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第2章 青の色
第72話 距離感の色
しおりを挟むさて、そんなこんなでこの世界へと来たわけだ。当然ながら、俺自身何か悪いことをやった覚えはないし、なにかの事故に巻き込まれて死んだわけでもない。レギナに言われるまであまり気にしなかったが、一体なぜ、自分はこの世界に来てしまったのか。もしかしたら、未だに自分の体は地球にあって変わりなく生活をしているのかもしれない。
自分がこうして異世界にやってきた、約5ヶ月かそこらも前のことを思い出していた、やはりこの件の決め手になり得るのは、あの作業場で見た少女。いったい何者だったのだろうか、どこにでもいるような普通の女の子のような気がしたが....記憶が曖昧だ。
「結局、そう言って話をはぐらかすか....」
「でも....」
「わかった、もういい。最後にだ....ペルデレという土地を知っているか?」
「? いいえ、わかりませんが」
「....そうか」
レギナはそう言うと再び前を向いて歩き始めた。その背中はどこか寂しげだ。さて、レギナに疑われるような内容が増えてしまったわけだが、よくよく考えればこんな突飛押しもない話、信じる方が難しい。改めて、リーフェさんやガルシアさんの度量には感服するばかりだ。
どうやったら信じてもらえるか、そんな方法があるなら教えて欲しい。
「え....と、僕の住んでいたところは『地球』ってところでして....」
「そうか」
レギナは振り向かず前を歩いているがとにかく、所構わず話してみるか。リーフェさんと食事の時に話していた時のように、まずは諦めず話しかけてみよう。
「その『地球』という星にある『日本』という国に住んでいたんですよ」
「そうか」
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20分後。
「それでですね、日本には『和食』という文化がありまして」
「そうか」
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さらに1時間後。
「温泉とか沸いてる場所がたくさんあるんですよ。僕が行ったことがあるのは『草津』という場所で」
「そうか」
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さらに3時間後。
「漫画っていう、絵と文章で書かれた書物があって。それと、それを10万冊くらい入れることのできる薄い板みたいなものがあって」
「そうか」
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さらに2時間後。
「鉄の塊に車輪が付いていて、それが街の中を走るんですよ。あと、遠くの人といつでも話ができる機械があって」
「いい加減しつこい」
外は暗くなり、処刑から逃げ出してきた森のような場所を歩いている。当然、道なんてあるわけもなく、ましてや整備されているわけでもない。よって基本的に日が落ちたらどんな場所であってもそこで野宿を決め込むというのが基本だ。それに、魔物は動物型になると夜行性が多い。野宿をする際は火を絶やさないようにするというのが基本である。
「今日はここら辺で野宿にしましょう。薪を集めてきますね」
そこは木に囲まれてはいるものの、森なんかでよくある、木々の重なっていない少し空間の開けた場所だ。
薪はすでに歩きながら少しずつ集めていたものはあるが、それでは圧倒的に足りない。レギナと手分けをして探す、その際ある程度距離を置かないよう気を配っていたが、果たして俺が彼女を逃げないように見張っているのか、それとも彼女が俺を逃さないように見張っているのかどちらかわからない。
にしても、手配書が回っていることから考えると王都騎士団も動き始めているということだ。そう考えると今回、容姿が変わったのは不幸中の幸だろう。顔に刺青、黒髮から赤毛混じりなんてどこぞのパンクユニットのヴォーカルだかわかったもんじゃない。
そして、例によってサリーに火を起こしてもらい、晩飯の準備をする。
「さてと....材料は....」
まず手元にある調理器具は、オットーさんからもらったフライパン。以上
材料は、オットーさんからもらった香草と調味料。森で採ったキノコと食べれそうな草。そして、宿屋でもらった干し肉とパンのようなもの。
十分だ。
「おい、そのキノコは本当に食べれるのか?」
「大丈夫ですよ、イニティウムにいた時さんざん食べていたものですから」
ラルクにさんざん食える草と食えない草、食えるキノコとそうでないものの違いを教えてもらったからな。実際に食べさせられたし。
まず初めに、焚き火の周りに適当な石を置きその上にフライパンを置く。
そこに通りかかった時汲んだ、川の水で洗ったキノコと草を適当な大きさにカットしてブチ込む。ある程度全体に火が通ったら、そこに頂き物の中で唯一の油である、どこかごま油のような香りのするものを和えながら入れて行く。そして、そばでは干し肉を細かくちぎって、同じフライパンで焼いて行く。
そして5分ほど、完成したのはキノコの山菜炒めである。あり合わせだったが、前回の物寂しい食事なんかに比べるとかなり進化したのではないだろうか。
「レギナさん、温かいうちに食べちゃいますか」
「まず先に貴様が食え、そのあとに食べる」
....どうも、まだ信用されていないらしい。どこか寂しいが、まぁ仕方がないといえば仕方がないのだろう。そばで拾った小枝を箸代わりにし、野菜炒めを口に運ぶ。自分の中では70点くらいだが、まずくはない。干し肉がいい味を出しているし、何より山菜がごま油とよく絡んでおり、白米があったら2杯はいけそうな味だ。
「大丈夫です。とても美味しいですよ」
「....そうか」
レギナは俺が食べる様子を見ていたが、どうやら毒等は入っていないことを理解してくれたらしい。俺はレギナに小枝を渡す、が。
「おい、これでどう食べればいいんだ」
「あ、そうだ....」
フォーク、スプーンなどは用意してはいない。自分は箸代わりにそれを扱えるが....使い方を教えてみるか。
「えっとですね。これは『箸』と言って、ものを食べる時に摘んで口に運ぶ食器です」
「....これが、食器?」
「はい、そうです」
怪訝そうにその小枝を受け取ったレギナだが、使い方がわからず困惑している。俺は自分の使っている様子をレギナに見せ、使い方を教えてはみたがなかなか難しいらしく、食事が終わるまでうまく使えずに困惑していた。
「料理が得意なのか? イマイシキ ショウ」
「まぁ、親父が死ぬ前からの日課ですから。得意に成らざるを得なかったんです」
「そうなのか」
食後に干し肉を少しかじっていた時にレギナがふと訪ねてきた。
「軍人であるからか、常に決まったものしか食べてこなかったが、今回の食事は新鮮だった。礼を言う」
「いえ、いいんですよ。あと、食事が終わったあとは『ごちそうさまでした』って言うんですよ」
「ゴチソウサマデシタ?」
こっちには『いただきます』『ごちそうさま』を言う文化はない。その代わりに感謝の祈りを捧げる言葉を食事前に言うのが常識だ。
「はい、命を『いただきます』。命を『ごちそうさま』という意味で言うんですよ」
手を合掌した形で教える。レギナはその様子を見ていたが、しばらくすると、俺と同じように手を合わせて合掌の形を作る。
「ゴチソウサマデシタ」
「えぇ、お粗末様です」
やっぱり料理は、一人でなんかよりも、多い人数で食べたほうがきっと楽しい。そんなことを久しぶりに思えた日だった。
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火は消えないように常に交代で誰かが起きて見なくてはならない。何故ならば、暗闇になった瞬間、魔物共が襲ってくるからだ。基本闇に生きる魔物は明るいものや火を嫌う傾向にある。故に火の有る無しは死活問題だ。
しかしである。
サリーの魔力で作られたこの炎は何か人為的に消そうとしない、もしくは魔力がきれない限り延々と燃え続けるということらしい。よって、俺とレギナは火の心配をすることなく、堂々と眠れるわけだ。
明日は、おそらく目的の湖に到着するだろう。夜空に浮かぶ片方が半分かけ、もう一つは三日月になっている二つの月を眺めながら、久しぶりに安心して眠った。
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