異世界探求者の色探し

西木 草成

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第3章 緑の色

第112話 弾けた色

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『炎下統一 壱の型 焔吹き』

 炎の吹き荒れる刀を振りかざし、一気に畳み掛ける。しかし、難なく避けられ、周囲の気圧が変化するのと同時、先ほどと同じような風の刃が襲いかかる。

「たかが炎を出す剣なぞ、当たらなければ造作もない」

「....なら、次だ」

『炎下統一 弐の型 炎牙』

 振り下ろした刀にまとった炎がそのまま先端に収束し、後方に避けた男に追撃をかける。突き出された炎の渦はまっすぐ、男の顔面に向けて放たれる。

 クスッ....

 迫る炎の中、男は笑う。次の瞬間、渦を巻いていた炎はまるで空気に溶けるようにして霧散、白い刀身のままの刀が姿を表す。

「....っな」

「言ったでしょ、炎をまとっただけの剣なんぞ造作もないと」

 刀は男の鼻先でピタリと止まっている。炎の間合いで測っていたためか、距離が足りない。そして一瞬の虚無。相手は見すごさなかった。

 正面から風の圧力が一気に体を襲いかかる。顔の頬が裂け、体のいたるところがズタズタに引き裂かれているのを感じる。体ごと押しのけられ、後方に転がされたのがわかる。体を起こそうにも、肩に深くえぐりこんだ傷が痛み思わず力が抜ける。

 炎を消された....?

『クソ....っ、俺の炎を消すなんていい度胸だ....』

「精霊とはこの程度ですか? 全く、こんな輩にイグニスは負けたのだと。
やはり、聖典に選ばれたにふさわしくない男だとは思っていましたが....」

 男は呆れたような表情でこっちを見ている。そして、今自分の目にはこの男がどのように写っているのか。それは彼を中心に、血管のようにしてもはや原色ともいうべき緑色が全身を駆け巡っている。それはあの温泉街であった『啓示を受けし者の会』とはまた別の魔力の流れだ。

 なんというか、禍々しさを感じる。

「この程度で終わりですか? でしたら、さっさと殺させてください。時間が惜しいので」

「死ぬわけにはいかないんで、あんたが死ね」

 こうなったら出し惜しみはしない。出し惜しみをした瞬間に死は確定するだろう。立ち上がり、刀を振り抜く。

『炎下統一 参の型 炎爪』

 体から一気に力が流れ出るのがわかる。そして、その流れでた力は右手に持った刀へと流れ、そしてその力は刀身の両側に現れた炎の刃にと変換された。

「もう最後ですか? 全力を出すまでもない」

「言って....ろっ!」

 一気に間合いを詰め、正面へと刀を横一閃に振り払う構えをとる。

「素人にも読める剣ですね....」

 右手を男は差し出しこちらに向けて魔術を打ち出そうというのが目に見える。

 そして、急激に変化した気圧。

 全て予測済みだ。

 とっさに屈み込み、その気圧の変化のあった空間から離脱する。

 しかし前進した状態。体中に流れる魔力を両足に集中させ、低空の状態で宙を進む。

 体の遠心力を働かせ、低空を進む、そして振り払った刀は気負いよく男の突き出した右腕を吹き飛ばした。

 三等分に。

「ギャァァアアあっっ!」

「余裕かましやがって、待ってろ。すぐに楽にしてやる」

『今一色流 剣術 鳴門』

 全身を回転させながら放つ剣術。懐に飛び込み破壊力を増した刀はすんなりと骨をも断つ。

 そして痛みにより無くした右腕を抑えしゃがみこんだ男の背後に立ち、その首元に刀を近づける。

 一瞬で落とす。

 そう思ったその時だ。

「私に....触れるなぁああああッッッ!」

「っ....!」

 全身を覆う大気が、空気全体が振動する。

 そして、

「グハッ!」

「何....っ」

「いや....っ!」

 周囲にいた兵士が次々と倒れてゆく、理由は簡単だ。体の半分が削られ血と肉片が地面に落ちる音が響いている。

 これは....

「ショウっ! そこを離れろっ!」

 奥で、原書の作者を抱えたまま、レギナはこっちに必死の形相で叫びながら警告をしている。

 次の瞬間、

 自分の目の前が真っ赤に染まった。

「え....? へ?」

 ばらっ、と自分の肩から何かがぶら下がるのがわかる。ふと、自分の胸を見るとパルウスさんの胸当てが真っ二つに裂けている。

 ダメじゃないか....もらった防具を壊してしまっては....

「レギナさん、離脱します」

「でも....お前....」

「危険です、とにかくここから離れた方がいい....今すぐに」

 前へと一歩踏み出す。

 あれ、おかしいな。地面が滑る。

 あれ、おかしいな。目の前が暗くなる。

 あれ、おかしいな。誰かを守らなきゃ。

 あれ、おかしいな。誰を.....

 守るんだっけ?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「クソ.....っ! こんな二人も抱えきれるかっ!」

 両腕には今、目の前で胸をブッ割かれたイマイシキ ショウ。そして原書の作者と思われる、エレン=カルディアを抱えて走っている。

「おいっ! 全員出口を開けるんだっ! 戦える奴は全力で攻撃を防ぐんだっ!」

 二人を抱え向かったのは現在、イマイシキ ショウが解放したと思われる囚人たちがチームで出口を開けることに必死になっているところだ。

「おい、状況は?」

「あんたは....いや、出口が完全に閉じてて、この人数でも開きそうには....」

「....わかった、そこを代れ」

 そして、たまたま居合わせた男に二人を引き渡し腰から『スペルビア』を引き抜く。そして、扉のちょうど観音開きをする間に楔のようにして剣を差し込む。

 そして

「ウラァッ!」

 剣の柄に思いっきり蹴りを叩き込む。すると、扉を封じていた板が破壊されて扉が勢いよく開く。

 激しい音を立てて開いた扉に兵士たちは呆然と立ち尽くしており、囚人もまた同じ反応だった。

「何を突っ立てるんだっ! さっさと次の扉に移動するぞっ!」

「お、オォっ!!」

 囚人たちを先導して次の扉へと向かう。扉は合計2枚、そして扉の上にある城壁のような場所には兵士が並んでおり、格好の餌食だった。

「おいっ! このにいちゃんを絶対に守れっ! 他の奴らも必死になって自分の身を守るんだっ!」

 囚人のリーダー格になっている狼耳の男が声を張る。自分は引き抜いた剣をそのまま目の前のもう一つの大きい扉に向けてぶん投げる。

 そして、再び、扉の中心の楔のようにして刺さった『スペルビア』

 だが、一言言いたい。

「私は、女だっ!」

 全身をバネにして思いっきり飛び蹴りを剣の柄に向けて放つ。再び、扉が大きく開かれ、外の道へと出る突破口ができる。

「開いたぞっ!」

「全員急げっ! 全ては自由のためにっ!」

 一斉に出口へと向かう囚人の群れ。

 それにしても不思議な気分だ。自分が軍ではなく、囚人に指示を出すだなんて。

 そう思った矢先だ。

「逃がさんゾォおおおおおおおっっっっっ! 無色ぅううううッッッッ!」

「っ! 急げっ! 振り返るなっ!」

 突如響いた声、その声の主は

 先ほど腕を切り落とされたローレンが、突破した一つ目の扉の前で立っている。自分の斬られた右腕を左腕に抱えながら。

 次の瞬間、後方で走っていた囚人たちがズタズタに引き裂かれてゆく。それは、体を傷つけるといった生易しいものではない。

 肉をえぐる、といった表現が正しい。

「全員振り返るなっ! 正面を見て走れっ!」

 大多数の囚人が道半ばで倒れてゆく。そして、出口まで逃げ、森へと入り込んで行く。ちなみに、二人を抱えた囚人は無事に森の中へと入り込むことができたようだ。

 残った囚人の数は100から20ほどにその数を減らしていた。どちらにせよ、生き残ったのは幸いだ。

「おい、すぐに追っ手が来るぞ。どうする気だ?」

「私は知らん、とにかくこの二人を連れて逃げなくてはいけないからな」

「そうか....にしても、にいちゃん。どこかで会ったことがないか?」

「....私は女だ、気のせいだろう。世話になった」

 その場を離れようとした、その時だ。

「おいっ、監獄からの追っ手だっ! 剣を持っているぞっ!」

 一人の囚人が慌てたようにしてこちらに向けて走っている。そして、

 その囚人の喉からは、剣が飛び出ることとなった。

「とにかく走れっ!」

 狼耳の囚人が叫ぶと一斉に他の囚人も森の奥まで駆けてゆく。だが、後方から離れた矢で囚人たちの数人がその場に足を止め捕縛されてゆく。

 そして、二人を抱えたまま、魔力が尽きかけている私はどんどんと先頭からは離れて行く。徐々に背後から迫る兵士の足音が近づいて行く

 そして

「く....っ!」

「止まれっ!」

 足を払われ、地面へと転び木の幹へと激しく頭を打った。

「あぁ....」

「死ねっ!」

 剣の先が、自分の喉に向かっているのがわかる。

 ここまでか....

 思えば、ここ最近は全く自分の存在意義がわからなかった。

 自分の生きてきた正義を否定されるかのような日々だった。

 悔いはあるか? 

 そうだな....今、この隣で倒れている男が気がかりか.....

 振り下ろされ、すべてがスローモーションに見える。

 こんな光景を、どこかで見たな....

『まだ、死んじゃダメ』

 え....?

 突如に響いた頭の声。その声を合図に、視界が急激に真っ白になる。

 これは....霧?

『おねぇちゃん。こっちだよ....』

「っ....あぁ、わかった....」

 この際、悪魔でも精霊でもなんでもいいか....とにかく、今は死にたくない。

 剣を杖代わりにして、体を引きずりながら歩く。開き始めた左肩の傷が痛い。

『もうちょっと、頑張って....』

「....あぁ」

 声は、少女だ。しかし、自分に少女の知り合いはいないし、あの世への迎えにも知り合いは居ない。

 さて、幻聴だかなんだかわからないが、ともかく何か救いが欲しかったのかもしれない。

『着いたよ....』

「....は? ここは....」

 頭上では賑やかな声が聞こえてくる。

 そう、霧の中。たどり着いたのは、エルフの住む。最初にこの国で訪れた村だったのだ。
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