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第2章 青の色
第52話 逃亡者の色
しおりを挟むさて、いつまでも洞窟暮らしを続けているわけにはいかない。さすがに、行動を起こさないとまずい。それに俺にはあの処刑場を抜け出したもう一つの目的がある。
「サリー、その青の精霊に会うにはどうしたらいいのか教えてくれ」
「あぁ、そうだったな」
隣で、ようやく湯気の発生を終えたサリーが面倒くさそうに立ち上がる。焚き火の炎はすでに消えて、雲の切れ目から覗く二つの月明かりがまぶしい。
「そういえば、後ろのアマは大丈夫なのか? ほっておいて」
「....大丈夫なはずだ。あの人は簡単に僕の手に落ちるような人じゃないから、何があっても生きようとするよ」
後ろでは目を閉じて、寝ているのだろうか横になって寝息を立てているレギナの姿がある。両手は縛ったままだが。
「にしても人間てのは相変わらずよくわからん。こんなにボロボロになってまで生きたいと思うか? 普通」
あぁ。本当、我ながら異常だと思うよ。
洞窟の外に出ると月明かりが雨で濡れた地面を優しく照らしていた。夜にもかかわらず、外は青白く明るくて、日本に住んで街灯の明かりしか知らなかった俺は、毎回この光景になれることができない。
「あのアマが本気で、テメェのこと疑ってると思ってんのか?」
「....わからない」
彼女が今でも自分のことを疑っているのか? いや、誘拐しておいて疑うもクソもないだろうが、彼女にはあの街を、リーフェさんやガルシアさんのいたあの街には何の危害も加えていないということだけは信じてもらいたい。
「信じてもらいたいねぇ....なら話せばいいじゃんか。俺は無実の真っ白な人間ですって」
俺が黙ってその言葉を聞き流していると、『いや、お前には元々色なんてなかったな』と言われ、まさにその通りだと思った。
自分は空っぽだ。
「さて、湿気っぽい話は嫌いだ。さっさと始めようぜ」
「....あぁ」
サリーの話によるとだ、どうやらパレットソードを使い、青の精霊のいる場所を割り当てるらしい。
「お前、最初にこのクソ剣を手にした時ぶん投げただろ」
「あぁ、そうだが」
確かに、俺は気まぐれで足元に落ちていたこれをぶん投げて、イニティウムの方角を占った....とでも言うのだろうか。しかしその方向に街があったのは確かだ。
「それと同じ要領だ、ぶん投げろとは言わねぇけどよ」
ならばどうすればいい。
そう聞き返すとサリーはニタリと笑い、俺の手からパレットソードを奪い取ると、鞘ごと地面へと突き刺した。
「さぁ、こいつを地面に刺したまま持ってみな」
「これでいいのか?」
とりあえず近づいて、剣の柄を掴む。
その瞬間、
世界が見えた。
「ウ....ッ」
突然頭の中に入り込んできた膨大な情報量の多さに、思わず剣を手から離して地面に盛大に嘔吐物をぶちまける。
ようやく落ち着いたところで、再び自分の剣と向きなおる。
今のは一体何だったのだろうか。
この世界に生きているすべての生き物の生の鼓動、息をする音、心臓の動き。そういったものがすべて自分の頭の中に1秒も満たない触れた時間で流れ込んできた。とにかく流れてきたものは要約すると、『生』という一言だった。
「一つ言うのを忘れていたが、ちゃんと何を見たいのかというのを頭の中で正確にイメージしたほうがいいぞ。でないと脳みそパンクすっからな」
「そういうことは....前もって言っておけ....」
いかにも悪魔のような表情で吐いている俺を見下ろしているサリー、その両目は獲物を見つけた狼のように赤く光っていた。
剣は地面に刺さったまま、もう一度試すか....
「いいか、青の精霊を探すんだからな」
「青の精霊って....俺、会ったことないんだけど」
「まぁ、それもそうか」
すると、サリーは俺の方へと近づき肩に手を置く。手を置いた彼の手からはとても人の体温とは思えない温度の熱が防具から伝わってくる。
「イメージの補正は俺がやってやる。テメェはそのクソ剣握って、見たものをまんま記憶すればいい」
「わかった」
俺はパレットソードの前に跪き、再び剣と向き合う。その両肩にはサリーの手が置かれており、自分ではない。何者かの力が防具をとうして流れ込んでくるのがなんとなくではあるがわかった。
「準備できたか?」
「あぁ」
「よし、始めろ」
深く息を吸い込み、目を閉じて、再び剣の柄を握る。
最初は先ほどの比ではないにしろ、多くの音と感覚が頭の中へと入り込んでくる。その都度襲いかかる吐き気と戦いながら、意識をサリーの手と、自分の持つ青のイメージに寄せて行く。するとだんだんと頭の中から音が消えて行き、やがて無音になった。
静かに目を開ける。
目の前には青い光、それは一本の筋となって、道の先へと照らしていた。
「おい....サリー」
「安心しろ、俺にも見えてる。その先に意識を集中してみろ」
「あぁ」
さらにその先へと。その青色の光の導く先へと意識をさせる。
意識は森を抜け、街を抜け、そしてたどり着いたのは今前見たことのないような大きな湖だった。
そこの真ん中に、一人の女性がいる。それはとても真っ青に染まった長く綺麗な髪をしていて、見えるその後ろ姿は少し寂しげにも見えた。
その女性がとっさに振り向く。青色の瞳が自分の意識と目が合った、その瞬間。手がパレットソードからはじかれるようにして離れた。
「うわ....っ」
「今のが青の精霊だ、にしてもあいつ全然変わんねぇな」
「知り合い....なのか?」
「まぁ....そんなとこだ」
俺の肩から手を離し、少しバツが悪そうに頭をかくその姿は先ほどの悪魔のそれとは違いどこか拗ねた子供のようにも見えた。
先ほどの影響のせいか、まるで貧血になったかのように足元がふらつく。少し霞んでいる思考の中で幾つか疑問がある。
「なぁ....サリー」
「なんだ?」
そうだ、すでにこいつには俺の思考がすべてわかっているんだった。だとしたら今、この彼の表情はサリーにとっては都合の悪い話なのだろう。そう言った顔をしている。
「お前は何で、この剣に詳しいんだ」
「....ハァ。わかんねぇよ、勝手に頭ん中に入ってんだ」
勝手に頭の中に入っている? どういうことなのだろうか。
「俺には、このクソ剣を取り扱うことはなぜかはっきり覚えてやがる。それ以外のことは燻っててよく覚えてねぇんだ」
つまりそれは....
「そう、記憶喪失とでも言うのか? だが完全に忘れたわけじゃねぇ。何か見ればすぐに思い出せるし、何があったのかも思い出せる。だが、何を忘れてるのかがわかってねぇだけさ」
そう言うと、もうこの話はおしまい、とでも言いたげに手を頭の上でひらひらさせながら洞窟の中へと戻って行く。あいつには記憶がない。一体何がそうさせたのか、疑問は尽きないがまずは青の精霊を探すことのほうが先だ。
洞窟の中の焚き火は消えており、サリーの髪が焚き火のように淡く光っているのが唯一の光源だった。
「サリー、また火を出してくれ」
「ハァ~、めんどくせぇ....」
サリーが指を鳴らす音が洞窟に響く。すると消えていた焚き火に瞬く間に炎が灯り、洞窟の中に再び明かりが戻る。
そういえば、彼女は何も食べてない上に何も飲んでない、何も進めはしたが全部拒否してしまう。さすがに餓死させるようなことはしないが、それでも何か食べてもらわないと今後の活動に影響が出る。
「おい」
奥の方にいた、サリーに呼ばれる。その声を聞き、洞窟の奥へと進む。ちょうどそこは、彼女を縛っておいておいた場所だ。
また、食事をすることを勧めてみるか。
「どうした....ん....だ」
「....女がいねぇ」
彼女がいた場所、そこには消えた、彼女の剣。そして縛っておくのに使っていたベルトが放置されているだけだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
二つの月明かりが森を照らす中、俺は森の中を激走している。幸いにも足元が照らされているほか、地面が湿っているため足跡が付きやすい。彼女の追跡は楽だ。
だが、
問題は彼女をどうやって連れ戻す。またあの処刑場の時みたいに気絶させて担いで行くか? しかし、あの相手に同じことが可能なのだろうか。いや、おそらく無理だ、一回抜刀術が通じなくなったことを考えると、同じ手は二度は喰らわないだろう。そうなったら立場は逆転だ、
今度は俺が処刑場に引きずり戻される。
「クソ....っ!」
自分が処刑場に戻される。それよりも怖いのは、これが原因でメルトさんたちにもしものことがあったら。アランが望んでいるのは事の解決までの彼女の保護、もしそれができなかったらメルトさんたちの安全は保障できない、そう通達されている。
メルトさんにもしもの事があったら....俺は....っ!
「うわっ!」
木の幹に足を取られ、派手に転んでしまう。体を起こすと防具の下の処刑の時に来ていた麻のボロ服がずぶ濡れになってしまった。
「ハァ....気持ち悪い」
ため息をつき状態を起こす。少し風が出てきた、そして夜は冷え込む。このままでいたら風邪をひくな。そう思い、防具の下に着ている麻の服を引き裂こうとした、その時だ。
風の中から、息遣いが聞こえる。
これは人の息遣いだ。
そばに人がいる、これは確実に彼女だ。
服を破り捨て、再び森の奥へと進む。だんだんと、人のいる気配が強くなる、足跡もこっちで間違っていないだろう。
そして、見つけた。
木に寄りかかってうずくまっている彼女が。
「ハァ....ハァ....」
「レギナさん、大丈夫ですか?」
「く、寄....るな」
彼女は腰の剣に手をかけており臨戦態勢だ、しかしどうも様子がおかしい。息が荒いし、足元だってふらついている。
「戻りましょう、ろくなものは用意できませんが暖かい食事を用意しますから」
「だから....っ、誘拐犯の作った....飯....な....ど」
突如森に響いた泥の上に人が倒れる音。その光景にしばらく唖然としたが、我に戻り異常事態だと理解した。
レギナが倒れた。
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