異世界探求者の色探し

西木 草成

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第3章 緑の色

第136話 解答編の色

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「どうやって殺されたか、それはわかった。だが」

「はい、これを行った犯人ですよね」

 雨降る歩道で謎解きが始まる。

「たぶんですが、この暗殺を行ったのは内部の人間です」

「....となると、私の部隊か?」

「いえ、おそらく違います。仮に、レギナさんの部隊の中に民衆とつながっている人がいたとしたらレギナさんが気づかないはずがない」

「それは、確かに....」

 レギナの部隊の内部ではない。それはわかっている。となると、内部とは一体誰のことを指すのか。

 それはだ。

「おそらく、あの宮殿で働いている使用人と庭師です」

「使用人と庭師?」

「はい」

 そう、使用人と庭師。

 レギナの部隊の人間でもない。かといって、急に何の情報もなく攻め込むほど暗殺は軽い仕事ではないだろう。だとしたら、情報収集がしやすく、部屋に侵入し、魔法陣を設置しやすい人物。

 消去法で考えて、行き着いた人物像がそれだった。

「だがショウ。使用人はわかるが、庭師はなぜだ?」

「それは外から宮殿の外観を観察するのにうってつけだからですよ」

 庭師はの仕事は庭の手入れ。それは、考えなくともわかることである。あそこの建物は構造上、庭から宮殿の外観を一望することができ、そうなると外から宮殿を観察してどこにターゲットがいるか確認することができる。暗殺で情報を集めるのであれば、うってつけの職業だろう。

「だが、彼らが魔法陣で殺されたのなら。どうして外観など確認する必要があったんだ。そんなことをしても、自動的に魔法陣が発動するのだろう?」

「たぶん保険だったんだと思います。魔法陣が発動に失敗した時のための」

 もし仮に、魔法陣が予定通り発動できず、暗殺が失敗したら次の手として、実力行使しかない。そのためには内部からの侵入は不可能。となると外からが一番侵入しやすい。そのためにターゲットのいる部屋を外側から調べていくのは定石だろう。

「となると、暗殺で使われた人数は二人か....」

「そうなりますね」

 使用人で一人、庭師で一人。暗殺なんて自分には知識もなければ経験もない。だが、闇にまぎれ、密かに人を殺すという仕事の性質上、大人数で動くことはないだろう。だから、二人という人数は妥当ではあるはずだ。

 全くもって物騒な世の中である。

「どうですか? 僕の考えは」

「あぁ。十分に考えられる内容だ、今回暗殺に使われたのが、魔法陣だったとわからなければこういった結論には至らなかっただろう」

 確かに、暗殺に魔法陣が使われたとわからなければ、結果からみてただの怪奇現象でしかない。

 だが、問題はここから先。

 一体、誰がこの暗殺を差し向けたのかだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「それは民衆側が仕掛けたに決まっているだろう」

「なんでそう思うんですか?」

 大都市であるのにもかかわらず、革命の後で物静かな街の端の方にある小さな喫茶店のよう場所で雨宿りをしながら、紅茶とスコーンをかじっていた。

 目の前では、スコーンにジャムを塗りながらいつもと変わらないまっすぐな目でこちらを見ながら自分の質問に対して淡々と答える。

「政府要人を暗殺したのは、民衆側に政権を取り戻そうとするため。重要な人物を殺し、弱まった政府を一気に畳み掛けるつもりだったのだろう」

 そう言い、ジャムを塗ったスコーンを口に頬張る。だが、若干歪んだ顔を見ると、スコーンはイマイチだったのだろう。

 確かにレギナの言うことには一理ある。政府要人を暗殺し、弱った政府に一気に畳み掛ける。自分の世界の歴史を見ても、そう少ないことではない。例えば下克上とか、フランス革命とか、似たような点はいっぱいある。

 しかし、今回は問題が特殊だ。

「レギナさん。民衆側にとって、政府要人を暗殺することのメリットってなんだと思いますか?」

 紅茶を飲もうと取ったレギナの手が止まる。

 こちらを見た彼女の眼はまっすぐだ。だが鋭い。

「....何が言いたい? 結論から言ってみろ、ショウ」

「....わかりました」

 やっぱり、予想通りか。

 自分は目の前に置かれたティーカップの紅茶を一気に飲み干し。

 カップをソーサーの上へと静かに置いた。

「今回の暗殺、おそらく民衆側が差し向けたものではありません」

「では、どこが差し向けたと?」

 こちらを見た彼女の眼はまっすぐだ。だがより鋭い。

 軽く息を吐き、その答えを告げる。

「王都です」と。

 しばらく無言の空間が、狭い喫茶店の中で形成される。テーブルに置かれたお冷には目もくれず、ただただ二人は見つめ合う。

 そして 

 カランと、置かれたお冷のグラスの氷が音を立てた。

「....その考えに至った理由を聞こうか?」

「はい」

 乾いた喉に冷えた水を流し込む。

「まず、さっきの話の続きですが民衆側のメリットについてです。確かに、暗殺を行えば、民衆側の革命は一段階進むでしょう」

 だが、それだけである。

 民衆側のメリットはそのたった一点のみなのである。では逆にデメリットは何があるのか。

「民衆側にとってデメリットは、まず政府を保護しているはずの王都騎士団を敵に回すということです」

 そう、仮にも保護している側なのだ。当然保護している側としては、こんなことがあった以上、敵視しなくてはならないだろう。そして、王都騎士団を敵に回すということは、この革命の成功の要でもある王都を敵に回すということである。当然なら、これは避けなければならない事態のはずだ。

 しかし、それをあえてやった。

 この部分が引っかかるのだ。

「だが、その事態はレギナさんの聞いた話によれば、王都からの命令で回避されました」

「あぁ、その通りだ」

「それもおかしいんですよ。どうして、攻撃を受けたのにもかかわず、攻撃をした側の味方をしなくてはならないのかが」

「それは....」

 初めてレギナの表情が曇る。

 そう、一番引っ掛かる場所はそこなのだ。彼女は軍人だ、そして王都を守るために作られた騎士団の隊長だ。その王都の命令なのだから黙って従わざるをえなかっただろう。

「仮に民衆側が暗殺を働いたとして、もし王都がレギナさんたちに命令を出さなかったら、問答無用で民衆側を摘発して革命はより一層遠のいたでしょう」

 だが、王都は民衆の味方をしろと命令を出してきた。

「あまりにも都合が良すぎませんか? 結果として革命は成功、民衆は政治を自由にできる自由を得ました」

「....あぁ、だが」

「そう、政治に王都が介入してきました」

 本来であるのなら、仲介役である王都はそのまま身を引くべきだった。しかし、政治に王都が介入し、民衆からさらなる反感を買うことになる。そして、それが原因でレギナたちはリュイを追われることとなったのだ。

「そもそもどうして王都が政治にすんなりと介入できたか不思議だったんです。そこで考えた理由が、脅しです」

「....」

 脅し。

 これから政治に介入する民衆を黙らせて、王都が自由に政権をいじることができるということができた。

 そして、その脅しの内容がだ。

「....私の仲間の殺害....」

「....その通りです」

 仮にも、これから政治の舵を切っていかなくてはならない民衆の代表だ。もし裏で、政府要人の暗殺はまだいい、だが仲介役で来ている王都騎士団の人間の殺害などもってのほかだ。信用を下げるには十分すぎる内容である。

「おそらく、政府の要人を暗殺をするための部隊は民衆側にも用意されていたんでしょう。しかし、実際に暗躍していたのは王都の雇った、もしくは王都の暗殺者だった」

 全ては、王都の思惑通りだ。民衆側は暗殺部隊こそ持っていたが、それを使うことなく王都の用意した暗殺部隊が活躍する。仮に、民衆側が暗殺と殺害を否定したとしても証拠はない。あるのは、政府要人と王都騎士団数名を殺害したという事実。そして、さらに王都の王都騎士団のおかげで、革命が成功したという借りもある。

 完全に詰みだ。

 今回の暗殺事件は王都がより狡猾にリュイの政治的支配が行えるようにするための工作であったという結論に至った。

「これが、今回レギナさんの話と現場を見た僕の推理です」

 レギナの真っ直ぐな眼が、若干揺らぐ。

 そして

「....やはり、そう思うか....」

「やっぱり、わかっていたんですね」

「あぁ、当然だ」

 そう今回たどり着いたこの真相。彼女はとっくのとうに気づいていた。そこまで、彼女は物事を見る眼がないわけではない。ただ、王都騎士団という立場、王都を疑うよなことができなかったのだろう。

 そして、自分のような部外者がこの現場を見たとき、どう思うか。それが知りたかったのだ。

「私は、自分の信じてきた王都に裏切られたのではないかと思ったとき、恐ろしかった。それと同時に、同じ志を持った仲間が王都に殺された事実が許せなかった」

「....」

「すべて仮の話だということはわかる。だが....真っ先に浮かんだのが今ショウの考えていることだった。私は....自分も、自分の仲間も侮辱したんだ」

 何も言うことができない。

 それは、自分は彼女の人生を何も知らないからだ。ここまで、王都に尽くし、王都のために働き、王都のために命を捧げてきた。その経緯を自分は知らないからだ。故に、僕は彼女を救うことができない。

 ただ出来ることといえば、今にも泣きそうな彼女の手を握ることしかできなかった。

「そろそろ出ますか....雨も止んできましたし」

「そうだな」

 テーブルの上に料金を置いて、再びローブを被って街の外へと出る。

 晴れて、地面の水溜りがキラキラと輝いて見える。ふと遠くを見ると、虹が出ていた。こんなミスマッチな心象であるのにもかかわらず、この光景をきれいだなんて思ってしまう自分が憎らしい。

「さて....もう思い残すことはない。ショウ、あとは自由だ」

「....わかりました。では、まず宿に帰りましょうか、お昼ご飯が紅茶とスコーンだけは嫌ですからね」

 人通りのない、道路の水溜りが何もないのにパシャりと水しぶきを上げた。
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