異世界探求者の色探し

西木 草成

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第1章 赤の色

第50話 恵まれなかった色

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 雨が未だに降り続いている。右手に持つ恐ろしいほどの熱を持つ刀に雨があたり、金属の収縮する音が隣で響き水蒸気が煙となって立ち上がる。

 この状態になって動ける時間はおおよそ5分強。話は簡単で要は彼女を倒し、中にいるメルトさんたちを逃がす。ただそれだけのことだ。

(いいか、『焔吹き』の状態の炎下統一は刃に物が触れるたびに、相手に向かって爆発を起こす。手加減はできないぞ)

 となると、相手は確実に火傷程度では済まないということか。

 だがいい情報を聞いた。

「一気にカタをつける」

「く....っ、貴様っ!」

 レギナが双剣を構え迎撃体制になる。そうなれば先手必勝、こっちから仕掛け防御のできないようにするまで。

『今一色流 剣術 時雨<豪>』

 炎を纏った連撃が彼女襲う、ことに腕力を利用する連撃には今の状態が一番効果が高い。

 そして視覚効果、人間が炎の塊を見たらどうなるだろうか? 答えは単純だ、ビビる。いくら進化したとはいえ人間も動物に変わりはない。いくらどんな屈強な戦士でも炎を纏った刀が頭上でものすごい音を立てて襲いかかってきたらビビらずにはいられない。

 よって今の状況、彼女は双剣であるにもかかわらず、一切反撃ができない状況だ。

「くぅ....っ」

 さて、彼女が片膝をついたところで締めだ。

 連撃を終え、彼女の背後へと回り、刀を赤く朱色に染まった鞘の中へと納める。

 スゥ....

 ....ハァー

『今一色流 剣術 氷雨<雹>』

 今一色流 氷雨は『時雨』とちがい刀の刃で連撃を行うのではなく、峰打ちで行う、いわば非致死性の攻撃というわけだ。そして<雹>は全体に満遍なく攻撃するのではなく、急所を狙った気絶目的の技である。

 果たしてうまくいくか。

 抜刀。

 肩、脇、両足、六ケ所に何の抵抗もなく打ち込む。たしかに打ち込んだ、いや違う、この感触は、防がれた?

「峰打ち....なめられたな」

「....あなたを殺したくはない」

「それは自分のためか? それとも私のためか?」

 雨が冷たい。この人を殺さない、なぜだ。その気になれば簡単に殺してしまうくらいの強い力は持っている。これは自分のためだ、汚れたくないと思う自分のためだ。

 なめてるよな。

「自分のため....」

「そうか」

 後ろへと振り向き互いの顔を見る。どこか悲しそうな表情を彼女はしていた。そして双剣をまた一つの剣に戻し、部下から鞘を受け取るとそこに剣を収める。

「いささか疲れた。貴様の得意な『バットウジュツ』とやらで決着をつけよう」

「....わかりました」

 僕は彼女を殺すつもりは全くない。しかし彼女は僕を殺す気だ。ならば正々堂々、俺は死なないために戦う。

 お互いある程度間合いを取り、正面に向き合う。

「あっ、ちょっと待ってもらっていいですか」

「なんだ、祈りでも捧げる気か?」

「まぁ、そんなもんです」

 少しの間待ってもらって、自分の腰に手をのばす。そこにはリーフェさんの翡翠色の髪が結びつけてある。それを手に取り自分の右手に巻きつけ自分の額に近づけ祈った。

 どうか、俺に力を。と

「大丈夫です。行きましょう」

「わかった。ガレア、合図を頼む」

 後ろの方で心配そうに控えていたガレアがただ頷き、手に剣を持って間に入る。

「準備はいいな」

「「無論」」

 いくぞ、そう言ってガレアは剣を放り上げる。あれが地面に刺さる瞬間が勝負だ。

 彼女は左利き、右利きの俺には若干抜刀術では不利だ。そして、足場のこのぬかるみもかなり抜刀術では不利だ。次に獲物、こっちは刀であっちは大剣。速さでいたら確実にこちらの方が有利、だが破壊力は断然あちらの方が有利だ。

 結論、抜刀術での勝負はこちらが不利。

 スゥ....

 ....ハァ

 地面に剣が刺さった瞬間。互いが向き合う方向へと駆け出す。

 指を刀の鍔に指をかけ、鞘の鯉口から炎が漏れ出る。

 彼女のこの体勢、この低姿勢で放たれる技は、

『今一色流 抜刀術 風滑り』

 あの時、自分がみんなの前で実演していた時にしっかりと技を見ていたのだろう。

 だが、予測済みだ。

「!?」

 俺は彼女が抜刀術の構えでこちらに向かっているのをただただ。

 納刀した状態の刀を地面に突き立て跪き、構えているだけだ。

 若干出た刀の刃が、彼女の剣とぶつかり合い火花を散らす。抜刀術自体は完璧だ、非の打ちようがない。だが小手先の知識で今一色流の技をマネしようとしたのが間違いだった。

『今一色流 抜刀術崩し 打ち石』

 レギナの剣は防がれた刀によって軌道を変えられて、俺頬すれすれを刃がかすめてゆく。そして完全に彼女が自分の後ろに抜けていった瞬間。

 刀を鞘に収め、右足を軸に彼女を背後へと回り、そして。納刀した状態の鞘で彼女の首元に打ち込む。

「か....はっ」

 そしてそのまま彼女は前のめりへと倒れ、泥に体を突っ込む音が無言のこの広場へと響く。

「すみません、僕は自分のためにこれからも戦わせてください」

 誰かが死ぬのは、自分のせいで誰かが死ぬのはもう嫌なんです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「隊長が....こんな奴に負けた?」

 しばらくして、無言の状態で張り詰めていた空気が誰かの言葉によって元に戻る。

「おい....どうすりゃ....」

 ところどころからそんなざわめきが聞こえてくる。ふとガレアとアランの方へと目をやると、それぞれ手に武器を持ち臨戦態勢だ。

 さて、隊長を倒したところで。今度はメルトさんのところへと行かないと。

 そして、あんまり気乗りはしないが。

 そう思い未だに気絶している彼女の元へと近寄り、手に持っている剣を右の腰に下げている鞘に収めて、彼女を肩にぶら下げて建物の入口へと向かう。そしてそれらの一部始終、誰も手を出してはこなかった。

「ここは通さないぞ。イマイシキ ショウ」

「アランさん....」

 建物の入り口に立っていたのは両手にボウガンを持ったアランだった。

「お前はどこにでも行くがいい、だが隊長は置いて行け」

「....嫌だと言ったら?」

 この人は隊長をさらえだの置いて行けだの、忙しい人だ。未だにこの人が俺に何をさせたいかよくわからない。

「....お前の胸に聞くんだな」

「胸?」

 はて、今の文脈で胸に聞けだなんて言う必要があっただろうか。そして、空いている方の右手で自分の胸当てに触れてみる。

 なるほど、意味がわかった。

「わかった。ここの場は諦めよう」

「懸命だ」

 建物の中に入るのは諦めた。メルトさんたちは、ここを抜け出したら必ず助け出す。

 そう思い、建物の入り口から背を向ける。

『おい、そろそろお前危ないぞ』
「あぁ、わかってる」

 そろそろ5分が立ちそうだ。そうなったらどうなるのかわからないが、レギナたちの話を聞くと単純に理性を失って、叫びながら刀を振り回していたらしいから、そんな状態になったらもう命取りになるのは考えずともわかる。

 向かった先はここの要塞ともいうべき場所の唯一の出口とも言える跳ね橋の前まで歩き進む。

「おいっ! ここから先は通させないぞっ!」

「隊長を置いておとなしく捕まれっ!」

 やっぱりタダでは出さしてはくれないよな。俺は肩に抱えているレギナを、仰向けに地面に置く。先ほどうつぶせに倒れたせいか顔に随分と泥が付いているのが気になるが....

 置いた瞬間、腰に下げている刀を瞬時に引き抜き、一周をしたのち再び刀を納める。

『今一色流 抜刀術 円月斬<地>』

 周りを見ると、それぞれが持っていた剣、槍、盾、弓。それらが同じラインであるものは斬れて、あるものは溶けている。

「次、近づいたら今手に持っているものが首に変わりますよ?」

 脅しの効果は絶大だ。武器を失った彼らは後ずさりし距離をとる。

 さて、次はこの跳ね橋をどうするかだ。

『炎下統一 弐の型 炎牙』

 再び自分の口が勝手に動き、何かを唱える。すると右手に持った刀の先端に炎が集まりドリルのような渦を作り始める。

『突き専用の型だ。こいつであの邪魔な跳ね橋もこわせるだろうよ』
「ありがとう、サリー」

 再び地面に置いた彼女を担ぎ上げ、跳ね橋の前に体を低くし炎の渦まく刀を跳ね橋へと向ける。

『今一色流 剣術 翡翠かわせみ』

 全身バネにし、思いっきり跳ね橋に向けて型の突きを食らわせる。刀から発せられている炎。これがエンジンの代わりとなり、通常の突きよりもスピードと破壊力が大きく上がる。

 結論、跳ね橋は一瞬で倒壊。そして余力を持ったまま、跳ね橋を突ききった俺は堀をも超えて外の森へ抜けることができた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「さて、これからどうしようか....」

 なんとか、彼女をさらい、自分もあの場所か抜け出すことには成功したが、全くもってこれからのプランがないのである。

 そして今の俺の状態は、あのサリーの力を使った状態ではなく。ノーマルな状態だ。

「まずは....自分の胸に聞いてみるか」

 彼女を担いだ状態で、雨降る暗い森の中を歩きながら、俺は胸当てを外しその裏側を見る。

 そこには、一枚の便箋らしきものが挟まっていた。

「サリー、暗いから火を貸してくれないか」
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