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第2章 青の色
第81話 元々の色
しおりを挟む「ところで、あんた名前は?」
「え?」
ちょうどアミラのたたきを口に運ぼうとしていた時、目の前で切り分けた刺身を食べている憲兵が声をかける。
「あ、僕は『カケル』って言います。隣の彼女は....え~っと」
一応自分は偽名で答えた。しかし、もし彼が彼女に名前を聞いた時、彼女が何も言えないよう偽名を先に答えるつもりだったが、とっさのことだったのでなかなか語呂のいい偽名が思いつかない。
答えられないでいると、レギナが先に答え始めてしまった。
「レナ=グローリアだ。この男と一緒に冒険者をしている」
「冒険者か....どうりでここらで聞かない名前だと思った」
どこか合点がいったのか、彼の刺身を食べるスピードが上がる。とにかくレギナが空気を読んでくれて助かった、だが逆に怖いな。にしてもこの憲兵。早く自分の持ち場に戻らなくていいのだろうか。
「あぁ、それについては大丈夫だ。ここの騒ぎの原因がわかったら家に帰ってもいいと言われたからな」
「っ!」
ものすごく久しぶりに心を読まれた。最近になってあまり感情が表に出ていないとは思っていたが気のせいだったのだろうか。ともかく、信じてはもらえたようだ、料理の力はすごい。
「にしても魚を生で食べるとは....でも美味かった。ありがとう」
「それは良かったです。それでは、機会があれば。まだ」
皿と使ったフォークの類をこっちに渡し、憲兵の人は立ち上がって、先ほど来た道を戻って行った。そしてだんだんと遠くなる背中を見送って、目の前で使い終わった皿を片付ける。
始めて鰹のたたきもどきを作ってみたが、なかなかの出来だった。以前、ラジオで聞いた田舎の漁師の料理特集に出ていた知識が役に立った。この調子でいけば燻製とかを作るのもいいかもしれない。日持ちの効く食材が増えればできるようになるし、何よりその場で食料を調達する面倒が省ける。
それにしても名前を聞かなかったな、あの憲兵の人。
「それでどうするの? 密航の話」
「はい、今後の予定を話します」
ここ1週間で、ウィーネの定位置となった俺の正面に座るレギナの隣に座り、今後の予定について質問をする。サリーは最近姿を見せない、やはり前回の一件で顔を合わせづらいのだろうか。いや、そもそもそんな人間的感情をあいつが持ってるようには思えない。
「まず、リュイの貿易船に乗り込むことは確定です。問題なのはどのルートで潜り込むか、そして出港時間の把握です」
「それをこれから調べるってこと?」
「はい、そうなりますね」
レギナは黙って聞いている。ウィーネの声と姿が見えない彼女から見れば、俺が一方的にどこか変なところを向いて独り言を喋っているようにしか見えないだろう。端から見たら、けっこう気味の悪い光景だ。
「今日はもう無理なので、明日から始めましょう」
今日停まっていたリュイの船を見るかぎり、ここ数日中に出航する様子はない。観光とかはできないが、時間は十分にある。
「では、宿を探しますか」
街中で野宿をするわけにも行くまい。ともかく、これから泊まる場所を探しに出かける。ここに来る前にもけっこう資金を使ったから、なるべく安いところがいい。あとシングルベットではなくダブルベットでだ。
ドラム缶は持っていけないから、中に水を注いで火を消した後邪魔にならないように、端に転がしておく。不法投棄です、キャンプに行かれる方は絶対真似をしないでください。そして街の方へと戻ると、早速宿を探す。
時間的に言えば午後8:00くらい。だが、どこの店からも楽しそうな笑い声や、暗い道であるにもかかわらず街の明かりでだいぶ明るい。
しかし、事はうまくいくわけではない。やはり観光スポットであるせいか、どこの宿も人が多い上に、料金が高い。逃亡中の身としてはなるべく質素で安い宿に行きたいのだが、探して1時間ほどが経った。
「ねぇ、いつになったら決まるの? そろそろ歩くの疲れたんだけど?」
「も、もう少し待ってください....」
後ろで歩いているウィーネは文句を言っているが、まさか宿を探すのにこんなにも大変だとは思わなかった。ふと、黙って隣に並んで歩いているレギナを見ると、その顔からは不機嫌という感情が滲み出ている。まずいな。
「レギナさん....野宿にしますか?」
恐る恐る、そう言うがレギナはこちらを見ないで辺りを見回している。
「1週間風呂なし、寝床なし。軍の遠征で慣れてはいるが、今は軍の遠征ではない。貴様の行動に付き合うために私の中では監察官としてではなく、もはや休暇としか思ってない。こんな疲れが取れない休暇を休暇というのか?」
「別に俺はガイドでもなんでもないですよ」
もはや彼女の中では俺の人質という概念を捨てて、休暇の案内をするガイドさん的な人になっていたらしい。これは現実逃避なのだろうか?
「それよりもイマイシキ ショウ....何か聞こえないか?」
「え? 何がですか?」
「いや....子供の泣き声みたいなのが」
眉間にしわを寄せてそう呟くレギナ。周りは居酒屋のような場所で騒ぐ男の声や、道の真ん中で肩を組んで何かを歌っている。他にも様々な音が混ざっているがその中で耳を澄まし、余分な音を排除してゆく。
喧騒の奥、建物の奥の方から何かが聞こえてくる。
「レギナさん」
「行こう。宿の話を聞けるかもしれない」
そう言って、その子供の声のする方向へ彼女は進んで行く。
にしてもレギナさん。泣いてる子供に宿の場所を聞くつもりなのだろうか?
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少し街の賑やかな喧騒から離れた場所、一人の子供が暗い道の端でうずくまっているいるのが確認できた。さて、どう声をかけようかと迷っているとレギナが先に子供のそばへと近寄る。
「大丈夫か? 何があったんだ?」
レギナが子供のそばにしゃがみ込み、顔を覗き込む。その姿に王都騎士団隊長の面影はなく、ぐずる弟をなだめる姉の姿にも見えた。
「もし大丈夫なら、ここらで一番安い宿を教えてもらいたい。人が少ないのなら尚更だ」
前言撤回だ。
見ていられず、顔を覗き込むレギナのそばへと駆け寄る。泣いてる子供に本気で宿の場所を聞くやつがあるか。
「あぁ、さっきのは冗談で。どうしたんだい? お母さんかお父さんは?」
「....お母さんなんて....大っ嫌いだ」
うつむきながらそう答える子供。どうやら事は深刻のようだ。自分は母親を知らない、生まれた時にはすでに俺の母親は親父の話曰くいなくなったそうだ。俺の勝手な妄想だが、おそらく親父に愛想を尽かしていなくなったのだろう。
見れば子供の大きさはだいたい4~5歳くらいだろう。こんな年で家出とはよく考えたものだと、変な感心をした。
「母親と喧嘩したのか?」
「....ウゥ....だって....僕を『薄く』産んだから」
「薄く?」
はて、薄くとはなんだろうか。全くわからない。レギナの顔を見ると先ほどとは違い真剣な表情をしている。
「何か言われたのか?」
「....みんな馬鹿にすんだ....『色の薄い奴は幸せになれない』って....僕が濃かったらみんなみたいに魔法が使えるのに....っ」
レギナが子供に話しかけ続けているが、色が薄い。おそらく魔力のことだろうか。しかし、もともと俺は色が無いようなものだし、その辛さというのがいまいちピンとこない。イニティウムではそんなことは聞かないし、もしかしたらなんかの差別にでもなっているのだろうか。
「それで、自分の色が薄いのは産んだ母親が悪いと。そう言ったのか」
「....うん」
なるほど、家出の原因はわかった。ただし俺たちが関わっていい問題なのだろうか。はっきりと物は言えないし、この子供に「お前は幸せになれる」と無責任なことは言えない。当然母親も心配しているだろう、さてどうしようか....
そんな時だ。
乾いた音が夜道に響いた。
軽く驚き、音のした方向へと向くと、レギナが子供の頭を叩いていた。
「ちょ、レギナ....」
「いいか、今すぐ家に帰って母親に謝れ」
「え....?」
子供が顔を上げるが、その泣きはらした目でレギナの顔をじっと見ている。彼にも状況がうまく読み込めていないのだろう。
「いいか、何があっても自分を産んだ母親にそんなことを言うな」
「でも....っ!」
「君が元々持っているもので幸せになるかなれないか、そんなことは私にはわからない。だが、今の君は決して不幸なんかではない。それにだ」
君の幸福を誰よりも望んでいるのは君の親だ。
「だから、二度と母親に自分を産んだことを責めるな。君が幸福か不幸になるのを決めるのは君のこれからの生き方次第だ」
わかったか、と言ってレギナはその手を子供の頭の上に乗せる。その様子を唖然としてみていた俺だったが、ふと後ろに人の気配を感じる。
「キニア....っ! キニアっ!」
ふと後ろへと振り返ると、庶民の服を着た女性がこちらに近づいてくる。あれはもしかしたら、この子の母親なのだろうか。そして、俺とレギナ、そしてその子供の姿を見ると、こちらに向かって一目散に走ってくる。
「キニアっ!」
そしてその母親と思しき人物は、俺の横を通り過ぎてレギナのそばにいる子供へと近づいていった。
「....お母さん....」
「キニア....っ、どれだけ心配させたと思って....っ」
見ると、母親の目には涙がたまっている。それもそうだ、こんな大人たちが出歩いている街に飛び出して行ったのだから心配もするだろう。
「ほら、謝ってこい」
レギナが子供を立たせ、その背中を母親の方へと押し出してやる。一歩前へと出た子供うつむいいたまま、手を前の方で結び声を振り絞る。
「ご....めんなさい....ごめぇんなさぁいっっ!」
安心したのだろうか、子供は母親にすがりつき、その顔を前掛けに押し付け大声で泣きながら謝り始めた。その姿に母親も涙を流しながら縋る子供の頭を優しく撫でている。
「行くぞ、宿を見つけなくちゃな」
「え、あ、はい」
レギナが立ち上がり、母親と子供の方を降り帰ることもなく、来た道を戻ってゆく。俺もレギナの後を追いかけようとした、その時だ。
「あの、ちょっと待ってください」
「はい、なんでしょうか?」
後ろで声がかかる。後ろを振り向くと先ほどの母親がこっちを見ている。どうやらレギナも足を止めて振り返っている。
「この子を見つけてくれたのはあなたたちですか?」
「そう....ですね」
厳密に言えばレギナなのだが。
「この度は本当に有難うございます....冒険者の方ですか?」
「はい」
俺とレギナの姿を見てそう判断したのだろう。すると母親は下げていた頭を持ち上げて、こう切り出した。
「もし、この後泊まる宿がないようでしたら。よろしければウチへどうですか? ろくなおもてなしは出来ませんが、せめてもののお礼をさせてください」
振り返って見たレギナの目が若干笑っているのは気のせいではないはずだ。
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