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家に着くや否や早速、風呂に入って今日の汗をサッと流し、湯上がりそのまま、タオルを首から下げたパンツ一丁姿で夕飯を食べる。俺の隣に座る妹が怪訝な顔をしてジロジロ見て来るが、そんなもの気にしない。おおかた服を着ろとでも言いたいのだろう。だが今の俺はそんなもの気にしている余裕など一切無いのだ。
俺は夕飯を一瞬で平らげ、部屋へと走る。もちろんその前に自分の食器ぐらいは片したが。
今晩、俺には重要な任務があった。明日の服選びだ。しかし、いかんせんファッションに疎い俺の服だけでは種類が少なすぎる。これはかなりの苦戦を強いられそうだ。
「もう服なんか買ってる暇も金もないしな。いや、でも……これはダサいのかなぁ? ちくしょう。もうちょっと服に金かけておくんだった」
ついつい独り言をいいながらタンスやクローゼットを漁っているとドアから妹が顔を出してきた。
「何やってんの?」
妹はそう言いながら、俺の返事も待たずにズカズカと入って来る。こいつは中学二年にもなって今だにノックというものを知らない。しかし、今はそんな不出来な妹に構っている暇など一秒も無い。時間とは無情なるもの。こうして思案している間にも刻一刻と過ぎていくのだ。妹には申し訳ないが、少し語気を強めて一気に追い出す事にしよう。お兄ちゃんの威厳を取り戻す良い機会だ。
「なんでもねーから! 早く出てけ!」
「は? 何あせってんの? しかもそんなに沢山、床に服広げて。さっきからおかしいよ?」
……まずい。いつものおせっかいが始まった。
家の女性陣は母方のばあちゃんから受け継ぐ遺伝子のおかげで、やたらと世話を焼いてくる癖がある。口にはしないが、正直うざったくて仕方が無い。しかし、これまたごく稀に助かる時があるからまた始末が悪いのだ。
だが、今回は申し訳ない事に妹の相手をしている時間など一秒も無い。さっきも言った様に時間は無情に過ぎていく。俺は無視を決め込んで、一心不乱に服を漁り続ける事にした。
「もー。無視しないでよ。何してるの? 服選んでるの? デートでも行くの?」
「うるせーなぁ。そうだよ!」
無視する俺なんか気にせず、しゃがんで顔を覗き込み話しかけてくる妹に条件反射でついつい返事をしてしまう。
しかも、別に普段から兄のプライバシーなど全く興味が無いはずの妹に、見栄を張るつもりもなかったのだが、思わず勢いで嘘をついてしまった。
「え? 嘘? すごいじゃん! 兄ちゃん初デートでしょ?! なら一緒に服選んであげるよ!」
「え? あ、いや! いい! いい! 大丈夫だから! お前は部屋に戻ってろって!」
「遠慮すんなよー! 兄ちゃんダサいから一人で選んだら絶対に失敗するよ?」
「な、何を!」
妹はいきなりテンションを上げて俺をどけて服を漁りはじめた。
しゃがんでいる体勢から尻餅をついた俺は、隣にきて服を漁る妹に一応、小さな声で強がりを言う。
「……別に、初じゃねーよ」
しかし、強がりむなしく、やっぱり妹の耳には入らなかったみたいで、一心不乱に服を組み合わせながらあーだこーだとブツブツ言っている。服を広げては勝手にコメントをして、勝手に悩んでいる妹に俺はとりあえず心の中でありがとうを言い、一緒に良い組み合わせを探す事にした。
「うん! いいんじゃない?!」
「本当? 本当に?」
「信じてよ! 大丈夫! いい感じだよ!」
「そっか! そうかな!」
モデルのように何度も着替えた末に、父親のクローゼットも漁りながらやっと決まったコーディネートは、やはり自分では到底辿り着けなかった組み合わせだった。
「自分で買った服より、お父さんの服の方がサイズピッタリってどういう事? 兄ちゃんサイズの感覚から直さないと一生ダサいままだよ」
探している途中、呆れながら言ったこの妹の言葉が地味に心を抉ったのは内緒の話。
やはりファッションは奥が深い。
決まった服をハンガーにかけて時計を見ると、もう深夜1時を回っていた。一仕事終えた妹はあくびをしながら部屋を出ていく。その背中にお礼を言うと、妹は振り向く事無く手を振ってドアを閉めた。
今回は助かる方のおせっかいだったな。
電気を消してベッドに倒れ込む。
「大丈夫。明日は大丈夫。頑張る。絶対仲良くなる。大丈夫。大丈夫……」
天井を見つめながら呪文のように言葉を繰り返す内に、俺はいつの間にか眠りに落ちていた。
俺は夕飯を一瞬で平らげ、部屋へと走る。もちろんその前に自分の食器ぐらいは片したが。
今晩、俺には重要な任務があった。明日の服選びだ。しかし、いかんせんファッションに疎い俺の服だけでは種類が少なすぎる。これはかなりの苦戦を強いられそうだ。
「もう服なんか買ってる暇も金もないしな。いや、でも……これはダサいのかなぁ? ちくしょう。もうちょっと服に金かけておくんだった」
ついつい独り言をいいながらタンスやクローゼットを漁っているとドアから妹が顔を出してきた。
「何やってんの?」
妹はそう言いながら、俺の返事も待たずにズカズカと入って来る。こいつは中学二年にもなって今だにノックというものを知らない。しかし、今はそんな不出来な妹に構っている暇など一秒も無い。時間とは無情なるもの。こうして思案している間にも刻一刻と過ぎていくのだ。妹には申し訳ないが、少し語気を強めて一気に追い出す事にしよう。お兄ちゃんの威厳を取り戻す良い機会だ。
「なんでもねーから! 早く出てけ!」
「は? 何あせってんの? しかもそんなに沢山、床に服広げて。さっきからおかしいよ?」
……まずい。いつものおせっかいが始まった。
家の女性陣は母方のばあちゃんから受け継ぐ遺伝子のおかげで、やたらと世話を焼いてくる癖がある。口にはしないが、正直うざったくて仕方が無い。しかし、これまたごく稀に助かる時があるからまた始末が悪いのだ。
だが、今回は申し訳ない事に妹の相手をしている時間など一秒も無い。さっきも言った様に時間は無情に過ぎていく。俺は無視を決め込んで、一心不乱に服を漁り続ける事にした。
「もー。無視しないでよ。何してるの? 服選んでるの? デートでも行くの?」
「うるせーなぁ。そうだよ!」
無視する俺なんか気にせず、しゃがんで顔を覗き込み話しかけてくる妹に条件反射でついつい返事をしてしまう。
しかも、別に普段から兄のプライバシーなど全く興味が無いはずの妹に、見栄を張るつもりもなかったのだが、思わず勢いで嘘をついてしまった。
「え? 嘘? すごいじゃん! 兄ちゃん初デートでしょ?! なら一緒に服選んであげるよ!」
「え? あ、いや! いい! いい! 大丈夫だから! お前は部屋に戻ってろって!」
「遠慮すんなよー! 兄ちゃんダサいから一人で選んだら絶対に失敗するよ?」
「な、何を!」
妹はいきなりテンションを上げて俺をどけて服を漁りはじめた。
しゃがんでいる体勢から尻餅をついた俺は、隣にきて服を漁る妹に一応、小さな声で強がりを言う。
「……別に、初じゃねーよ」
しかし、強がりむなしく、やっぱり妹の耳には入らなかったみたいで、一心不乱に服を組み合わせながらあーだこーだとブツブツ言っている。服を広げては勝手にコメントをして、勝手に悩んでいる妹に俺はとりあえず心の中でありがとうを言い、一緒に良い組み合わせを探す事にした。
「うん! いいんじゃない?!」
「本当? 本当に?」
「信じてよ! 大丈夫! いい感じだよ!」
「そっか! そうかな!」
モデルのように何度も着替えた末に、父親のクローゼットも漁りながらやっと決まったコーディネートは、やはり自分では到底辿り着けなかった組み合わせだった。
「自分で買った服より、お父さんの服の方がサイズピッタリってどういう事? 兄ちゃんサイズの感覚から直さないと一生ダサいままだよ」
探している途中、呆れながら言ったこの妹の言葉が地味に心を抉ったのは内緒の話。
やはりファッションは奥が深い。
決まった服をハンガーにかけて時計を見ると、もう深夜1時を回っていた。一仕事終えた妹はあくびをしながら部屋を出ていく。その背中にお礼を言うと、妹は振り向く事無く手を振ってドアを閉めた。
今回は助かる方のおせっかいだったな。
電気を消してベッドに倒れ込む。
「大丈夫。明日は大丈夫。頑張る。絶対仲良くなる。大丈夫。大丈夫……」
天井を見つめながら呪文のように言葉を繰り返す内に、俺はいつの間にか眠りに落ちていた。
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