55 / 155
第2章 青の色
第53話 情けの色
しおりを挟む「レギナさんっ!」
急に地面に倒れたレギナに駆け寄る。上体を起こし顔色を見ると月明かりに照らされているせいでもあるが、とてつもなく顔色が悪い。そして右手が痙攣をおこしており、医療知識がほとんどない自分でもこれは異常事態であるということが一目見て分かった。
「なんだ? 急にぶっ倒れやがって」
「わからない....とにかく誰かに診せないとっ」
と言っても誰に診せればいい。逃亡中の身でどこかの家に入ろうものならば通報され捕縛されるかもしれない。そうなったら今までの苦労が水の泡だ。
そんなことを考えている間にもレギナの呼吸音がどんどん荒くなってゆく。
このままでは最悪の事態になりかねない。
「....そうだっ! パレットソードっ」
すかさず腰にさしていたパレットソードをベルトから外し、それを地面に突き立てる。
「おい、テメェが何やろうとしてんのかわかるけどよ」
「わかってる、でも青の精霊を見つけることができたんだ。人を見つけるのなんてもっと簡単なはずだろっ」
今度はちゃんと剣に触れる前に頭にイメージを浮かべる。ここの森の中に住んでいる、もしくは近い町に住む医療知識、もしくは薬草知識を持った人間。できれば一人暮らしで世捨て人みたいな人間がいい。
他にもイメージを重ね、人物像が頭に浮かんだ瞬間に目を閉じ剣を握る。
再びあの波のように押しかかる音と感覚。それらに必死に耐えながら頭に浮かんだ人物像を頼りに意識を集中させてゆく。だんだんと音が感覚が静まり、一つの的へとしぼられてゆく。
目を開ける。
そこはここの森からさほど遠くない場所。木々の中に一軒小さなの家が見える、中には明かりが灯っており、中に人がいるということがわかる。そして、家の中から伝わってくるのは一人の人間の気配のみ、そして、窓から移ったその姿は、中に青い光を中心に宿した人物だった。
その光景が目の前に見える。一か八か、ここに賭けよう。
「見えたっ!」
剣を再び腰に戻すと、目の前に見えていた景色は霧が晴れるようにして消えてゆく。そばにいるレギナを肩に担いで、先ほど見えた民家へと足を急がせる。
距離としては全力疾走で大体10分。それまでに彼女は持つのだろうか、いや持ってもらわなくては困る。そこは軍人として普段体を鍛えているんだから大丈夫だという謎の期待だった。
にしてもなんでこんな急に....連れて来た時はそんな体調が悪そうには思えなかった。ということは食あたりか? いや、ここに来てから彼女は食事を取っていない。となると....毒か?
いや、もしかして。
少し頭の中によぎった考えに思わず走る足が遅くなる。
もしかして....俺の殴ったところが当たりどころ悪くて。
いやいや、それはナイナイ。だって加減して殴ったし、それに洞窟で怒鳴る元気はあったし、もし殴ったことが原因だったらこんな遅くに具合が悪くはならない....よな?
とにかく今は走ろう。俺の見ていたあの人が本当に医者のような人物だったら万々歳だ。見たところによると青色の持ち主だった、つまりメルトさんのような水を使って外傷とかも治せる人物であるのだろう。なら、仮にも、もしも俺が負わせた怪我が原因だったとしても治せるはずだ。
走り進めて、約5分、本日連続して身体強化術を使用しているせいか体がだんだんと重くなってゆくのを感じる。剣で見えていた風景もだんだんと近くなってゆくが自分の体力がどうも持ちそうにない。
「ハァ....ハァ....クソッ....」
「おい、大丈夫か? なんだか死にそうな顔してんぞ?」
「ハァ....ハァ....黙れ....」
そばにはいつの間にか隣を走っているサリー、全くもって赤の精霊であるにもかかわらずなんとも涼しい顔をしている。こっちの身にもなってほしいものだ。
「そんなに辛いんだったら、この女の甲冑脱がせろよ」
「ハァ? こんなところでか、絶対起きたら甲冑が消えてるって騒ぐだろ。この人」
「馬鹿だなぁお前。甲冑をここに置いていって、あとで取りに行きゃあいいんだよ」
なるほど、サリーの言わんとすることはわかる。だが、自分がこの状況に陥った時に、自分の身につけていたものが消えていたらどう思うだろうか。ましてや女性だ、おそらくこれから信頼関係を築いていかなくてはならない間柄にもかかわらずこんなことがあっては信頼もクソもない。
「いや、このまま行く」
「本当に馬鹿だなぁ、お前ってMだろ」
「黙れ」
再び止めていた足を走らせる。そうだ、こんな重い物を背負わされて走らされえるだなんて準備運動でやらされていたのに比べれば楽なものじゃないか。
それに背中に背負っているレギナ。リーフェさんほどではないが、そこそこに美人だ、ボーイッシュでとても清楚な顔つきをしている。
「よし....もうひとっ走りだ」
「お前なぁ、恥ずかしくないのか?」
隣のサリーが呆れたような口調で言うが、それに対しての俺の回答はこうだ。
「美人に罪はない」
疲れた体に鞭を入れ再び森の中を駆け抜けてゆく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「さて....今更だがどうすればいいんだろうか」
目の前には確かに、剣の向こう側で見た一軒の家。明かりがついていることから、中にいる人間は起きているのだろう。しかし、時刻はだいたい日付を超える辺りくらいにはなる。こんな時間に訪ねて行って失礼だろうか。否、今は緊急事態だ、救急外来に来たのだと考えればいい。
「よし....っ」
家の玄関に近づき、扉をノックする。すると中から、初老の男性の返事が聞こえてくる。さて、何て言おうか....
「はいはい、こんばんわ。どうしたんだ? こんな夜遅くに」
「えっと....冒険者をやっている『カケル』というものです。急に連れが具合を悪くして....もしよろしければ今晩ここに泊まらせていただけませんか?」
一応、万が一に備え偽名を名乗っておく。目の前の人は自分の予想していた医者というイメージよりもどちらかといえばマタギに近い太い腕とでかい体をしていた。
「ふぅん、まぁとにかく上がんなさい」
「すみません、お邪魔します」
さて、まず家の中に入ることはできた。中に入ると、魔術光に照らされたいかにも冒険者らしい家で、魔物の毛皮が壁に下げてあったり、机の上には分解してある剣が置いてある、ちょうど手入れをしているところだったのだろう。
「すまないね、散らかっていて」
「いえいえ、とても助かります」
これは本心だ。さて、それでは本題に入ろう。
「すみません、彼女を寝かせてもいいですか? とても具合が悪そうで」
「どうしたんだ、いったい」
よし食いついてきた。
すると男性は俺たちを家の奥へと案内する。そこには寝室があり、そこの部屋にはたくさんの本が並んでいた。紙が貴重なこの世界でこれだけの本を揃えられるのは珍しい。
「すまん、俺が普段使っている部屋だ」
「大丈夫です、もしかして....医者ですか?」
よし、どうだ。
「イシャという言葉は知らないが、この部屋を見て何か思ったのなら俺は薬草から人を治すことを研究している人間だ。まだまだ主流ではないが『薬草学』と俺は呼んでる」
なるほど、つまりは漢方とかそこらへんの類の研究をしているのだろう。ならばこの人にレギナを診せるしかない。
「すみません、ちょっとこの人を診てもらえますか?」
「ん? 別に構わんが」
俺はレギナをそばにあった、ベットに置く。どうやらまだ息はあるみたいだが、それでも顔色が悪く、そして痙攣が両手にまで及んでいた。
「これは....カケルと言ったか? 甲冑を脱がしてくれ」
「はい、わかりました」
レギナの甲冑に手をかけそれらを脱がしてゆく。後ろで男性は本を手に取り、何かを調べ始めていた。これでまず首の皮一枚が繋がった。
胸当て、腰、腕、足、それぞれ鎧で覆われている部分を外して行き、だんだんと甲冑で見えなかった布地が露わになる。
「脱がせ終えたか?」
「はい」
男性がこちらに向き直る。そして、首、額などの部位を触ってゆき、次に痙攣している腕を上げて、落としてを繰り返す。次に心音を確かめるために耳を胸の近くに寄せたりして、少し不安になったがそういえばこの世界ではまだ医療が普及していないのだったと思った。
「君、ここに来る前にどこにいた」
「え、洞窟で暖を取っていましたが」
「その時、何かに刺されなかったか。虫みたいなものに」
「え....」
そんなものは見ていない。しかし、青の精霊を探す時に一回洞窟の外へ出た。その時に何が起こったかなどは俺にはわからない。
「おそらくだがこれはエピレピシーだ。小さい虫だ、こいつに刺された時の症状にとても似ている」
そんな虫の名前は知らないが、問題はどうしたら治るかだ。
「すみません、どうやったら治るんですか」
「こいつには特別な薬草が必要だ....彼女がこの症状を発症してからどのくらい経つ?」
確か、彼女が逃げ出して、それからここまでに来る間。だいたい1時間くらいだろうか?
「だいたい、1時間くらいです」
すると少し考え事をするかのように男性は眉間にしわを寄せる。その表情から察するにあまり良い状況ではないのだろう。
「....まずいな。こいつに刺された後は2時間くらいが勝負だ。今から薬草を採取に行って調合しても間に合うか....」
「その薬草を教えてください。俺が採ってきます。調合にはどのくらいかかるんですか?」
「だいたい20分だ。待ってろ、今資料を取ってくる」
20分、つまり単純計算で40分でその薬草を見つけ採ってこなくてはならない。果たしてどのようなところにあるのか、全く見当がつかないがそれでもやるっきゃない。
「ほらこれ、この白い花に赤い斑点があるのが特徴の草だ。こいつの葉の部分が薬になる」
「わかりました、すぐ行ってきます」
押し花になっているこの花の名前はアクセ。資料を読んだ限り、あまり陽の当たらない湿気の多い場所に群生しているらしい。
となると森の深いところ、木々の間のじめじめしたところにあると想定出来る。かなり難しい、今の自分の体力でできるだろうか。
いや、できるんだ。
できなくてはならない。
そうしないと、メルトさんたちに何が起こるかわかったものではない。
俺は寝室を抜け、家の外へ駆け出る。すでに腰に下げているパレットソードでさえ邪魔にさえ思えるくらい重い。防具なんかも外したいくらいだ。
こうなればもうヤケクソだろう。そして俺は月明かりの当たらない深い森の中へと駆け出していった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる