異世界探求者の色探し

西木 草成

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第3章 緑の色

第113話 生還の色

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 あの時、あぁしていればよかった。

 あの時、あの時、あの時。

 後悔が積もり、いつかは孤独になっていた。

 守りたかったものは何だったけ?

 やりたかったことは何だっけ?

 自分は、自分は、自分は。

 一体、誰なんだ?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「目が覚めましたか?」

「....」

 薄らと目を開けると、そこは藁で覆われたかのような天井。肌をなぞる風が心地良い。顔を傾け、横の方を向くと、そこには豊かな森が広がっており、自分の目線の高さから考えて、高所にいるということがわかった。

「もしもし? 聞こえますか?」

「え.....あ、はい。どうも....」

 声をかけられ、思わず体を起こそうとするが全身に痛みが走り、体から力が抜ける。自分の体に目を向けると、全身に巻かれた包帯のようなもの、そして周りには治療で使うような器具が置いてあり、自分は治療を受けていたのだと理解する。

「イマイシキさんですよね、ちゃんと聞こえてますか?」

「はい、聞こえていますが....ここは?」

 声のする方へ顔を傾ける。そこには、翡翠色の髪をショートにした女性がこちらを見て話しかけている。耳が長いことから考えてエルフには違いない。

「ここはリュイのエルフの村です。ほら、一度来ましたよね?」

「え....でも、俺はたしか監獄で....」

 そう、監獄で戦っていたのだ。

 自分が最初に訪れた場所から、監獄までは二日以上はかかるはずだ。自分も、二日は気絶していた記憶はない。先ほどまで、あの場所から離れて、レギナに担がれて4時間くらいしか経っていないような感覚だ。

「意識混濁ありですか....自分の名前と年齢。好きな食べ物と性癖を答えていただけますか?」

「今一色 翔、19歳で好きな食べ物はカレーライス、性癖は.....答えた方がいいですか?」

 困惑した表情で彼女を見返すと、クスリと笑い「冗談ですよ」と一言言うと、長老を呼んでくると言ってそのまま部屋を出た。

 そして数分。

 扉、というより、簾のようなものの向こう側から現れたのは紛れもない。1週間前に監獄にいる原書の作者を奪還して欲しいと依頼をしてきたレースだった。

「どうも、その様子だと手痛くやられたそうですね」

「誰のせいだと思ってるんだ?」

 穏やかな笑みを浮かべて横たわっている俺を見下ろしているレースだが、その表情は、嬉しそうでもあり、そして、その目は涙をためていた。

「本当に....本当に....私の妻を....ありがとう....っ」

 頬から涙を流し、最初に見送った時の態度とは一変。本当に心の底からの誠意をというのを感じる。

「....礼は言わないんじゃなかったのか?」

「あぁ....だが、そんな非礼をするわけにはいかない。しっかりと君達を歓迎しよう。では、リーフェ。あとは頼んだよ」

 そう言って、レースはそのまま部屋を出て行く。

 そして、部屋は俺と、そのリーフェと呼ばれたエルフの女性だけになった。

「それにしてもショウさん、でいいかしら? 体は傷だらけで治療をした後もなく、そして何かで撃たれた痕に、しかも弾を摘出しないで戦っていたなんて....死ぬつもりだったんですか?」

「治療できる場所がなかっただけです。治療はあなたが?」

 質問をすると、彼女は顔のそばに正座で座り、頭をさげる。

「リーフェ=カルディアです。この村で治癒師をしています、後これから村でのお世話と案内を担当させていただきます」

「え....カルディアということは....」

「はい、私は長老の娘です。186歳になります」

 186というのは驚きだ。見た目は自分と同じか、もしくは若干年下に見えなくはない。

 だが、それ以上にだ。

 リーフェ、という名前をまたここで聞くことになるとは思わなかった。

「そういえば、レギナさんは....?」

「お連れの方でしたら隣の部屋で眠ってます。怪我の治りもいいですよ」

「そうですか....よかった....」

 安堵のため息を漏らし軽く瞼を閉じる。

 ふと脳裏に浮かんだのは『啓示を受けし者の会』にズタズタにされた状態の彼女だ。もし、あのまま行けば彼女は殺されていたかもしれない。

「それにしても、母を奪還してきてくれてありがとうございます。父も大変喜んでいました」

「別に....そういうわけではないんですが。なんというか、成り行きで」

「改めてお礼を言わせてください。母を助けてくれてありがとうございました」

 再び、隣で深々と頭をさげるリーフェ....いや、カルディアだったが、一月になることがあった。

「すみません、俺たちがここを出発してから何日たちましたか?」

「そうですね、三日ほどだと思いますよ? それがどうかしましたか?」

「いえ....どうもここまでたどり着いた記憶がないので。どうやってここに来たのかが....」

「あぁ、そのことですか。私が一部始終をお話ししますね。詳しくは、隣のお連れの方に聞いてください」

 そして、カルディアの話を聞くにはだ。村のあるツリーハウスの下に全身傷だらけで血だらけの状態でレギナが、俺とその原書の作者を抱えた状態で気絶しているのを村の人間に発見され、そこから上に運び、長老が自分が依頼した人物だということを話したところ、カルディアが二人の治療にあたり、今に至るということだった。

 やはり、ここまでくる経緯についてはわからないか。さすがに傷だらけのレギナが二人も抱えて二日もかかる道のりを歩いてきたというのは考えづらい。

 となると、一体何があったのだろうか。

「リー....いえ、カルディアさん。ちょっと一人にしてもらえますか。いろいろと混乱していて....」

「はい、わかりました。用があったら上に置いてあるベルを鳴らしてください。それでは、失礼します」

 カルディアは何も聞かず、立ち上がるとそのまま部屋を出て行った。

 さて、これで一人だ。

 いや、正確には三人だ。

「もしかしてですが、あなたが手伝ってくれたんですか?」

 先ほど、カルディアが出て行った簾のすぐそば。

 そこには、ミニマムサイズのウィーネ。そして、

 その隣に座っている、一人の少女。

 服装は、チャイナ服のような動きやすそうな服で、髪はエルフの持っている翡翠色とは違い、もっと色濃く出た緑色の髪を持っており、そしてまるで人形のような整った、それでもって無機質な顔立ちでこっちをジッと見ている。

 そして、今まで入ってきた二人は全くその存在について指摘をしてこなかった。そして自分にしか見えていないということ。

 総合的に考えて、彼女の正体は精霊だ。

「そう。お兄ちゃん、私はシル」

 緑の精霊です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「....」

「....」

「....」

「....」

 さて、何を話したらいいか全くわからない。何しろ、全くの無表情でこっちをジッと見られていたら何を話していいかわかったもんじゃない。

「えっと....あなたは、味方? 敵?」

 何を話しているんだか、自分。

「ウィーネお姉ちゃんと、サリーお兄ちゃんの味方だったら味方? それ以外だったら、敵かな?」

「....だとしたら味方かな、俺たちを運んだのは君?」

 質問をすると、頭をこくんと傾ける。どうやらイエスという意味らしい。

「ありがとう、おかげで助かった」

「お兄ちゃんのためじゃないよ。ウィーネお姉ちゃんとサリーお兄ちゃんのため」

「....そうか」

 どうやら馴れ合う気はないらしい。ふと隣にいるウィーネの方に視線を向ける。すると彼女はこっちを見るなり、シルと名乗る精霊に隠れてしまった。

「どうして、俺たちを助けたんだ? 俺のためじゃないんだろ?」

「それは....お兄ちゃんからサリーお兄ちゃんの匂いがしたから。それに、その剣は....思い出の剣だから」

「思い出?」

「うん」

 ふと、壁に立てかけてある剣を見るが、あれが思い出の剣というのは一体どういうことなのだろうか。サリーは何も知らないと言っていたが一体....

「ねぇ、あんた。本当に変態なの? あんな女の子に体を拭かせたり、着替えさせたりして」

「....まさか、俺と顔を合わせない理由ってそこですか?」

「変態は嫌いよっ」

 そう言って再び顔を真っ赤にしてシルのそばへとこそこそ隠れる。それにしても、この青の精霊さまは随分と初心だ。

「じゃあ、お兄ちゃん。この石は貸してあげるからサリーお兄ちゃんとウィーネお姉ちゃんをお願いね」

「え? 石?」

 そう言って、立ち上がった彼女の手に握られていたのは、小指の爪ほどの大きさの、エメラルドのような宝石だった。

 まさか、これって....

「これは....」

「ちょっとっ! シルっ、精霊石をそんな簡単に渡しちゃうなんて。もうちょっとよく考えなさいっ!」

 シルの後ろの方でチャイナ服をグイグイ引っ張りながらウィーネが必死の抗議をしている。あまり効果は見られないらしいが。

 そして、簡単に精霊石を渡す彼女には自分自身、疑惑の感情しか浮かばない。

「....本当にいいんですか? それはあなたの命と同等のものと聞いたけど?」

「いいの。ウィーネお姉ちゃんのこんな楽しそうな顔を見たのは1900年ぶり。この石を渡す条件は一つだけ」

 1900年ぶりとは、またとんでもない数字が出てきた。エルフといい、精霊と言い。人間の寿命を超越しすぎているせいか、全員化け物に見える。だが、それだけの時間。ウィーネは友人であるかどうかはわからないが、そんな彼女の楽しそうな表情を1900年も見ていなかったというのだ。それは、想像こそできないが、さぞ辛いことではあったのだと思う。

「これからも、ウィーネお姉ちゃんとサリーお兄ちゃんのそばにいてくれる?」

 本当に大事に思っているのだろう。先ほどの無機質な表情にもいくらか熱がこもっている。

「....わかった。最善は尽くす」

 そう言って、彼女の手から精霊石を受け取る。

 さて、契約だかが必要らしいが一体それはどうやって....

「お兄ちゃん、小指出して」

「え? うん、いいけど」

 言われるがまま小指を差し出すと、シルは、そこに自分の小指を絡ませる。そして、上下運動を急に始め。

「ゆーびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのーます。ゆーびきった」

「....え?」

 いや、おかしい。確かに約束事の定番といえば、定番だが。

 こんなものなのか?

 思わずウィーネの方をみると、ぽかんとした表情でこっちを見ており、確かに異常だということを目で訴えている。

 そして次の瞬間。

 シルの小指が離れた時に、手のひらに握っていた精霊石が淡く緑色に光始め、目の前で宙を漂い始める。そして、そのまま宙を浮いたまま、壁に立てかけてあった剣の方へと向かい、そして。

 鞘に開いた、上から3番目の穴にピタリと嵌ったのである。

「はい、契約終了。何かあったら呼んでね、お兄ちゃん」

 そう言い残し、彼女は目の前で霧のように空気に溶け込んで消えてしまったのである。そして、俺とウィーネがしばらくの間、開いた口が塞がらなかった。
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