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第2章 青の色
第90話 枷の色
しおりを挟む船長室はどこだろうか、とりあえず話を聞かなくてはなるまい。ちょうど船の後ろの方に当たる部分に階段があり、そこを上がると他とは違う少し派手な扉がある。おそらくここが船長室だろう。
まずは、部屋の扉をノックする。
『入れ』
中からレベリオの声が響く。どうやら訪ねてきたのは自分だということはわかっているらしい。
「失礼します....っ!」
扉を開ける。するとそこには、地図を広げた長い机の椅子に不機嫌そうに腰をかけているレベリオ。そして、斜め向かい側には見慣れた人物の背中があった。
「ようやく来たか、イマイシキ ショウ」
座っている椅子を回転させてこちらを向いたのは、左手にティーカップを持ち優雅に紅茶をすすっているレギナの姿があった。
「それにしてもこの酔い止めはよく効くな。私の軍で2ダースほど揃えたいのだが、どこで売っている」
「俺の船特製だ。やる気も売る気もない」
この二人、あんなにギスギスした関係だったというのに。一体何があったんだ....いや、それよりもだ。
俺があんな状態になった後一体何が起こって。
「イマイシキ ショウでよかったか?」
「え、はい」
レベリオはテーブルの上に足を乗せながらこちらを見て話し出す。
「まぁ、なんだ....お前とそこで茶を飲んでいる女の乗船を許可する」
「え....それはなんで....」
すると不機嫌そうだった顔がより不機嫌な表情へと変わる。どうやらあまり触れてほしくないらしい。おおよそ予測するに、俺が気絶した後にレギナがレベリオと戦い、こっぴどくやられたのだろう。
「まぁ、大将。この船はリュイに向かっている。そこまで送り届けるというのがこの女の条件だ。だが、こっちとしてもタダで乗せるわけにはいかない。ここの船員として働いてもらう」
私は働かないな、とレギナは紅茶を含みながらそう言うが、その言葉を聞いてより一層表情が険しくなる。そろそろ今にも飛びかかりそうな表情をしているので彼女には黙ってもらいたい。
「茶菓子はないのか? やっぱ海賊船には品位がないな」
「はいはい、いますぐお持ちしますよ女王様」
船長が顎で使われている。レベリオが不満げに棚からクッキーのようなものを取り出す、ここでも序列関係が混沌と化している。さすが上に立つ人間の貫禄というのだろうか、いや単純にレギナはサドっ気が強いだけなのだろうか。乱暴に出されたクッキをつまみながらレギナはどうも満足げだ。
「イマイシキ ショウ。早く戻らないと甲板のチーフに怒られるぞ」
「あ、はい。わかりました」
こちらに背中を向けながらそう呟くレギナ。確かにそうだ、このまま船長室にいてもお茶なんか出してもらえるはずなんてない。自分は自分の居場所を確保するためにとにかく働かなくては....ん?
待てよ、働くってことは、俺も海賊の真似事をするのだろうか。
ドクロの端掲げて、大砲撃って、敵船に乗り込んで、敵船の乗務員を皆殺しにして積荷を略奪して、その船を爆破する。そんなことを本気でするのか。
「海賊行為はさせるつもりはない。それに、そもそもこいつらは海の上で略奪をするタイプの海賊ではないようだ」
「え、違うんですか?」
個人的な海賊のイメージというのは、他の船を襲ってその船の積荷なんかを盗んだりとか、宝の地図で見つけた島の金銀財宝を掻っ攫うという野蛮な人種だと思っていたのだが。
「貴様は大砲がたくさん並んでいるのを見ただろう」
「えぇ、はい」
「普通、海賊船に大砲は積んでいない」
「え?」
レギナがとんでもないこと言う。だって、海賊船といったら大砲でドンパチして船を攻撃をするもんじゃないのか?
「さらに言うならば、海軍にも大砲なんぞ積んでいない。たいていは魔法の打ち合いで敵の船を破壊できるからな」
え、そんなものなのか。いや、でも確かに対人戦であれほどの高火力の魔法が打てるのだから当然、そんないちいち弾を詰めて放つ大砲なんかよりもずっと効率的といえば効率的だ。
「それに、大砲なんて打ったところで当たったら奇跡だしな。コストも悪いし、うちでは脅し用にしか使ってない」
補足としてレベリオからも説明が入るが、正直言って落胆した。まさか、海賊と海軍とかの打ち合いなどがこんなにもシビアなものだったとは。こんなのロマンのかけらもないじゃないか。
「さて、おしゃべりはここまでだ。海に放り出されたくなかったらしっかり働け」
「あ、はいっ!」
とにかく、仕事内容ついてはあまり詳しく聞かされなかったが。もし、この船が他の船を襲うようになったら全力でその時は逃げよう。こんなところで人殺しになるわけにはいかない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「その刺青どこで彫ったんだ? かっこいいなぁ....今度店教えろよ」
「い、いえ。これは若さゆえの過ちというか....」
良いのか悪いのか、今の自分の姿はどうも目立つ。仕事中ではあるが、周りのイカツイ船員たちに囲まれて刺青に関する質問攻めにあっている。周りの船員も船員で、腕にハートマークの刺青を掘ったり、背中に大きな錨のマークが入った刺青を入れていたりといかにも船乗りといった感じに思える。
今俺の着ている服は、袖のない服というもろに刺青が見える服装になっている。作業がしやすい仕様からか、あまり見られたくないものをジロジロ見られているかzん字がしてあまり心地が良くない。ちなみに、パレットソードとその他もろもろの所持品は船長室に保管してあるそうだ。
「おい、飯の時間だ。甲板の上に並べておくから取りに来い」
ちょうど火薬庫で作業をしていたところ、扉が開けられチーフに当たる船員から声がかかる。そういえば、昨日から何も食べていない。いい加減腹が減っていたと思ったところだ。
甲板を出ると見渡す限り広がるのは青い海、こんな中で食事をするのも悪くない....あれ? そういえば、俺船酔いしてない。
「当然でしょ。私があんた自律神経をコントロールしてるんだから」
「あれ、いつの間に....今までどこに」
ふと肩の方を見ると、小さくなったウィーネがちょこんと腰掛けており今にも感謝しろと言わんばかりにどや顔をしている。
「えと、ありがとうございます」
「まぁ、ここであんたに死なれるわけにはいかないから。だ・か・らっ! 絶対に私の精霊石を見つけなさいよっ!」
「っ! 耳元で叫ばないでくださいって!」
思わず声をでかくして言ってしまったものだから周りの人間が全員こっちを向いている。思わず静かに頭を下げて食事の配られる列に並んだ。彼らに当然ながらウィーネの姿は見えていない。正直に言うと、この船に乗って仕事を一通りこなしているが気まずくてしょうがない。
勝手に船に乗り込んで、そのために船長と戦ってボロボロにされた人間だ。さらに、レギナのおかげで生きていられるという状態だ。いますぐ元の貨物室に戻って引きこもっていたい。
「ほら、お前の飯だ」
「あ、ありがとうございます」
渡された食事は干し肉、パンとバターとリンゴみたいな果物だ。昼飯だから仕方がないと思うのだが、これで午後も仕事を行うとなると相当体力がないと厳しいと思った。
それぞれが作業をしながら、口にパンをくわえ、ポケットにリンゴを忍ばせている。要は作業がてらに食べる間食みたいなものなのだろう。他の船員を見習い、自分も作業をしながら口の中に食べ物を押し込んで行く。正直に言ってパンはボサボサでひどいし、そして干し肉もどこかカビたような味がして色々と最悪だった。でも、何もない船の上でならこの生活も当たり前なのだろう、ともかく自分が文句を言える立場ではない。
船のロープを結びながら、だんだんと日が傾き始めた太陽をぼんやりと眺める。いつの間にかこんな場所にまで来てしまった。
最初にこの世界に来たときは、当然混乱したけど、リーフェさんがいて、ガルシアさんがいて、メルトさんがいて、街のみんながいて。こんなにも人に囲まれて生活したのは初めてだった。それでリーフェさんが死んで、それからは全部が死なないために生きる毎日だ。自分は結局何がしたいのだろう。
助けてくれたリーフェさんへの贖罪なのか、街で待っているメルトさん達のためなのか、それとも王都騎士団に捕まらないために生きる毎日なのか。そこに自分の終わりはやってくるのか。
ふと、船の下を流れている海に目がいく。
ここから飛び込んだら、終わることはできるのか。
自分のために誰かを死なせてしまった最大の贖罪、それは自分の死なのだろうか。死なせてしまった人の分まで生きる、そんなのはエゴじゃないのか。
「何なら背中を押してやろうか? クソガキ」
甲板の縁に寄りかかっていたところ、急に後ろから声がかかり思わず振り返る。その声には、どうも聞き覚えがありすぎた。
「....っ! サリー....今まで姿を見せなかったけど、大丈夫なのか?」
「この姿を見ても大丈夫かと聴けるんだったら、一発ぶん殴ってやる」
見ると、サリーの鮮やかでかつ燃えるように赤く染まっていた髪は真っ白に変わり、目の色も緋色だったのが灰色に濁っている。服装も赤を基調にした服だったのに、どこか煤けた色へと変化していた。
「バンバンこっちの魔力消費しやがって。この格好ダサいから好きじゃねぇんだよ」
「そっちの方が見た目丸いから、モテると思うぞ」
「へっ、ほざいてろ。クソガキ」
再びロープを結びなおし、今度はそばに落ちている古いロープを回収してゆく。さっきまで自分は一体何を考えていたんだ、バカバカしい。
「わかってんならそんなこと考えんじゃねぇよ」
「うるさい。さっさと消えろ」
つきまとうサリーを鬱陶しく思い、余っている方の手をひらひらさせて話を聞く気はないという意思表示をする。
「また振り出しか? ん?」
「....」
「また死にたい、死にたいって泣くのか?」
「....泣いてない」
下を見て作業している俺の顔を覗き込み始めるサリー、その表情はとても悪戯げだ。答えの出ない小学生を見ている先生のような。
「テメェに死んでもらっちゃ困るが、自分が生きていたいと願って何が悪い」
「自分の命は....もう自分のものじゃないんだ」
リーフェさんに助けられたこの命。もう俺のじゃない。王都騎士団に追われながらも本気で抵抗してこないレギナに繋がれているこの命。もう俺の命じゃない。
「本当に欲がないというか、哀れだな。テメェ」
「ほっとけ。さっさと消えてくれ」
そう言い放つと、サリーはその場でボロボロと崩れ灰と煙と一緒に消えていった。結構怖い。
ともかく、とりあえずはウィーネの精霊石を見つけることが先だ。それまでこの船には何が何でもいなくてはならない。
この船に残されている権利を与えられ命を見過ごされた。この命はもう僕のじゃない。
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