異世界探求者の色探し

西木 草成

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第2章 青の色

第71話 本当の始まりの色

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 枕元でデジタル時計が鳴っている。だんだんと覚醒してゆく意識の中、『あと5分』という呪いにも甘美にも似た思考が生まれたが、それらを根性で叩きのめしデジタル時計の頭も同時に叩きのめす。

「....っ、冷蔵庫の中何残ってたってけ....」

 布団から出ると、殺風景な部屋をぼんやりと眺め冷蔵庫の中身を思い出せる限り思い出してみる。

 そういえば、昨日作った冷製パスタが残ってたか....?

 朝飯にしては豪華だと思い、自室の二階から、一階にある道場へと向かう。朝日照らされる道場の入り口に向かって一礼をし、奥の方へと向かうと簡単なキッチンとテーブルが置いてある部屋がある。そして冷蔵庫の前まで進み、扉を開けるとそこには昨日作ったトマト缶とツナ缶で作った冷製パスタがラップにかかった状態で置いてある。

「....腐ってはないな」

 ラップを外し匂いを確認するが問題はないようだ。

 季節は夏、節約のために冷蔵庫を弱設定にしていたが大丈夫らしい。ちなみに我が家の自慢は冷凍食品が冷蔵庫の中に一つもないことだ。これは親父が死ぬ前から続いている伝統でもある。

 しかしながら、自炊自炊と言っている割に親父が台所に立つのを見たことがない。決して親父の料理がまずいわけではなかったのだが、基本雑な人間だったため、味の濃い薄いに差があった。そこで俺が料理をしたところ、おだてられるがままに今一色家の料理長になったわけだ。

「....さてと、今日の新聞は」

 この家にテレビという高価なものは存在しない。その代わりと言ってはなんだが、ラジオと新聞が唯一の情報源である。

 本日の新聞の内容は、政治が表紙一面を飾っていた。選挙権はあるものの、情報に疎い俺にとって最近の政治はよくわからないものだ。次の紙面を見ると、そこには今日ここの街で見ることができる、流星群についての情報だった。

「....1億年に一度の....1億年って何を基準に言ってんだ?」

 歴史は得意だったが、科学とかはからっきしダメだった俺にはその凄さというものがどうもわからない。でも、流星群といえばこの前どっかの映画で有名だったような気がする。

 そんなこんなでささやかな朝食を終え、動きやすい服装に着替えると道場の神棚の水を交換し、そして親父の遺影の前に今日の残りの冷製パスタを供える。

「そんじゃ行ってくる。親父」

 相変わらず、憎ったらしい表情で変わらないままそこにいるのは、どこか見守られているような気がしてならない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 午前9:00から午後4:30まではバイトを行っている。それは2ヶ月限定のバイトで、近所に新しく発見された遺跡の発掘調査のバイトだ。そもそも、考古学の勉強をしたかった俺にとっては絶好のバイト先だった。

「おう、そっちの土運び出してくれ翔っ!」

「はいっ!」

 とは言っても、直接的な発掘に参加できるわけではなく、掻き出された土を運び出したり、作業用の道具を持ってきたり、作業の人たちの弁当や飲み物を持ってきたりとほとんどパシリのような仕事の内容だが、それでも考古学の世界に少しは踏み入れたのだと思うと嬉しく思っていた。

「智さん、終わりました」

「ご苦労さん、にしてもこんな街にでかい遺跡があるだなんてぇな」

「そうですね」

 今掘り進めている範囲は、学校の校庭を丸々収めたかのような広さで、すでにデパ地下並みの深さまで掘り進めている。出土されたものは土器や、生活日用品大たものの類、しかし未だに建物らしきものは見つかっていない。

「にしてもどこまで掘り進めるのやら、このままじゃ地下帝国までほっちまうんじゃねぇのか?」

「地下帝国?」

「ドラえもんくらい読んでおけって」

 そんな会話ができるほど、今回の発掘に関しては暇だったが、これで日給が8000円はなかなかいい仕事だと思う。

 そして時間は過ぎて行き、午後4:30。

「すみません、俺上がらせてもらいますね」

「おう、なんか毎回4;30にあがるけど。お前、女でもいるのか?」

 そんな浮いた話だったらいいのだが、それとは違う。

「すみません、この後仕事が」

「仕事?」

「えぇ」

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「ほらっ! 剣を下ろすときは脇を締めるっ!」

「「「はいっ!」」」

 親父が死んだ後、この道場は以前より生徒が少なくなったものの、未だに小学生から中学生の生徒は毎日午後5:00から午後7:00までの剣術訓練に来ている。

 そして、一応引き継いでいるという形から、俺がここの道場の師範代だ。

「本日はここまで、師範代に礼っ! 道場に礼っ!」

「ありがとうございましたっ!」

 生徒たちがそれぞれの荷物をまとめ帰る頃、夕飯のメニューを考えていた時だ。

「師範代っ! またいつもの殺陣やってよっ!」

「えぇ? またか?」

「だって、師範といつもやってたじゃんっ! またやってよっ!」

 と、主に小学生が群がってせがんでくるわけだが、殺陣というのはほとんどネタに近い。一応剣術と対応させているものの、まぁ観せる剣術という感じか。

「わかったわかった、ちょっと待ってろよ」

 そばに立てかけてある、模造刀を取り出す。これは居合とかでよく使う、斬れないように作られた刀だ。当然、日本刀本来の重さと長さに変わりはない。

 腰に刀を差し、深く息を吸う。

 スゥ....

 ....ハァ

『飛天○剣流 奥義 天○龍閃っ!』

 ちなみに、今うちの道場で人気なのは『るろうに○心』だ。

「師範代っ! 今度は九○龍閃やって!」

「じゃあじゃあっ! 今度は龍槌○っ!」

「待って待って、これだって結構練習したんだから。また今度ね、な?」

 小学生がブーイングする。仕方がない、この天○龍閃だって完璧にするのに一ヶ月ほどかかった。親父はこういう無茶な要望に対しては1日かけてでも面白がってやるのだが、その分俺が相手側で痛い目に会うため、あまり好き好んでやったことはない。

 だが、小学生たちがこういう殺陣を見て喜んでいる姿を見るのは悪い気分ではなかった。

「あの、ごめんね翔くん」

「あ、はい。なんでしょうか」

 話しかけてきたのは、ここの道場で結構長くやっている中学生の母親だ。見ると手には便箋が握られている。

「これ、今月分の月謝なんだけど....本当に大丈夫かい? ちょっとくらい値上げしても....」

「いいんですよ。僕だって親父から教わってた身ですし。親父が死んでそれでもついてきてくれてお金をもらっているんですから、これ以上贅沢をしてはいけませんって」

 月謝は一ヶ月2000円。とんでもなく破格である。他の道場がどういうことになっているかはわからないが、おそらくとんでもなく安いだろう。しかし、この値段は親父が設定していたものであって、まだ50人近くいた時は一ヶ月の収入は10万ほど、門下生の少なくなった今では4万もいかないのが普通だ。

「困った時は言ってね、いつでも助けてあげるから」

「ありがとうございます」

 だが、今ここに残っている門下生を含め、親もものすごくいい人ばかりだ。たまに食材なんかをもらって、全員にカレーを振舞ったりもする。これが親父の作ってきた絆であり、人望なのだろう。

 そして、全員を帰らした後、一人道場の掃除を終えた後は一人でひたすら自己鍛錬と小学生からのリクエストの殺陣を練習する。そして、ささやかな晩御飯を一人で食べながらラジオを聴き、眠りにつく。

 親父が死んでからの毎日の習慣となってしまった。ここの道場は親父が実家から持ち出した金で買った土地だっていうことで、必要なのは光熱費のみだ。なので、貧乏であるため就寝時間は早い。

 午後10:30、その日は道場の門を片付けるために外に出ていた。ふと空を見ると夜の暗闇の中に流れてゆく幾つかの星が見える。そういえば今日は流星群が見えるとか新聞に書いてあったかと思った。流れ星は生まれて初めて見たが、この中の一つを捕まえて家の照明に使えないかな、などというバカな考えしか浮かばず、その日はそれで終わった。

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「おはようございます」

「おう、昨日の流星群見たか? すごかったぞ?」

「あぁ、その日はちょっと早めに寝てしまって」

「なんだ、もったいないやつだな」

 発掘作業は再び始まる。今日はそこそこ暑く、土を運び出す作業だけで結構汗でぐっしょりと濡れてしまった。

「おいっ! 次は西側の方を頼むっ!」

「っ....はいっ!」

 手押し車に乗った土を別な場所に置き、西側の発掘現場へと向かう。そこにも大きな穴が開いており、中ではたくさんの人が作業をしている。ふと、そばにあった大きな車両を運搬するための入り口に目がいった。

 一人の女の子が、中に入るのを見た。

「え....あっ、ちょっとっ!」

 しばらく呆然としていたが、正気に戻るとすぐさまその女の子を追いかける。入り口の人間は一体何をしているんだと思いながら、その女の子が入っていった方向へと足を進める。

 そして、追いかけているうちにだんだんと人気のない方へと進んで行く。発掘現場はすでに遠い場所にあるだろう。戻ったらなんて言われる事やら....

 追いかけること10分ほどだっただろうか。

 目の前に広がるのは地平線続くだだっ広い荒野だった。

 物語は、ここから始まる。
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