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第2章 青の色
第79話 アウトローの色
しおりを挟む熱が迫る。
炎が迫る。
憎しみが迫る。
怒りが迫る。
燃やし尽くされた想い。
燃やし尽くされた憎しみ。
そして灰になって残ったのは、醜く枯れ果てた願いだった。
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「ハァ....ハァ....」
「重心のかけ方が甘い、だから防御の時に体勢を崩す」
「....ハァ....はい....」
本日も早朝から若干霧がかる湖のほとりで、二人で木刀を打ち合っていた。毎回同じ結果で終わるこの訓練だが、レギナには俺の何が変わったかどうかがわかるらしい。
「攻める時に躊躇する癖がついている。他人を傷つけることを恐れるな、自分が傷つくことを恐れるな。そうしなくては後ろで守る人間を傷つけることになる」
「....はいっ」
レギナの言うことは正しい。体の重心一つ、剣の振り方ひとつで精神状態が体に与える影響というのは小さなものかもしれないが、それが一つ一つ積み重なれば危険なことにつながるのは間違いない。そんな状態で人を守るどうのとかはまさに論外である。
「今日はここまでだ。朝食にしよう」
「はい、ありがとうございました」
後ろを向いたレギナに礼をすると早速朝食の準備をする。メニューは昨日残ったスープ、そして余った干し肉と木苺みたいな果物である。質素ではあるが充分な内容ではあるだろう。
「これからの予定を聞かせてもらおう、イマイシキ ショウ」
「あ。はい」
目の前にはレギナ、そしてその両側にはサリーとウィーネがいる。
スゥ....
....ハァ
「隣の国へ移動します」
「....は?」
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『こうするんですよ』
パレットソードを地面に突き立てる。その瞬間未だになれることのできない大量の情報が頭の中に流れ始め、吐き気に襲われる。そして意識は一つの方向へと絞られてゆく。
青の精霊石。
サリーが赤いルビーのような精霊石ならばおそらくウィーネの精霊石はサファイアのようなもののはず。形状なんかはわからないが、中に巨大な魔力を秘めていることだろう。それを頼りにすればおそらく見つかるはず。
そして自分の意識は体を離れ、違うところへと彷徨い始める。案の定湖に精霊石はなかったらしい。そして意識は山を越え、川を越え、そして国境超えたある森の中にある、石造りの入り口。そのものすごく古そうな佇まいに思わず体が引き寄せられる。しかし、意識はそこで途切れた。正確に言うならば強制的にシャットアウトされたというのに近い。
『痛い....』
パレットソードから手を離した瞬間、激しい頭痛に襲われ思わず地面をのたうちまわる。そして、冷たい湖の中に顔を突っ込み急速に頭を冷やして行く。そして頭の痛みが引いてきた時、先ほど見た景色を整理する。
ウィーネの精霊石はここの国に存在しない。
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「ちょっ、それどういうことっ!」
「っ....あまり大きい声を出さないでください。ちゃんと説明しますから」
喰ってかかるウィーネをなだめながら、事の経緯を説明する。自分がパレットソードを通した景色を細かく説明し、そしてそこから得られる自分の推測を話した。その都度その都度ウィーネの質問攻めに合う。しかし、レギナとサリーはその言葉を深刻そうに聞いていた。それもそうだ、急に隣の国へ移動すると言い出した誘拐犯だ。人質の立場から聞けばふざけるなという話だろう。
「イマイシキ ショウ。本当に行くつもりなのか」
「はい、行きます」
そうだ、自分の為。生きるためだ。生きてリーフェさんの墓の前でちゃんと手を合わせる。それまで俺は死ぬことはできない。許されるわけがない。
「俺の身体に回るこの呪いもおそらく限界が近いはずです。そうなる前にウィーネさんの精霊石を見つけます」
「それで、どう行く。今の貴様が普通に国境を越えられる身分の人間だと思っているか」
そうだ問題はそこにある。地球でも国を移動するには当然パスポートが必要だ。この世界の基準がどのようなものかはわからないが、それでもあの温泉地区を出るのにも身分証明を求められたのだから、国を移動するとなったらもっと細かく調べられることだろう。
だが今回は秘策がある。それは、
「密航をします」
「....は?」
「いや、密航するんです」
その言葉を聞いたとたん、レギナの顔が険しくなる。何かおかしなことを言ったのだろうかと不安になった。
「あの....」
「確かに私は貴様の監視のために着いて行くつもりだった。しかしだ、監視官の前で犯罪行為の計画を話す奴があるか、このバカッ!」
そういえばそうだ、密航は犯罪だった。
アウトローな状態が続いているせいか、そういう思考に慣れてしまっている節がある。これから気をつけなくてはな....
「密航は許さん、それ以外の方法はないのか」
「それ以外....」
しかし、一向に考えても浮かぶことは犯罪まがいのことばかりだ。身分詐称、脅しなどなど。いや、そもそも身分証なしで国を渡ろうと考えていること自体が犯罪じゃないか。
「もう一つ手があるぜ? クソガキ」
レギナの隣で黙って聞いていたサリーが突如話を始める。
そして
サリーは突然レギナの首を締め上げ、そのまま持ち上げた。
「く....っ!」
「何してっ!」
「このアマぶっ殺せば自由に動けんだよな? だったらさっさとそうしようぜ」
だんだんとレギナの首を掴むサリーの手が強まっていく。レギナの両足が苦しそうに暴れて抵抗しているが、その甲斐なくサリーのレギナを見る目は冷たい。
「彼女を離せっ! 何を考えてるんだっ!」
「テメェと同じことだよ。俺だって死にたくねぇんだ。密航だろうが人殺しだろうがどんな手を使ってでも生きてウィーネの契約してもらうぜ」
サリーとの契約は未完成だ。よって片方が死ねば片方が死ぬ。つまりは俺に回っているこの呪いが完成してしまえば俺も死ぬし、サリーも死ぬことになる。
「サラマンダー、彼女から手を離しなさい。そもそもあんたがこの子とちゃんと契約してないのが悪いんじゃない。その女の人は関係ないわ」
「ウルセェっ。そもそもテメェが精霊石さえちゃんともってりゃこんな話にはならなかったんだっ! それをわかって言ってんのか? あぁっ!?」
「っ! それは....」
ウィーネの表情が曇る。それを横目に見ながら俺は腰からパレットソードを外し剣を抜くと、鞘を地面に置いた。
「....おい、何やってるクソガキ」
「見て分からないか。レギナさんから手を離せ。さもないとお前の精霊石を破壊する」
地面に置かれた鞘にはまった赤いルビー。それは炎のように揺らめいて光っているがそれに向かって剣の先を突き立てる。
「正気か、それを破壊したらお前も死ぬんだぞ」
「考えを読めてるんだったら答えはわかるだろ。俺は本気だ」
レギナはいなくてはならない存在だ。彼女がいなければ俺の無実が証明できない、そして彼女が死ねば王都騎士団もメルトさんたちをタダでは置かないだろう。
それにだ。
俺の前では何人たりとも殺させはしない。すでにレギナは俺の中で守りたいものの中に入っている。もしそれの命を奪う輩がいるのならば、命をかけてでも全力で守る。
「....その甘さ、仇になるぞ」
「構うもんか、それが俺だ。誰にも否定される筋合いはない。わかったら彼女を離せ」
「....チッ」
サリーが手を離し、ドサリと地面にレギナが落ちる。パレットソードを元に戻し、レギナのそばへと駆け寄った。
「ゴホッ....ッ」
「レギナさんっ、大丈夫ですか」
「ッ....飼い犬のしつけはしっかりしておけ....ゴホッ!」
首を押さえてむせ返っている。にしてもあんな目にあったというのにどんな精神力をしているんだか....。そしてレギナは支えられながら起き上がりサリーとにらみ合う。
「....命拾いしたな、クソアマ」
「貴様もな、クソ野郎」
お互いそう言い合うと、サリーは炎に包まれて消えてしまった。
「イマイシキ ショウ。それでどうする。貴様の飼い犬は私に消えてもらった方が早いと言っていたが、そうするか?」
確かに、人質は誘拐犯にとって移動する時の邪魔な荷物でしかない。しかし、それでも彼女を連れて行かなくてはならない事情は先程記した通りだ。
「いいえ、あなたには何があってもついてきてもらいます。たとえどんな犯罪まがいなことを俺がやっていようとしてもです」
「....それで貴様の罪が増えようともか?」
「はい」
人を殺さない限り、他人を不幸にしない限り。俺は犯罪だろうがなんだろうがやってでも生きて見せる。
「改めて言います」
俺たちは、密航して隣の国へと向かいます。
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