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第2章 青の色
第93話 幻の色
しおりを挟む「なぁ大将。軍人って何をする職業だと思う?」
「え....」
軍人....自分のよく知っている軍人といったら地球の自衛隊とか、後最近で身近なのは王都騎士団だ。とにかく、この二つの軍事組織に共通しているものはだ。
「何かを....守るということでしょうか?」
「そうだ、まぁ大雑把だが『何か』を『守る』ということだ」
その何かというのは、自分の国であったり、そこに住んでいる国民であったり。外から来る敵や、中にいる敵を殲滅する。それが彼ら軍人の役割だ。
「あのお嬢ちゃんは気づいたが....俺だって最初はこんな海賊なんぞやってはいなかったさ」
「....」
手に持った木製のコップに入った酒を一口飲み、どこか懐かしむような遠い目をしている。
「20年も前だ、俺は海で砲撃を受けた遊覧船に家族と乗っていた。何のことはない、ただの旅行さ」
その船には当時15歳のレベリオと両親、そして母親の体には新しい命が宿っており、出産間近だったそうだ。しかし、出航に出ておよそ四日後、岸からかなり離れたところで海賊に襲われ、父親は家族をかばってそのまま殺されて海へと放り出された。母親とレベリオは部屋のクローゼットに隠れその様子を見ていたという。
そして海賊は散々、遊覧船から荷物を略奪し、破壊行為を尽くして去っていった。命からがら生き残ったのは自分と完全に衰弱仕切った母親、それと数十名の乗客。海賊からの攻撃によって沈みかかっている船。全てが絶望的だった状況に現れたのは近くの国から巡回でやってきた海軍だ。
しかし、問題があった。海軍は救助用にやってきたのではない。あくまで巡回のためだった。乗れる人数に限りがあり、あくまで乗せられるのは10何人かという過酷な選択だった。そこでは基本女性や子供が優先されるべきだったのだろう。しかし、完全にパニックになっていた乗客の人々は一斉に海軍の船に乗り込みあっという間に定員オーバーになったそうだ。そして、残り最後になったのは動けない母とその母を抱えたレベリオだけとなった。
乗せられるのはあと一人が限界だと迫られ、いつの間にか自分は海軍の船に乗っていたという。自分から進んで乗ったのか、それとも誰かに背中を押されて乗ったのかは覚えてない。しかし、わかったのは自分の乗っていた海軍の船に母の姿がなかったという、虚無に似た感情が強く頭に残っていたらしい。
そのあと、身寄りのなくなったレベリオは自分のような境遇に遭う人々、海での治安を守りたいがために自分を助けた海軍にそのまま入隊をした。
血を吐くような訓練を耐えてまで、海軍に入隊したのは、あのとき救えるはずだった人を救うため、二度と生まれるはずだった命を失わせないために、守るために。
そして、そのときは来た。
巡回というよりも遠征での出来事だった。海の地平で火の手が上がっているのを一人の船員が発見した。
すでに壊滅的にまで破壊された船、壊された外装の断片断片を見ると、どこかの国に向かう遊覧船だということがわかった。全く、自分の時と同じ状況だ。
そして、救助を待っていた生き残っている船員は海軍の船が救助に向かった瞬間、咽び泣きながら次々と乗り込んでくる。だが、自分の乗っている海軍の船は海軍の中で結構小さめのもので、積み込んである遠征用の食料も船員と数人の余分な人数分しか残されていない。そして、今にも沈もうとしている船に残されたのは双子の小さい兄弟と、その母親だ。
ここでまた見捨てるのか?
救える命を、目の前で消えそうな命を。
否、何のために海軍になったのだ。
船長の制止に耳も貸さずに、その双子と母親を船の中に乗り込ませた。
船の上、船長や他の船員から激しい叱咤の嵐。何度も殴られ、蹴られ罵られた。
『これから本部に帰るための我々の食料をどうする気だっ!』
『貴様のせいでこの船全員が危険にさらされているのだぞっ! わかってるのかっ!』
罵声の中、考えていた。どうしたらいい、この船に乗る人間全員が納得する方法は、それは一つしかない。
自分を犠牲にすることだ。
『ハァ.....ハァ.....自分の食料は....っ....航海を終えるまで、全部この人たちに分けてください....っ! 食料も....船員たちが協力をして分配すれば間に合うはずです.....っ!』
全身に青あざを作りながらの必死の懇願だったそうだ。この助けた命、手放すわけにはいかない。せめて陸に着くまでの間、守り通さなくてはならない。自分の助けた命には最後まで責任を持つ。
やがて、誰も何も言わなくなり、救助された人間がそれぞれ船の中を案内される。全身に感じる鈍い痛み、その中で助けた双子とその母親が背中をさすり感謝の言葉を述べてくれた。それだけでも、自分がこの人たちを助けた価値があったと思った。
それから、3日間。事が起きる前まで、ずっと過酷な日々が続いた。飲まず食わずで軍人としての働きをしたせいで体がボロボロになっていた。そんな時だ。
船の見回りを行っていた時、普段使わない倉庫から明かりが漏れ出ているのを見つけた。すでに外は夜だったため中に入っている人物は誰だろうと思い、そっと扉を開け中の様子を伺った。
その瞬間に、レベリオは頭の血管がブチ切れそうなくらいの怒りを感じたという。
数人の男の船員が、あの助けた双子の母を囲んで何かをしていた。その『何か』というのは当然言われるまでもない、強姦だ。
部屋に入り込み、船員を片っ端から殴り倒し、微かに意識のある船員からとんでもないことを聞いたのだった。
『この船に息子達と残りたかったらと脅し、毎晩、交代で夜の相手をさせていた』
と。
何もかもが許せなくなった。
今まで歩んできた道は間違いだった。
守るのではない。依存させて守っているふりをしていたのだと知った。
汚い、自己満足だった。彼女たちを助けたのは自分の汚い自己満足だった。
そんな自問自答が終わる頃には、自分両手はボロボロになり血がべっとりと付いていた。船の甲板は自分の仲間であった海軍の船員が船長もろとも血だらけで倒れていたのだという。
「そして俺が殴り殺した船員たちは、全員樽にくくりつけて海に流したとさ。めでたしめでたし」
「....」
そう言って、再びコップの中の酒を飲もうとするがすでに酒が入ってないことに気づき、酒瓶に目を向けると怪訝そうな表情をしてその空になった瓶を俺の方に手渡す。
「とまぁ、俺は結局海軍に戻ることなく。なんなら海賊にでもなっちまえと思って今はこうやっているのさ」
「ということは....この船は....」
「あぁ、この船は多少手は加えたがあの時の海軍の船そのままだ」
この船で....それにしても、ひどい話を聞いた。だが気になることはもう一つある。
「それで、助けた船員はどうなったんですか?」
「どうなったって....大将だって会ってるだろう? その船員に」
「え....?」
そしてその言葉の読み解き行き着いた答えに驚愕の表情を浮かべると、レベリオは満足げに頷いた。
「そう、この船に乗っている船員は全員あの時助けた船員そのままだ。何人かは死んだがな....」
「では、あの双子とか、母親はどうなったんですか?」
そうだ、あの話出てきたのは双子と母親。だが、この船にはそんな人物は見かけなかった。
「まず、母親だが....彼女は病気で死んだ。遺体は小さな島に丁寧に埋葬した」
「....双子は?」
「片方は最初にあった図体はでかいけど狼耳生やした優しそうな男いたろ? あいつだ」
「....もう片方は」
「....料理の上手なやつでな。ついこの前、海軍との戦闘で命を落とした」
つまり....今自分がこの料理を作ってきた場所というのは、レベリオが命がけで守った双子の片方の使っていたキッチンだったのか。
「なぁ、結局俺は何も守れなかった。母親と言い、あの双子の片割れといい、俺はこんな形でしか守ることができなかった。今となってはこの船が俺の生き甲斐で、ここに乗る船員が俺の生き甲斐だ。それをぶち壊そうとする奴には容赦しねぇ。そいつの魂から命まで、全部搾り取ってでも守ってやる」
自分も同じだった。この旅路を邪魔するものがあれば、どんなものでも叩き斬っていくと決めた。そうだ、自分はレベリオと似ている。ただそれが人を殺すか否かというだけで、ただがむしゃらに自分の守りたいというものが互いにあるというのだと知った。この男とは案外、気が会うのかもしれない。
「....ハァ、つまんねぇ愚痴を聞いてくれてありがとうな。まぁ、なんだ。頼みごとの一つくらい聞いてやる」
「いいんですか? では....っ」
頼みごとを言おうと切り出した瞬間。
突然体の自由が効かなくなる。右腕から体全身を熱せられた鎖で巻かれたような猛烈な痛みが身体中に駆け巡る。
「グアァアアアアァアァアアッッッッッ!」
「お、おいっ! どうした急にっ!」
強烈な痛みに思わず悲鳴が出る。意識が落ち始め、ふと見た右腕の刺青。
そこから赤い炎のようなものが立ち込めるのが見えたのは、おそらく痛みが見せた幻ではなかったはずだ。
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