ポレイアーの奇跡

あこ

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コチカが扉の向こう、極夜のあるこの世界で暮らしはじめて二週間ほどが過ぎた。
あの日の翌日、コチカは漸く窓から外を眺め、自分が今“城”にいる事に気がつき「ふぎゃぁ!」と叫んでしまったし、同時にレーベがこの国の王である事などを知り、瞳孔をまん丸にし毛を膨らましてまで驚いた。
驚きのあまり、髪の毛さえぶわりと膨らんで、それをレーベには笑われてしまったがコチカとしては仕方がないじゃないかと思う。
コチカは山の中の小さな村で生まれ育ってきた。山を越えた隣の村なら行った事が何度もあるが、それ以外に出た事はない。生涯“王様”なんて会う予定はなかった。会っても何をしたら無礼にならないのか考える事だって難しいのに、レーベが王だったなんて言われたら驚くしかない。
なのにレーベといえばそんなコチカに御構い無しに、若干毛を膨らませたままのコチカを主要な人間全てに紹介してくれた。
その全ての相手から「王は常々『扉の向こうはどうなっているのか』と気にしておりました。そのせいでこの様な事に……申し訳ありません!」なんて言われたコチカの気持ちを思うと、もうなんとも言えないものがある。

そう、この城の中核の人間らはあの扉を開ける方法をみな“伝説”として知っていた。
しかし、そこからコチカが現れたと言われたといっても王と平民だ。申し訳ないなんて仮に上部だけだったとしても言う必要はないとコチカは心底思った。寧ろ疎まれてもおかしくないと思ったのに。
が、どうやらそうはいかない様である。
なにせ男も女もまさにで、戦う事に長けているライオン族。
彼らからするとネコ族はか見える存在。その上コチカは山の中の集落で育ったせいもあってか、素直だし、若干箱入り息子気味で実年齢より幼くみえる言動。ライオン族からすると、コチカと同じ年齢のライオン族の子供より子供に見えて仕方がない。
他の族から『他人の子は勿論、我が子にも厳しく、血も涙もない』なんて誤解されている、本当はコミュニティー内の子供には寛容で優しいライオン族はコチカに庇護欲そそられてしまったようだ。
その上、この世界にネコ族はいるが、コチカの世界とは違い三毛は“”であったのも要因かもしれない。
コチカの世界でも三毛はたしかに珍しかったが、いないわけではなかった。コチカが三毛のオスという理由で特別珍しかったものの、隣村の双子の美人姉妹は三毛だったのだ。
いないと言われて驚いたコチカと、三毛がいると聞いたこちらの人間──正確には獣人か──の驚いた顔はなかなか“見もの”であった。

「コチカ様。お庭に出ませんか?極夜にしか見れない、蛍が見れますよ」

暇に任せてウトウトとしていたコチカに声をかけたのは、綺麗なブロンドヘアのショートカット、少し先の切れた右耳を持ち低めのハスキーな声が特徴的な、軍服を着用した。コチカに心奪われ保護者の一人に名乗りを上げている宰相推薦の、元騎士団軍団長で現近衛兵師団の団長補佐だ。
プロムスが選ばれた理由は、プロムスの戦闘能力と判断力や戦績などあるのだが、“威圧感”と“雰囲気”が大きい。
ライオン族の騎士は体格が良くどうしてもがある。意味もなく王の客人を威嚇はしないが、なにせの護衛であり世話役。なるべくなら威圧感が少なく、コチカがビクビクしない相手がいい。
そんなわけで、騎士団始まって以来のであり、女ながら軍団長まで上り詰めた団長補佐の彼女が抜擢されたわけだ。
コチカはすっかり男だと思ったほど、彼女は下手な男より“騎士”らしいが、プロムスはコチカに母性本能くすぐられまくりの心の優しい女性である。

「ほたる?夏の蛍?」
「虫の蛍ではなくて、雪のように白く小さな綿毛を持つ植物があるんです。それがこの時期の極夜に、綿毛に包んだ種を風に乗せて運ぶんですが、それが僅かにあたりを照らす光に輝いて蛍のようにみえるんですよ」
「へえ」
「遠目からは解り難いのですが、近くに行くと蛍に囲まれているように思える時があるほどです」
「すごい!蛍に?」
「ですから、いかがですか?」
いく、と勢いよく頷いて意思表示したコチカにプロムスは微笑む。
微睡んでいたソファから元気良く降りたコチカに「コチカ様、お支度を」とプロムスはポンチョを着せる。
衣服の一つもなくここにきてしまったコチカは、自分のために服を用意すると言ったレーベとコルテージュを必死に説得──あれはだった、と彼らは言う──し、近衛師団長の息子のお下がりを譲り受けた。「で申し訳ありません」と渡され試着した際、ぴったりの服に喜んだものの、息子の歳が11であると知りコチカはかなり打ちひしがれていた。
そんな師団長子息のお下がりは解りやすく例えると、ゴルフのオールドスタンダードファッションというのだろうか。シャツにベスト、ニッカボッカーズに可愛い靴に靴下だ。ジャケットやネクタイはコチカにとっては着なれなくて、身につけない。そして外に出る時は過保護で心配性なプロムスがポンチョを着せる。

もこもこの裏地のポンチョを着せられたコチカとプロムスが部屋を出た。
コチカがプロムスに手を引かれ城内を歩く姿は、たった二週間で城内の人間にとって見慣れたものになっており、男装の麗人と言われた騎士プロムスが可愛い王子を守っているように見え、かなりの癒し効果を発揮しているとか。
コチカはコチカで手を引かれながら会う人会う人に挨拶をし、ニコニコ笑って歩く。時々菓子をもらったりしてプロムスに「これ、もらってもいい?」と目線で訴える姿はさながら、母と子だとコルテージュの弁である。

「さ、このあたりが綺麗ですよ」
コチカを庭の一角まで案内したプロムスは、あたりを警戒しながらコチカの手を離す。
コチカはふわふわと漂う綿毛に手を伸ばし、戯れるように追いかけ遊ぶ。
光の加減で蛍のように見えないけれど、猫の本能が疼くらしくそれどころではないようだ。
「プロムス!いっぱい取れた」
「反射神経がいい証拠ですね」
「へへへ」
コチカが手を広げると綿毛がたくさん手のひらに現れる。
余談だが、コチカがプロムスを呼ぶ際敬称がないのは、プロムスのに負けたからだ。ネコ族、しかも子猫のコチカにはあのプロムスを前に「プロムスさん、としか呼べない」とは言えなかった。

褒められ素直に喜び頬を染めるコチカは、ふと足元に蔓性の可愛い花がある事に気がつく。
「プロムス、このお花、少しとっても平気?」
「ええ、大丈夫ですよ」
綿毛を風に載せるように空に放ったコチカはしゃがみこみ、それを丁寧に摘み取っていく。
プロムスは城内とは言え警戒を怠る事なく、それでもコチカの行動に
(子供はネコもライオンも、どの種族でも突然何かを始めるものね)
と、“落ち着きのない子”、と言われた自分の幼少期を思い出す。落ち着きある子になれたら、と両親に勧められるまま始めた剣術でよもやこんな地位を手に入れるとは、プロムス自身思いもしなかった。
そんな事を思い出していると、遠くから目立つ白銀が近づいてくるのが見え、プロムスはコチカに声をかけようと地面に跪く。
ほぼ同じタイミングでコチカは顔を上げ
「プロムス、ぼくの世界では、このお花の冠を大切な人にあげるってあるんだよ。大切な人に、幸せになってね。って気持ちをこめるんだ。このお花の花言葉がね『あふれんばかりの幸せを』だからなんだって」
言ってプロムスの頭に色とりどりのかわいい花を咲かせる蔦で作った花冠を乗せた。
ニコニコ笑ったままのコチカと、目を丸くしたプロムス。
二人のそばへきたレーベは、コチカの隣にどっかりと座り込んだ。
彼はいつもそう。綺麗な服が汚れても気にしないのだ。
「コチカ、手先がずいぶん器用だな」
「ぼくの世界では、ぼくの村だけかもしれないけど、みんなこれは作れるんです。大切な人にあげるために」
「よし、私も作ろう。コチカ、教えてくれるか?そうだプロムス、お前はどうだ?」
呆然と頭の冠に手を添えていたプロムスは、ハッとレーベに頭を下げて
「私も、コチカ様にお渡しするために教えていただきます」
「ぼくに!?うわ、嬉しい」
ふにゃりと笑うコチカの頭を撫でたレーベは
「私もコチカのために編もう。コチカの頭には私とプロムスからの二つも冠が乗る事になる。王の私よりも冠持ちだ」
「レーベ様は冠幾つ持っているんですか?」
「王冠ひとつだ。この先も、増える事はないだろうな」
ほえ、と締まりのない言葉を発したコチカは
「ぼく、レーベ様にも冠を編むから、ぼくと同じで二つになりますね」
とまた笑った。

結局、コチカはレーベとここにはいないコルテージュのを編み、その二つを編む間レーベとプロムスは冠を作り上げる事が出来た。
簡単そうに見えて難しかったのか二人は悪戦苦闘して、難しそうな顔で必死に蔦と格闘する姿にコチカは声を上げて笑ったほどだ。
そうしてコチカの頭に少し不恰好な花冠が二つ、レーベに綺麗な花冠が乗った頃、光の角度がちょうどよくなりあたりの綿毛が輝き始めた。
コチカは気がついて立ち上がり、目を輝かせて手を伸ばす。
花冠のおかげなのか、それとも光のせいなのか、無邪気な笑顔で蛍の光のように輝く綿毛の間を縫うように跳ねるコチカがいやに幻想的で、レーベは眩しそうに目を細める。

「レーベ様!とっても美しいですね。ぼく、こんな世界に来れてよかった」

戻る方法も解らないまま、いたずらに時間が過ぎている中、コチカの満面の笑みとともに発せられた言葉はレーベの胸を打つ。
コチカは一度も帰りたいとは言っていない。ここにきてよかった、とも言っていないが、帰りたいと泣きわめく事もなかった。
子供っぽい、田舎育ちのせいか幼すぎるコチカだが、この世界の人たちが忙しい時間を縫って帰る方法を探してくれている事をコチカなりに理解し、だからこそ口に出したりしなかったし遠慮しがちだった。
レーベはそんなコチカが心配でいた。
楽しそうに笑うのは、本当にそうなのか。
幸せそうに話すのは、本心なのか。
遠慮しているのではないか、こちらの人間に気を使っているのではないか。
そんな気持ちを持っていた。

そんな風に思っていたレーベの前で、コチカは幸せそうに楽しそうにこの世界は綺麗で来てよかったと言う。
レーベは心の言うままに立ちがり、綿毛を追いかけるコチカの腕を掴むと引き寄せて、コチカをぎゅっと抱きしめた。
小さくて、細くて、全くもって戦えなそうなコチカがなんと愛おしい事か。
レーベは素直にそう思う。
「レーベ様?」
お揃いの花冠を被るコチカがきょとんとした顔を上げる。
レーベは不恰好な二つの冠を被るコチカに優しく微笑むと
「ありがとう、コチカ」
それだけ言って、コチカを腕の中に隠すようにそっと抱きしめた。

輝く綿毛の舞う中レーベは心地のいい体温に身を委ね、どうかコルテージュが執務室からいなくなった自分に気がつかないように、と願うのである。
もう少しだけ、コチカの体温に、レーベは酔いしれたいのだから。
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