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第一章
変身
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「ーー君は、だれだ?」
打狗駅まで自分を迎えに来たはずの呉候賢にそう言われた時、小如は無断で外出したことを候賢が怒るあまり、わざとそんな風に言ったのだと思った。
「ごめんなさい……お義母さんもお兄ちゃんも騙して、こんなことをして。本当にごめんなさい!」
小如は頭を下げて精一杯謝ったつもりだった。だが候賢からは何も反応がない。それほどまでに怒っているのだろうかと、恐る恐る視線を上げると、いぶかしげな表情をした候賢の顔がそこにあった。
「あの、誰かと勘違いしていないかい? いったい何を言ってるのかわからないんだけど」
「え?」
「悪いけど、僕は探さなきゃならない人がいるんだ。ーーああ、そうか、駅事務所で聞けばいいか」
「お、お兄ちゃん、待って、ちょっと!」
候賢は小如をその場で置き去りにすると、駅事務所に飛び込んだ。
小如はどうしていいかわからなかった。一体候賢は何のつもりなのだろう? 彼は意地悪や冗談でこのようなことをする人間ではないのだが。
すぐに候賢が駅員を伴って事務所から出てきた。
駅員は困ったような顔で言う。
「あれ、さっきまでそこに座っていたんですけどね。ええ。確かにそのお写真の顔でしたよ」
候賢は駅員に写真を見せていた。彼は養母と小如と三人で写真館に行き、撮ったときの写真をいつも携帯していた。わざわざ小如の目の前で小如の顔写真を見せて、問いただしているのだ。
「ーー学生さんですよね? そうそう、ちょうどあそこにいる子みたいなセーラー服を着ていました」
駅員も駅員で、つい先刻電話を借りに行ったばかりの小如をわざわざ指差して、そんなことを言うのである。
小如はさすがに納得がいかなくなってきた。いくら自分に無断外出の非があるとはいえ、正面から叱らずにこんな手の込んだ困らせ方をするとは。
彼女は候賢と駅員のほうに歩みより、ふたりの間に割り込んだ。
「その写真の顔はここにいます!」
すると候賢も駅員も、何だ? という顔をした。その反応があまりにもとぼけているように見え、小如をますますやきもきさせた。
駅員は迷惑そうに小如を追い払おうとする。
「君、何だか知らないが、悪ふざけは困るよ。この人は真剣に人探しをているんだから」
「だから……その探している人は私です! お兄ちゃん、何か言ってよ!」
「君……なんでうちの義妹の制服を着ているんだ?」
小如はそう聞かれて、はたと止まった。
小如のセーラー服の左胸には、「多天川小桃」という小如の日本名を書いたワッペンが縫い付けられている。
「お兄ちゃん……?」
小如は、ここまできてからようやく、候賢の妙な空気に気づいた。
彼は冗談でも悪ふざけでもなく、本当に目の前にいる小如のことがわからないようだった。
「制服だけじゃない。その通学カバンも義妹のだ。君……うちの小如に何かしたのか? 小如はどこにいるんだ?」
「な、何言ってるのよ、お兄ちゃん……。なんでそんなこと言うの? 私はここにいるじゃない」
「君、あまりふざけ過ぎると、巡査を呼ぶぞ。答えてくれ、小如はどこにいる?」
おかしい。
小如は、額に冷や汗が流れるのを感じた。
候賢も駅員も、明らかにおかしい。小如のことをまるで小如だと認識しておらず、まるで別人かのように接してきている。
いったい、何が起こっているのか。
ーー別人?
ーーまさか!
小如は通学カバンから手鏡を取り出した。鏡面を自分のほうに向けたとき、小如はあっと小さく叫んで、思わず手鏡を取り落としそうになった。
鏡の中には、小如はいなかった。
正確には、小如の面影がところどころにあるが、しかし人としてはまったくの別人の顔がそこにあった。
もっと小粒だったはずの目元が大きくなり、下がり気味だった口角が上がっている。歯の形まで違う。原型をとどめないほどに変わってしまっていた。
(何が起きたの? どういうことなの!?)
小如は唖然として立ち尽くした。
そしてその時、櫻霞が自分にくちづけした後に話していたことを思い出した。
『あなたは今日から名前も、学校も、許嫁も、何もかもを捨てなくてはならない』
ーーもしかして。
ーー櫻霞が何かしたの? あの時、私にくちづけしたから?
何かとてつもなく恐ろしいことに自分が巻き込まれた気がし、小如は頭から血の気が引いていくのを感じた。
「おい君、大丈夫か?」
思わずふらついて倒れかけたところを、候賢があわてて支える。
候賢にもたれかかった小如は、ふと胸に動悸がすることに気づいた。
また、いつからそうなりはじめたのか、胸から腹のあたりにかけて、中から熱いものが煮えているような感覚を覚えた。
体が、異様な熱をおびているのだ。
「熱い……暑い!」
小如はにわかに熱病にかかったようにうめいた。
さらに彼女は、足先に奇妙な圧迫感をも感じていた。
圧迫感は刻一刻と増し、やがて小さな靴全体をきしませるほどの強烈な痛みとなった。
それは、いつもの纏足されているが故の痛みーー内側に無理やり縮小させようとする痛みーーではなく、それとは正反対の、外へ外へと広がろうとする痛みのようであった。
小如はついに足の痛みに耐えかねて、地面に転がった。
候賢も駅員も、どうすることもできない。
「痛い……痛い!」
小如は転がったまま、纏足靴を脱ぎ、足を締め付けている包帯をなかば破くように解いた。
すると、急に痛みが軽くなり、解放感が足に伝わった。
そして次に思いもかけないものが、小如の目に飛び込んできた。
足の裏側に小さく折りたたまれていた親指以外の指すべてが、開いていた。
いびつに変形していたはずの指の付け根の骨も、まっすぐになっている。
ーー小如の足は、天然足に戻っていたのである。
足の大きさそのものは変わらず十センチ程度だが、間違いなく五本の指は、しっかり前へと伸びていた。
(な、なんで……?)
小如の脳裏に、また櫻霞の言っていた言葉が浮かぶ。
『"丸薬"を飲んでも吐き出さなかったということは、あなたは選ばれた十三歳の女の子ってことよ』
あの時ーー小如が櫻霞に口づけされた時、櫻霞の舐めた冬瓜飴の残りを、うっかり口移しで飲んでしまったのだと思っていた。
でもそれは飴の残りなどではなく、別の何かであり、それを櫻霞から意図的に飲み込まされたために、いま小如は別人になってしまっているのではないかーー
間違いない、私は、櫻霞に何かをされたんだーー
愕然とする小如をよそに、彼女の様子をそばで見守っていた候賢は思わぬ行動に出た。駅員のほうを振り返ると、こう伝えたのである。
「駅員さん、申し訳ないが、巡査を呼んでもらえるか。もしかすると、これは事件だ」
打狗駅まで自分を迎えに来たはずの呉候賢にそう言われた時、小如は無断で外出したことを候賢が怒るあまり、わざとそんな風に言ったのだと思った。
「ごめんなさい……お義母さんもお兄ちゃんも騙して、こんなことをして。本当にごめんなさい!」
小如は頭を下げて精一杯謝ったつもりだった。だが候賢からは何も反応がない。それほどまでに怒っているのだろうかと、恐る恐る視線を上げると、いぶかしげな表情をした候賢の顔がそこにあった。
「あの、誰かと勘違いしていないかい? いったい何を言ってるのかわからないんだけど」
「え?」
「悪いけど、僕は探さなきゃならない人がいるんだ。ーーああ、そうか、駅事務所で聞けばいいか」
「お、お兄ちゃん、待って、ちょっと!」
候賢は小如をその場で置き去りにすると、駅事務所に飛び込んだ。
小如はどうしていいかわからなかった。一体候賢は何のつもりなのだろう? 彼は意地悪や冗談でこのようなことをする人間ではないのだが。
すぐに候賢が駅員を伴って事務所から出てきた。
駅員は困ったような顔で言う。
「あれ、さっきまでそこに座っていたんですけどね。ええ。確かにそのお写真の顔でしたよ」
候賢は駅員に写真を見せていた。彼は養母と小如と三人で写真館に行き、撮ったときの写真をいつも携帯していた。わざわざ小如の目の前で小如の顔写真を見せて、問いただしているのだ。
「ーー学生さんですよね? そうそう、ちょうどあそこにいる子みたいなセーラー服を着ていました」
駅員も駅員で、つい先刻電話を借りに行ったばかりの小如をわざわざ指差して、そんなことを言うのである。
小如はさすがに納得がいかなくなってきた。いくら自分に無断外出の非があるとはいえ、正面から叱らずにこんな手の込んだ困らせ方をするとは。
彼女は候賢と駅員のほうに歩みより、ふたりの間に割り込んだ。
「その写真の顔はここにいます!」
すると候賢も駅員も、何だ? という顔をした。その反応があまりにもとぼけているように見え、小如をますますやきもきさせた。
駅員は迷惑そうに小如を追い払おうとする。
「君、何だか知らないが、悪ふざけは困るよ。この人は真剣に人探しをているんだから」
「だから……その探している人は私です! お兄ちゃん、何か言ってよ!」
「君……なんでうちの義妹の制服を着ているんだ?」
小如はそう聞かれて、はたと止まった。
小如のセーラー服の左胸には、「多天川小桃」という小如の日本名を書いたワッペンが縫い付けられている。
「お兄ちゃん……?」
小如は、ここまできてからようやく、候賢の妙な空気に気づいた。
彼は冗談でも悪ふざけでもなく、本当に目の前にいる小如のことがわからないようだった。
「制服だけじゃない。その通学カバンも義妹のだ。君……うちの小如に何かしたのか? 小如はどこにいるんだ?」
「な、何言ってるのよ、お兄ちゃん……。なんでそんなこと言うの? 私はここにいるじゃない」
「君、あまりふざけ過ぎると、巡査を呼ぶぞ。答えてくれ、小如はどこにいる?」
おかしい。
小如は、額に冷や汗が流れるのを感じた。
候賢も駅員も、明らかにおかしい。小如のことをまるで小如だと認識しておらず、まるで別人かのように接してきている。
いったい、何が起こっているのか。
ーー別人?
ーーまさか!
小如は通学カバンから手鏡を取り出した。鏡面を自分のほうに向けたとき、小如はあっと小さく叫んで、思わず手鏡を取り落としそうになった。
鏡の中には、小如はいなかった。
正確には、小如の面影がところどころにあるが、しかし人としてはまったくの別人の顔がそこにあった。
もっと小粒だったはずの目元が大きくなり、下がり気味だった口角が上がっている。歯の形まで違う。原型をとどめないほどに変わってしまっていた。
(何が起きたの? どういうことなの!?)
小如は唖然として立ち尽くした。
そしてその時、櫻霞が自分にくちづけした後に話していたことを思い出した。
『あなたは今日から名前も、学校も、許嫁も、何もかもを捨てなくてはならない』
ーーもしかして。
ーー櫻霞が何かしたの? あの時、私にくちづけしたから?
何かとてつもなく恐ろしいことに自分が巻き込まれた気がし、小如は頭から血の気が引いていくのを感じた。
「おい君、大丈夫か?」
思わずふらついて倒れかけたところを、候賢があわてて支える。
候賢にもたれかかった小如は、ふと胸に動悸がすることに気づいた。
また、いつからそうなりはじめたのか、胸から腹のあたりにかけて、中から熱いものが煮えているような感覚を覚えた。
体が、異様な熱をおびているのだ。
「熱い……暑い!」
小如はにわかに熱病にかかったようにうめいた。
さらに彼女は、足先に奇妙な圧迫感をも感じていた。
圧迫感は刻一刻と増し、やがて小さな靴全体をきしませるほどの強烈な痛みとなった。
それは、いつもの纏足されているが故の痛みーー内側に無理やり縮小させようとする痛みーーではなく、それとは正反対の、外へ外へと広がろうとする痛みのようであった。
小如はついに足の痛みに耐えかねて、地面に転がった。
候賢も駅員も、どうすることもできない。
「痛い……痛い!」
小如は転がったまま、纏足靴を脱ぎ、足を締め付けている包帯をなかば破くように解いた。
すると、急に痛みが軽くなり、解放感が足に伝わった。
そして次に思いもかけないものが、小如の目に飛び込んできた。
足の裏側に小さく折りたたまれていた親指以外の指すべてが、開いていた。
いびつに変形していたはずの指の付け根の骨も、まっすぐになっている。
ーー小如の足は、天然足に戻っていたのである。
足の大きさそのものは変わらず十センチ程度だが、間違いなく五本の指は、しっかり前へと伸びていた。
(な、なんで……?)
小如の脳裏に、また櫻霞の言っていた言葉が浮かぶ。
『"丸薬"を飲んでも吐き出さなかったということは、あなたは選ばれた十三歳の女の子ってことよ』
あの時ーー小如が櫻霞に口づけされた時、櫻霞の舐めた冬瓜飴の残りを、うっかり口移しで飲んでしまったのだと思っていた。
でもそれは飴の残りなどではなく、別の何かであり、それを櫻霞から意図的に飲み込まされたために、いま小如は別人になってしまっているのではないかーー
間違いない、私は、櫻霞に何かをされたんだーー
愕然とする小如をよそに、彼女の様子をそばで見守っていた候賢は思わぬ行動に出た。駅員のほうを振り返ると、こう伝えたのである。
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