異世界探求者の色探し

西木 草成

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第3章 緑の色

第114話 土足の色

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 まともに体を動かせるようになるのは、結構な時間を要すると言われた。最低でも1週間は必要だとのことで、それまでの間、カルディアの世話になることになった。

「ショウさん、痒いところはないですか?」

「な、ないです....」

 そして現在。

 俺は彼女に髪の毛を洗われている。

「あの....洗うのくらい、自分でできますので....」

「ショウさん、今自分の両腕がどういう状態かわかっていますか?」

「....ん」

 現在、自分の両腕は戦闘によりズタズタに引き裂かれて処置が遅ければ二度と再起不能だったらしい。実際に、以前のような力はあまり出せないし、無理をすれば二度と扱えなくなるのかもしれないという不安もなくはない。

 だが、自分の体くらいはなんとかできそうなものなのだが....

「それにしても、ショウさんの髪は不思議ですね。黒い髪と赤い髪がこんなに混ざってるなんて。素敵ですよ」

「あ、ありがとう。ございます....」

 なんだろう、ものすごく気まずい。というか、恥ずかしい。

 床屋なんかでよくやるようなシャンプーで頭を洗われているのだが、直に彼女の顔がよく見えるせいでより恥ずかしい。

「そういえば、レギナさんでしたか? 目を覚まされたようですよ」

「そうですか....様子はどうですか?」

「ショウさんと比べれば、少し軽い方でしたから。すぐに動けるようになりますよ。これも、ショウさんが身を挺して戦ったからだと思います」

「....そう、ですか....」

 複雑だ。

 結局のところ、自分はその彼女のおかげで今生きている。自分は何もしていない。むしろ、足を引っ張ってしまったのかもしれない。もっと、早く原書の作者を奪還していれば、彼女は『啓示を受けし者の会』に会わずに済んだのかもしれない。自分が出し惜しみをしなければ、もっと力を出していれば、彼女は傷つかずに済んだのかもしれない。

「....難しそうな顔してますね。洗ってもらっているんですから、もっとニコやかにしたらどうです? 洗剤を目に入れますよ?」

「それは勘弁してください....」

 この人、案外パワフルだ。

「せっかくこんな美人さんが頭を洗っているんですから。難しいことを考えずに体を預けて下さいね」

「ハハッ....では、お言葉に甘えて」

 静かに目を閉じる。

 頭を刺激され、その心地よさが眠りへと誘う。
 
 そうか。

 自分はまだ、

 怖いのか。

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「それで、報告は以上か?」

「は、はい....そうです....」

「森の中に逃げ込んだ囚人は見つからず、剰え私の右腕を奪い、聖典の意義に逆らう女を逃したと?」

「申し訳ありま....っ!」

「ふん....使えない....おい。貴様は何か情報を持ってきたのだろうな?」

「ひ....っ。い、いえ。ただ、右腕を治すことのできる治癒師を見つけました....」

「ほぉ....それは?」

「はっ。森の奥深くにあるエルフの村なのですが。そこでは優秀な治癒師がいるとのことで、その人物であれば治癒も可能かと....」

「森の奥にあるエルフの村か....なるほどな。よく知っている、下がれ。もう用はない。あと、そこの使えん死体は片付けておけ。私の神聖な部屋が汚れる」

「はいっ!」

「....エルフの村か....」

 あの愚かな親父は、まだ生きているのだろうか。

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「二人には改めてお礼を言いたい。私の妻を....原書の作者の奪還。本当に、感謝する」

 目の前で、レースは正座をしながら深々を頭を下げている。場所は、最初にこの村を訪れた時に案内されたレースの部屋だ。そして、目の前にはレースの隣に、リーフェが座っており、微笑みを浮かべながらこっちを見ている。

「それで、原書の作者はどうしている」

「彼女は....今、魂の虚脱にかかっていてね。もう....前のようには....」

「....そうか」

 隣では、左腕を骨折した患者のように布で釣りながら、若干残念そうな表情で顔を落としている。なんとなくではあるが、魂の虚脱というのは地球で言うところの認知症の類なのだろう。確かに、20代の姿を保って認知症になるのならば、それは魂が抜けたという表現は正しいのかもしれない。

「だが、私から話せることはなんでも話そう。聖典のことならば、なんでもだ」

 聖典。

 それは、物語である。

 自分が読んだ限りでの要約だが、聖典は序章を含め、全9章からなる物語形式での本だ。序章では、世界の誕生を描き、1章では、人間や獣たちの対話をヒントにした逸話や、例え話などが元になっている。そして、2章では見えざるものの存在として、それぞれが持つ魔法や、色についての教えが事細かく書かれており、そして3章以降が、この世界が今に至るまでの経緯が書かれており、そこでは以前話した『無色精霊術師の聖戦』の元となった物語があり、それがかなり拡張されて描かれている。

 内容としては、無色の魔術師が現在の王都を占領しており、周りの国々が協力して無色の魔術師を倒し、王都を取り戻し、各国の永遠の誓いを示す。といった大筋なわけだ。

 よくある勇者とか、英雄とか、そういった話だと思えば想像しやすい。

 すなわち、無色の魔術師がいわゆる魔王で、それに立ち向かう国々と勇者の物語なのである。簡単に言うのならばだ。

 しかし、原書と呼ばれる書物と、ウィーネから聞いた話では、そこらへんが大きく違ってくるのである。

「まず、この話はすべて本当に2000年近く前に起こった出来事だ。彼女から直接聞いたのだから間違いない」

「信用します。俺も、彼女から話を聞いて確信を得たんですから」

「彼女?」

「あ....」

 思わず口が滑った単語に気づき、レースから目をそらす。

 だが、

「....なるほど、精霊か。君にも見えるんだね」

 なんの驚きもせず、穏やかな表情でこちらを見ながら淡々と答える。

「まぁ、その剣を持っているということは精霊と切っても切れない関係だからね。それについても教えてあげよう」

 では、本当の。真実の物語を話そう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 2000年ほど前。詳しい数字は、もうすでにわからない。

 王都ができる前。

 そこには一つの国があった。

 それは無色の国だった。

 当時は、人々の持つ色で住む国が分けられていた。赤ならば、赤の国。青ならば青の国。黄ならば、黄の国。緑のならば、緑の国。そうして一つに同じ色の国民を揃えることで、戦争の抑止力にしていた。

 しかし、そんな中で、無色の国は全員の嫌われ者だった。

 魔法が使えない。色を持つ人間よりも仕事ができない。魔法よりも、自分の技術をどんどん高めて成長して行く国。

 そして、それはやがて嫌悪から、恐れに変わった。

 魔法を使わないで火が扱える。

 魔法を使わないで水を使える。

 魔法を使わないで建物が建てられる。

 魔法を使わないで病気を治す技術を持っている。

 魔法を使わないで、国を守れるだけの力と技を持っている。

 人々は恐れた。

 どんどん成長して行く、魔法という枠を超えた成長に。

 そんな中、とある噂が国中を流れた。

「無色の国では、人々の色を消す研究をしている」

 と。

 それは、国をまたぎ多くの人々に広まっていった。

 そして、恐怖は。

 己が守るための凶器へと変わった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「レギナさん、でしたっけ? ショウさんとはどういう関係なんですか?」

「確か....あなたは....」

 目の前にはショートの、それでもって翡翠色の髪を持ったエルフ。そういえば、自分が目を覚ました時に近くにいた治癒師だったか。

「リーフェ=カルディアです。それでそれで、ショウさんとはどういう関係なんですか?」

「....どうしてそんなことに喰いつく」

 すると、リーフェと名乗る少女は目をキラキラさせてこちらをじっと見つめている。本当に見た目は、そこらへんと変わらない少女なのに、年齢だけは、本当に人間のそれを超越している。

 先ほど、説明を聞き終えた私とイマイシキ ショウはレースの部屋を後にした。そして、彼にではなく、なぜか私についてきたのである。

「いやいや、レギナさんって今いくつですか?」

「....22だが?」

「やっぱりっ! 大人な女性って感じがするんですよねぇっ!」

 頬を若干興奮気味に赧らめ、いかにも楽しげにそんなことをはしゃいで言う彼女。だが、実際には彼女の年齢の方がはるかに上だろう。

「これから暇ですか? 暇ですよねっ!」

「た、確かに暇だが....何をする気だ?」

「恋バナですっ!」

 コイバナ?

 なんだ、それは一体。

 困惑の表情でリーフェの顔を見ると、しばらくしてリーフェの、その表情は驚愕の表情へと移行して行った。

「まさか....恋バナ知らないんですか?」

「知らない」

 そう言い切った後。

 突如、自分の手を握り、ズンズンとツリーハウスの奥の方へと連れて行かれる。若干治りかけた傷がいたい。

「な、なに?」

「22歳にもなって恋バナを知らないなんて、私が教えてあげますからっ」

「え? え」

 そして、連れてこられたのは、ツリーハウスの中心から少し高い位置にある部屋の一室。周りを見渡すと、珍しい紙の本が置いてあったり、後は何かの作業に使う道具で満たされていた。

「ちょ、ちょっと待ってください。今お茶を出すんでっ!」

「あ、あぁ....」

 そして、部屋の奥に消えて10秒ほど、手にあまる量の菓子類と飲料の類を手に抱えて持ってきた。

「では、恋バナしましょうっ!」

「だから....コイバナってなんなんだ?」

「いやぁ....この村ではあまりこう言う話ができる人がいないんで。なんか照れちゃいますねぇ....」

「答えになっていない」

 そして勝手に赤くなったり、興奮したりと好き勝手やっている彼女だが、そういえば彼女の名前。どこかで聞き覚えがある。

 どこだったか....

「レギナさん、恋バナって言うのは。好きな男の子のことを女子同士で話をすることを言うんですよっ!」

「帰る」

 話の内容を聞き、思わず立ち上がり部屋の出口にかかっている布を押し開けようとするが後ろの方で服の裾を引っ張られてその場に静止する。

「お願いです~、話のできる女の子はこの村にいないんですよ~。ちょっとでいいから、話聞いてくださいよ~」

「....ハァ....わかった。助けてもらった礼だ。話は聞いていってやる」

「やたっ!」

 王都騎士団9番隊隊長。

 人生初の恋バナである。
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