異世界探求者の色探し

西木 草成

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第2章 青の色

第92話 酔いの色

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 さて、日が傾き再び食事の時間がやってきた。渡されたのは....やっぱりカビたパンと味がすごく薄いスープのようなものだった。果物は無し。

「どうした? さっさと行けよ」

「えっと....ここに料理をする人とかいないんですか?」

 自分の立場はわかっている。しかし、たとえどんな状況になっても譲れないものというのが必ず人間には一つや二つあるものだ。俺にとってそれは料理である。

 質問をすると、目の前で配膳をしていたリザードマンの男は俺の質問を聞き若干顔を俯かせた。

「....あぁ、いたよ。この前、流れ弾に当たって死んだがな」

「....すみませんでした」

 とても悲しそうな表情を浮かべるリザードマンだが、相当仲の良かったやつなのだろう。それにしても自分もこんな無神経なことを聞くべきではなかった。

 ふと周りを見渡すと、心なしか全員の顔が暗い。そして、その暗い顔が向けられているのは手に乗ったパンと、スープだった。

 やはり、全員思うところがあるらしい。

「えっと....言いにくいことあるんですけど....僕に料理をやらせていただけませんか?」

「なんだお前、料理できるのか?」

 リザードマン特有の爬虫類の目が細くなり、より鋭い目つきへと変貌する。正直、ならお前が食材になれと言われる気がして怖い。

「....ついてきな」

「あ、はい」

 思ったよりもすんなりと案内をしてもえらえた。リザードマンは他の船員に配膳を任せると、俺を連れて船の下の方へと案内する。すでに外は暗いため、手には魔力で灯すランプを手に船の中へと潜って行く。すると、他の扉と比べて随分と質素な造りの部屋の入り口がそこにあった。

「ここが調理室だ....」

 見ると、コンロのようなもの、炊き出し用の大型の鍋や、冷蔵庫と思しきものなどと、調理に必要なものが大方揃っている。だが一つ気になるのは....

「ここの穴から弾が通って死んだんだ....いい奴だったのに」

「....」

 なんとも言えない。

 穴を覗くと、外には完全に日が落ちた海が見える。なるほど、ここからの砲撃で....少なからず、同じ料理を作っていたものとして冥福をお祈りしておこう。

「とりあえず、船長には俺から話しておくから。何か一つ作って持って行ってやれ」

「わかりました」

 そう言ってリザードマンは出て行くが、ここで人が死んだのか....何とも言えない気分だが、とりあえずこの船での自分の仕事は見つかったような気がする。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「そんで、何だこれは? 大将」

「一応、食事を終えた後だったようなので。軽く、お酒のつまみにどうかと....」

 船長室に持って行ったのは、大きな皿に乗った大量のスライスしたパンとチーズとトマトを焼いて上に乗せた、俗に言うピザトーストのようなものだ。それをフランスパンサイズにしたものである。

 さて、まず調理室の横にあった食料庫には大量の食材があり、おそらくこの船に一番積んであるのは食料ではないかと疑うくらいの量だった。これだけの食料があったのに、あんな食事しか出なかったのは、おそらく誰も調理の方法hを知らなかったということなのだろう。大変もったいない。

 ということで、これだけ食材があれば朝、昼、晩3食作ったとしても余裕でこの航海を終えるまで足りることだろう。これからの職場はここにすると決めた。たとえもう一回船長と戦うことになってもここにすると決めた。

「ほぉ....前の料理人が死んでから不安だったが....どれ、一つ食ってみるか」

 レベリオが、皿の上に乗ったトーストを一つつかみ、口に頰張る。自分も緊張し軽く気唾を飲むが、果たして気に入ってくれただろうか....

「....うん、おい。食料庫の奥に鍵のかかった棚があるだろう。そこの一番上にある酒瓶を取ってこい。今すぐだ」

「あ、はいっ!」

 レベリオが机の引き出しから鍵を取り出し、こちらに向けて放り投げる。それをキャッチし、急いでまた調理室へと戻る。

 5分後

 食料庫から、いかにも高そうなデザインをしているワインボトルを手にして再び船長室へと戻る。戻ると、皿の上のピザトーストは半分くらいにまで減っていた。この5分の間で、30近く作ったピザトーストを船長一人が食べたとは考え難い。ふと辺りを見ると、当然のようにしてレギナが船長の斜め向かい側で座って待機していた。

 口元をパンくずで汚しながら。

「レギナさん....いたんですか....」

「あぁ、うまそうな匂いがしたものでな。それにしても貴様、だいぶ海賊に馴染んでるな」

「まぁ....皆さん優しいですから」

 そう、誰一人として自分がこの船に勝手に乗り込んできたこと、ましてやその船で働いているということに関して何も言わないのだ。当然こちらとしても何もしないで船に乗っているという罪悪感も感じないし、むしろやりがいがある。

 そんな回答をレギナは冷たい目線で見ながら、静かに皿の上のピザトーストを口に入れる。そしてその様子をレベリオは面白くないといった表情で見ているというなんとも困った状態だった。

「よし、大将も飲むだろ? これはアルブスでしか手に入らない貴重な酒でな....」

「所詮略奪品だ」

「....」

 レギナの一言で空気が一瞬で凍る。まずいな....もっとお酒の席というのは賑やかなものなのだが....

「まぁ....座れ座れ、ちなみに明日の飯は日の出と同時だからな」

「え、はい」

 日の出と同時....ということは、俺もしかして寝れないんじゃ....

「そんな顔しなくっても大丈夫だって大将、見張りの役には回さねぇよ」

「は、ハァ....」

 なんとも陽気な感じでレギナのことを完全に無視しようとするレベリオ、だがその視線は完全にそのアルブスの酒瓶へと向いていた。

「ん? どうしたんだお嬢ちゃん。もしかして....海賊の略奪したお酒が飲みたいのかな?」

「いや....そんなことは....」

 そのことに気づいたレベリオが途端に下衆な顔になりレギナに詰め寄る。そして酒瓶の栓を開け、手に持った木製のグラスに琥珀色に染まった酒を注ぎ込む。そこから漂っている香りは甘く、果実酒だということがわかった。そしてそれを存分に見せつけ、物欲しげに見ているレギナの前で酒のCMに出る俳優のごとく飲み干してゆく。

「フィ~、うまい。この甘いのに、このしょっぱいパンがよく合うなぁ~。変なプライド持ってなければ飲ましてあげないこともないのになぁ?」

 すると、棚からもう一つ同じ木製のコップをレベリオが取り出し、中に酒を注いでから俺の方へと手渡す。自分は未成年だが、ここは目をつぶっていただこう。そしてコップに入った酒を軽く口につけて飲むと、芳醇な果物、恐らくぶどう系のさっぱりした味わいと共に、甘みと酸味が鼻の中をすっと抜けて行く。

「おいしい....」

「っ....!」

 次の瞬間、隣で軽い風のようなものが巻き上がったと思うと。突如、俺の右手に持っていたコップが消えた。

「え、あれ?」

「惚けている貴様が悪い。それに、これは略奪ではないからな」

 よくわからない宣言をしているのは、俺の手元から消えたはずのコップを手に持ったレギナだ。その様子を見たレベリオは「あっ」と声を漏らし驚愕の表情でレギナを見ている。そして、レギナはそのコップに入った酒を一口飲んだ。

 その瞬間、レギナの動きが一時停止。

 したと思ったら、急に左手に持ったコップを思いっきりテーブルの上に叩きつける。

「ひ....っ」

「おい、イマイシキ ショウ」

 レギナに向けられた、その飢えた野獣のような目が自分の目と合ってしまい、思わず身震いをする。

 まずい、この人。酒が入ったら面倒になるタイプだ.....

「貴様のその惰弱な精神は一体誰に育てられた? 人を殺さない? バカなことを言うな、この世界では人の命ですら奪わなければ生きていけない世界だってのがわからないのか?」

「え、えぇはい。おっしゃる通りで....」

 普段は無口の彼女が続いてペラペラと喋り始めるが、その内容はほとんど自分に関することである。書き出していたらきりがない

 そして前話の終盤へとつながるのである。

「当時の私は、まだまだ軍にも慣れず自分の手を血で汚すのをためらっていた時だ。しかし、王都騎士団9番隊隊長に任命されてそれが転機になった。元隊長のガレアと一戦交えた時に私はわかったのだ。自らの手を汚すのは他ならぬ自分なのだと、そこから私は隊員と向き合うことから始めたのだよそして、多くの町を行き来していく中でも私は思ったのだ。ここに性別の垣根など存在しないのだと。当然軍にいた頃は女騎士と馬鹿にされ、私の扱いなどオーク性奴隷になるのがオチだとか言われていたものだ。だが、互いの理解は重要だ。だんだんとそれぞれの願いというのが、想いというのがわかってきたのだよ。部隊の中にも当然私のことを女と知って求婚を頼み込んできた者もいた、だがそんなものではないのだ。熱意だ、熱意。しかし....今はこんなボロボロの船に乗せられ....ましてやわけのわからない剣術を使う精神が壊れてる冒険者と一緒に旅をすることになるだなんて....一体どう責任を取ってくれるというのだっ! 責任者を呼べっ! そう、人生の責任者だっ!」

「おい、大将。この女黙らせるか殺すかしてくれないか? それにさりげなくこの船のことボロいとか言ってたぞ」

「そんなこと言われましても....」

 隣座っているレベリオがこめかみに血管を浮かべさせながら弾くついた頬で話しかけてくるが、本当にこうなった人間はどうすることもできない。それは居酒屋のバイトで十分に分かっているからだ。

 だが、これ以上彼女が酔っ払った状態でいるとそのまま怒りに任して剣を振り回しかねない。そして、現在彼女の左手は腰にぶら下がっている剣にかかっている。

「と、とりあえず。お水をお持ちしますね....」

 レベリオが俺を一人にするんじゃない的な目をしてこっちを見ているが、このままいけばどのみち全滅は免れない。意を決し、席を立ち水を取り行こうとした。

 その時だ。

「話はまだ終わってないぞ」

「うわっ!」

 突如出ようとした扉にレギナが普段使う剣が思いっきり突き刺さる。それは自分の前髪触れ、音もなくスッと地面へと落ちた。

 まずい....このままにさせておいたら....殺られる....っ!

「と、とりあえず。コップをおきましょうレギナさん」

「私に剣を置けと? 何を言っている貴様っ! そこに直れっ!」

 あなたの握っているそれは剣ですか? あなたの握っているのは核爆弾のスイッチですよっ!

 仕方なく、扉の前で直立する。するとレギナはおぼつかない足取りでこちらに近づく。それにしてもたった一口でこんなになってしまうとは....今度旅先で酒が出てくるようなことがあれば十二分に注意しよう。

「イマイシキ ショウ。私はお前が嫌いだ」

「....知っています」

「本当に今でも殺してしまいたいほど嫌いだ」

「....知っています」

 本当に、彼女は自分によくついてきてくれたと思う。その気になれば自分なんかを殺して逃げることなど造作もないだろう。だが、ここまで、ましてや海賊の手間で借りることを見過ごしてついてきてくれたのは紛れもない、彼女の善意だ。

 俺は、この旅の中で何一つ、彼女に何もできなかった。

「だが....お前の....その優しさが....殺してしまいたいほど」

 羨ましい。

 突然、彼女はこちらに倒れ込み。それを俺は正面から受け止める。あまりにも軽く、柔らかで温かなぬくもりを胸越しに感じる。女性の身でありながら本当に一体どれほどの苦しみを味わってきたのだろう、当然ながらそれを知る余地はない。だが....

「おい、そのお嬢ちゃん海に放り出す気ないなら奥の寝室に寝かせとけ。大丈夫だ、手は出さねぇよ」

「すみません、ありがとうございます」

 彼女を抱きかかえ、船長室の奥にある寝室の片方に彼女を寝かしつけた。そして再び船長室へ戻ると、レベリオは扉に突き刺さった剣を引っこ抜いている。全くもって恐ろしい人だ。

「よし、飲み直しと行こうか」

「はい、よければなんか作り直しますよ」

「いや、これでいい」

 そう言うとすっかり冷めたピザトーストと一緒にコップに入った酒を流し込む。それに続き、自分も同じように飲み始めるが、そこにお互いの会話はなかった。

「船長....」

「レベリオでいい」

「....レベリオさん、どうして軍人が嫌いなんですか?」

「あぁ....まぁ、金輪際お前らとは関わらないからな....」

 20年も前の話だ。
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