37 / 155
第1章 赤の色
第36話 暴虐の色
しおりを挟む遠くの平原で何やら大きな火柱が立っているのをギルドで眺めていた俺は少しではあるが不安がほぐれたらしい。
「うわぁ・・・あれ、ガルシアさんがやってるんですか?」
「えぇ。あの人魔法陣とかを作ったり、改良したりするのが大好きな人ですから」
隣でギルドの階段に座っているリーフェさんから説明を受ける。間近で見たらすごいのだろうなとぼんやり眺めていると、街で設置された松明が勝手に火を出し始めた。ちょうど暗かったのでとても助かる。
「そういえばショウさん。この戦いが終わったら街を出るんですよね?」
「まぁ、そうなりますね」
一応荷物なんかはまとめてあるし、この街を出る準備はすでにできている。
「お土産、待ってますよ」
「えぇ、わかりました」
にしても楽しみだ、今まで遠出の旅行なんて行ったことがなかったから、しかも海外みたいな場所で旅行なんてとても楽しい。いったいどんな料理があるんだろう。いったいどんな人が住んでいるのだろう。すべてが楽しみだ。
「ショウさんはその・・・元の世界に戻りたいとか・・・思ったことはないんですか?」
「え?」
「いや、ショウさんにとってはここは『イセカイ』? というものなのでしょう?故郷のある『チキュウ』というところに帰りたいと思わないんですか?」
故郷か・・・今まで考えなしに何ヶ月もこの世界にいるが
「・・・いや、思いませんね。帰るって言ってもこの世界を飽きるまで見尽くしてからでも遅くはないと思ってまして」
「そうなんですか?」
隣のリーフェさんがとても不思議な表情でこちらを覗いているが、はっきり言って俺には帰る故郷と呼べるものはないしな。だったら飽きるまでこの世界を見て回ってもバチは当たらないだろう。
「それに、ここの世界の人が好きなんです。みんな優しいし、こんな世界だからこそみんなが手を取り合って生きている。自分の世界にはあまりなかったですね」
「フフッ、ありがとうございます。でも悪い人もたくさんいますから。騙されてはいけませんよ?」
そう言って左の人差し指を立てる彼女はとても愛らしい。
そんなことを思っていた矢先だ。
街の方で笛の音が響く
「ショウさん」
「はい、行きましょう」
街を守るD部隊はそれぞれに笛を持たされている。それを使って増援を呼んだりするわけだが、なんでこんなにも早く・・・
俺とリーフェは街を疾走する。しかし、エルフと俺みたいな人間には身体能力のスペックに差はあるのだろうか? 俺が一生懸命地面を走っているにもかかわらず、リーフェさんは軽々と家の塀を飛び越え、屋根の上をまるで忍者映画のように疾走している。
「おい・・・マジかよ」
身体強化術を使っている感じではなかったし・・・普段見ない彼女の姿にマジで惚れそうです。
音のした方へと向かうと、狭い道に冒険者数人が各々手に剣やら槍やらを構えて立っているのが見える。そしてその先には紫色の毛皮を持った、熊ほどの大きさのまるで狼男のような魔物がそこに佇んでいたのである。
「ラルクっ! あいつは?」
そこにいたのはたまにパーティを組ませてもらう冒険者のラルクだ。その手には剣が握られており、脂汗を出しながらその敵を見据えている。
「トキシンウルフ・・・なんでこんなとこにいやがんだよ・・・」
俺は腰に差してあるパレットソードを抜きながら、その言葉を聞く。確かに初めて見る魔物だし、初めて聞く名前だ。
「こんなとこに生息している魔物じゃねぇってのに・・・。いいか、あいつの爪で怪我でもしたら、あいつの持ってる毒で怪我した部分が腐って死ぬぞ」
「・・・こわ」
つまりこのデカブツの攻撃を一回も食らわずに殺さなくてはならないと。決して無理な話ではないが、かなり動きづらい。さてどうしようものか・・・
あれ、リーフェさんは?
「ハァっっ!」
「!?」
月夜に照らされた長く翡翠色の髪。狼男の頭上に現れた彼女の手にはククリナイフが一本握られており、そのナイフでいとも軽くその首を、命を刈り取る死神のごとく跳ね飛ばした。
「フゥ・・・この狼は前方からの攻撃は大変危険なので、後方からの奇襲が一番有効です。次に現れた時もそのようにしてください」
後方で首を失い値を噴水のように撒き散らしている狼が大きな音を立てて倒れる。俺たちはその姿をただ呆然と眺めるしかなかった。
「にしてもさすがパルウスさんの作ったナイフです。150年ぶりに使いましたが切れ味がまったく落ちていませんね」
「・・・リーフェ嬢、今度から姉御と呼ばしてください」
「え? どうしたんですかラルクさん」
すみません、俺も同じこと考えていました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「よぉし、C部隊行くぞっ!」
オークの心臓を貫いた槍をそのまま背負い投げで地面に叩きつける。そして動かなくなったオークから槍を引き抜き手を空に掲げて火の玉を打ち出した。
「さて・・・」
周りを見渡すと血気盛んな冒険者たちが向かいに向かってくる魔物たちを次々屍へと変えてゆく。みたところ死人はいないようだし、このままいけば王都騎士団の手を借りずとも一掃できそうだ。A部隊もそれぞれB部隊の援護に回っており、さすが冒険者の連携プレイだと感心しているところだ。
「・・・C部隊?」
火の玉を打ち出したらすぐに行動開始でと言ったのに、未だに部隊が動く気配がない。見えなかったのかともう一度火の玉を打ち出すがやはり動く気配は感じられない。
「なんだ、いったい」
他にも変化はあった、先ほどまで相手にしていた魔物が突如として俺たちの周りから姿を消している。
『黒い靄』
「おいっ! B部隊っ! A部隊っ! 一箇所にまとまれっ!」
考えたくなかった。わかりたくなかったが、このプレッシャー、こいつはやばい。まさかと思うがC部隊は・・・
「全部隊につげるっ! 超大型の魔物が接近している可能性ありっ! 全力をもって応戦せよっ!」
「「「おうっ!」」」
辺りは炎で包まれている上に、土煙が待っておりとても視界が良い状態ではない、だがこいつをなんとかしなくては村がやばい。
「な、なんだこいつっ!」
「おいっ! どうしたっ!」
突如悲鳴にも似た、叫び声が響く。声の方へと向かって走り行くが炎が邪魔で暑苦しい。
そして、たどり着いた先にあったのは。
冒険者と魔術師のものと思われる遺体だった。
「な・・・っ」
間違いない。俺はギルドマスターとしてこの街にいる冒険者の顔なんかは覚えているし、名前だって知っている。間違いない、俺たちの仲間だ。
「あぁぁあああっ!」
「く、くるなっ!」
「たす、けっ!」
「ぎゃっ」
俺の周囲でたくさんの悲鳴が起き始める。何が起きている、何かが起きている。一箇所ではない、何度も同時に何かが起きている。
ふと、冷たいものが鼻先にまた落ちた。
雨かと思い、空を見上げるとそこには満天の星だというのに大粒の雨が降り始めた。そしてその雨は未だに立つ土埃を徐々に沈めて行き、炎もだんだんと勢いを弱くしてゆく。
そして晴れた土埃と弱まった炎の間に見えたのは、おびただしいほどの見知った冒険者たちの変わり果てた姿。
そのどれもが命の灯火が残っているとは思えないということが一目瞭然だった。
「何が・・・」
肉のつぶれる音が焼けた平原に響く。
その方へと向くと、そこには冒険者のしたいから腕を引き剥がしその溢れ出た血液を腕から摂取している。
まさに鬼と呼ぶにふさわしい化け物がそこにいた。
「まずいな・・・所詮は低級の人間風情か」
「おい・・・っ、貴様。俺たちの仲間にいったい何をしたっ!」
「・・・ん? 何って食事だが?」
振り向いたその鬼の姿に思わず身構える。その血にまみれた口元と血にまみれたその体は明らかに魔物ではなく人間に近い、いや
これは人間なのか?
「これはお前の仲間か? 大変まずい」
「そんな趣味の悪い話なんざ聞いてねぇんだよ」
辺りを見渡すと、こいつ以外に魔物の姿は見えない。
まさか、こいつ一人で全部を・・・?
「そういえば、あそこの森に隠れていたのもお前の仲間だったのか? ものすごくまずい」
「黙れ」
先手必勝、こいつはまずい。こんなやつを街に入れさせるわけには・・・っ!
全身に魔力を流し、全力をもってしてそいつの心臓にその刃を突き立てる。
「おい、人間」
「なんだ・・・」
いや、待てなんでこいつは俺の後ろに・・・
「お前の右腕、多少はマシな味がするぞ?」
右腕?
言われてみると、鈍い痛みが体を襲い始める。
次に見た景色は地面と、俺の右腕から溢れる血の海だった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる