29 / 47
虚しさの11月
3
しおりを挟む
「……はあー」
また、知らず溜息を零してしまった。ケンカしてから数日。彼は、変わらずこの木の下に現れないままだ。
「あんなに、走って来ていたくせに……」
思い浮かぶのは、チャイムが鳴ると同時に息を切らしてやってきて、目が合うと嬉しそうに笑う無邪気な顔。
休み明けの月曜日は、気怠そうな生徒たちに交じって、とびきりの笑顔で私を見ること。
帰り際の、特に金曜日は名残惜しそうなこと。
「あんなに、あんなに……」
私のことが好きだって――言葉で、表情で、態度で、表現していたくせに……。
なのに、君は平気だっていうの? こんなに会えなくて、私は寂しいのに。
たった……あんなくだらない言い合いで。ただそれだけがきっかけで、もう会いには来てくれないの? 私のこと、嫌になったの? 謝ることさえ、そのチャンスさえもらえないの?
「うう……っ」
考えれば考えるほど、胸がギュッと締め付けられた。
これは、何だろう? 悔しさ? 辛さ? 寂しさ? 痛み? ――どれもそうだし、どれも違った。いろんな想いがぐちゃぐちゃになって、重りになって、ズシンと心に落ちている。それはそこに留まって、軽くもならず、消えてもくれなくて。ただ私を、無言で苛む。
黒く暗いそれは、言葉になんかならなくて。私一人では、どうにもならないのだと知った。そして泣きたくもないのに、勝手に目尻から溢れ出てくるのだ。
「ははっ、変なの……私、いつからこんなにも泣き虫になったの?」
空笑いをするけれど、余計に虚しくなった。それが更に、涙へと変わる。
「もう、最悪っ……こんなの、やだよ……」
私はただ、知ろうとしただけなのに。
単に過ぎ行く明日じゃなくて、未来を思い描くことができるようにしたかっただけなのに。
空虚の十年じゃなくて、前に進むための足場になる過去が欲しかっただけなのに。
自分のことなのに、手が届かない。
これも知らない、いつかの私が犯したことへの罰だというのだろうか。
「レオくん……」
彼の名を口にした途端、涙腺が決壊した。いつかくる別れは、想像以上に辛いのだと実感してしまったのだ。
いつか――? いや、もう訪れてしまったのではないか?
このまま私という存在は、彼の中でただの思い出になるの?
そうして、忘れられていくの?
「嫌だ……」
たくさんの後悔を残して、どうにもできない思いを抱えて、私はこれから生きていくの?
いつまでも私ばかりが、彼を想っていくの?
彼は、思い出してくれないかもしれないのに?
こんなことなら、やっぱり……。
「付き合うんじゃ、なかっ――」
「――それだけは、言わないで……!」
しばらくぶりに聞いた声は、初めて会った時と同じように震えていた。
久々に見た目は、私をまっすぐに映していた。
「っ……あ――」
会ったら言ってやりたいことが、それこそ今まさに溢れ出ようとする言葉たちがあるのに。それなのに、どれも全部、喉元で詰まって出てこない。
私が呆然と彼を見ていると、罰の悪そうな顔で瞳を彷徨わせた後、一言「ごめん」と謝罪を向けられた。
それは、何に対しての「ごめん」なの? また一筋、滴が伝った。
「あの時、イライラしてて……冷静じゃなかった、ごめん」
私も、冷静じゃなかった。
「無言で帰って、ごめん」
うん。
「避けてて、ごめん」
あれ、結構堪えた。
「泣かせて、ごめん」
「……」
「俺と付き合ったこと、後悔させてごめん」
「っく……ううっ……」
「泣かないで……」
「ひっく、う……ああっ……」
言いたいのに、言ってあげたのに、それは言葉にならずに嗚咽になっていく。
苦しい。感情がいっぱいいっぱいで、胸の内で暴れている。
また会えた。声が聞けた。目が合った。そんな嬉しさと、寂しさと辛さと苦しさが全部ごちゃ混ぜになって、洪水のように一気に襲ってくる。
それでも落ち着いた頃には、あの重りはもうどこにも見当たらなかった。
また、知らず溜息を零してしまった。ケンカしてから数日。彼は、変わらずこの木の下に現れないままだ。
「あんなに、走って来ていたくせに……」
思い浮かぶのは、チャイムが鳴ると同時に息を切らしてやってきて、目が合うと嬉しそうに笑う無邪気な顔。
休み明けの月曜日は、気怠そうな生徒たちに交じって、とびきりの笑顔で私を見ること。
帰り際の、特に金曜日は名残惜しそうなこと。
「あんなに、あんなに……」
私のことが好きだって――言葉で、表情で、態度で、表現していたくせに……。
なのに、君は平気だっていうの? こんなに会えなくて、私は寂しいのに。
たった……あんなくだらない言い合いで。ただそれだけがきっかけで、もう会いには来てくれないの? 私のこと、嫌になったの? 謝ることさえ、そのチャンスさえもらえないの?
「うう……っ」
考えれば考えるほど、胸がギュッと締め付けられた。
これは、何だろう? 悔しさ? 辛さ? 寂しさ? 痛み? ――どれもそうだし、どれも違った。いろんな想いがぐちゃぐちゃになって、重りになって、ズシンと心に落ちている。それはそこに留まって、軽くもならず、消えてもくれなくて。ただ私を、無言で苛む。
黒く暗いそれは、言葉になんかならなくて。私一人では、どうにもならないのだと知った。そして泣きたくもないのに、勝手に目尻から溢れ出てくるのだ。
「ははっ、変なの……私、いつからこんなにも泣き虫になったの?」
空笑いをするけれど、余計に虚しくなった。それが更に、涙へと変わる。
「もう、最悪っ……こんなの、やだよ……」
私はただ、知ろうとしただけなのに。
単に過ぎ行く明日じゃなくて、未来を思い描くことができるようにしたかっただけなのに。
空虚の十年じゃなくて、前に進むための足場になる過去が欲しかっただけなのに。
自分のことなのに、手が届かない。
これも知らない、いつかの私が犯したことへの罰だというのだろうか。
「レオくん……」
彼の名を口にした途端、涙腺が決壊した。いつかくる別れは、想像以上に辛いのだと実感してしまったのだ。
いつか――? いや、もう訪れてしまったのではないか?
このまま私という存在は、彼の中でただの思い出になるの?
そうして、忘れられていくの?
「嫌だ……」
たくさんの後悔を残して、どうにもできない思いを抱えて、私はこれから生きていくの?
いつまでも私ばかりが、彼を想っていくの?
彼は、思い出してくれないかもしれないのに?
こんなことなら、やっぱり……。
「付き合うんじゃ、なかっ――」
「――それだけは、言わないで……!」
しばらくぶりに聞いた声は、初めて会った時と同じように震えていた。
久々に見た目は、私をまっすぐに映していた。
「っ……あ――」
会ったら言ってやりたいことが、それこそ今まさに溢れ出ようとする言葉たちがあるのに。それなのに、どれも全部、喉元で詰まって出てこない。
私が呆然と彼を見ていると、罰の悪そうな顔で瞳を彷徨わせた後、一言「ごめん」と謝罪を向けられた。
それは、何に対しての「ごめん」なの? また一筋、滴が伝った。
「あの時、イライラしてて……冷静じゃなかった、ごめん」
私も、冷静じゃなかった。
「無言で帰って、ごめん」
うん。
「避けてて、ごめん」
あれ、結構堪えた。
「泣かせて、ごめん」
「……」
「俺と付き合ったこと、後悔させてごめん」
「っく……ううっ……」
「泣かないで……」
「ひっく、う……ああっ……」
言いたいのに、言ってあげたのに、それは言葉にならずに嗚咽になっていく。
苦しい。感情がいっぱいいっぱいで、胸の内で暴れている。
また会えた。声が聞けた。目が合った。そんな嬉しさと、寂しさと辛さと苦しさが全部ごちゃ混ぜになって、洪水のように一気に襲ってくる。
それでも落ち着いた頃には、あの重りはもうどこにも見当たらなかった。
0
あなたにおすすめの小説
ハチミツ色の絵の具に溺れたい
桃本もも
青春
大学生になったばかりの梅若佐保には、ひとつだけ悔やんでも悔やみきれないことがあった。
高校で唯一仲良くしていた美術部の後輩、茜谷まほろが事故に遭うきっかけを作ってしまったことだ。
まほろは一命を取りとめたものの、意識不明がつづいている。
まほろがいない、無味乾燥な日々。
そんな佐保のもとに、入院しているはずのまほろが現れる。
「あたし、やりたいことがあって、先輩のところに来たんです」
意識だけの存在になったまほろとの、不思議なふたり暮らしがはじまる――
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
僕《わたし》は誰でしょう
紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。
「自分はもともと男ではなかったか?」
事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。
見知らぬ思い出をめぐる青春SF。
※表紙イラスト=ミカスケ様
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
一条さん結婚したんですか⁉︎
あさとよる
恋愛
みんなの憧れハイスペックエリートサラリーマン『一条 美郷(※超イケメン)』が、結婚してしまった⁉︎
嫁ラブの旦那様と毒舌地味嫁(花ちゃん)....とっ!その他大勢でお送りしますっ♡
((残念なイケメンの一途過ぎる溺愛♡))のはじまりはじまり〜
⭐︎本編は完結しております⭐︎
⭐︎番外編更新中⭐︎
Blue Bird ―初恋の人に再会したのに奔放な同級生が甘すぎるっ‼【完結】
remo
恋愛
「…溶けろよ」 甘く響くかすれた声と奔放な舌にどこまでも落とされた。
本宮 のい。新社会人1年目。
永遠に出来そうもない彼氏を夢見つつ、目の前の仕事に奮闘中。
なんだけど。
青井 奏。
高校時代の同級生に再会した。 と思う間もなく、
和泉 碧。
初恋の相手らしき人も現れた。
幸せの青い鳥は一体どこに。
【完結】 ありがとうございました‼︎
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる