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第1章 赤の色
第37話 錯乱の色
しおりを挟む『今一色流 剣術 時雨』
街に溢れかえったゴブリン達の群れを剣術で掃討させる。だがその数は減ることもなく次々と道を覆い尽くすようにして現れる。
「アッ!」
「ラルクっ!」
ゴブリンとはいえ、数は武器だ。一人一人がとても弱くともその数は圧倒的な脅威となる。
「おい、大丈夫か?」
「ワリィ・・・足やられちまった」
そう言われてみると、足に巻かれた防具を貫いて一本の錆びたナイフが突き刺さっているのが見える。
「おい、肩に掴まれ」
「助かる」
これで戦える冒険者はほとんどいなくなってしまった。しかし、向こうでは一体どうなっているのだろうか、こんなにも街に魔物が溢れるだなんて絶対何かあったに違いない。
「おいっ! メルトさんっ! けが人だっ!」
「は、はいっ! そこで休ませておいてくださいっ!」
敵を斬りながら無事、ギルドへと戻ると、その階段には多くの冒険者が寝ており、建物の中には多くの治療中であろう冒険者が転がっている。
メルトさんもあくせくしながら、水の入ったタライを持って行ったり来たりを繰り返している。
「こいつは・・・一体」
これではまるで野戦病院みたいなものだ。ギルド内では冒険者たちの悲鳴やら断末魔の声が聞こえているが、俺は絶対に怪我なんかするもんか。
「ショウさん、無事ですか?」
「えぇ、なんとか」
リーフェさんが脇の道から出てくるのを見て少しホッとする。リーフェさんも血だらけであるには間違いないが。その綺麗な肌には傷を負っているようには見えない。
「ガルシアさん、大丈夫でしょうか?」
「・・・わかりかねます」
俺がそうつぶやくが、リーフェさんも不安そうな面持ちで返答する。平原の方からはなんかの爆発音であったり、炎が上がるということはなくなった。それは戦闘が終わったということなのか、それとも何か問題が発生したということのなのか、よくわからなかった。
「ショウさん、もうほとんどの冒険者が動けない状態です。しばらくの間、治療が終わるまで、ここを拠点に防衛を行います」
「わかりました」
街に散らばった魔物は観察していてわかったのだが、特に家などを壊したりすることなどがほとんどなく、俺たちの姿を見るなり襲ってきたことから考えておそらく奴らの目的は人間を襲うことなのではないかと推測した。
そう考えると俺たちが残った理由はなかったわけだが。
「そんなことはありません。この街に魔物なんかが住み着いてしまったら村の人たちは帰る場所を失ってしまいますよ」
理由はあったらしい。
リーフェさんが隣でそう呟きながら、手に持ったタオルで体についた血を拭き取ってゆく。
その姿にもドキドキしてしまうのだが、メルトさんの中に次の治療者を入れろという催促でふと我に帰り、ギルドの中に入って行く。
そこは地獄だった。
切り傷、骨折、やけど、と症状は様々だがそれらすべてが闇医者・・・もとい治療を行っているメルトさんの手によって冒険者は悲鳴をあげ泡を吹きながらどんどん治ってゆくというなんともカオスな地獄が生み出されていた。
「ショウさん、そこに置いといてください」
「は、はい」
肩に抱えた冒険者は呪文のように、まだ死にたくないまだ死にたくないという言葉をつぶやいていたが、何も聞こえなかったということにしよう。よく見れば中にいるまだ怪我を負ったままの冒険者たちはまるで死地に向かう戦士のごとき目をしている。そしてその拷問のような治療を目にしているのだ。
いったい何の精神攻撃だろうか?
外に出るとまだ魔物たちはここの場所を嗅ぎつけてはおらずリーフェさんが仁王立ちでククリナイフを手にしながら見張っていた。
「ショウさん、みなさん大丈夫でしたか?」
「えぇ、体は大丈夫そうですよ」
体だけはな。
「そうですか、これから一週間くらい悪夢を見るでしょうね」
「同情します、彼らに」
横に並び同じように仁王立ちをしながら、魔物が来るのを待っていると。平原ではない方向、すなわち家などのある方向が妙に煙い。
煙い方向へ顔を向けるとそっちの方から火の手が上がっているのが見えた。燃えているのは一軒だけのようだがこのままでは燃え広がる可能性がないわけでもない。
俺は火の手の上がった家の方へと体を向ける。だがそれを止めたのはリーフェだった。
「ショウさん、ダメです。今ここを動いたら怪我をした冒険者は魔物に襲われて命を落とすでしょう。メルちゃんに戦闘は無理です」
「ですが・・・」
「わかっています、ですが人の命は一回きりです。街はいくらでも復興します。今は耐えてください」
「・・・わかりました」
そう言うと、肩を押さえていたリーフェの手が離れる。再び、街へと続く道を見ながら見張りをしているとポツポツと雨が降り始める。道並べられた松明は魔術で作られたものだから、雨で消えるようなものではない。しかし星空が見えてて雨が降るだなんて不思議なこともあるのだと思った。
「いやですね・・・この雨」
「はい」
この世界に来て初めて雨を見たのではないのだろうか。ここの世界の住民は基本魔術で水は確保できるのでそれほど気象に関心は持たない。だがそれ以上に関心があるのは気象で起きる災害だ、やっぱりこれはどこの世界でもどうこうできる問題でもないのだろう。
「・・・っ、ショウさん。来ます」
「了解です」
遠くを見るリーフェの目が鋭くなる。理由はわかった、夜の暗闇の中で魔術で灯らせている松明を手にしたゴブリン、そしてゴブリンをそのまま大きくしたようなオーク、その他もろもろの魔物たちがこちらに向かってゆったりと歩いてくるのが見える。
「ショウさん、私が前衛に出て魔物たちに傷を負わせます。そしたらショウさんは怪我を負わせた魔物たちがひるんでいる間にとどめを刺してください」
「わかりました」
隣でリーフェさんのナイフが抜かれる音がする。そして深く息を吸い、吐く音。まるで俺が抜刀術を放つ時と同じように呼吸を落ち着かせた後。
「行きますっ!」
隣で風吹く。
俺もそれを追いかけるようにして走りだす。
風は目の前の敵をズタズタに引き裂いてゆく。松明の明かりに照らされた血潮がきらめき宙を舞う。
それを追いかける俺は一心不乱に剣を降り、その命を刈り取る。
ゴブリン、オーク、オーク、ゴブリン、ゴブリン、ゴブリン、オーク。
気がつくと自分の後ろの道は大量の死骸で埋まっていた。
「お疲れ様です。無事ですか?」
「・・・なんとか」
手には血の滴るナイフを持ち、体を血で汚しながら月夜に照らされているその姿は異常者か、殺人犯にも見えた。
そして改めて思う。
ここは異世界だと。
「あの・・・大丈夫です?」
「あっ・・・はい、大丈夫ですよ」
「ならいいのですが、怪我をしてません?」
「えぇ、今のところは」
魔物を斬って斬って斬りまくったが、心の中に渦巻くこのなんとも言えない感情の正体はいったいなんなのだろうか?
そして俺とリーフェさんは同じようにギルドへと続く道にはびこる魔物たちを同様に斬り伏せてゆく。
「なんでこいつらは松明なんか持ってるんですか?」
ゴブリンの心臓を貫く。
「さぁ・・・魔物のやることはよくわからないです」
オークの喉を掻き切る。
「そういえば・・・王都騎士団はいつ到着するのでしょうか?」
ゴブリンの頭をかち割る。
「そろそろ到着していてもおかしくないと思うのですが」
オークの両足を切り裂く。
道が死体で埋まる頃。雨脚がだいぶ強くなってきた。
一旦ギルドへ戻り、様子を見ようという意見で合致した俺たちはまた死体の山を作りながらギルドへと舞い戻ってきた。
「先輩もショウさんも血まみれですね・・・これよろしかったら使ってください」
「ありがとうメルちゃん」
「ありがとうございます」
俺たちはタオルを受け取り、体についた血を拭い取る。もう一体何を斬っているのか、剣術なんかもわからなくなり、何か人間として失ってはいけないものを取り戻してゆく感覚だ。
「これだけやればしばらくは大丈夫でしょう」
「はい、にしても本当に遅いですね。王都騎士団」
「何かあったのでしょうか?」
「何で応援を頼んだのですか?」
「伝書鳩です」
・・・何とも言えないな。
「魔術的に作られた鳩なので決して迷ったりということはないのですが・・・」
「とにかく気長に待ちましょう、ショウさん。もう少しですよ」
「わかりました」
未だにギルド内で治療を受けた冒険者たちは気を失っているがしばらくすれば目も覚まして戦えるようになるだろう。
「では、出ますよ」
「はい」
外に出ると未だに雨は降り続いており、遠くの民家には火の手が上がっており辺りは松明などではなく、違った明かりで満たされ始めていた。
「雨で正解でしたね」
「そうですね」
これなら燃え広がる心配も少ないだろう。
そう思っていたのは間違いだったかもしれない。
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