんとか手から逃れようとしている。
「すまん、愛らしいものでつい」
「いえ……え、あ、ぼくは、──────ええと、なんです」
コチカはの中でもひどく珍しい男の三毛。白と黒と鮮やかな橙色は、美しい模様を作っていた。
耳と尾と違い髪はほとんどが白く、所々メッシュを入れた様に黒とオレンジが顔を見せている程度。
目は子供ころから変わらずで、これはコチカ唯一のコンプレックスと言っても良い。いつまでたってもになれず、コチカはいつだって嫌だった。
ライオンは何が楽しいのか、楽しそうに嬉しそうに笑顔を絶やさずコチカの頭を撫で、髪を梳く。
「キトンブルーか……よく似合ってる」
知り合いの発言なら噛み付く所だが、相手はライオン族。コチカは何とも言えない顔で視線をそらす。
ライオンはそれに瞬いて、はたと
「そうであった。愛らしき猫が起きていたらまずは名を聞かねばと思っていたのだ。それに質問も有るだろう?」
優しい声にコチカは落としていた視線を上げ、ライオンに戻した。
彼は声以上に優しい顔をしていて、コチカは素直に答えられる。

「ネコ族のコチカです」
「コチカ……そうか。私はだ。さあコチカ、聞きたい事があるだろう」
コチカは大きく頷いて
「あの、ぼくはどうしてここにいるんですか?」
「この城には白の間、という部屋が有る。その部屋の中央にがあり、それがあるだけの部屋だ」
「……扉」
コチカの頭に過るのは、村の大きな黒い扉。
「扉の先の相手と同じ気持ちになれたその時、扉を開ける事が出来る。と。そう言い伝えがあった。私は幼い時から、開いた事が無いと言われていた扉の開け方を知っている大人が不思議で仕方が無かった。気が向くと、特にの昼は、扉の前に行ってはノブを握っていた。今日もそうしていたら突然扉が開き、コチカ、お前が飛び込んできたんだ」
「ぼく、が……」
コチカは思わず自分の手を見つめる。何となくあの時のノブの感触が蘇った。
「慌て受け止めるとコチカは気を失っていて、とにかく安静にとこの部屋に」
「あの……って……」
「極夜……コチカは知らぬのか?」
「はい」
「極夜とは、日中も太陽が沈んだ状態だ。ここではふた月に一度、一週間は一日中太陽が沈んでいる。沈む、といっても薄暗い程度で……ほら空はなんとなく、赤の様な紫の様な、そんな色で僅かに明るい」
意識を戻してから今まで、外を見るなんて余裕もなくそれをしなかったコチカがレーベの視線を追い外を見ると、そこは確かに夜の世界が広がっていた。
「知らない……ぼくは、白夜しか、しらない」
首を振って幽霊を見た様な顔で呟くコチカに、レーベは問う。
?」
「極夜と同じ期間、夜も昼の様に明るいままなんです」
「そんな物は聞いた事が無い」
「ぇ」
聞き返したコチカの声はあまりに小さく儚い。
「そんな!ぼくのいた場所は、ライオン族もいたけれど、そこだって白夜しかなかったのに……!」
「こちらにもネコ族はいるが、極夜しか聞いた事はない」
レーベとコチカの喉が上下する。
二人は本能で悟った。
ここはだけれど、世界だと。

コチカがふるふると震え始め、レーベはその体を大きな体で隠す様に抱きしめる。
トクトクと耳に届く心臓の音に、コチカの震えが少しだけ小さくなった。

「コチカ。私が誓おう。コチカが帰る方法を見つけられるよう全力を尽くす事を。この世界で私が何者からも守る事を」
「どうして」
「あの扉の話が本当ならば、コチカ一人で開ける事が出来る物ではない。私の願いもあったのだ。あの扉の向こうは、どうなっているんだろうか。と」
涙の溜まっていくキトンブルーの目が、真剣なレーベの顔を捕らえた。
「私にも責任がある。コチカ、私は誓おう。私の名に誓って、コチカが帰るその日まで、必ずお前を守る事を」
だからどうか、それだけは信じて欲しい。その真剣な声にコチカは自然と頷いて、悲しい様な辛い様な、言い表し用の無い感情から逃げる様にレーベの体に身を委ねる。

「まずはコチカ、とにかく休め。そして次に起きたら、ここを案内し皆に紹介をしよう。だから今はおやすみ、コチカ」

起きたらレーベの顔ではなく、両親の顔が見れたら良い。
コチカはそう思いながら、穏やかな声に誘われる様に目を閉じた。
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