女子小学生 と 蒸気機動兵(スチーム・トルーパー)〜〜 美麗島のインシア 〜〜

浮月かえで

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第一章

宋櫻霞(ソンインシア)

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 汽車が打狗ダカオに到着するなり、あの天然足てんねんそくの少女は素早く席を立った。どうやら先を急いでいるらしい。

 (どうしよう、行っちゃう!)

 打狗に到着するまでの間、結局彼女に話しかけることはおろか、近づくことすらできなかった小如シャオルーは、あわてて自分も立ち上がり、天然足の少女を追いかけようとした。
 
 だが少女は汽車を降りると、月台ホームを小走りで駆けて改札口へと向かっていく。小如の纏足てんそくされた足ではとても追いつけない。後を追ったが、距離はしだいに離され、ふたりの間には乗降客が入り混じって、少女の姿が見えなくなりかけた。
 
(今を逃がしたら、二度と会えない……!)

 切羽詰せっぱつまった小如は、思わず叫んでいた。

「あのっ……もし!」

 月台にたむろしていた乗降客が数人、小如を振り返った。
 だが肝心の少女には聞こえていなかったらしく、どんどん向こうへ歩いていってしまう。
 
「……待って! 待ってー!」

 ほとんど金切り声のような大声で叫んだ。
 すると、人垣の向こうで少女が立ち止まり、こちらを振り向いたのが見えた。

(良かった、止まってくれた……!)

 小如は彼女の視線を外させまいと、一所懸命に少女へ向かって手を振り、よちよち歩きで急いだ。
 周りの乗降客が、いったい何事かと驚いたように小如を見ていたが、こんな大胆な真似をしたことに小如自身が一番驚いていた。
 
 月台を抜けて、改札口付近でようやく少女の元までたどり着いた小如だったが、その後のことをどうするのかはまったく考えていなかった。
 とにかく少女と仲良くなりたいのだが、いざとなって何を話したらいいのか、言葉が浮かんで来ない。

 天然足の少女は、このいきなり叫び声を上げながら近づいていた珍客をひとしきり眺めたあと、表情のない顔を崩さずに言った。

「何か用?」

「う、うん、あの……その……えっと……」

 気まずい雰囲気が流れる。
 ただもじもじするだけで、いっこうに話を進められない小如に、少女は眉根を寄せていぶかしんだ。
 
「……悪いけど、先を急いでるの」

 少女は踵を返してふたたび小走りで走り出しかけた。

「あ、ま、待って!」

 小如は追いかけようとして、いっ、と軽く叫び声を上げ、その場にしゃがみこんだ。
 つま先に激痛が走ったのである。
 けさ、家から美南駅までいつもの二倍の距離を歩いた代償であった。

 少女は立ちどまった。
 長さ十センチにも満たないその小さな足を、纏足靴の上からさすっている小如を見下ろし、軽いため息をつく。

「……そんな足で遠出なんてするからよ」

 小如は痛みに耐えながら答える。

「……だって、どうしても来たかったんだもん、花園露天市に」

「花園に? どうして」

「いま花園露天市に来てるっていう雑技団の演舞を見たかったの」

 それを聞いた少女の表情が、かすかに変わった。小如はそれには気づかずに話し続ける。

「あなたの言う通りよ。だから、必要なところ以外はどこにも外出できなくて。それで、ついに家出してやろうと思って、美南からやってきたの」

 小如はよろけながら立ち上がった。そして恥ずかしがりながらも、精一杯の笑顔を見せた。

「私、多天川小桃たてがわこもも。美麗名だと劉小如リウシャオルーって言うんだけど。あなたの名前は?」

 だが少女はそっけない。

「聞いてどうするの?」

「え、あ、その、で、できれば、お、お友達になってほしいなー……なんて」

「友達?」

 少女は、そっぽをむいた。

「いらないわ」

 その身も蓋もない物言いは、少なからず小如を傷つけた。少女はしょんぼりする小如に追い討ちをかけるように、

「どうせあなたも、この大きな足が珍しいんでしょ」

「そ……そんなんじゃないよ!」

 小如はむきになった。正直言うと珍しいのだが、からかう意味ではなく感動したのだということをうまく伝えるすべを、彼女は持っていなかった。
 天然足の少女は、駅舎の中にかかっている大きな壁時計を見た。
 時刻は午前十一時になろうとしていた。

「もう行かなきゃ」

 少女は急いで改札を出た。

「ねぇ、待って……」

 後を追って小如も出た。その時、ふたりの後ろから声をかける者たちがあった。

「お嬢さん達、車ぁ乗っていかないか」

「安くしとくよ」

 見たところ、人力車の車夫のようだった。二人組で、いずれも若い。
 おそらく、小如たちが改札が出たのを見はからい、をつけて声をかけてきたのだろう。
 車夫たちの背後には駅前停車場があり、相当な数の馬車や人力車が停車している。
 小如たちのほかにも、客引きの車夫に声をかけられている乗客が何組か見えた。

「あ……す、すみません」

 小如はーーとくに車夫の年齢が若いせいもあるがーー見知らぬ男性に話しかけられるのには慣れておらず、少し怖かったので断った。
 結構です、と言い含めたつもりなのだが、車夫には意図が通じなかったようで、構わずに話を続けてくる。

「ふたりとも、どこまで行くつもりなんだい?」

「わ、私は……花園ファーレン露天市……でも大丈夫です。歩いて行きますから」

「歩いていくだって?」

 車夫たちは大仰に驚いた顔をして見せた。 

「お嬢ちゃん、そりゃあ厳しいよ。花園はこっから四十分は歩くよ?」

「よ……四十分?」

 家から美南駅まで歩いた距離より、さらに遠い距離だ。それほど距離があるとは知らなかった小如は愕然とした。もし車夫の言っていることが本当なら、足を痛めている彼女には、歩いていくのは不可能な芸当だ。

「そうさ、無理だよ歩くのはさ。乗っていきなよ、花園までらくらく座って行ったほうが楽しいよ?」

「で、でも……お金が……」

 そう言いかけた小如は、はたと気づいた。
 そして通学カバンを開けて、お金に変えようと持ってきた纏足靴てんそくぐつを取り出した。
 車夫たちも、天然足の少女も、何事かと小如を見ている。

「今はお金はないけど……こ、これを花園露天市で売ろうと思うんです。売ったお金で代金を払うから、乗せてもらえませんか?」
 
 恥ずかしいが、いちかばちか頼んでみるしかないと思った。
 どうせ歩いていくのは無理なのだから、ここで出来ることをするしかなかった。

 ところが若い車夫たちは、ぽかんとして小如と、その手に乗った小さな纏足靴を見つめたあと、一瞬間を置いて顔を見合わせ、大笑いした。

「お金がないから靴で代わりに乗せろって!?」

「はじめて見たよ、お嬢ちゃんみたいな人! 本気で言ってるの?」

 車夫たちがあまりおかしそうに腹を抱えるため、小如は自分のしたことが急に恥ずかしくなってうつむいてしまった。
 
 するとそこへ、様子をずっと見ていた天然足の少女が、小如と車夫たちの間に割って入った。

「二人乗るなら、安くするの?」

「え? そっちのお嬢ちゃんはまさか、履物を脱ぐから乗せろとか言わないよね?」
 
 品のない冗談を無視して少女は無表情で答えた。

「金はある。あたしも行き先は花園露天市よ」

 うつむいていた小如は、意外な言葉に思わず振り返った。
 天然足の少女は、小如に近づくと小さな声でささやいた。

「私は宋櫻霞ソンインシア。ここは任せて」

 そして交渉慣れした態度で車夫たちに向き直った。

「この子とふたり一緒に乗せるか、乗せないか、どっち?」
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