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第2章 青の色
第80話 色探しの始まり
しおりを挟むアエストゥスは水産貿易が多く行われている国だ。この大陸での水産業はほとんどこの国で賄われていると言っても過言ではない。というのも海岸の地形がどこの国と比べても、船や港を作るのに適しており、その上接している海には魚などの水産資源が春夏秋冬いつでも獲れると言った、まさに水産業のために生まれた国と言っても過言ではない、と言った国なのである。他にも、地下水が他の国に比べると多く存在し、隣接しているウルカニウスが火山大国であるということから温泉も出る、よって観光客も多いのだ。
そんな情報を収集しながら湖を出発し、約1週間。ようやく、アエストゥス最大の貿易港、『ポルトス』に到着した。
「なんか....すごいですね」
隣に立っているレギナは何の反応も示さない。しかし、自分の目の前に広がるこの景色は日本ではついぞお目にかかることのないようなものだった。
まず、目の前に広がる海に浮かんでいるのは木造の帆船である。どこかの図鑑とか映画でしか見たことのないような大きい船が目の前で実際に人を乗せ、そして海の上を動いているのだからすごい。
そして、行き交う人が活気に満ちている。イニティウムでの市場以上に多くの店があり、そこでは獲れたてであろう多くの海産物の類が多く並んでいて、客引きの声があちらこちらから響いている。
「そこの冒険者カップルッ! どうだい? さっき獲れたばっかのアミアだよっ!」
市場の中を並んで歩いていると突然市場の店の一つから声がかかる。自分たちの周りには冒険者はいないし、そしてカップル扱いされているということは俺たちのことだろう。
「わぁ~、すごい。まだ生きてるじゃないですか」
「おうっ!、なにせ獲れたてだからなぁ。にしても兄ちゃん、ずいぶんとイカツイ刺青決めてるなぁっ!」
目の前でニカニカ笑いながら黒い肌のおっちゃんが軽快に喋りかけてくるが、刺青のことを言われ、思わず顔を手で隠す。あまり言われて嬉しいものではない。
「どっから来たんだ兄ちゃん? ここの人間じゃねぇだろ」
「ウルカニウスからです。ちょっと観光で寄ってきまして」
「そうかそうかっ! ここの温泉は入ったか?」
「はい、とても気持ちよかったですよ」
ずいぶんと話しやすいおっちゃんだ。そして、俺と隣のレギナを見比べながらおっちゃんは世間話をし始める。それを隣で聞いているレギナの表情は冷めていた。
「ところで隣のねぇちゃんは、ここ来るのは初めてか?」
「....いや、ここに来るのは3度目だ」
「ほぉ~、1回目は何で来たんだ?」
「王都騎士団の遠征先でだ」
「へ?」
まず....っ!
思わずレギナの口を塞いでしまいたいと思ったが、時は既に遅かった。ここに王都騎士団の人間が部隊の人間を連れてこないで一人でいるはずがない。明らかに不自然な状況だ。そして目の前のおっちゃんは口を開けて固まっている。しばらく、周りの音が聞こえないくらいの緊張感が俺を襲っていたが、その沈黙はおっちゃんに向けられた視線で解けた。
「ガーッハッハッ! そうか....これは禁断の愛の逃避行ってやつかっ! いいねぇ、若いってのはっ! おい兄ちゃんっ! 彼女大事にしろよっ!」
「は、ハハッ。は、はい。あ、ありがとうございます」
結局、俺はおっちゃんが何か悟ってごまかしたのか、それとも何も言わないんだったら魚を買っていけという圧力なのか、よくはわからなかったが自分自身どうしようもない罪悪感に襲われたため、目の前でビチビチ音を立てている生きのいいアミアを2匹ほど買って行った。
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「レギナさん....さっきのは....」
「聞かれたから答えた。それがどうかしたか」
どうかしたかって....
逃亡犯で、誘拐犯で、いやそもそも自分が悪いのだが人質に行動をどうこういう権利はない。そんなことを考えながら、片手に持った紐のの先についているアミアを肩に担いで市場を散策している。
さて、どの船を使って密航をしようか。
そもそも、ここに来たのは魚を買いに来たのではない。ここに来たのは隣の国、すなわちリーフェさんの故郷である『リュイ』に渡るためだ。そして身分証を持っていない、そもそも犯罪者で逃亡中の身分である俺は真っ当な方法で国を渡ることができない。そして考え抜いた結果密航という手段に出たわけである。
現在海岸沿いを歩いているが、観光客を乗せる専用の遊覧船。漁に出るための船、国の貿易の品を運ぶ貿易船。防衛のために海に出ている海軍と思われる船。様々な船を観察してゆくが、一番手っ取り早いのは貿易船だろう。
見れば、貿易船の中に緑を基調とした旗を掲げている船が2、3隻ある。資料で調べた通りなら、あれがリュイの国旗に違いない。さて、問題はどうやってあの船に乗り込むかだ。
「やっぱ一番手っ取り早いのは積荷に紛れ込むことじゃない?」
「ですよね....」
レギナの隣で同じように船を眺めていたウィーネが提案する内容に同意する。確かに積荷に紛れ込めればそれが一番手っ取り早いことだろう。ちなみにウィーネの姿はレギナに見えていない。サリーが見えているのは、俺がサリーの力を使った状態の剣をレギナが触れているからで、レギナと何も接点のないウィーネの姿は見えていないのだ。
「何か言っているのか、その青の精霊は」
「はい、積荷に紛れ込めばいいのでは、と」
「どちらにせよ犯罪だな」
「....すみません」
ダメだ、こっちを見ようともしない。ここ1週間、彼女とは朝の剣術訓練以外ほとんど会話をしていない。確実に軽蔑されているのは見て取れる。それもそうだ、彼女は王都騎士団として俺の今やろうしている密航などを取り締まったり犯罪者を捕らえたりするのが仕事だ。しかし前回のサリーの一件でほとんど脅しのような感じで付き合わせてしまっている。
彼女は全くもって悪くない。
「....飯にしますか、今日は新鮮な魚もありますし」
「そうだな」
やはり反応はあまり良くない。
さて、移動しながらどこかに飯屋はないのかと探しているものの、夕飯時でどこも混んでいる。手元には魚、これは自分で料理するしかあるまい。だが問題はどこで料理をするかだ。当然街中で火を焚くわけにはいくまい、だとすると他には....
そして、街中を途方に暮れて歩いていると、どこかごみ捨て場のような場所に行き着いた。そこにはたくさんの廃材と漁業関係のボミがたくさん積まれている。そしてその中に
ドラム缶らしきものを見つけたのだ。
「....これだっ!」
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すっかり陽も落ち、それぞれの家庭から日々の生活の光が窓からこぼれ、海から帰ってきた男たちが疲れを癒すために酒場に出入りし、だんだんと夜の賑わいが街を満たし始めた頃。
明らかに異質な場所があった。
「ゲッホっ! こんなにゲッホっ! 煙出るのこれっ! ゲッホっ!」
「街はずれでケホッ! やってもケホッ! 明らかにいケッホっ! 異常だぞっ!」
ドラム缶のような金属製の容器の中で火を焚く、二人の人物。その姿はドラム缶から出る煙でよく見えないが、やっていることは明らかに異質そのものだった。
「おいっ! 何をやっているっ! ゲッホっ! さっさとやめろっ!」
どこの誰かはわからないが誰かが通報したらしい。憲兵らしき人物がボヤ騒ぎを起こしている二人の元へと近寄る。
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! ゲッホっ! あと少しで完成するんですっ!」
「完成だと....貴様っ! 何を作っているっ!」
憲兵の男は腰にぶら下げている剣を抜き、それを目の前の男に突きつける。完成とはいったい何か、もしや爆発物の類ではないのかと疑い始める。そうだ、この町の憲兵を任されてまだ1年、憲兵を任命されているからには俺はこの男のやろうとしていることを断固してでも阻止しなくては。
煙の中で動く男は何かをしている。ドラム缶の上に乗せていたものを外し、それを何かに浸けるのが見えた。何かが蒸発する音、おそらく熱せられていたものが水に浸かったのだろう。
「貴様っ! 動くなっ! 動けば斬るっ!」
「ま、待ってっ! 危険なものじゃありませんからっ!」
警告をしたにもかかわらず、男は変わらず何らかの作業をしている。これは止むを得ない、剣を持って煙の中へと突入する。しかし視界は煙でよく見えず、男の影しかわからないが、斬れなくもない。
「覚悟っ!」
「え、待ってっ!」
剣は振り下ろされた。煙は振り下ろされた剣の風圧で少し晴れる、しかし振り下ろされた剣は男に到達することなく、男の手前で止まっている。それは振り下ろされた剣を振り下ろした腕を男が抑えてるからだ。
「クッ!」
「はぁ....危なかったぁ~」
目の前の男は涙目になって剣を止めている。そして男はゆっくりと力を抜いて解放させる。
「き、貴様っ! その後ろにあるものをゆっくりと引き出せっ! 今すぐだっ!」
「は、はいっ! ちょっと待ってっ!」
しばらく、器に使っている何かをよく確認した男は、それを引き上げてこっちに持ってくる。
「な、何だこの黒いものはっ!」
「えっと....なんて言えば伝わるんだろう」
目の前の男は悩んでいる。見せられたその物体は何やら串刺しになっており、真っ黒になって焦げている。ふと男の顔を見ると、刺青が顔の右半分を覆っており、髪も赤毛まじりと、声を聞く限りでは悪人ではないのだが、何もしゃべってない状態であったのだったら近寄りたくはない。
「『鰹のたたき』ってわかりますか?」
「は?」
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突然襲われた時はかなり驚いた。それもそうだ、こんな煙をばんばん焚いて通報されないはずがない。しかし、アミラという魚があまりにも鰹に近似していて、それに異世界で鰹のたたき作りに挑戦してみたいという探究心からこうなてしまった。
そして、今。通報を受けてやってきた憲兵さんにはそばに座ってもらい、監視を受けて料理をしている。
にしても、監視されながらする料理って....
「はい、できました。こっちがアミラのたたきで、こっちがアミラのお刺身です」
「これは....生なのか?」
「はい、そうですよ」
若干ひきつった表情をしているが、どうやらこの国には生食の文化がないらしい。確か地球でもあったし、珍しいことではないだろう。
「この調味料につけて食べてみてください。レギナさんもどうぞ」
「あぁ、イタダキマス」
「『イタタダキマス』?」
皿に乗ったアミラのたたきを見ながら、憲兵が不思議そうな表情をしている。
「いただきます、というのは食事の前の挨拶のようなものです。命をいただくという意味があるんですよ」
「そ、そうか。では....イタダキマス」
憲兵がまず、アミラのたたきを調味料、この町で見つけた醤油のようなものだが、それに漬けて一口入れる。
「!?」
その瞬間、憲兵の目が変わった。次に、手が行ったのはアミラの刺身だ。それも同じように調味料に漬けて一口入れる。
「う、うまい」
生食文化。異世界に爆誕。
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