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さよなら菖蒲
後編
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ユカリの部屋の近くはいつも人があまりいない。
冬夜達はユカリを狙うような奴がいなくて安心だと思っているが、それは間違いだ。
変に絡まれたくない生徒達が、注意をしているから出くわさないだけである。
冬夜がユカリの部屋の前まで行くと、部屋の中、玄関のドアの手前で話しているのか、声が廊下に漏れてきた。
「なんで!なんで!どうして離れるって言うの!!?好きだってあれほど言ってたくせに!」
「好きだった。でもその意味はあれだけたくさん伝えてた。友達じゃないって。でもいつもなあなあで誤魔化して。漸く分った。お前はそれこそお前が否定した『俺の容姿しか見てないやつ』だったんだよ」
「ふざけないでよね!よくそんなことが言えるよ!!」
でてけ!と叫んだユカリの声と共にドアが開く。
冬夜は思わず柱の影に隠れた。
興奮してる二人はその冬夜に気がつかない。
なぜ隠れたのか分からない冬夜は心臓がドキドキと酷く鳴り、二人の会話も朧げにしか聞こえない。
ハッと気がつけば自分の部屋に戻っていた。
同室者は同じく元役員だった会計役だ。
彼はリコールされてユカリの取り巻きをやめ、新しいクラスで肩身の狭い思いをしながらそれでも必死に暮らしている。
ユカリが紫を殴った時、冬夜を止めた彼だ。
「あ、帰ってたんだ」
後ろから声がかかり冬夜は顔を上げる。
「授業、出たほうがいいよ。俺ついていくの精一杯だよ」
冬夜の座るソファの隣に腰掛け、元会計役は「待ってて、見せたいものがあるんだよ」と言ってカバンから二枚の写真を出し、それを冬夜に見せた。
「じゃん。松前くんの写真です。ねえ、松前くん的にどっちの笑顔の方が好き?どっちの笑顔の方が俺らしいなって思う?」
突然の事に戸惑いながらも、元役員同士と言うのもあってか冬夜は素直に、彼が自分に見せる二枚の写真を見た。
会計役は、ふわふわしていて頼りなく何でもかんでも人任せ、そう言う人間なんだろうと周りから見られていた。ふわふわしていたのは事実だったけれど本当は誰よりも頑張り屋で気配り屋、人任せになんてしない。冬夜はそれを今、突然、ふと思い出している。
「まじめにね?直感でまじめにね」
直感でまじめとは、と思わず吹き出した冬夜は片方を指さす。
どちらも何かを見て笑っている写真だが、冬夜が自分のいい笑顔だと思った方を指し示した。
元会計役は一瞬目を見開くと、嬉しそうに、けれどどこか寂しそうな顔で「そっか、俺もそう思った。松前くんはこっちの方がいい笑顔だよ」と言って二枚を冬夜に渡す。
冬夜はそれをじっくり見て
「これ、どうしたんだ?」
「ちょっとね。内緒。あ、俺の私物じゃないよ」
「私物って……わかってるよ」
在りし日によく見た、慌てて必死に否定する彼に冬夜は自然と笑っていた。
「松前くんも、その写真の意味、きっといつか分かるよ。多分ね」
立ち上がった会計役は鞄を持って自室へと向かう。
冬夜はもう一度写真を眺めた。
一体これで何が分かるのか、冬夜には分らない。
けれどもただ、片方の自分はとても楽しそうに笑っていた。
それから暫くしてのある日。
冬夜はぼんやりと寮の部屋に立っている。
ポケットから出したものは、あの日、会計役から受け取った二枚の写真だ。
この違いはまだ分らない。
頭のどこかでは分った気がするけれど、それが何かは霞がかかった向こうにあるようで、全く見えてこない。
ユカリは先日、強制退学となった。
一匹狼と言われた生徒や同じ役員であった書記役も同じである。
ユカリを迎えにきたユカリの両親はすっかり草臥れていた。今までの彼らの姿を思い出せないほどに、酷かった。
ユカリは冬夜を始め取り巻きたちに「誰も助けに来ないなんておかしい!」「なんで助けてやったのに、助けに来ないんだ」「なんとかしろ」と怒鳴っていたが、学園に残っている取り巻きたちは誰一人としてユカリを助けには現れなかった。
冬夜は退学と聞き様子を見に行ったものの、その怒鳴り声を前に扉を開ける事が出来ずにいた。
なぜあんなにも愛しくて可愛くてたまらなかったユカリを助けるべく動けなかったのか、冬夜は今も判らない。
冬夜はユカリがいなくなっても“ユカリがいなくなった事に対しての恨みや怒り”は意外にも湧かず、しかし紫への怒りはいつまで経っても晴れずにいた。
だからこそ、紫には何かしてやらなければ気が済まない。
その気持ちが日に日に増して、抑えられないでいる。
そんな冬夜の部屋のドアを叩く人物がいた。
会計役が何か忘れ物でもしたのかと扉を開ける。
冬夜と彼は“あの日の写真の一件”から、寮部屋の中ではよく話すようになっていた。以前よりもよく話す。だから冬夜は彼以外思いつかなかった。
「──────なんだ、会長様か」
しかし扉の向こうにいたのは楝。
楝は冬夜に何か言おうとして口を開いたが、冬夜が出にしていた写真を見てそれをやめ、パッと写真を奪い取る。
冬夜はこんな事がよく、会長と副会長の間柄ではあったなと思い出した。
その時はよく「乱暴に取ると破るかもしれないのだから、やめてほしい」と言っては、「言うよりも取る方が早い」と楝が言い、小言を言っていた。懐かしすぎる思い出だ。
「なんでこんな時の写真、持ってんだ?」
「こんな時?これは元会計役が持っていて、どちらの写真の自分の笑顔が好きかと聞いてきたんですよ。それからただなんとなく、捨てられずにいるだけです」
素直に答えると楝はそれらを冬夜に見せて聞いた。どちらが好きか、と。
「こちらですよ。こちらの方が楽しそうだと自分でも思います」
迷わずにあの日と同じ方を指さすと、楝は苦い顔をして深く溜息をついた。
「なあ、俺は今日、ここに釘を刺しにきたんだ。お前が姫路に何かしそうだと思っていたからな。それだけはやめておけって」
「随分とあいつを大切にしてるんですね」
「あんな優秀な補佐はいないぞ。まじで。でもな、それだけじゃねえよ、今はな」
真面目な顔で見つめて言われ、冬夜は「今は?」とつい聞き返す。
楝は冬夜に写真を返し、そして写真を指でさしてから、殊更ゆっくり告げた。
「これ、いつの写真が判る?服装で判るぞ。こっちはお前の幼馴染が来た頃だ」
冬夜が楝の指を刺した方の写真を見たのを確認して、もう一方も指差す。
「こっちは、姫路と付き合ってた頃だ。だから、お前がこれを選んだと聞いて、お前のためにもやめてくれって思ってる。でもな、もし、それでもお前が何かしたら、俺は今度こそ許さない。忘れないでくれ」
茫然と自分の写真を見ている冬夜に楝は、小さな声で何かを言って部屋から出て行った。
二枚の写真の片方、しかも自分自身が良いと思う笑顔が紫と付き合っていた時のものだと知り、冬夜は愕然とした。
二度とも選ばなかった方だって笑っている。けど笑っているが楽しそうだとかそう言う顔ではなく、人を貶めるような見下すようなそんな笑顔と言うのだろうが、“酷い”笑顔だった。
思わず彼は以前親衛隊隊長から聞いた、自分の写真を隊員がアップロードしているという共有アルバムにログインする。
ユカリが来る前はもちろん、来てからの写真もずらりと並んでいる。
最近のものは少ないが、それでも少しだけはあるようだ。
ユカリが来る直前の写真から最近のものまで、並んでいる自分の写真を見て冬夜は頭を抱え床に蹲った。
誰が見ても明らかだった。
ユカリが来る前の冬夜の方が、いい意味で力が抜けていて生き生きとしていて楽しそうだった。
目の下にクマなんて決してなくて、周りを見る目も優しい。
極め付けは、紫と一緒に写っている自分と、ユカリと二人きりでいる時の自分の写真を見比べた時だった。
「いつから、俺は──────俺はこんな……」
幼い時からの恋心を、いまだに大切にしている自分。
いないユカリへの気持ちを持て余し、仕方なく紫と付き合っていた自分。
どれほど身代わりに優しくしても、心中では本命を一途に思っている自分。
時には悲劇のヒーローのように、時には純愛小説の主人公のように、そういう自分に酔っていて、初恋の相手を思い続けていると言う自分しか見えず、本当の事は何も気が付きもしなかったのだと、冬夜ははっきりと気がついた。
たしかに純粋にユカリを思っていたのだろう。
たしかに紫は身代わりだったのだろう。
けれどそれはいつからか、違っていたのだ。
せめて『付き合ってやっている』と思っていない事だけでも気がつけたら
──────とーや、今日のご飯、美味しかった?ぼくね、最近料理が上手になってきた気がするよ。これは素晴らしい進歩だね。
思い出したのは呑気な声でのんびりと、ニコニコ笑いながら自分に話しかける紫の顔。
そこまで自分に何かしなくても良い、それは確かに本心だった。
そう言ったのは、後から何かと理由をつけてしつこくされたくはなかったからだ。
でも違った。本当の理由は今違ったのだと、分った。
紫が無理をして自分に尽くして離れていってしまうのが嫌だったから。本当はそれだったのに。
何を言っても紫はいつもニコニコと笑って
──────冬夜と少しでも一緒にいたいから、自分のための頑張りだから平気だよ。
時々料理を手伝えば嬉しそうに笑って、買い出しに付き合えばありがとうとはにかんで。
「俺は、いつ紫を好きになっていたんだ……なんで、なんで今こんな、こんなことに気がついたんだ!」
ユカリが退学になった時、二度と会えないと思ったその時、心に生まれたのは安堵だった。何に安堵したのか、冬夜は分らない。けれど確かに安堵だった。
もしユカリを本当に、ずっとずっと好きだったのなら、今紫への気持ちを理解したこの時のように叫びたくなるほどの痛みを感じていたはずだと、冬夜は顔を覆い泣きじゃくった。
初恋は初恋で良かったのだ。可愛い幼馴染はそれでよかった。
始まりは確かに身代わりでも、付き合っていくうちに育った気持ちをもっともっと大切に、そしてちゃんと、冬夜は向き合うべきだったのだ。
紫に対しての怒りは、萌葱に対する強い嫉妬心が形を変えただけ。
自分をあれほど好きだと言いながら、萌葱と付き合った紫への怒りでもあった。
咽せながら泣く冬夜は、漸く分った。
もう、何もかも、全て、遅かったのだと。
床に落ちた写真。
いい笑顔の冬夜が見つめる先にいるのは紫なのだろう。
幸せそうなその時間は写真の中でしか存在しない。
自分で捨てた幸多い瞬間が、冬夜の目の前で笑っていた。
冬夜達はユカリを狙うような奴がいなくて安心だと思っているが、それは間違いだ。
変に絡まれたくない生徒達が、注意をしているから出くわさないだけである。
冬夜がユカリの部屋の前まで行くと、部屋の中、玄関のドアの手前で話しているのか、声が廊下に漏れてきた。
「なんで!なんで!どうして離れるって言うの!!?好きだってあれほど言ってたくせに!」
「好きだった。でもその意味はあれだけたくさん伝えてた。友達じゃないって。でもいつもなあなあで誤魔化して。漸く分った。お前はそれこそお前が否定した『俺の容姿しか見てないやつ』だったんだよ」
「ふざけないでよね!よくそんなことが言えるよ!!」
でてけ!と叫んだユカリの声と共にドアが開く。
冬夜は思わず柱の影に隠れた。
興奮してる二人はその冬夜に気がつかない。
なぜ隠れたのか分からない冬夜は心臓がドキドキと酷く鳴り、二人の会話も朧げにしか聞こえない。
ハッと気がつけば自分の部屋に戻っていた。
同室者は同じく元役員だった会計役だ。
彼はリコールされてユカリの取り巻きをやめ、新しいクラスで肩身の狭い思いをしながらそれでも必死に暮らしている。
ユカリが紫を殴った時、冬夜を止めた彼だ。
「あ、帰ってたんだ」
後ろから声がかかり冬夜は顔を上げる。
「授業、出たほうがいいよ。俺ついていくの精一杯だよ」
冬夜の座るソファの隣に腰掛け、元会計役は「待ってて、見せたいものがあるんだよ」と言ってカバンから二枚の写真を出し、それを冬夜に見せた。
「じゃん。松前くんの写真です。ねえ、松前くん的にどっちの笑顔の方が好き?どっちの笑顔の方が俺らしいなって思う?」
突然の事に戸惑いながらも、元役員同士と言うのもあってか冬夜は素直に、彼が自分に見せる二枚の写真を見た。
会計役は、ふわふわしていて頼りなく何でもかんでも人任せ、そう言う人間なんだろうと周りから見られていた。ふわふわしていたのは事実だったけれど本当は誰よりも頑張り屋で気配り屋、人任せになんてしない。冬夜はそれを今、突然、ふと思い出している。
「まじめにね?直感でまじめにね」
直感でまじめとは、と思わず吹き出した冬夜は片方を指さす。
どちらも何かを見て笑っている写真だが、冬夜が自分のいい笑顔だと思った方を指し示した。
元会計役は一瞬目を見開くと、嬉しそうに、けれどどこか寂しそうな顔で「そっか、俺もそう思った。松前くんはこっちの方がいい笑顔だよ」と言って二枚を冬夜に渡す。
冬夜はそれをじっくり見て
「これ、どうしたんだ?」
「ちょっとね。内緒。あ、俺の私物じゃないよ」
「私物って……わかってるよ」
在りし日によく見た、慌てて必死に否定する彼に冬夜は自然と笑っていた。
「松前くんも、その写真の意味、きっといつか分かるよ。多分ね」
立ち上がった会計役は鞄を持って自室へと向かう。
冬夜はもう一度写真を眺めた。
一体これで何が分かるのか、冬夜には分らない。
けれどもただ、片方の自分はとても楽しそうに笑っていた。
それから暫くしてのある日。
冬夜はぼんやりと寮の部屋に立っている。
ポケットから出したものは、あの日、会計役から受け取った二枚の写真だ。
この違いはまだ分らない。
頭のどこかでは分った気がするけれど、それが何かは霞がかかった向こうにあるようで、全く見えてこない。
ユカリは先日、強制退学となった。
一匹狼と言われた生徒や同じ役員であった書記役も同じである。
ユカリを迎えにきたユカリの両親はすっかり草臥れていた。今までの彼らの姿を思い出せないほどに、酷かった。
ユカリは冬夜を始め取り巻きたちに「誰も助けに来ないなんておかしい!」「なんで助けてやったのに、助けに来ないんだ」「なんとかしろ」と怒鳴っていたが、学園に残っている取り巻きたちは誰一人としてユカリを助けには現れなかった。
冬夜は退学と聞き様子を見に行ったものの、その怒鳴り声を前に扉を開ける事が出来ずにいた。
なぜあんなにも愛しくて可愛くてたまらなかったユカリを助けるべく動けなかったのか、冬夜は今も判らない。
冬夜はユカリがいなくなっても“ユカリがいなくなった事に対しての恨みや怒り”は意外にも湧かず、しかし紫への怒りはいつまで経っても晴れずにいた。
だからこそ、紫には何かしてやらなければ気が済まない。
その気持ちが日に日に増して、抑えられないでいる。
そんな冬夜の部屋のドアを叩く人物がいた。
会計役が何か忘れ物でもしたのかと扉を開ける。
冬夜と彼は“あの日の写真の一件”から、寮部屋の中ではよく話すようになっていた。以前よりもよく話す。だから冬夜は彼以外思いつかなかった。
「──────なんだ、会長様か」
しかし扉の向こうにいたのは楝。
楝は冬夜に何か言おうとして口を開いたが、冬夜が出にしていた写真を見てそれをやめ、パッと写真を奪い取る。
冬夜はこんな事がよく、会長と副会長の間柄ではあったなと思い出した。
その時はよく「乱暴に取ると破るかもしれないのだから、やめてほしい」と言っては、「言うよりも取る方が早い」と楝が言い、小言を言っていた。懐かしすぎる思い出だ。
「なんでこんな時の写真、持ってんだ?」
「こんな時?これは元会計役が持っていて、どちらの写真の自分の笑顔が好きかと聞いてきたんですよ。それからただなんとなく、捨てられずにいるだけです」
素直に答えると楝はそれらを冬夜に見せて聞いた。どちらが好きか、と。
「こちらですよ。こちらの方が楽しそうだと自分でも思います」
迷わずにあの日と同じ方を指さすと、楝は苦い顔をして深く溜息をついた。
「なあ、俺は今日、ここに釘を刺しにきたんだ。お前が姫路に何かしそうだと思っていたからな。それだけはやめておけって」
「随分とあいつを大切にしてるんですね」
「あんな優秀な補佐はいないぞ。まじで。でもな、それだけじゃねえよ、今はな」
真面目な顔で見つめて言われ、冬夜は「今は?」とつい聞き返す。
楝は冬夜に写真を返し、そして写真を指でさしてから、殊更ゆっくり告げた。
「これ、いつの写真が判る?服装で判るぞ。こっちはお前の幼馴染が来た頃だ」
冬夜が楝の指を刺した方の写真を見たのを確認して、もう一方も指差す。
「こっちは、姫路と付き合ってた頃だ。だから、お前がこれを選んだと聞いて、お前のためにもやめてくれって思ってる。でもな、もし、それでもお前が何かしたら、俺は今度こそ許さない。忘れないでくれ」
茫然と自分の写真を見ている冬夜に楝は、小さな声で何かを言って部屋から出て行った。
二枚の写真の片方、しかも自分自身が良いと思う笑顔が紫と付き合っていた時のものだと知り、冬夜は愕然とした。
二度とも選ばなかった方だって笑っている。けど笑っているが楽しそうだとかそう言う顔ではなく、人を貶めるような見下すようなそんな笑顔と言うのだろうが、“酷い”笑顔だった。
思わず彼は以前親衛隊隊長から聞いた、自分の写真を隊員がアップロードしているという共有アルバムにログインする。
ユカリが来る前はもちろん、来てからの写真もずらりと並んでいる。
最近のものは少ないが、それでも少しだけはあるようだ。
ユカリが来る直前の写真から最近のものまで、並んでいる自分の写真を見て冬夜は頭を抱え床に蹲った。
誰が見ても明らかだった。
ユカリが来る前の冬夜の方が、いい意味で力が抜けていて生き生きとしていて楽しそうだった。
目の下にクマなんて決してなくて、周りを見る目も優しい。
極め付けは、紫と一緒に写っている自分と、ユカリと二人きりでいる時の自分の写真を見比べた時だった。
「いつから、俺は──────俺はこんな……」
幼い時からの恋心を、いまだに大切にしている自分。
いないユカリへの気持ちを持て余し、仕方なく紫と付き合っていた自分。
どれほど身代わりに優しくしても、心中では本命を一途に思っている自分。
時には悲劇のヒーローのように、時には純愛小説の主人公のように、そういう自分に酔っていて、初恋の相手を思い続けていると言う自分しか見えず、本当の事は何も気が付きもしなかったのだと、冬夜ははっきりと気がついた。
たしかに純粋にユカリを思っていたのだろう。
たしかに紫は身代わりだったのだろう。
けれどそれはいつからか、違っていたのだ。
せめて『付き合ってやっている』と思っていない事だけでも気がつけたら
──────とーや、今日のご飯、美味しかった?ぼくね、最近料理が上手になってきた気がするよ。これは素晴らしい進歩だね。
思い出したのは呑気な声でのんびりと、ニコニコ笑いながら自分に話しかける紫の顔。
そこまで自分に何かしなくても良い、それは確かに本心だった。
そう言ったのは、後から何かと理由をつけてしつこくされたくはなかったからだ。
でも違った。本当の理由は今違ったのだと、分った。
紫が無理をして自分に尽くして離れていってしまうのが嫌だったから。本当はそれだったのに。
何を言っても紫はいつもニコニコと笑って
──────冬夜と少しでも一緒にいたいから、自分のための頑張りだから平気だよ。
時々料理を手伝えば嬉しそうに笑って、買い出しに付き合えばありがとうとはにかんで。
「俺は、いつ紫を好きになっていたんだ……なんで、なんで今こんな、こんなことに気がついたんだ!」
ユカリが退学になった時、二度と会えないと思ったその時、心に生まれたのは安堵だった。何に安堵したのか、冬夜は分らない。けれど確かに安堵だった。
もしユカリを本当に、ずっとずっと好きだったのなら、今紫への気持ちを理解したこの時のように叫びたくなるほどの痛みを感じていたはずだと、冬夜は顔を覆い泣きじゃくった。
初恋は初恋で良かったのだ。可愛い幼馴染はそれでよかった。
始まりは確かに身代わりでも、付き合っていくうちに育った気持ちをもっともっと大切に、そしてちゃんと、冬夜は向き合うべきだったのだ。
紫に対しての怒りは、萌葱に対する強い嫉妬心が形を変えただけ。
自分をあれほど好きだと言いながら、萌葱と付き合った紫への怒りでもあった。
咽せながら泣く冬夜は、漸く分った。
もう、何もかも、全て、遅かったのだと。
床に落ちた写真。
いい笑顔の冬夜が見つめる先にいるのは紫なのだろう。
幸せそうなその時間は写真の中でしか存在しない。
自分で捨てた幸多い瞬間が、冬夜の目の前で笑っていた。
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