異世界探求者の色探し

西木 草成

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第3章 緑の色

第123話 染まりゆく色

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「もっと周りの水脈を意識して、余計なことは考えない」

「はい....っ」

 槍を手にし、目の前で水の塊を生み出してゆく。そしてバレーボールほどの大きさになった頃、突如形が歪み地面へと音を立てて落ちた。

「ダメね....ちゃんと操れるようにならないとまた呪いが再発するわよ。もう一回」

「ハァ....ハァ....はいっ」

 現在、ウィーネに青の魔術の操り方というものを教えてもらっている。なぜならば、現在ウィーネの力でなんとかサリーの呪いを押さえつけているわけだが、自分で抑えられるようにならないと、今度はサリーの能力が使えなくなる。今でも使えなくはないのだが、その能力は10分の1になっており、戦闘では全く役に立たないということだった。そしてウィーネのみで力を抑えているとやがては呪いを再発させるとのことだった。結局のところ自分で操ることができるようにならなきゃダメらしい。

 だが、実際にバレーボールほどの水の塊を作り出して、それを維持させるだけでも相当体力を使う。一個作るのに息切れがひどい。

「レギナ....さんだっけ? ごめんなさいね、こんなことにつき合わせちゃって」

「....イマイシキ ショウ。今私が目の前に見えているのは、幻じゃないんだよな?」

 唐突に話を振られたレギナが困惑気味にこっちを見ている。現在、自分たちは先ほどまで立派に立っていた遺跡の瓦礫を背後に訓練を行っている。そして、今まで全くウィーネの姿が見えていなかったレギナが、今でははっきりと見えるようになっているのである。

「たぶん、幻じゃないですね」

「たぶんあなたを助けた時に私を仲介して魔力を流したせいかしらね。あなたが無色だったというせいでもあるんでしょうけど」

 その言葉を聞いて大きなため息をつきながら顔を体育座りの膝に埋めているレギナ。確かに、今まで見えていなかったものが突然見えるようになるというのは色々とショックなものだろう。

「貴様はこれからどうするつもりなんだ。もう目的は果たしたのだろう、そろそろ私を解放させてもいいんじゃないのか?」

「……」

 その言葉に思わず彼女から顔をそらす。彼女を解放するということは、すなわちイニティウムの人たちの安全を保証しないということである。今現在、約1ヶ月半以上たった逃亡生活にいつ終わりが来るのか全くわからない。

 ここで一旦終止符を打つべきなのかもしれない。

「イニティウムに戻ります。そこで……レギナさんを解放します」

「……そうか」

 ここで一度、あのアランの腹の中を明かしたほうがいい。ここまで執拗に彼女のことを狙い続ける『啓示を受けし者の会』の目的を、どうしてこんなにも危険な目に合わなくてわなくてはならないのかを今一度聞き出さなくてはならない。

 その返答次第では彼女を解放するのか今一度考え直さなくてはならない。

「なら貴様のその首が、イニティウムで落とされることを願おうか」

「それは絶対にお断りします」

 未だに、自分が犯人と疑っているらしい。いい加減に考えを改めて欲しいと思っているのだが、彼女の性格を自分はよく知ってしまっていた。

 にらみ合いが続く。自然と槍を握る手に力がこもる。

 そして、

「私を無視しないっ! というか喧嘩しないっ! あんたは修行に集中っ! レギナさんも喧嘩を売らないっ!」

 今まで無視していたウィーネのヒステリックな声が、緊迫した空気が一気に解ける。

「....この話はまた今度しよう」

「えぇ、決着をつけましょう」

 とりあえず、まずは水の塊を作れるようになってからだな。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「それで、今度はどんな悪どい手を使ってイニティウムに戻ろうというんだ?」

「悪どい手ってひどいなぁ....」

 現在、だいたい薄暗くなって時間的には5;00頃といったところだろうか、近隣で捕まえた動物の皮と内臓を取り出しながらレギナの話に耳を傾ける。彼女は現在火起こしの真っ最中だ。

「特に考えてません。とりあえず今はイニティウムに戻れるということで頭がいっぱいで....」

「意外だな。ここまで来て策はないのか」

「そんな男に見えますか?」

 内臓を全て取り出し終え、今度は皮を剥いで肉をむき出しにしてゆく。千貫は十分に行っているため、見た目は鳥のささみみたいで綺麗なピンク色の肉をしている。

「なんだかんだ言って、貴様のその行動力のおかげで今生きているのだからな。少なからず、行き当たりばったりの策士だとは思うが」

「褒められてるんだか、なじられてるんだか....」

 それぞれ、解体して食べられる部位へとさらに分解し、それにそれぞれ塩とハーブをすりこんで行く。

「戦場においては、ずる賢い奴ほどよく生き残る。どんな形であれ、生きてさえいれば、また違った戦場で役にたつ。そういった奴は出世してゆく。仮にも貴様が騎士団だったら、どこかの分隊長に収まってたかもしれんな」

「全力でお断りしますよ」

 自分が軍隊で指揮を執るだなんて、想像もしたくない。他人の命を左右させるだなんて経験、したいとも思わない。

 でも逆に言えば、彼女はそういった世界で過ごしてきたということになる。今更だが、過酷な世界だったのだろう。特に聞きもしなかったが、彼女はこれまでどのような人生を送ってその地位まで上り詰めたのだろうか。仮にも、先ほどのレギナの話が本当だったら、彼女は自分自身のことを『ずる賢い』と言っていることになるわけだ。

「火は終わったぞ」

「はい、ありがとうございます」

 火起こしを終えたレギナの方に振り向き、それぞれ調味料に漬け込んだ肉類を一口サイズにカットしてゆく。次に、荷物入れの袋からフライパンを取り出し、そこに油を注いで行く。

「それにしても、貴様の髪の毛。ようやく元に戻ったな」

「あぁ、これですか。そうですね、ちょっと派手でしたから」

 ふと前髪をいじり、上目遣いでそれを見ると、真っ赤に染まっていたはずの髪の毛は、だいぶ色が抜けて元の黒い髪に戻りつつある。ちなみに、ウィーネの力を使っている時は髪の毛が真っ青に染まっているのだとか。

 ともかく、呪いから解放されたかと思うとホッとしている。

 調味料を染み込ませた肉を油の中に放り込んで行く。香ばしく肉の揚がる心地のいい音が森の中に響く。

「ところで、貴様は何を作ってるんだ?」

「これですか? 唐揚げという料理ですよ」

 そう、今作っているのは唐揚げである。以前、天ぷらを作った時に余った油が残っていたため、それを使って作ったというわけである。

 油の中から順に、揚がっていった順に唐揚げを皿に盛り付けてゆく。

「どうぞ、熱いので気をつけて」

「あぁ、ありがとう。いただきます」

 レギナが皿を受け取り、手を合わせてから食事を始める。その姿はまるで日本人のそれだ。そして、箸を使って唐揚げを口の中へと運んで行く。

「どうですか?」

「あぁ....相変わらずうまい」

「それは良かった」

 自分も口の中に唐揚げを運ぶ。味付けは塩とハーブとシンプルなものだが、やっぱり素材が良かったのだろう。しっかりと肉の味がする。

「レギナさん」

「なんだ」

 おもむろに、動かしていた箸の動きが止まる。

 レギナの顔は、先ほどまでと一つも変わっていない。

「レギナさんには、本当に謝っても謝っても許されないことばかりしました」

「....」

 ふと、頭の中で浮かんだ言葉がそのまま口からこぼれ出る。

 その言葉にレギナは一つ唐揚げを口に運ぶ。

「無理やりあなたを誘拐して、たくさん危険な目に合わせて、あなたの意思を潰してまで逃げようとした。情けないです」

「....」

 自分の死を回避したい。全てはそこから始まった。

 こんな死に方は認められない。そんなエゴから始まった今回の旅だった。

 全てが終わろうとしているこの時、思っていることが口から溢れ出ている。

 レギナは再び口に唐揚げを運んだ。

「そして、いろんな人に迷惑をかけました....オットーさんに始まり、ここに来るまで、大勢の人に迷惑をかけました。それでも....ここまで来れたのは何者でもない、あなたのおかげです」

「....」

 ここまで来れたのはレギナのおかげ。この言葉に偽りはない。

 そして、たくさんの人間に迷惑をかけた。この言葉にも偽りはない。

 自分という存在が、リーフェさんも含め、その人生を大きく狂わせてしまったのかもしれない。

 レギナは再び唐揚げを口に運ぶ。

「レギナさん....今度からは追われる側になるかもしれませんが....その時は」

「....ごちそうさまでした。さて、食後の運動にはちょうどいいか。少し付き合え」

 レギナは手をあわせ、食器を端の方へと寄せる。そして、おもむろに立ち上がり、遺跡のあった場所のそばまで近づき、手招きをしている。すでに辺りは暗いが、焚き火の灯りでぼんやりと映った広場の中央に彼女は立っていた。

 自分も食器の類を片付け、手招きされるがままに側へと近づく。
 
 次の瞬間、風が頬を撫でた。

「....っ!」

「....構えろ、イマイシキ ショウ。王都騎士団9番隊隊長レギナ=スペルビア。貴様を王都の命により処刑する」

 薄暗い中でいくつもの線が横切る。それらを躱して行き、一定の距離を二人の間で取った。

「レギナさん....っ! どうして」

「気が変わった、貴様は今ここで殺す。まぁ、ここまで道を共にしてきた誼みだ、最後の言葉は聞いてやる」

 ふと頬から流れた血が自分を正気にさせる。

 殺される、その一言が自分の身体を叩き起こした。

『レディ』

 右手にパレットソードが収まる。

「戦うか....まぁいい。貴様の死は決定事項だ。この旅で得たもの、全部ぶつけてみろ、さもなくばここで殺されろ」

「....いきます」

 開戦。

 そして、これが彼女と戦った記憶だ。
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