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ふくまさ

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『生物研究部』活動記録 参

ひと握りの絶望

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「おーい! 夏瑪なつめー! 部活行こうぜー!」

放課後。

煤牛すすうしかんなは俺のいるBクラスに来るや否や、大声で呼んできた。

しかしまあ、元気なものである。俺以外の生徒がいないから良かったものの、もし他に人がいれば、確実に関係性を疑われる声量だった。

なるべく平穏に学生生活を送りたい身としては、他人から、煤牛と俺の関係についてあることないこと言われるのは、たまったものでは無いのだ。

「声がでかい。それに、毎回迎えに来なくてもいいぞ。」

荷物をまとめ終え、煤牛のほうに歩きながら、俺はそれなりに声を張って言った。

「ん? だって隣のクラスだし。一緒に行こうぜ?」

俺よりもだいぶ背が低い彼女は、自然、上目遣いになりながら、俺にそう言った。

彼女としては、これといった意図のない仕草や発言なのだろうが、変に勘違いする人も少なくは無さそうだ。彼女からはそんな小悪魔的な魅力さえ感じてしまう。

「……おう。」

俺が素直に彼女に従った。肉体的なダメージを負いたくないからだ。



「んで、消しゴム返したのか? 水仙すいせいセンパイに。」

「まだ。これからだ。」

当たり前だが、1年生である俺が、2年生である真珠田水仙しんじゅだすいせんに、部活動以外でわざわざコンタクトを取るなんてことが、あろうはずがない。

「じゃあ結局、アタシも付いていくことになったワケだな! お前昨日きのう『いい』って言ってたけど!」

まったく不服だが。

「……そうだな。」

そうして会話に一区切りがつくと、ちょうど生物室の扉の前に立つ。

「……ん、どうした? 開けないのか?」

俺の一歩後ろにいた煤牛が、不思議そうにたずねてくる。

「……おう。」

「……? おい……?」

けれどもやはり扉の取手に手をかけたまま動かない俺を、彼女は横に来てうかがう。

俺は、緊張していた。

もう心臓がはち切れんばかりにバックバクだった。

後悔もしていた。

水仙に謝りたいとか、相手に対してどうこう、といったたぐいの後悔ではなく、ただただ自分の行動に対しての後悔である。

しなければ良かった。水仙への攻撃を。

聞かなければ良かった。安藤青蓮あんどうせいれんの頼みを。

それらをしていなければ、こうして無駄に緊張せずに済んだのに。

「開けるぞ?」

「ちょっ……!?」

俺の葛藤を一蹴して、彼女はいとも容易く扉を開けた。俺の苦渋の時間を返せ、お前は。

「こんにちはー!」

「お疲れさまです……。」

室内には、やはり標的がいた。

標的しかいなかった。青蓮の姿も、熊井栗鼠くまいりす先生の姿も見当たらない。

水仙は窓際のテーブルでスマホをいじりながら、入ってきた俺たちを一瞥し、「ん。」と挨拶のようなものを返してきた。

存外、俺に対する敵意を感じない。今のところは。

「ほら、行け行け!」

「分かってるよ……。」

とりあえず席に着こうと歩みを進めていると、後ろの煤牛に小声で後押しされながら、背中を強めに小突かれる。

意を決したというか、観念した俺は、上着の右ポケットに入っていたそれを手触りで確認しながら、水仙のもとへ向かう。

「……なによ?」

俺が彼女の座るテーブルに着くなり、彼女はこちらに視線を移すことなく、そう言った。

同じテーブルを囲んではいるが、心理的な距離がそのまま反映されているのだろう、俺は彼女と最も離れたところに立っていた。

「あの……えっと……。」

俺が声を発すると、ようやく彼女はスマホから視線を移してきた。

「鬱陶しい」と口に出さずとも、その眼が語っていた。

チラリと煤牛のほうを見やると、腕を前で組んで、俺と水仙のやりとりをしかと見守っている様子。

俺とて、そう長引かせる気は無かったのだ。

このテーブルに着いた時にすぐに、ポケットから消しゴムを取り出し、彼女の目の前にバチンとそれを突きつけてやれば良かったのだ。

ただ、自分のコミュニケーション能力を大幅に見誤っていた。

前方と後方から、刺さるような視線を受け続けている俺は、ここに立って1分が経過しようとしている今でさえ、依然として口籠ることしか出来ていなかった。
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