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第3章 緑の色
第103話 依頼の色
しおりを挟む部屋を沈黙が支配している。いや、正確に言えば、隣でレギナが原書をめくるページの音だけがこの空間を支配していた。
「それで、この話を了承してもらえるかな?」
「....もしダメだと言ったら?」
この話、飲むとなると相当期日がかかる。自分の命がどこまで持つかわからない。一刻も早く、精霊石を探さなくてはならないのに寄り道をしてしまっては、しかし、自分に取ってもこの話は....
「そしたら、君たちにはここで死んでもらうことになるね。今、自分がどこにいて、誰を相手にしているか理解をしたほうがいい」
一瞬、自分の髪の毛が風で微かに揺れる。
次の瞬間、後ろに立てられていた花瓶の胴体が真っ二つになり、ごろりと音を立てて床へと転がる。この、一瞬の出来事。間違いない、魔術によるものだ。
「....脅しですか」
「そう受け取ってもらっても構わない。だが、これは君のためにもなると思う。違うかな?」
「....っ」
変わらず微笑を浮かべ、レースはこちらを真っ直ぐ見据えている。そう、この話は自分に取っても悪い話ではない。少なからず、これからの旅の指標にはなるはずだった。
「どうかな? 了承してもらえるかな?」
「....わかりました。請け負いましょう」
返答をする。自分の命がどこまで持つかわからない。だが、尽きる前に必ず終わらせてみせる。返答を聞いたレースは、何も言わずに頭を下げる。どうやら礼を言うつもりはないらしい。
「さて、この依頼を終える前に君に死んでもらっては困るからね。腕を差し出しなさい」
「は、ハァ....」
レースがこちらに手を差しのべ、自分もそれに習い両腕を差し出す。
「あ、いやいや。右腕だけで十分」
「わかり....ました」
左腕を自分の方に戻し、右腕だけをレースに見せる。すると、レースの冷めた手が服の袖をまくり上げ、痛々しいサリーの呪いの刺青が露わになる。
「ほぉ....サラマンダーの呪いか。君は相当気に入られているらしいな」
すると、レースはその刺青を一回、手で全体を撫で、その次に刺青の炎を指でなぞるようにして触れてゆく。
『原初は風 緑を統べし者也 さすらうは春の一息 ゆえに訪れを告げる者 吹かれよと吹き 運たるは出会いと別れ 願わくは背中を押したまえ キズナ』
すると、レースがなぞったところから淡い緑色のオーラがなぞった部分を追うようにして肌の上を走り始める。そして、しばらく淡い光が右腕を包み込み、そしてスッと消えていった。
「レースさん....今のは?」
「ん? ちょっと寿命を延ばす手伝いをしてあげただけだ。どうかな? 少しは痛みも引いたと思うがね」
右腕を伸ばしたり、手を握ったり開いたりしてみる。確かに朝方感じていた痛みは嘘のように引いている。いったいこの人は....
「1500年も生きてれば余計な知識まで身につけてしまうものさ、精霊のこともよく知っている。彼らの言葉を鵜呑みにしてはいけないよ」
「....わかりました。ありがとうございます」
立ち上がり、机の上に置かれたパレットソードを手にする。そして、そばで聖典の原書を未だに貪るようにして読んでいるレギナに声をかけた。
「レギナさん。行きましょう」
「....わかった」
レギナはこちらを見ることなく。聖典の原書を机の上に置き、いつの間に壁に掛けられていた剣を手に取る。そしてレースの部屋を出て、ツリーハウスの街へと足を向けた。
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「貴様。本気で受けるつもりなのか? このまま逃げることもできるぞ」
「レギナさんは興味ないんですか? 自分の知っていた真実とは全く別の真実を知っている人のことを」
その言葉を聞き、レギナは黙りこむ。騎士団というのは個人的には王に使えるという以前に何かの信仰を持っているというようなイメージが強い。そしてそれは彼女にも当てはまるだろう。
今まで信じてきたものが崩れ去るという事実。全く信じてきたものとは違う真実が現れた時、人は一体何を考えるのだろうか、何も信じるものがなくなった自分には全くわからなかった。
ツリーハウスはとても高所にある。それは敵の侵入を防ぐためか、それとも奇襲をしやすくするためか。おそらく理由は両方だろう。そして、通る人はそのほとんどがエルフであり、時折獣人などが見えるが人間とは一度もすれ違うことはなかった。そしてエルフの人々は俺たち二人の姿を見るたびに目をそらしたり、なにやら陰口を言ったりなどをしている。それもそのはずだ、実際に殺さなかったとはいえ、同胞を半殺しにしたのだから。
「おいっ、そこの二人止まれっ!」
突如、ツリーハウス同士をつなぐ吊橋を渡っている時、突如後ろから声がかかる。思わず振り返り、呼び止めた人物を捜すとそこには大勢の人に止められながら肩から腹にかけて包帯を巻かれたエルフの男が立っていた。
この男、最初に俺が攻撃したエルフか。
「どこに行く気だ、俺たちを襲っておいてタダで帰れると思うなよっ!」
「長老さんに頼み事をされまして。それで無罪放免となっているそうです」
淡々と答える。そう、話によれば、この依頼をこなせば一応は無罪放免ということになっている。だが、その返答が彼の怒りに油を注いでしまったらしい。
「ふざけるなっ! 貴様のおかげで俺は二度と弓を握れないと言われたのだぞっ!」
「それは反撃されたことに怒っているんですか? 攻撃されたから反撃した。正当防衛です」
そう、自分は攻撃されたから反撃した。二度と攻撃をされないようにその腕を封じた。当たり前のことであり、自分が生きる上で気づいたことでもあった。
「っ! 『風よっ!』」
次の瞬間、ものすごい大ぶりの風が吊橋を揺らし始める。思わず、吊橋の縄につかまって、隣に立っていたレギナはその場にしゃがみ込みこんでしのいでいるが、縄で張られたこの吊橋、果たしていつまで持つかわかったもんじゃない。
風圧で痛む目を凝らし前方を見ると、先ほどのエルフの男が片腕に緑色のオーラを宿らせながら突き出している。そして、その行為に対して止めようとしている周りのエルフだが、それを腕力で突き放しだんだんとこちらへと近づいてくる。
「貴様の、貴様のせいだっ! よくも俺の人生を壊したなっ!」
「....っ!」
だんだん風の勢いは強くなり、吊橋の軋む音が酷くなる。このままでは崩落しかねない。腰のパレットソードに手を伸ばす。
吊橋の歪みに合わせて重心を調整。
『今一色流 剣術 長竹』
抜刀術の要領で滑り出された鞘がまっすぐエルフの方へと飛んで行く。そして、その鞘は突き出された右腕へと当たる。
「くっ....! しま....」
「そこまでだ」
鞘を当てられひるんだエルフの喉元にパレットソードの刃先を突きつける。そして、次に行う動作を全員が一つの結果を想像し息を飲む音が頭に響いてくる。
「きさm」
動くな、しゃべるな、息をするな。
「いいか、一つ言っておく。お前に謝るつもりもなければ、償うつもりもない。それでも、あんたらの長老の頼みを聞いてやるのは自分の善意と命のためだ。ここで死にたくなかったら黙って見てろ、それともなんだ、自分の勝手で子供を危険にさらすつもりだったのか?」
ふと、後ろの吊橋を振り返る。するとそこには、レギナがしゃがみ込み何かを守っている。風が収まるのを確認し、レギナが起き上がるとそこにはちょうど吊橋を渡ろうとしたエルフの子供がいた。
先ほどの暴風によって落ちそうになっていた子供をレギナはすかさず守ろうとしてしゃがみ込んだのだ。
「....手荒な真似をしてすみませんでした。レギナさん、行きましょう」
「あぁ」
子供を、先ほどのエルフのところへと促す。すると、その子供を見てエルフの男はうなだれる。自分のした行動の重大さを理解したのだろう。
ともかく、この場からは一刻も早く去ったほうがいい。
ツリーハウスの中を抜けて地面へと続く階段が見つかる。敵に攻められたらここを切り離せば完全な陸の孤島、いや木の上の孤島となるだろう。そして、ここまでの間、最後まで誰にも話しかけられることなく地面へと降りる。ふと木々の間から見える空を見上げると空に昇っている太陽はちょうど真上に位置している。時間的にはちょうど12:00あたりといったところか。
「先ほどはありがとうございました」
「....子供に罪はないからな。それで、行く先はわかっているんだろうな?」
「えぇ、それははっきり」
そして、懐から取り出したのは先ほどレースから借り受けたここら一帯の地図だった。その中に描かれているのはほとんど森だったが、その中に二つだけ、なにやらまるで囲まれ×印で記されている場所がある。一つは森の真ん中に位置する場所、そしてもう一つは森と平原の境界線に位置している場所。今回向かうのは境界線に位置してある場所に描かれた×印のところだ。
「準備はいいですか?」
「....あぁ、だが。私は国関連のものとは関わりたくないぞ」
「でも、ついてくるんですよね?」
若干意地悪に言うと、レギナはふてくされたようにして無言で前を歩き始める。彼女も知りたいのだろう、当然自分だって知りたい。
この剣が一体何なのか、自分が助かる方法は、これから自分はどうするべきなのか。
今回の依頼は自分にとってこれから進むべき道の道標になるだろう。
依頼内容
『原書の作者である人物が投獄された、国家反逆者が入っている刑務所からその人物を奪還してきてほしい』
あまりにも無理難題だった。
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