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第3章 緑の色
第124話 自問自答の色
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薄暗い中、二つの影が交差する。
絶対的な死を目の前にしている。
一つでも間違えたら確実に、死が訪れる。
自分は今まで気づかなかった。
自分の首には、常に死神の鎌がかかっていたという事実に。
「その程度だったのか。想像以下だな、イマイシキ ショウ」
「く....そっ!」
流した血の量があまりにも多すぎる。
すでに脇腹はえぐれ、左手は防御のため犠牲になった。これは、毎朝やっていた木剣での訓練ではない。
本当の、真剣の殺し合いだ。
「たくさんの人間に迷惑をかけた? 危険な目に合わせた? .....笑わせるな。そういったことを口にしていい人間は貴様のような人間じゃない」
「....っ!」
動きが早くなる。
レギナの持っている剣はすでに2本に分かれており、右手に持っている剣はまっすぐこっちへと向かってきているが、左に持っているはずの剣。それを背後に隠されており、剣筋が読めない。
ならばだ。
右手に持ったパレットソードを逆手に持ち、まず一撃目を受け流す。
そして、次の読めない斬撃。
それは心臓を狙った突きだった。
「まず....っ!」
とっさに右手に持ったパレットソードを起こして、逆手のまま飛んでくる剣先を躱す、心臓からは逸れた剣先だったが、右の脇腹に深く剣が突き刺さる。
「ぐっ!」
深々と刺さった剣、痛覚よりも先に視覚が動いた。
先ほど薙ぎはらったはずの剣が再び首元に襲いかかる。
それを左手に持ち替えたパレットソードで防ぎ、右手は現在自分の脇腹を貫いている、剣を持ったレギナの腕を捉えていた。
「....無様だな、貴様。守っていたはずの者に殺されるとは。どうして私を殺さない、貴様の持っている精霊の力とやらを使えばそれも叶っただろう。貴様の命は助かるかもしれない、私の死をもってしてな」
「か....ぷふっ.....俺は.....リーフェさん....ガルシアさん....もしかしたら....俺がいたら助かっていたかもれない....俺がいたから....死んで.....だから....」
口から溢れ出る血に溺れながら、一つも表情の変わらないレギナに、ガラスの目のようなレギナに向けてつらつらと溢れ出る血とともに言葉を紡ぐ。
「守ろうとしたものに.....殺されるのも....仕方がないかな....って.....」
「....」
パレットソードが右手から落ち地面へと突き刺さる。
自分は今ここで死ぬ。
そうだよな、だって僕はこの世界にいてはいけない存在なんだ。
やっぱり、自分を殺すことになったのはレギナだったか。予想通りといえば、予想通りだったな。
流れ出る血とともに、頭の中では走馬灯というのだろうか、この世界に来てからの出来事から始まり、地球での思い出が流れ出す。
リーフェさん。本当に、あなたには謝りたいことがたくさんあったのに....
ガルシアさん。リーフェさんと幸せな人生を送ってもらいたかった。
パルウスさん。今自分が生きていたのは、あなたの防具があったからだ。
親父、俺は結局まっすぐ生きられなかったよ。
メルトさん。約束、守れそうにないです....すみません....
すみません.....
すみません....
すみません....
すみません....
すみません....?
謝るだけの人生。
自分は、何もしてこなかったじゃないか。
自分は、何も守れていないじゃないか。
そう、あの処刑前に、メルトさんが言ってくれたあの約束。
『絶対に生きてここから出て、また戻る』
どこから出ようというのか。
自分は何に囚われていたのか。
「約束だ、最後の言葉を聞いてやる」
レギナの振りかざした剣が焚き火にあたり、そこに付いた自分の血がキラキラと輝いて見える。
あぁ、今ほんとうに死ぬのか。
いや
いや
いや
いや
嫌っ!
「....嫌だ....っ! 死に....たく....っ! ないっ!」
何も守れてないっ!
何もしてないっ!
だから、せめてでもっ!
「俺は....っ! 僕は....っ! 『絶対に生きてここから出て、また戻る』っ! 死ぬわけにはいかないっっ!」
そう、自分を好きと言ってくれたあの少女のためにも、俺は死ぬわけにはいかないっ!
また、あそこに戻るんだ。
生きてっ!
「アァアアアアアアアアッッ!」
「くっ!」
両足に力がこもる。両手を突き出してレギナを突き飛ばす。その時引き抜かれた剣の衝撃で脇腹が引き裂かれる。
「ギッ!」
「....目の色が変わったな....」
脇腹を押さえ血を止めようとするが、それでもとめどなく血は溢れてくる。
レギナは頬についた血を拭い、再び目の前で剣を構える。
自分も、勝手に震えが起きる両手を使って、地面に突き刺さったパレットソードを握り直す。
「いいだろう。なら全力で足掻いてみろ、怪我人でも容赦はしないぞ」
「....死にたくない....っ! こんなところで、死ぬわけにはいかないっ!」
パレットソードを鞘に収め、柄をひねる。
(ちょっとっ! あんた死にそうじゃないっ!)
「ウィーネさん....早速で悪いんですが.....力を貸してください」
頭に響いてきたウィーネの声はやっぱりヒステリックでいて、それ以上に声が傷に響いて痛い。
だが、心配してくれていたというのは痛いほどわかった。
(言われなくてもっ! さっさと剣を抜きなさいっ!)
「....了解....っ!」
パレットソードの鞘にはまった青の精霊石が光り出す。その光に包まれ、パレットソードは形状を変えて行き、そして右手に収まったのは一本の槍だった。
そして、パレットソードが槍に変形を終えた瞬間、どこからともなく湧いてきた水が怪我した部位に浸食を始め、瞬く間に傷を癒してゆく。
『フゥ....それにしてもよくそんな体で戦ってたわね。あんた、先代よりも根性あるんじゃない?』
「....」
突如、女言葉で喋り出した自分の姿に困惑してるレギナ。はっきり言ってかなり恥ずかしい。先ほどのシリアスな雰囲気は何処へやらだ。
「えっと....ウィーネさん。もう出てこなくていいので、頭の中でサポートお願いします」
ウィーネを意識の中に取り込んでゆく。そしてもう表に出ないように確認すると、もう一度レギナと向き合った。
「....」
「さて、仕切り直しということか。貴様の今のその体、何度傷つけても再生するようだな」
俺が女言葉で話をしていたことを触れてこないのはありがたかった。
レギナが剣を構える。
こっちは槍を構える。
第二回戦
始め
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
槍を扱う技のことを槍術という。今一色流には槍術はない、しかし頭に入り込んできたこの情報は明らかにこの槍の使い方だった。
付け焼き刃で彼女には勝てない。
だったら、今ここで本物になるしかない。
「....シッ!」
小さく息を吐いた彼女が一直線でこちらに向かう。
とっさに槍の先端で彼女の持つ剣を叩き落とす。しかし、もう片方の手に持っていた剣は槍の間合いでは捉えきれず、そのまま槍を持つ左手を切り落とされた。
「....チィっ」
「グアァァっ!」
突然左手から先の感覚が途絶され、手からは血が流れ出る。しかし、その流れは一旦止まり、次の瞬間、まるでビデオの逆再生のような動きで切り飛ばされた左手が元の場所へと収まる。
その光景の一部始終を眺め、呆然としていたが、戻ってきた左手を握ったりして動作を確認する。どうやら異常はない。
「.....異常だな」
「自分でも思いますよ」
そして同じように一部始終を見ていたレギナが驚愕というよりも、蔑みに近い目線でこちらを見ていた。
「レギナさん、諦めてください。僕と黙ってイニティウムまで来てください」
「断る、貴様は今ここで死ね。イニティウムに行くのは私と貴様の首だけだ」
再びレギナが両手の剣を構え襲いかかる。
そして、槍の間合いに入り、彼女の肩を狙って突きをする。しかし、その場にすでに彼女の姿はなく、ふと頭上を見ると、二つの月に照らされ上半身を捻らせながら降下する彼女の姿があった。
『アクアリウムっ!』
とっさに地面は知っている魔力の水脈に槍を差し込み、ドーム状に防御膜を生み出す。しかし、それ見てもなお、彼女はより剣を握りしめ、防御膜に向けて思いっきり剣を叩き込んだ。
「フッ.....」
「嘘だろ....」
(嘘でしょ....)
レギナが軽く笑みを浮かべ、俺とウィーネは同じ言葉をつぶやいていた。
彼女が斬撃を放ったところから防御膜に大きな亀裂が入り、そこからまるでガラスが割れたかのようにしてパラパラと音を立てて崩れていったのである。
(そんな....っ! だってだってっ! おかしいわよあの剣っ!)
彼女の言っていることが正しかったとするのなら、彼女の持っている剣は万を超える魔術師の攻撃を凌ぐほどの攻撃力を持っているということになる。でなければこの防御膜は簡単には壊れないと言っていた。
異常なのは自分もそうだが、それ以上に彼女だ。
「手品は終わりか? では、貴様が死ぬまで切り刻んでやろう」
次の瞬間、とてつもない殺意の塊が全身に襲いかかる。背筋が汗で濡れ、全身の毛穴という毛穴が開く。
今の自分は死ぬことはない。だが、この絶対的な死を目の前にしているこの感覚は一体なんなんだ。
「どうした、死にたくないんだろう? だったら私を殺してみろ、それ以外、貴様が生きる道はない」
両手に持った剣が地面を引きずっている。
両手に持った自分の槍が震える。
逃げろと本能が騒ぐ、しかし逃げられないと頭が理解している。
そして、槍は彼女の持つ剣によって下に降ろされ、もう片方に持った剣は自分の喉に突きつけられていた。
(逃げてっ! 今すぐ逃げてっ! 今のあんたに勝ち目はないわっ!)
「....」
ウィーネが叫ぶが、それ以上に体が動かない。
彼女を殺してまでも生きたいと思っているからなのか、いや。違う、自分は....きっと、いや絶対にそうだ。
「最後の言葉は....」
「....レギナさん.....僕は....あなたが死んだら.....悲しいです....」
「....そんな理由で自分の命を投げ出すのか。言っておくが、私は貴様が死んでも悲しくはないっ」
喉に突きつけられた剣は皮膚を割き、そこから血が流れ出る。
「いいんです、そんな理由で。僕は、あなたが死んだら悲しい。かと言って」
自分が死にたいわけではない。
だが、彼女を殺したいわけではない。
『アクア・ウィンクルム』
唱えたその瞬間、地面の各所が青く発光を始め、それは自分を中心に広がっており、そしてその光は徐々に輝きを増してゆく。
「これは....っ」
次の瞬間、地面から水で編まれたいくつもの鎖が地面から現れ次々にレギナに襲いかかる。突然の出来事に混乱したレギナは、剣を自分の喉から離し、防御のために鎖を絶って行くが、水でできた鎖であるため、切っても切ってもまたすぐに戻る。
しかし、物の見事に躱していたレギナは一瞬の隙が水の鎖を拘束させる結果となった。一旦相手を拘束したらそれはもう完全に捉えて離さない。そして、水の鎖に拘束されたレギナは地面に立ったまま、その両手を塞がれた。
(何よ、あんた。使いこなせたじゃない)
ウィーネの声が頭に響く。先ほどまで練習して散々失敗してきた水の操作だ。
「....レギナさん、僕はあなたが死んだら悲しい。でも死にたくない、僕は約束したんです。生きて戻るって」
もう、守れないのは嫌なんです。
拘束されたレギナの目は冷たい。
そんなことで、今まで彼女の経験した苦しみは消えないだろう。しかし、今一度だけ、俺は彼女に伝えなきゃいけない。
「僕は、死にたくない。生きたいんです、わがままでもいい、かっこ悪くてもいい。生きて、自分が何のために生かされたのか、生きる意味を知りたいんですっ!」
生きる意味、大層な言葉を使うと思った。自分に一番似合わない。
「....その答え、一生出ないかもしれないぞ」
「それでも、自分は生きなきゃいけない。償いでもない、罪でもない。自分の人生として、見つけなきゃいけないんです」
レギナは拘束されたまま、一瞬だけ頭を地面へと向けた。
そして、顔を上げる。
「もう一度、最初にあった時と同じ質問をしようか。貴様、一体何者だ?」
「僕は....」
探求者、今一色 翔です。
絶対的な死を目の前にしている。
一つでも間違えたら確実に、死が訪れる。
自分は今まで気づかなかった。
自分の首には、常に死神の鎌がかかっていたという事実に。
「その程度だったのか。想像以下だな、イマイシキ ショウ」
「く....そっ!」
流した血の量があまりにも多すぎる。
すでに脇腹はえぐれ、左手は防御のため犠牲になった。これは、毎朝やっていた木剣での訓練ではない。
本当の、真剣の殺し合いだ。
「たくさんの人間に迷惑をかけた? 危険な目に合わせた? .....笑わせるな。そういったことを口にしていい人間は貴様のような人間じゃない」
「....っ!」
動きが早くなる。
レギナの持っている剣はすでに2本に分かれており、右手に持っている剣はまっすぐこっちへと向かってきているが、左に持っているはずの剣。それを背後に隠されており、剣筋が読めない。
ならばだ。
右手に持ったパレットソードを逆手に持ち、まず一撃目を受け流す。
そして、次の読めない斬撃。
それは心臓を狙った突きだった。
「まず....っ!」
とっさに右手に持ったパレットソードを起こして、逆手のまま飛んでくる剣先を躱す、心臓からは逸れた剣先だったが、右の脇腹に深く剣が突き刺さる。
「ぐっ!」
深々と刺さった剣、痛覚よりも先に視覚が動いた。
先ほど薙ぎはらったはずの剣が再び首元に襲いかかる。
それを左手に持ち替えたパレットソードで防ぎ、右手は現在自分の脇腹を貫いている、剣を持ったレギナの腕を捉えていた。
「....無様だな、貴様。守っていたはずの者に殺されるとは。どうして私を殺さない、貴様の持っている精霊の力とやらを使えばそれも叶っただろう。貴様の命は助かるかもしれない、私の死をもってしてな」
「か....ぷふっ.....俺は.....リーフェさん....ガルシアさん....もしかしたら....俺がいたら助かっていたかもれない....俺がいたから....死んで.....だから....」
口から溢れ出る血に溺れながら、一つも表情の変わらないレギナに、ガラスの目のようなレギナに向けてつらつらと溢れ出る血とともに言葉を紡ぐ。
「守ろうとしたものに.....殺されるのも....仕方がないかな....って.....」
「....」
パレットソードが右手から落ち地面へと突き刺さる。
自分は今ここで死ぬ。
そうだよな、だって僕はこの世界にいてはいけない存在なんだ。
やっぱり、自分を殺すことになったのはレギナだったか。予想通りといえば、予想通りだったな。
流れ出る血とともに、頭の中では走馬灯というのだろうか、この世界に来てからの出来事から始まり、地球での思い出が流れ出す。
リーフェさん。本当に、あなたには謝りたいことがたくさんあったのに....
ガルシアさん。リーフェさんと幸せな人生を送ってもらいたかった。
パルウスさん。今自分が生きていたのは、あなたの防具があったからだ。
親父、俺は結局まっすぐ生きられなかったよ。
メルトさん。約束、守れそうにないです....すみません....
すみません.....
すみません....
すみません....
すみません....
すみません....?
謝るだけの人生。
自分は、何もしてこなかったじゃないか。
自分は、何も守れていないじゃないか。
そう、あの処刑前に、メルトさんが言ってくれたあの約束。
『絶対に生きてここから出て、また戻る』
どこから出ようというのか。
自分は何に囚われていたのか。
「約束だ、最後の言葉を聞いてやる」
レギナの振りかざした剣が焚き火にあたり、そこに付いた自分の血がキラキラと輝いて見える。
あぁ、今ほんとうに死ぬのか。
いや
いや
いや
いや
嫌っ!
「....嫌だ....っ! 死に....たく....っ! ないっ!」
何も守れてないっ!
何もしてないっ!
だから、せめてでもっ!
「俺は....っ! 僕は....っ! 『絶対に生きてここから出て、また戻る』っ! 死ぬわけにはいかないっっ!」
そう、自分を好きと言ってくれたあの少女のためにも、俺は死ぬわけにはいかないっ!
また、あそこに戻るんだ。
生きてっ!
「アァアアアアアアアアッッ!」
「くっ!」
両足に力がこもる。両手を突き出してレギナを突き飛ばす。その時引き抜かれた剣の衝撃で脇腹が引き裂かれる。
「ギッ!」
「....目の色が変わったな....」
脇腹を押さえ血を止めようとするが、それでもとめどなく血は溢れてくる。
レギナは頬についた血を拭い、再び目の前で剣を構える。
自分も、勝手に震えが起きる両手を使って、地面に突き刺さったパレットソードを握り直す。
「いいだろう。なら全力で足掻いてみろ、怪我人でも容赦はしないぞ」
「....死にたくない....っ! こんなところで、死ぬわけにはいかないっ!」
パレットソードを鞘に収め、柄をひねる。
(ちょっとっ! あんた死にそうじゃないっ!)
「ウィーネさん....早速で悪いんですが.....力を貸してください」
頭に響いてきたウィーネの声はやっぱりヒステリックでいて、それ以上に声が傷に響いて痛い。
だが、心配してくれていたというのは痛いほどわかった。
(言われなくてもっ! さっさと剣を抜きなさいっ!)
「....了解....っ!」
パレットソードの鞘にはまった青の精霊石が光り出す。その光に包まれ、パレットソードは形状を変えて行き、そして右手に収まったのは一本の槍だった。
そして、パレットソードが槍に変形を終えた瞬間、どこからともなく湧いてきた水が怪我した部位に浸食を始め、瞬く間に傷を癒してゆく。
『フゥ....それにしてもよくそんな体で戦ってたわね。あんた、先代よりも根性あるんじゃない?』
「....」
突如、女言葉で喋り出した自分の姿に困惑してるレギナ。はっきり言ってかなり恥ずかしい。先ほどのシリアスな雰囲気は何処へやらだ。
「えっと....ウィーネさん。もう出てこなくていいので、頭の中でサポートお願いします」
ウィーネを意識の中に取り込んでゆく。そしてもう表に出ないように確認すると、もう一度レギナと向き合った。
「....」
「さて、仕切り直しということか。貴様の今のその体、何度傷つけても再生するようだな」
俺が女言葉で話をしていたことを触れてこないのはありがたかった。
レギナが剣を構える。
こっちは槍を構える。
第二回戦
始め
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
槍を扱う技のことを槍術という。今一色流には槍術はない、しかし頭に入り込んできたこの情報は明らかにこの槍の使い方だった。
付け焼き刃で彼女には勝てない。
だったら、今ここで本物になるしかない。
「....シッ!」
小さく息を吐いた彼女が一直線でこちらに向かう。
とっさに槍の先端で彼女の持つ剣を叩き落とす。しかし、もう片方の手に持っていた剣は槍の間合いでは捉えきれず、そのまま槍を持つ左手を切り落とされた。
「....チィっ」
「グアァァっ!」
突然左手から先の感覚が途絶され、手からは血が流れ出る。しかし、その流れは一旦止まり、次の瞬間、まるでビデオの逆再生のような動きで切り飛ばされた左手が元の場所へと収まる。
その光景の一部始終を眺め、呆然としていたが、戻ってきた左手を握ったりして動作を確認する。どうやら異常はない。
「.....異常だな」
「自分でも思いますよ」
そして同じように一部始終を見ていたレギナが驚愕というよりも、蔑みに近い目線でこちらを見ていた。
「レギナさん、諦めてください。僕と黙ってイニティウムまで来てください」
「断る、貴様は今ここで死ね。イニティウムに行くのは私と貴様の首だけだ」
再びレギナが両手の剣を構え襲いかかる。
そして、槍の間合いに入り、彼女の肩を狙って突きをする。しかし、その場にすでに彼女の姿はなく、ふと頭上を見ると、二つの月に照らされ上半身を捻らせながら降下する彼女の姿があった。
『アクアリウムっ!』
とっさに地面は知っている魔力の水脈に槍を差し込み、ドーム状に防御膜を生み出す。しかし、それ見てもなお、彼女はより剣を握りしめ、防御膜に向けて思いっきり剣を叩き込んだ。
「フッ.....」
「嘘だろ....」
(嘘でしょ....)
レギナが軽く笑みを浮かべ、俺とウィーネは同じ言葉をつぶやいていた。
彼女が斬撃を放ったところから防御膜に大きな亀裂が入り、そこからまるでガラスが割れたかのようにしてパラパラと音を立てて崩れていったのである。
(そんな....っ! だってだってっ! おかしいわよあの剣っ!)
彼女の言っていることが正しかったとするのなら、彼女の持っている剣は万を超える魔術師の攻撃を凌ぐほどの攻撃力を持っているということになる。でなければこの防御膜は簡単には壊れないと言っていた。
異常なのは自分もそうだが、それ以上に彼女だ。
「手品は終わりか? では、貴様が死ぬまで切り刻んでやろう」
次の瞬間、とてつもない殺意の塊が全身に襲いかかる。背筋が汗で濡れ、全身の毛穴という毛穴が開く。
今の自分は死ぬことはない。だが、この絶対的な死を目の前にしているこの感覚は一体なんなんだ。
「どうした、死にたくないんだろう? だったら私を殺してみろ、それ以外、貴様が生きる道はない」
両手に持った剣が地面を引きずっている。
両手に持った自分の槍が震える。
逃げろと本能が騒ぐ、しかし逃げられないと頭が理解している。
そして、槍は彼女の持つ剣によって下に降ろされ、もう片方に持った剣は自分の喉に突きつけられていた。
(逃げてっ! 今すぐ逃げてっ! 今のあんたに勝ち目はないわっ!)
「....」
ウィーネが叫ぶが、それ以上に体が動かない。
彼女を殺してまでも生きたいと思っているからなのか、いや。違う、自分は....きっと、いや絶対にそうだ。
「最後の言葉は....」
「....レギナさん.....僕は....あなたが死んだら.....悲しいです....」
「....そんな理由で自分の命を投げ出すのか。言っておくが、私は貴様が死んでも悲しくはないっ」
喉に突きつけられた剣は皮膚を割き、そこから血が流れ出る。
「いいんです、そんな理由で。僕は、あなたが死んだら悲しい。かと言って」
自分が死にたいわけではない。
だが、彼女を殺したいわけではない。
『アクア・ウィンクルム』
唱えたその瞬間、地面の各所が青く発光を始め、それは自分を中心に広がっており、そしてその光は徐々に輝きを増してゆく。
「これは....っ」
次の瞬間、地面から水で編まれたいくつもの鎖が地面から現れ次々にレギナに襲いかかる。突然の出来事に混乱したレギナは、剣を自分の喉から離し、防御のために鎖を絶って行くが、水でできた鎖であるため、切っても切ってもまたすぐに戻る。
しかし、物の見事に躱していたレギナは一瞬の隙が水の鎖を拘束させる結果となった。一旦相手を拘束したらそれはもう完全に捉えて離さない。そして、水の鎖に拘束されたレギナは地面に立ったまま、その両手を塞がれた。
(何よ、あんた。使いこなせたじゃない)
ウィーネの声が頭に響く。先ほどまで練習して散々失敗してきた水の操作だ。
「....レギナさん、僕はあなたが死んだら悲しい。でも死にたくない、僕は約束したんです。生きて戻るって」
もう、守れないのは嫌なんです。
拘束されたレギナの目は冷たい。
そんなことで、今まで彼女の経験した苦しみは消えないだろう。しかし、今一度だけ、俺は彼女に伝えなきゃいけない。
「僕は、死にたくない。生きたいんです、わがままでもいい、かっこ悪くてもいい。生きて、自分が何のために生かされたのか、生きる意味を知りたいんですっ!」
生きる意味、大層な言葉を使うと思った。自分に一番似合わない。
「....その答え、一生出ないかもしれないぞ」
「それでも、自分は生きなきゃいけない。償いでもない、罪でもない。自分の人生として、見つけなきゃいけないんです」
レギナは拘束されたまま、一瞬だけ頭を地面へと向けた。
そして、顔を上げる。
「もう一度、最初にあった時と同じ質問をしようか。貴様、一体何者だ?」
「僕は....」
探求者、今一色 翔です。
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