異世界探求者の色探し

西木 草成

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第1章 赤の色

第22話 分隊長の色

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「おいっ、ちゃんと端を持てショウっ!」

「はいっ!」

 今、パーティーメンバーで俺たちは何をしてるのかというと、野営地に張るテントの準備をしている、今の今まであまりテントを使う機会がなかったものだから、貼り方にかなり手間取ってる。

 この世界のテントは当然化学繊維などというものは使ってはいない、主に魔物や獣の皮を張り合わせ、骨格には言葉通り、魔物の骨を使用している、そして、こいつの難点は張る時に皮が全く伸びず、とてつもなく張り辛い、そして・・・

「くっせぇっ!」

「そりゃ、当然だろう獣の皮でできてんだから」

 そう、とても獣くさいのである、ちゃんと皮は乾燥させれば問題は無い、しかし皮の張り替えにいちいち乾燥をさせるなどの手間暇はかけられず、結果として生乾きの部分から強烈な匂いを発するのである。

 ちなみに、リーフェの家の寝具はベットは藁に麻で出来た布をかけて、枕は羽毛が詰められている、少し背中がチクチクするのが玉に瑕だが、夜は快眠を誘う素晴らしい寝具である。

「ところでお前、いつまでリーフェさんのとこで世話になんだ?」

「そうだなぁ、まだ目処は立ってないけど、いずれこの街ともおさらばしなきゃなぁ・・・」

「ふぅん、それでどうするんだ?」

「いろんなとこを見て回るつもりだよ、とにかく見て回って満足したらこの街に戻る」

「お前・・・本当に、目処がないんだな」

「だから言ったろ?」

 そんな話をしているうちに、テントを張り終え、その他に炊き出しの準備や、非常線を野営地の周りに張り終える頃には、昼を過ぎていた。

「それじゃあ、騎士団の訓練に行ってくる」

「あぁ、せいぜい死ぬなよ」

 みんながまとまって昼飯を食べている時に俺は剣を持って騎士団の訓練へと向かう、本当ならここで作業は終了して、あとは夜に集合という形なのだが、俺は訓練の方に応募したためこの後は別行動ということになる。

「さて、どんな訓練が待っていることやら・・・」

 なぜ自分が訓練に参加することにしたか、それは単純に興味だ、日本にいた時も親父にしごかれて毎日修行をしていたが、それは日常生活に支障が出ない程度で決して生きるための訓練をしていたわけではない、そこで、常に生と死の隣り合わせである彼らの訓練を受けてみたいと考えたわけである。

 野営地である広い草原を進むと、そこにはおおよそ400人以上はいるであろう鎧を着込んだ騎士たちがたくさんいた、それぞれ剣を手に持って素振りをする者もいれば、鎧をつけず、ローブを着込み熱心に何か厚みのある本を読んでいる者もいる。

「すみません、訓練参加希望の今一色なんですけど・・・」

 うん、これは聞こえていないやつだ、みんながみんな剣を振る音だったり、模擬戦で剣がぶつかる音だったり、もしくは魔法の爆発音だったりと何かと騒がしい

 ふぅ・・・

 スゥーー

「すみませんっ!!訓練参加のっ!今一色ですぅっ!」

 ピタッ、という表現と言うか擬音が一番合うだろう、剣を相手と交差をさせたまま止まるものもいれば、本から目を離しこちらを見つめる魔術師、たまたま休憩にと水を飲もうとした男も止まる

「えっ・・・え~と、レギナ=スペルビアさんっていますか?」

「・・・レギナ隊長のことか?お前は?」

「訓練参加希望の今一色 翔というものなんですが・・・話聞いてません?」

「いや、確かに参加希望者が一人いると聞いたが・・・、本当にお前か?」

 この目の前にいる男が何を言いたいのかはなんとなくわかる、何せ彼との身長差は15センチはあり、俺はだいたい170ちょいだから、少なからず185センチはあるということになる。

 それに身長差のみならず、鮮やかな金髪とそれに見合うシャープで整った軍人っぽい顔、少なからず東京を軽く歩けば数多の女性が振り向き、ファッション雑誌のインタビューに引っかかり、美容室のモデルカットを依頼させるだろう、えっ、俺か?原宿ではモテなかったが巣鴨ではモテたことがあるぞ。

「あなたの名前は?」

「は?」

「私は自ら名乗ったのでそちらも名乗らないのはフェアではないですよね?」

「・・・それは失礼だった、私は王都騎士団9番隊、分隊長アラン=アルクスだ」

 そういう彼の手には剣ではなく武器として使われる弓が握られている、一応腰に剣を差していることも考え、おそらく弓兵の分隊長ということなのだろう。

「隊長は今、ここのギルドマスターと会談をしている、ここの訓練は俺が案内しよう」

「わかりました、アルクスさん」

「アランでいい」

 随分と、無愛想な人だ、少なからず好印象ではないしかし、前を歩くその後ろ姿に尊敬をする人もいるのだろう。

「ショウ、でいいか?」

「えぇ、構いませんよアランさん」

「ショウは何か使える武器はあるのか?」

「一応、剣は扱えますが」

「ならば、前線部隊の訓練を覗こう、ちなみに魔法は?」

「いいえ、からっきしダメですね、でも身体強化術ならある程度扱えます」

「それさえ出来ていれば構わない、さぁこっちだ」

 そう言って案内されたのは、野営地の中心に設けられた刀剣類の訓練場である、当然目の前に女性などおらず、上半身裸の男たちが筋肉を見せびらかして、鼻息荒く素振りをしている、まさに漢地獄がここに展開されているのである。

「おいっ!ガレアはいないかっ!」

「2051っ!2052っ!分隊長なら例のやつやってますぜっ!」

「はぁ・・・またか、まったくあの筋肉バカが・・・すまんショウ、少し歩くぞ」

「別に構わないんですけど・・・」

 なんだろう、ラノベの主人公がほぼ15割の確率で遭遇すると言われる、筋肉ダルマキャラクターというおぞましい存在との巡り合わせを予感させるのは・・・

 そして、到着したのは野営地より少し離れた場所に位置する、その場所には大きい岩が置いてあるというか、放置されているというか、その岩の前におぞましい存在がいた。

「フン!ヌバァッ!」

 ・・・今、目の前で恐ろしい現象が起きた、その大きさおよそ3メートル、推定重量30トンはありそうな岩の塊を縦に真っ二つする筋肉化け物がそこにいた。

「・・・嘘だろ・・・」

「俺もこいつが前線部隊の隊長だというのが嘘であることを信じたい」

 その姿、まさに凶器、上半身は裸で太陽に照らされギラギラとテカっている汗と黒光りする皮膚、そして膨れに膨れ上がった上腕二頭筋とシックスパックなんぞ鼻で笑われるような割れすぎた腹筋、そしてひと蹴りで三人は殺れるであろう異常発達した下半身そして身長は見上げるほど高くおそらく2メートルは軽くあるだろう、そんな全身いろんな意味で凶器な男が俺たちに気づいたようだ。

「オッ、アランかっ!どうだね、この見事な岩割はっ!」

「見事もクソもあるか、勝手によその土地の自然を破壊するなと何度も言われてるだろ」

「すべては筋肉のためだっ!ガァッハッハッハッ!!」

 やばい、こいつは本気でやばいっ、アランのやろう初対面でいきなり俺を敵に回すったぁいい度胸だなちくしょおっ!

「ンッ!この隣にいるちっこいのは?」

「紹介しよう、このイニティウム支部の冒険者をしているイマイシキ ショウだ、剣が使えるということでお前のところに案内した」

「いっ、今一色 しょっ、翔です」

 だめだ、本能が逃げろと騒いでいる、言葉が出てこないし、冷や汗はひどいし、どうにかこの状況から逃げ出せと頭がフルで回転している。

「にしても貴様は、細い筋肉をしておるな、まったく、お前の母親が泣くぞ?」

「はぁ・・・」

 知らねぇよっ!それに母親なんか生まれてこのかた会ったことねぇし、仮にいたとしてそんなことで泣かねぇよっ!

「少し腕を出してみろ」

「えっ、あっ、はいどうぞ・・・」

 そう言って、差し出された腕を化け物は手に取り、まるで品定めをするかのように曲げたり伸ばしたり、叩いたりと様々なことをやり始めた

「ほぉ・・・」

「あの・・・どうかしました?」

「いや、この筋肉なかなか・・・しなやかだ」

「アランさん?これって・・・」

「気にするな、奴の変態趣味だ」

 ジロジロと俺の腕を見たりするその姿は確かに変態の眼そのものだ。

「貴様、素人ではないな?」

「えっ、えぇ、父に剣は習っていましたが?」

「貴様の得意とする剣は、高速でかつ正確性を求められるテクニックを重視とした剣術だろう?」

「ッツ!」

 こいつ、俺の腕を見ただけで今一色流の特徴をつかんでいる!?

 確かに今一色流の真髄は決してパワーで相手を押し切るのではなく、いかに相手の攻撃を外に受け流し、最小の動きで必勝へと繋げるかが重要視される、ゆえに必然と速さと正確さが求められるわけだが、この男は人の腕を観察しただけで見抜くなんて、さすが分隊長になるだけのことはある。

「剣は誰に手ほどきを受けた?」

「父に・・・ですが?」

「貴様、歳は?」

「19」

「いつからやってる?」

「7から」

「・・・お前の父親はさぞ立派なのだろう、19の青年にここまでの剣術を身につけさせる体を作るとは、今でもご存命か?」

「・・・16の時に死にました」

「そうか・・・是非ともお会いしたかったぞ」

 今までの陽気な表情は消え、真剣に戦士の顔となって、その顔はかつての戦友の死を悼むような表情だった

「貴様、名前は?」

「今一色 翔」

「それは、どちらが名前だ?」

「今一色が家名で、翔が名前です」

「ならば、ショウ、その剣を抜いてみろ、アラン、この青年は俺が見る」

「ならば、隊長に伝えておこう、死なん程度に稽古をつけてやれ」

 えっ、俺死ぬの?

 そう言って爽やかに去るアランの後ろ姿と、太陽も焦げる満面の笑みで立つ筋肉に早くも疲れを感じた。
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