異世界探求者の色探し

西木 草成

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第2章 青の色

第58話 探求者の色

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 手にはレギナの分解した剣の片割れ。戦っても思ったことだが直刀にしては長い、にしても一度も直刀なんて使ったことがない。いい経験だ。

 追剝ぎEが手斧を持って横に切りつけてくる。とっさに剣を逆手に持ち、手斧の攻撃を受ける。

 激しい金属音、この手斧は刃の部分が伸びてくさび状になっているもので、よく木を切るときなどで使うようなものだ。決して武器には向かない。

 手斧の刃の部分と持ち手の部分、その折れ曲がっている部分に剣を滑らせ思いっきり手から離れるように引く。すると追剝ぎEの手から手斧が離れ丸腰な状態になる。

「あ....」

 離れていった自分の手斧を眺めながら小さく声を漏らした追剝ぎEの顔面に思いっきり、逆手で持った剣の柄で右ストレートで殴りつける。

 この感触、歯を折っちまったかな? まぁ、いいか。死んでないし。

 ふと後ろを見ると、レギナはすでに自分の目の前にいる追剝ぎの武器を俺と同様叩き落とし、敵に向けて剣を向けている。

 レギナの剣は頭上に掲げられ。

 そして....

 まずいっ

 右足に身体強化術、一足でレギナの背後まで飛ぶ。そして今振り下ろされんばかりの剣を掴んでるレギナの左腕を抑える。

「....何をしている。イマイシキ ショウ」

 振り返らずに声のトーンを落としたレギナの声が無言のこの場に響く。

「人殺しは....ダメです。どんな悪者でも」

「なぜ。こいつらの持っている武器を見れば貴様でもわかるだろう」

 剣や斧、金がなくて追剝ぎをやっている彼らが到底買える品物ではない。すなわちそれは追剝ぎの末に殺して奪い取ったもの。

 彼らは人殺しだ。

 人を殺している人間が殺される。この世界では当たり前なのだろう。だが俺のいる世界では当たり前ではない。

「それでも....この人たちを殺していい理由にはなりません。少なからず、俺たちが」

 人を殺して、それらを奪って生きながらえている彼ら。そんな彼らを自分可愛さに相手を殺す、要は彼らの命を奪って安全を得る。

 何が違うというのだろうか、いや、同じだ。

「俺は....彼らと同じ人殺しにはなりたくありません」

「なら安心しろ。私も人殺しだ」

 そうだ、この人は軍人だ。人の命を奪うのなんか造作もないのだろう。おそらく何人も何十人も、彼女はこの手でいろんな人の命を奪ってきたのだろう。

「今更それ以上もそれ以下も存在しない。それに、こいつらを生かしておけば必ず同じことを繰り返す。ならば、これ以上こいつらの被害者を出さないようにするために自ら手を汚すしかない、違うか?」

「それでも....俺は嫌です」

 彼女の言うことは至って正論だ。それに反論する理由もない。何も言えずただただ彼女の腕を掴んでいるしかなかった。

「ハァ....わかった」

 彼女のため息。それと同時に突如彼女を掴んでいる腕の感触が消える。何が起こったのか、理解するのに数秒かかった。そして理解した時点でもう遅かった。

 腹部、鳩尾に衝撃が走る。

「か....は....っ」

 全身の虚脱感とともに体が崩れ落ちる。目の前に地面が迫り、雨上がりの冷えた地面に顔がぶつかり、意識が落ちる瞬間。必死に体を起こしてみた景色には、脳天から斬撃を受け頭から血を流している追剝ぎの姿と、それを行ったレギナの剣から滴る血だった。

「レ....ぎ....」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「なぁ親父、なんで剣振ってんだ?」

「え? そりゃ決まってんだろ。異世界に突如召喚され、悪党や魔王をバッタバッタ切り倒して、ハーレム作るためだろ」

「親父また俺の部屋勝手に漁って本読んでたのかよ、あれ借り物だからな」

「もしくはあれだ、霊能力を身につけて人間に悪さする妖怪や魔物なんかを倒してってハーレムを作るためだろ」

「ハーレムハーレムって、いい歳して見境なしかっ!」

「まぁまぁ、俺だってまだまだ若いぞ?」

「40近くなった人間の言うことじゃねぇよ」

「まぁ、そんな冗談はさておきだ。俺が剣を振るう理由ねぇ....わからんな、40近くになっても」

「そんなに強いのにか?」

「強い弱いは関係ないさ。『我、この道を行く。ゆえに探求者なり』さ」

「....なんだそれ?」

「今一色流の開祖、今一色 楊苞が遺した言葉だそうだ。お前さ、この地球掘ったところに何があると思う?」

「え? そりゃマントルとか溶岩があったりするんだろ?」

「違ぇよ、地下帝国に迷い込むに決まってんだろ? 夢がないな~」

「そんなのあるかっ」

「本当に? お前見てきたのか? 地球を掘ってったら溶岩とかマントルがあるって」

「え? いや....それは....」

「それと同じさ、この先何があるかわからねぇし、確実なものもない。だったらがむしゃらに掘るなり進むしかない。正解も間違いもないこの不安定な人生生きるには、生きることに迷わないまっすぐとした信念が必要なのさ」

 だからさ。

「何もワカンねぇんだったら、わかんないなりにしゃんと胸張ってまっすぐ進んでみろよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 目が覚める、顔には濡れた地面の感触。両手をついて顔を起き上がらせる。周りには森、そして

 頬に残るこのヌメッとした感触、手のひらでぬぐうと一瞬にして赤黒く変わった。これは....血。

 手のひらから視線を外し、前を見た。

 頭の割れた追剝ぎの死体。

「....っ」

 小さな呻き声を漏らして後ろに後ずさった。

 これを彼女が....。辺りを見渡すと、追剝ぎのしたいと思われるものがたくさん転がっている。狭い獣道に所狭しと転がっている死体、腹の底から吐き気が込み上げてくる、そして

 血の匂いが敷き詰めるこの森の中に金属音が響いている。

 彼女だ。

「レギナ....レギナさん....っ」

 体を起こし、その金属音のする方へと足を動かす。道の脇の森に入ると、そこには木にもたれかかったまま死んだ追剝ぎや、地面にうつぶせになっている者もいる。そして確実に生存しているわけでもない。

 こんなのは地獄絵図だ。人間のすることじゃない。

 そして、吐き気と戦いながら足をふらつかせたどり着いた先にいたのは、全身に返り血を浴びたレギナ、そして剣を折られ、完全に戦意を失って木にもたれかかっている追剝ぎ。

「っ.....レギナさんっ!」

「....イマイシキ ショウ。何しに来た」

 雲の間から太陽が覗く、血に濡れた両手の剣、血に濡れた彼女の顔。それら太陽に照らされギラギラと光っていて、思わず身震いがした。

「もうやめてくださいっ! 十分でしょう、あんなのは人のやることではありませんっ!」

「私は人ではない。戦士だ、騎士だ、王都に仕える兵士だ。王都の平和、人々の平和が守られるというならたとえ自分の身を汚しても戦う」

 そう言うとレギナは左手の剣の先を追剝ぎへと向ける。

「ひ....っ」

「こいつらは人の命を奪うことで生きている。ならば魔物となんら変わらない、こいつらも人ではない」

 正論だ。

「でも殺していい理由にはなりません」

「ならばどうする、償いでもさせるつもりか。償ったところでこいつらの奪った命は帰ってくるわけではないぞ」

 正論だ。

「ならば彼を殺して何になるんですか、彼を殺して死んだ人間が戻ってくるわけじゃないんですよ」

「これからこいつらに奪われるはずだった命は救われる」

 正論だ。

 だが、それでもっ

「俺は、それでも人を殺すことで解決するとは思えないんです」

 その言葉を聞いたレギナは右手に持った剣の先をこちらへと向ける。

「それは優しさか? 慈悲か? いや、違うな。貴様が吐いているその言葉はそんなものじゃない。自分が汚れないための口実だ。それは優しさじゃない。弱さだ」

 そうだ、正論だ。俺は弱い、こんなの優しさではない。ただ自分が汚れたくないだけの口実だ。ただの臆病者の弱さだ。

 それでも、俺は自分を曲げない。

「レギナさん、俺は目の前でリーフェさんが死ぬのを見ました。もうあんな思いはしたくない。だから俺は....自分の守りたいものを守るために剣を振るいたい」

「貴様の理想を押し付けるな。私には私のやり方がある」

 レギナが動く。左手に持った剣の先が追剝ぎを襲った。

「....なぜ、そこまでして....」

「っ....自分の進む道のため....」

 レギナの剣はギリギリ追剝ぎの喉元で止まっていた。そしてその剣から精血が滴る、その剣を握りしめた俺の手から出る血だ。

「俺は誰も殺さない。誰にも殺させない。自分が傷つかないために、自分の大事な人が傷つかないために」

 しばらく無表情なにらみ合いが続いた。追剝ぎはその様子を息を飲んでみている。やがて、口を開いたのはレギナだった。

「いい加減離せ、私の剣が錆びる」

「あ、すみません....」

 レギナの剣を手から離すと、彼女は右手に持った剣を合わせて鞘に収める。

「やる気が無くなった。そのクズはどうするつもりだ? イマイシキ ショウ」

「え....と。とりあえず縛って、町に連れて行くとか....」

 二人で向かい合って話をして、確実に後ろががら空きになったその時だ。

「よくも....仲間をっ!」

「っ....!」

 背後から物音と殺気が迫ってくる。どうやら追剝ぎが俺たちに襲いかかろうとしているらしい。

 だが手元にはパレットソードが。

 どうやって防ごうか、考えていたその時だった。

「おい、その人間殺そうってんなら。まず俺と火遊びしねぇか? あ?」

 全身に炎を纏った人間の姿、輪郭なんかは見えないが、そこには透明人間が燃えているような不可思議な光景が広がっている。

 そしてその透明人間は追剝ぎの折れた剣を持った腕を掴んで、抑制している。

「サリーか?」

「ば、化け物....」

 それを言い残して、追剝ぎは意識を失った。たかだかこの程度で気絶するなんて....肝っ玉の小さいやつだ。

「おい....イマイシキ ショウ....あれはなんだ?」

「あっ....彼がその件の精霊です」

 さてどうしようか....

 
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