異世界探求者の色探し

西木 草成

文字の大きさ
上 下
24 / 155
第1章 赤の色

第23話 訓練の色

しおりを挟む
「さて、その剣を構えてみろ」

「はい」

 隣には、先ほど真っ二つに切られた岩のそばで、二人っきりの訓練となる、ちなみに筋肉ダルマの彼の名前はガレア=ムスケル、ガルシアと同じ赤毛だが彼よりもボサボサで短い、そしてパツパツになったズボンに上半身裸の異形であり、かなりごっつい顔をしている、俗に言うガテン系というやつだ。

「ふ~む、ショウ、その持ち方は父に教えてもらったのか?」

「えぇ、そうですが?」

 今自分の持っているのはパレットソードでその形は当然ながら西洋剣なのだが、その持ち方は日本刀のままなのである、実際西洋剣を扱っているところを冒険者のラルクなんかを見て学んでいたのだが、やっぱり本物の動きや持ち方を学んでみたい。

「その持ち方だと、この剣の特性を活かしきることはできん、持ち方はガードのギリギリまでに親指を持ってこい」

「・・・こう・・・ですか?」

「あぁ、それで右手と左手の間隔を狭くしろ、そうすれば振り下ろした時の破壊力が格段に違う」

 とにかく、振り下ろしてはみるが、やはり西洋剣の持ち方に慣れていないせいかとても手首がつらい、そんな苦悶の表情を剣を振るたびにしていると

「ショウ、どうかしたか?」

「いえっ、ちょっとこの持ち方に慣れていないものですから・・・」

「ふーむ・・・振るたびに手首を伸ばすからではないのか?」

「えっ・・・あっ、確かに」

 昔、父に教えてもらったことは西洋と日本での刀剣の使い方には大きな違いがあるのだということを聞いた、それは日本刀は『振り斬る』そして西洋剣は『叩き斬る』ということを重視している、そこで日本刀は全ての力を剣先に集中させるために振り下ろす時に手首を伸ばして力を流すがそれに比べ西洋剣は、その剣身全体を使い重量と破壊力で戦うため肘から手首の付け根までを固定して振り下ろす、ゆえに西洋剣で日本刀の持ち方をすると手首を痛めるのである。

「その状態で素振り2000回行くぞっ!フヌバァッ!」

「フンッ!」

「なんだっ!その気合の入っていない声はっ!もっと腹の底から声をださんかっ!」
「ウ、ウラァッ!」

「ガッハッハッハッ!もっとだっ、ショウっ!」

 隣でガレアも剣を振る、その度に自分の素振りの音とは比べ物にならない爆音が聞こえ、その度に地面の草が風で大きく揺れる、そして2時間後・・・

「ゼェー・・・ゼェー・・・」

「ほらほら、まだまだ行くぞっ!」

 ちょうど午後の2時を回った頃だろうか、照りつける太陽の中で素振りを続けた結果、上着などはとうの昔に脱ぎ捨て、今では彼と同じ上半身裸という状態である、しかし、服を着ているよりも爽快感があり別に嫌な感じではなかったし、むしろ気持ちの良い感じだ。

「次は足腰を鍛えるぞっ!、そこで腰にこれを結べっ!」

「ハァ・・・ハァ・・・はいっ!?」

 そう言って渡されたのは、長さが5メートルほどのゴムでできたような紐、それをガレアは腰に巻けと言い、言われるがままにその紐を腰に巻きつける。

「いくぞっ、ショウっ!」

「いくぞってエェエェエェッッ!」

 さて・・・何が起きたのかを説明しなくてはなるまい、自分の腰に紐を巻きつけた途端である、その丸太ほどあるだろう腕でこれでもかと振り寄せ、後ろの方へと吹き飛ばしたのである、てか俺って体重は65以上はあるよな・・・片手でこれとかまじバケモンかよっ!

「これに耐えるんだっ!ショウっ!」

「絶対無理ですっ!これっ!」

 何せ、先ほど振り寄せただけで後方に5メートルは飛んだのだから、もはや考えなくともこの化け物の威力がどれほどのものかは想像に難くない。

「このくらいならうちの部下でも耐えられるぞっ!ガァッハッハッ!」

「ガァッハッハッじゃねぇっ!」

 ついつい、敬語を忘れてツッコミを入れてしまった、しかしこの筋肉に耐えるにはどうすれば・・・

「よしっ!ショウっもう一回だっ!」

「ウオォオラッ!」

 下半身を魔力で身体強化!

「グッッ!」

「フンヌバァッ!」

 その場で足腰を構え懸命に耐える・・・が。

「クハッ!」

「フン・・・少しは工夫したようだが・・・甘いっ!」

 先程に比べ吹っ飛んだ距離は縮んだものの、やはり飛ばされることには変わりはない、このままでは筋肉に負けるっ!・・・んっ?なんだ筋肉に負けるって?

「魔力に頼るなっ!己の足腰で耐えろっ!」

「っ!はいっ!」

「いい返事だっ!さぁ、行くぞっ!」

 さてっ、考えろ今一色 翔っ!立って耐えるのもダメ、魔力を使うのもダメ、ならば・・・あの筋肉に勝つ方法は一つじゃないかっ!

「フヌバァッ!」

「ど根性ぉぉおおおぉおおおぉおぉっ!」

 奴が降り寄せるのと同時に・・・全・力・疾・走!!

「グォオォオォオオオオラァッ」

「フゥンヌッ!」

「クハッ!」

 全力疾走した結果は全く前に進むことはなかった、しかし、後ろに吹き飛ばされることはなくその場で尻餅をつくということになった。

「その調子だショウっ!もう一度っ!」

「はいっ!」

 そして全力ダッシュの中、昼飯をとるのも忘れひたすら訓練に集中している時・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「あっ、あのっ・・・しゅみましぇんっ!」

「・・・獣人族かここでは珍しいが・・・ギルド職員のものか?」

「はっ、はいっ!あのぉ・・・ショウさんはいますかっ!」

「ショウ?あいつなら今訓練中だが、何か用か?」

「あのっ、えっと・・・そのぉ・・・こっ、これを渡したくてぇっ!」

「・・・これは?」

「あっ、そのぉ・・・お弁当ですっ!」

「それでどうしたいんだ?」

「よろしければ、案内してもらいたいです!」

「・・・ハァ、お前さん名前は?」

「ギルド職員のメルト=クラークですっ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 季節はちょうど夏の終わりごろだろうか、疲れ切った体を地面に預けて見上げる空にはうろこ雲が見えている、そして残暑が肌を焼き、爽やかな風が草を撫で、汗で濡れた肌を風が撫でる、なんとも心地よい疲労感だ。

「フゥ~、今日は疲れただろ、帰ってゆっくり筋肉を休めるがよいっ!」

「えぇ、ぜひそうさせていただきますよ」

グゥ~~ッ!

 そして突如響いた腹の虫、確かに素振り2000回や全力ダッシュを続けてやったりしたら当然腹も減る、でもそれ以前に・・・

「・・・あっ、そういえば昼飯食うの忘れてた」

「今度から昼飯をちゃんと食ってから来い、明日はもっときついぞっ!ガァッハッハッ!」

 ため息をつきながら、明日は強烈な筋肉痛に襲われながらの訓練だなと内心覚悟する、何せ立ち上がろうと腰を上げようとするが全く地面と縛り付けられたかのように立ち上がることができない。

「あまり無理はせずゆっくり起き上がれ、なぁにっ!すぐに慣れて訓練後も元気に動けるようになるっ!」

「ははっ・・・」

 それができるころには俺も筋肉バカの仲間入りか・・・、そんなことを考えるとガレアがなにやら遠くを見据えている。

「どうかしました?」

「いや・・・あれはアランだが・・・あの隣にいる少女は誰だ?」

「ん?もしかしてリーフェさんかな?」

 いや、でも彼女は見た目が少女というほどでもないし、実年齢216歳だし、そなると他に誰だ?

「ガレア、ショウは死んでないか?」

「ガァッハッハッ!いやいや、なかなか死なんわっ!」

「勝手に殺さないでくださいっ!」

 何かと、この二人は息が合っているのかもしれない、とにかく最初会った時は仲が悪いのかと思ったのだが。

「それで、その少女は?」

「あぁ、彼女は・・・」

「ギッ、ギッ、ギルド職員の、メッ、メッ、メルト=クラークですっ!」

「ガァッハッハッ!あんまり緊張するんじゃないぞっ!」

「そうだ、目の前にいるのはただの筋肉の変態だ」

「メルトさんっ!どうしてっ!」

 全くの予想外だ、どうして彼女がここにいるのか全く見当がつかないそれに彼女は今、騎士団の対応に忙しいはずだが。

「あの・・・ショウさんがお昼ご飯を食べてないかと思って・・・そのぉ・・・」

「?」

「これっ!作ってきましたぁっ!」

 そう言って見せられたのは・・・バスケットの底?

「あの・・・すみませんここからだとよく見えないんです」

 現に俺は今、立ち上がれず仰向けになっている、そして見えているのは何かを突き出しているメルトさんと青い空と・・・彼女の下着・・・

「ショウさん、もしかして立てないんですか?」

「すみません、ご覧の有様ですよ」

「それでは、そのぉ・・・お隣に失礼してもいいですか?」

「えっ、えぇ・・・構いませんけど・・・」

 完全に蚊帳の外である、ガレアとアランは何か気を使ったのか、元の野営地に戻っていく後ろ姿が見えた。

 そして、地面にメルトさんが座る音が聞こえ、頭の上を細長くフサフサしたものが置かれる、これは・・・尻尾か?

「このバスケットの中身って・・・」

「はい、ショウさんが先輩に作っていた『さんどうぃっち』を私なりにアレンジしましたっ!」

 少し首をもたげて、バスケットの中を覗き込むと俺がよく作るサンドウィッチが10個くらい並んでいる、そしてそのどれもが色鮮やかな野菜が挟んであり、さらによく見れば、鳥のささみみたいなものが挟まっている。

「ありがとうございます、ちょうどお腹が空いていたんで助かりましたよ、でもなんで・・・」

「いえっ、お昼を過ぎても全然ギルドにショウさんが顔を出されなくて、心配した先輩が『さんどうぃち』を作ろうとして・・・その・・・」

「わかりました、もう言わなくていいんですよ」

 以前、俺が体験した通り彼女は壊滅的に料理が下手だ、そしてその事実はギルド内のみならず、冒険者のほとんどが知っている。

「ということは、これはメルトさんが僕のために?」

「ニャッ!はっ、はいぃ・・・」

「ハハッ・・・ありがとうございます」

 顔から火が出るのかというくらい真っ赤にして、ブロンドの猫耳をペタンとさせて頭の上の尻尾は顔に何度も当たってむず痒い、でもそんな反応が少し面白いので少し意地悪をしてみますか。

「すみません、もしよかったらその・・・サンドウィッチを僕の口まで運んでもらえますか?」

「ニャッ!にゃんでっ!」

「いやぁ、僕、今両手も上がんなくて、でもせっかくメルトさんが作ってくれたサンドウィッチは是非食べてみたいですし・・・なのでお願いしますっ」

「ッ!・・・ひ、一切れだけですよっ!」

 なんとっ、これは意外だった、顔を真っ赤にさせて押し黙っちゃうと思ったのに、案外積極的なんだな。

 そして、俺の口にメルトさんは手をプルプルさせてバスケットの中のサンドウィッチを差し出す、その感じはツバメの親が雛鳥に餌をあげるのに少し似ていて、言い出したのは自分だがなんだか少し気恥ずかしい。

「く、口をっ!あ、あ~んしてくださいっ!」

「そ、それじゃあ・・・」

 さて、ここまで読んだ読者の皆さん、もうお気づきだとは思いますが、なんだこのリア充爆発しろな光景、自分で言っておいてわけわかんねぇよ!これ絶対こんな小説じゃないっ!タグの欄を『ファンタジー』から『恋愛』に変えなきゃじゃん!

「モキュモキュ・・・」

「お味はどう・・・ですか?」

「ウグッ!ゴフッゴフッ!」

「ニャッ!ショッ、ショウさんっ!大丈夫ですかっ!」

 寝そべったまま、サンドウィッチを食べさせられたため、当然ながら気管に食べ物が入り込み、つい口を手で覆ってしまいむせてしまう、そしてメルトさんから渡された水を上半身をあげて受け取り、ようやく落ち着いたところで。

「ゴフッ・・・、野菜もシャキシャキしていて、鳥にかけられたピリ辛のソースがパンとよく合っています、とても美味しいですよ」

「そ、それは良かったです・・・でも・・・」

 突如、俺の姿を見たメルトさんが上から下へと視線を移動させまじまじと見られる、俺なんかした・・・あっ。

「ショウさん、いつから起き上がれたんですか?」

 やばい、早速訓練の成果を発揮する時が来たようだ。
しおりを挟む

処理中です...