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あこ

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後編

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静かに粛々と時間を過ごし、夜になってダリルは自分の部屋に戻り、アシュリーはジョシュアと抱きしめあって自分の部屋に戻った。
壁の時計が、運命の時間まであと2時間だと告げている。
いつもより部屋に戻るのが遅かったダリルは少し眠そうだった。
昨日から寝ていない様子だったから、昨日よりも強い力を手に入れた睡魔と戦っているのだろう。
それと戦うダリルを思い浮かべると、アシュリーの顔が和らぐ。
兄思いの弟のそんな優しさと可愛さに、こわばっていた体もほぐれた。
(大丈夫。どうなってもわたしは大丈夫)
家族はどうなっても受け止めてくれる。ウィルクス公爵家のみんなも笑って受け止めてくれるだろう。
愛されていると自信があるアシュリーを、アシュリー自身が信じるだけなのだ。

じっとしていられないで部屋をうろうろしているといつの間にか残り時間は1時間になっていた。
緊張と恐怖でどうにかなりそうな時、コンコンと窓をノックする音が部屋に入ってくる。
こんな時間に窓を、三階の窓をだ、叩ける人間がいるのかとそちらへの恐怖で怯えながらそっとカーテンを開けると髪を整え直しているサイラスが立っていた。
「サ、サイラス!!?」
慌てて窓を開ける。あまり広くないバルコニーに何とか立っていると言うサイラスに、アシュリーはすぐに入ってと部屋に入れた。
「なんで、こんなところに?」
頭から運命の時間なんて飛んでしまったアシュリーに聞かれたサイラスは、少し罰が悪そうな顔で
「前に、アシュリーが言っていただろう?あの木に登って伝ってくれば、自分の部屋の窓に行けると思うと。本当だったよ」
「え?そう言うこと聞いてない!何でこんなところにっていうのは、ここまできた手段の方じゃないよ?」
サイラスはアシュリーをベッドの上に座らせると、自分も断ってからベッドに上がりその前に座った。
「アシュリーはきっと、一人でいると思って。私は一人で怖がるアシュリーを独りにしたくなかったんだ。きっと一人でいたいと思っていると考えたけれど、私は君を、独りにして運命の時間を迎えさせたくなかったんだ」
アシュリーの手をそれより大きなサイラスの手が包む。
そしてもう片方の手でそれをポンポンと叩くのが、サイラスがアシュリーを安心させようとしている時の仕草だった。
「ごめんね、君が一人でいたい理由もわかっているつもりだったけれど、それでも私は独りにさせられなかったんだ」
「サイラス……」
ポロリとアシュリーの目から涙が落ちる。
「それでももし、泣くほど嫌だったら、ジョシュアおじさんに叱られながら、家に帰るよ」
家族ぐるみで付き合う中で、お互いの親は『おじさん』『おばさん』と呼ぶようになって久しい。
「そんなことない。お父様とダリルには向き合う時間が欲しいからって一人でいたいと言ったけれど、本当は怖かったんだ。一人でその時間を過ごすのが……でも誰かといるのも怖かったんだ」
ボロボロと泣き出したアシュリーにサイラスは背を向けた。
彼は時間を確認済みである。だからもうあと5分もない事が分かっていた。
「私は背を向けているよ。抱きついていてもいいし、離れていてもいい。何が起きても私がアシュリーと一緒に受け止めるよ。だから運命の時間が来て、私にいいよと言うまで私は君に背を向けていよう」
サイラスらしい優しさにアシュリーは頷く。見えないないと分かっていたが、何度も頷いた。
「サイラス、もうすぐだよ」
「私はアシュリーがどうなっても、仮に猫になってもウサギになっても、君がそれを受け止められるのを手伝うし、受け止められずに溢れた分は私が代わりに受け止めるよ。君がそれを返してと言うまで、ちゃんと私が持っているよ」

時計の針がカチリと動いた。
ついに日付が変わる。
暫し──────時計が部屋の暗闇の中に隠れ確認出来ない状態のサイラスの体感としては20分くらいであった気もしたし、1時間あったかもしれないが、とにかく運命の時間が過ぎどれほどか経ってアシュリーの「神様、ありがとう!わたしは、男だ!!」という大きな声がアシュリーの部屋の扉を突き抜け屋敷に響いた。
反射的に、許しもなく振り返ったサイラスにアシュリーは驚いたが、お構いなしにアシュリーはサイラスに抱きつく。
いつもなら抱きしめ返してくれるサイラスはそれをせず、アシュリーの体をそっと話すと転げるようにベッドから降り慌ててバルコニーに戻った。
アシュリーの部屋に向かってくる大小二つの賑やかな足音。その後ろから静かだけれど慌てた様子の足跡も複数続く。
ジョシュアとダリル、複数あるのは使用人だろう。みんな心配で誰も眠れなかったのだ。
近づく足音が聞こえる中、ベッドに漸く終わった安堵からぐったりと座り込むアシュリーは、バルコニーから戻ってきたサイラスがベッドの下で跪いた事にキョトンとして首を傾げた。

「私は、アシュリーを愛してる。男でも女になっていても、同じ事を言った。君が好きだ。男とか女とか関係なく、アシュリーにずっと恋焦がれていたんだ」

溢れそうなくらい目を見開くアシュリーにサッとサイラスが一本のバラを差し出す。
どうやら花束をやめて一本だけにしたようだ。けれど一本のバラを差し出しプロポーズするというのは、「命懸けであなたを愛する。何よりも愛している」と言う意味であるとこの国では常識だ。
どちらにしてもを伝えていた。
「え?わたしを?こんなわたしを?なんで?え?これ、どういうこと?」
おろおろするアシュリーにとろけそうな微笑みを向け、サイラスは小箱を取り出しそれを開けるとアシュリーに中身を見せる。
そこにはサイラスの瞳の色である碧色の高そうな宝石が収まった指輪があった。

「どうか、婚姻を前提に婚約して欲しい」

この言葉と同時に部屋にジョシュアとダリルが乱入した。
ノックもなくバンッと扉を開けたのだから、乱入でいいだろう。
二人はサイラスがいる事に驚き、彼の状態から今の状況を理解した。

「婚約は婚姻が前提だろう!やり直してこい!!」
「父様、なんかツッコミどころ違うよ!まず兄様の事を確認しなきゃ!」

乱入者二人のトンチンカンなやりとりに、アシュリーはようやく、本当に久しぶりに大声で笑った。
三人が呆然とし、後から追いついた使用人たちが「なぜサイラス様が?」と首を傾げている中、ひたすら笑って笑って、疲れて気絶するようにアシュリーは寝た。
呆然とした全員をその場に放置して。

しかしこの辺りのやりとりとやっと訪れた安堵で、サイラスのプロポーズがアシュリーの中からすっかり抜け落ちてしまった。
翌日返事をもらいに──暴走した事を両親に今までにないほど怒られ殴られた為顔を腫らして──現れたサイラスに「昨日?サイラス、わたしに何か言ったっけ?」と可愛い顔で言われるなんて、呆然とした今のサイラスは思いもよらなかっただろう。
しかしこれで憂の気持ちがなくなったアシュリーに思い切り、正面から告白出来ると言うもの。
サイラスはここから“猛攻撃”を開始した。
手を緩めず“攻撃”し続けるサイラスは、両親には呆れられたり怒られたりしながら周りにアシュリーへの執着を見せ、ジョシュアとダリルからは応援されつつけれど運命の日の不法侵入をネチネチと怒られながら、あっという間にアシュリーとのを、アシュリーの同意の上で取り付ける事に成功する。
アシュリーは婚約が整った時、こう言った。
「思えばサイラスはずっと、わたしのギフトを知ってからも『私はどうなってもアシュリーをアシュリーとしか見れないし、見ることもない』と言っていた。ギフトをサイラスしか知らなかったとは言え、これほど思われていると思うと、捕まるのも悪くなさそうだし、なにより『引きこもり上等』なんて言うのはサイラスだけだものね」
この発言に「引きこもり上等という言葉の裏に『誰にも見せず閉じ込めたい』という恐ろしい言葉が見えた……」とサイラスの両親とジョシュアにダリルは思ったと言う。
全員それを心の中にとどめたのに、そんな四人にサイラスはにこりと笑って

「それでもいいって思ってる意味は、しっかり確実に思い切り入ってる」

と幸せそうな顔で碧宝石の収まる指輪をつける婚約者に口付けた。
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