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第2章 青の色
第91話 隠した色
しおりを挟むイマイシキ ショウは今どこで何をやっているのだろうか。少なからず、あそこまで大々的に指名手配のポスターを貼り、検問を引いているにもかかわらず一度も目撃情報がないということはどうやらうまくやっているということなのだろうが。
「どうされましたかぁ? いつも以上に難しそうな顔をしてらっしゃいますが?」
「別に、今日はいつもの聖堂に行く日じゃないのか?」
「いいえ、今日は1番隊の軍会議がありましてぇ。全くもって残念です、司祭様の崇高なお話が聞けないとは....」
隣で並んで歩くユークリッドはいかにも残念そうに肩を落としながら歩く。それにしてもどうしてこう、王都に来るたびにこいつと出くわすのか。全くもって不愉快極まりない。ユークリッドは週に4回も聖堂に通うほどの信者だ、首には聖典を模した序文のページを象ったペンダントを常に肌身離さず持ち歩いている。そしてまた今日、再びペンドラゴンへの定期連絡に出向いたというわけだ。
「あなたも、聖典にちゃんと祈りを捧げていますかぁ? 騎士団を名乗るのであればちゃんと聖堂には出向いてくださいねぇ」
「わざと言っているのか....」
「いえいえ、とんでもありませんよぉ」
今の俺たちの9番隊のいるところから、ここの聖堂に来るためには確実に一週間はかかる。当然うちの隊にも信仰心の強い奴は多いが、本拠地の簡易的な祭壇しかないため、そういう人間は出世を狙って、なるべく王都直属の騎士団になろうとしているのが現状だ。俺はといえば、そんな聖典の内容を一言一句間違えずに答えられるような信仰心は持ち合わせていない。
「それでは、ここですので。どうぞごゆっくりぃ」
「さっさと消えてくれ、気味が悪い」
ペンドラゴンおいる部屋の前で止まり、ユークリッドを引き剥がす。相変わらずよく読めないやつだ。いつも何が面白いのか薄気味悪く笑う、仕事をしている、すなわち戦闘だが、その時ですらあいつの表情が崩れるのを見たことがない。
ペンドラゴンの部屋の扉をノックする。
『入りたまえ、アラン=アルクス』
「失礼します」
扉を開けると、やっぱりこの部屋だけどこか時間が止まったかのような落ち着いた雰囲気が漂っている。窓から溢れる日の光に照らされた初老の男穏やかな表情を浮かべ手にティーカップを持って立っている。
「ちょうどお茶が入ったところだ、我が旧友よ。君も付き合うかな?」
「ぜひ、サー・ペンドラゴン」
差し伸べられた手の先には使い古された風格あるソファーがあり、一礼をしてからソファーに腰掛ける。
「それで、今回はどのような話を持ってきてくれたのかな? 我が旧友よ」
「はい、依然として隊長とイマイシキ ショウの行方は分かっておりません。ただ」
「ただ?」
ペンドラゴンは飲みかけていた茶の入ったティーカップを置き、こちらをまっすぐ見据える。
「アエストゥスの小さな温泉街で大規模な火災があったとか」
「....君はどう思うのかね? 我が旧友よ」
「燃え後の家屋から魔力残滓が確認されたそうです。イニティウムの時と全く同じでした」
「つまり、君は再びイマイシキ ショウが同じことを行ったと。そう言いたいのかね?」
無言でティーカップの茶を口に含める。何も言うことができない、何も証拠がないというのが正直な感想だ。
だが、あそこにイマイシキ ショウがいたという証拠はある。
「何とも言えませんが、あの町にある中古の武具を扱う店から王都騎士団特注の鎧が売りに出されていたとか。確認したところあれは確かに隊長のものでした」
「つまり、あそこにはイマイシキ ショウもいたと」
深く腰をかけ、眉間にしわを寄せるペンドラゴン。おそらく、隊長があの鎧を売ったのには二つ理由があると考えられる。一つは確実に資金を手に入れるため、おそらくイマイシキ ショウは彼女を手放すに手放せない状況だ、おそらく彼女に無理やりというのは考えづらいが、売らせるような状況を作ったに違いない。
そしてもう一つは、隊長自身が自分の居場所を知らせるためにわざと売ったということだ。あの隊長のことだ、必ず何らかの方法で居場所を知らせるようなことをすると思っていたが
「我が旧友よ、こちらからも情報があるのだ」
「なんでしょうか?」
ペンドラゴンは同じようにティーカップを二人の間に挟んでおかれているテーブルの上に置く。
「『啓示を受け者の会』から興味深い話を聞いたのだよ。どうやら、そちらの組織の工作員が最近、死体で帰ってきたそうだ。これについてはどう考えるかね、我が旧友よ」
「....『啓示を受けし者の会』が関係していると?」
「少なからず、無関係と切り捨てるには大きい出来事だとは思うがね」
『啓示を受けし者の会』本当に、このことに関与しているのだとしたらその肢体で帰ってきたという件、もしやイマイシキ ショウの仕業だとするのか。とすると、体調を守るためにそういった行動を....いや、そう考える方が自然なのか?
「私は彼女と数回しか会ったことがないが例えるなら、あれの目はまるでゼンマイだ。目の前の悪は自動的に切り捨てる、ただこの机の埃を当たり前に掃除するのと同じようにね」
「....」
そういってペンドラゴンは机の上の乗っていた埃を指で拭い、指先を口元に持って行き、軽く拭くとそれは光に照らされキラキラと光が落ちてゆく。
「『戦場のコンダクター』とはよく言ったものだ。戦場においては大を救い、小を捨てる。彼女の戦い方は本当に一部の無駄もない、まるで一流の楽団の演奏のように戦場を蹂躙させる。そうは思わないかね、我が旧友よ」
「....何がおっしゃりたいのですか? サー・ペンドラゴン」
テーブルに乗ったティーカップに手を伸ばすが、その手は若干汗が滲んでいる。600年以上生き、この王都騎士団を作り上げた人物だ。この男の前で自分の思惑などすでに見透かされているようなものだろう。
「我が旧友よ、何か...隠していることはないかね?」
「....いえ、ありません」
隊長を誘拐させるよう、イマイシキ ショウを脅し、そして実際に彼女は彼について行っている。どう言う心変わりかはわからないがこっちとしては都合がいい。あまり邪魔されることのないように情報はある程度操作していたが、やはり無駄だったのか....
「....そうか、我が旧友よ。今日は話せてよかった」
「いえ、こちらこそ。サー・ペンドラゴン」
ペンドラゴンはそう言って立ち上がると、扉の方へと案内した。どうやら深く聞くつもりはないらしい。ある意味助かったというべきなのだろうか。
「気をつけて帰りなさい。今度は、イマイシキ ショウの話が聞きたい」
「わかりました、サー・ペンドラゴン」
ペンドラゴンが扉を開け、彼の前で一礼をし、部屋を後にしようとした。その時だ。
「アルクス」
「はい、なんでしょうか?」
扉の前で自分の肩にペンドラゴンの手が乗る。軍の服から伝わるその熱は暖かい。
「....君はお父さんに本当、よく似ている」
「っ....失礼します」
ペンドラゴンの手が離れ、後ろで扉の閉まる音が聞こえる。
過去は、過去だ。俺には今やらなくてはいけないことが山ほどある。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「話は以上か、収集師」
「あぁ、以上だ」
周りが全て白い大理石でできた聖堂の中、その地下にある空間で数人の男たちが丸く大きなテーブルを囲って会話を行っている。その男たちの特徴はといえば、全員が白い法衣を着て首からは聖典を模したペンダントを下げている。真ん中には、一冊の分厚く古びた本が置かれており、これがこの聖堂が聖堂と呼ばれる所以だ。
「『戦場のコンダクター』は生きて捕らえることに変わりはない。だが....問題なのはだ」
一人の男がそんな言葉を零すが、その言葉に全員がかすかに首を縦に動かし同意をしている。
「イマイシキ ショウ。あの男は一体何者だ」
「調べでは冒険者と聞いていますねぇ」
一人の男の疑問にもう一人の男がそれに対して答える。そして冒険者と聞いて周りがざわめき始める。たかが冒険者が一部隊の隊長をさらったということではなく、自分たちの最強の魔術師部隊の一人がたかが冒険者に追い詰められたということに驚いているのだ。
「たかが無色の人間にここまで手強されるとは思わなかった....」
「聖典の道から外れた、異端者ごときに....おいっ! 今度捉え損ねたら、貴様の首を聖典の名の下に捧げるぞっ!」
さっきとは別の男が声を荒げて、一人の法衣を着込んだ男を指をさして怒鳴り散らす。一斉に視線は指を向けられた男に注がれる。それもそのハズだった、すでに一人が殺され、今までとは違うこの異常事態に全員が焦りを感じていた。
「それについては大丈夫でさ。もう一人、収集師を向かわせでおりまずので」
「焦らないようにしてくださいねぇ、チャンスは無駄になさらないようにしてくださぁい?」
さもないと....
次の瞬間、空気がまるで一瞬凍結したかのように冷たい空気が静かな聖堂を支配する。全員が息を止め、指ひとつ動かすことができない。そしてその中の一人が生唾を飲み込む音がした時、その人から出たとは思えない殺気は解けた。
「『戦場のコンダクター』を粛清するのは、私ですから」
その殺気を放った張本人。その男が法衣のベールを取る。そこに現れたのは嗜虐的な笑みを浮かべた男、ユークリッド=アレクセイだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「当時の私は、まだまだ軍にも慣れず自分の手を血で汚すのをためらっていた時だ。しかし、王都騎士団9番隊隊長に任命されてそれが転機になった。元隊長のガレアと一戦交えた時に私はわかったのだ。自らの手を汚すのは他ならぬ自分なのだと、そこから私は隊員と向き合うことから始めたのだよそして、多くの町を行き来していく中でも私は思ったのだ。ここに性別の垣根など存在しないのだと。当然軍にいた頃は女騎士と馬鹿にされ、私の扱いなどオーク性奴隷になるのがオチだとか言われていたものだ。だが、互いの理解は重要だ。だんだんとそれぞれの願いというのが、想いというのがわかってきたのだよ。部隊の中にも当然私のことを女と知って求婚を頼み込んできた者もいた、だがそんなものではないのだ。熱意だ、熱意。しかし....今はこんなボロボロの船に乗せられ....ましてやわけのわからない剣術を使う精神が壊れてる冒険者と一緒に旅をすることになるだなんて....一体どう責任を取ってくれるというのだっ! 責任者を呼べっ! そう、人生の責任者だっ!」
ここまでの話、全部レギナの話だ。片手にビールのようなものが入った木製のコップを持ち、延々とずっと喋っている。そう、彼女は酔っ払っているのだ。普段彼女は無口だ、しかし酒が入るとこんなにも人とはしゃべるものなのか。呆れを通り越して感心すらする。
ちなみに、彼女は一口しか飲んでない。
「おい、大将。この女黙らせるか殺すかしてくれないか? それにさりげなくこの船のことボロいとか言ってたぞ」
「そんなこと言われましても....」
隣座っているレベリオがこめかみに血管を浮かべさせながら弾くついた頬で話しかけてくるが、本当にこうなった人間はどうすることもできない。それは居酒屋のバイトで十分に分かっているからだ。
話は、5時間前に遡る。
応援ありがとうございます!
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