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第3章 緑の色
第137話 学校の色
しおりを挟む「え? ロザリーが帰ってきていない?」
「えぇ....そうなんですよ....」
宿に戻り、部屋に荷物を置いてロビーに降りるとそこには心配そうな顔をしたロザリーの母親が、ロビーのフロントに立っていたのだ。心配になり声をかけたのだが、なるほど。娘が戻ってきていないのか。確かに、この位置なら娘が帰ってくるのがわかるが。
「この時間になると帰ってくるんだけどねぇ....」
「どこかで友達と遊んでいるんじゃないか?」
自分の後に遅れてやってきたレギナが階段の上に身を乗り出し答えるが、確かにあの明るい性格だったら友達は多そうな気がする。だが、母親の表情はまだ暗い。
「友達ねぇ....だったらいいんだけど....」
革命後の治安の悪化、そんな中で子供を一人登下校させるというのは不安なものだろう。そして、いつもと違ったことになるとなると余計に不安になるのはわかる。
「....よかったら探しに行きますか? どうせ自分暇ですし」
母親はこの宿を切り盛りするので大変だろう。だとしたら、自分が探しに行ったほうが早い。それに、自分も心配といえば心配だ。
「いいんですか?」
「えぇ。あ、そうだ。彼女に昼飯食べさせてください。この街、どこもお店やってなくて。料金は払いますから」
「それはいいんですけど....わかりました。娘のことを宜しくお願いします」
ロビーでロザリーの通っている学校の道順を聞いた後、頭を下げる母親に軽く会釈をして、部屋に荷物を取りに行った。階段を上がり部屋の扉を開け、ローブと、パレットソードを腰に装備させる。
「行くなら私も行くぞ」
自分の後ろで同じようにローブと剣を装備し始めているレギナ、だが自分は彼女の肩に手を置いて着ようとしていた彼女のローブを外した。
「レギナさんは残っていてください。昼飯だってまだでしょう?」
「それを言うのならショウも同じだ」
「僕は大丈夫ですよ。それよりも、あなたには考える時間が必要な気がするんです。一人でね」
「....っ」
彼女には考える時間が必要だ。どう見ても彼女は悩んでいる、そしてそのそばに自分がいてはいけない。彼女は王都騎士団隊長として考える必要がある。
「ですから、ロザリーのことは僕に任せてください」
「....わかった、頼んだぞ」
レギナは着ようとしていたローブを外し、部屋のフックにかけ直した。それを見て、自分はレギナの後を追いながら再び下の会のロビーへと向かう。
「では、行ってきます」
「はい。娘を宜しくお願いします」
ロビーのフロントでロザリーの母親が、また頭を深く下げる。そしてラウンジに向かおうとしているレギナがこっちを見ないで軽く左手をひらひらさせているのが見えた。
さて、探しに行きますか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一人で歩くのは久しぶりだった。いつもは、そばにレギナがいたため、こうやって静かな街を歩くのは新鮮な気がする。
だが、それもイニティウムに帰ったら全部終わるのだろうか。
確かに、彼女にはイニティウムに帰ったら解放するとは行った。しかし、アランがどういう行動をとるか全く読めない。手紙の内容によれば、解放の条件は入っていない。それに、追って連絡をすると入ったが、連絡など一つも入っていないのだ。行動を取ろうにも取ることができないのでは本末転倒もいいところである。
だが、もしあの手紙があったことをレギナに知られれば、今の関係は一気に崩れるんだろうな....
まずいな、若干憂鬱になってきた....
「ちょっとやめてくれない? こっちにまで鬱な気持ち流れてくるんだから」
「あ、ウィーネさん。宮殿では、お世話になりました」
いつの間に隣で不満げな声をあげていたのはウィーネだ。青い髪をかきあげながら文句を言う姿は、見る人にとっては絶世の美女では間違いないが。
「それにしても、あんたの着ているローブ。本当に周りから見えなくなるのね」
「ウィーネさんには見えてるんですか?」
「まぁ、半透明程度にしか見えないわね。声もこもって聞こえてくるし」
だいぶ半減されてはいるものの、どうやら、精霊相手でも効果があるようだ。
「それで、女の子探し?」
「そうです」
ウィーネと契約して以降、彼女には自分の思考がわかるようになった。サリーのように過度にどうこう言ってくることはないが、それでも女性に思考を読まれるとなると....その....いろいろと恥ずかしい部分が多くある。
「ならその剣を使ったらいいんじゃない? 一番簡単でしょ?」
「えぇ、ですが。無色の人相手にすると探索ができないんですよ」
ウィーネが指差しているのは自分の腰に差しているパレットソードだ。確かに、これを使えばこの世界のどこでも探索ができるのだが、なぜか無色の人間となってしまうと、探索ができなくなるのである。実際、一度レギナ相手にやったことがあるのだが、その時も探索に引っかからなかったため、ロザリー相手でも同じことが起こるだろう。
「ふぅん」
「それにしてもウィーネさんどうして出てきたんですか?」
隣で歩いてるウィーネに質問をすると、彼女は若干頬を赤らめ、こちらに合わせていた視線を逸らした。ちなみに、彼女と自分の身長差にそれほど変わりはない。
「そ、それは。あんたが一人で歩いていて寂しそうだったから仕方がなくよ」
「そう、ですか。ありがとうございます」
未だそっぽを向いている彼女に礼を言う。そうか、この憂鬱な感じはきっとレギナと一緒に旅をできなくなるのを寂しいと思っているからなのか。
寂しい....
そのあとは特に話をせず、街の中を進んで行く。それにしても、本当に人がいない。この町は本当にどうなっているのやら....帰ったらロザリーの母親に事情でも聞いてみるか。
街を歩いて15分ほど、ロザリーの通っている学校と思わしき建物へと到着した。そこは外観こそ地球の学校にしては立派な造りをしているが、街の暗さに飲み込まれたかのように、小学校特有の生き生きさ感じない。
「それで、どうするの?」
「とりあえずは....入ってみますか」
まずは入って確認をしてみよう。はっきり言ってしまえばこれは不法侵入だが、世の中にはバレなきゃ犯罪じゃないという言葉もある。それに何か盗みを働こうというわけでもないのだ。実際にはロザリーが心配で入るわけだし。
学校の校門は日本の学校とそれほど変わりはない。ただ門が観音開きというちょっと高級な感じがするが。門自体は開いていたので、そのまま入り込む。
「立派だなぁ....」
「あんたの通っていた学校もこんな感じだったの?」
「まぁ、もっと味気のない感じでしたけど」
門を通り、校舎が近づくとその学校の造りというが本当によくわかってくる。まず日本にはない、というか知らないだけであるのかもしれないが、全体的に赤レンガで造られたかのような赤褐色の校舎にふと上を見ると、時計塔のようなものが中心の屋上に建てられていて、小さな鐘がいくつも並んでいるのが見える。今時、鐘のある学校は見たことがない。
「こういうところ、なんか外国に来た感じだよな....」
異世界とか、地球とか、住んでる人こそは違うものの、建っている建物なんかは本当に地球にありそうだもんな....外国に来ている感じだ、本当に。
建物の中に入ると、中は静かだった。思わず、靴を脱ごうと思ったが靴箱がないことに気づき、土足で入っても大丈夫だということにまた日本との文化の違いを実感する。
「なんか中庭から聞こえてくるわね」
「行ってみますか」
玄関に入ると、そこはすぐに中庭で緑の芝生に覆われた小学校の校庭よりもいくらか広い空間があった。早速中庭の方へと向かってみる、もしかしたらロザリーがいるかもしれない。
すると、中庭の一角で何やら数人の生徒と思わしき人と教師と思しき人がそれぞれ木剣を持って稽古をしていた。どうやら見た感じは高校生程度か?
「その程度の技量で騎士団に入るつもりかっ! もっと踏み込んでこいっ!」
「はいっ!」
男子生徒と教師の激しい打ち合い。二人とも中々の技量ではあると思う。見れば、生徒の後ろに何人も列を作って立っており、中には女の子の姿もあった。獣人もいたがやはり、エルフの姿はない。
それにしても学校で剣術を教えているのか。部活動の一環には見えない、それにしても授業に剣術があるということは、その後の進路も大体はそのように偏ってくるというわけか。なんというか、やはり地球と違うのはそういうところか....
だが、今回は学校見学が目的じゃない。ロザリーを探さないと。
中庭を後にすると、再び建物の中に入る。見ればかなり広い構造のようだ、正直地図とか案内図が欲しいところではあるのだが、そのようなものは見当たらないし、ましてや人に聞くわけにもいかない。さて、困った....
「どうしましょう....」
「私に言われても困るわよ....」
完全に困り果てた表情でウィーネを見るがそんな顔で言われてもと言わんばかりの表情だ。さて....
「あ、でもシルなら探せるかも」
「え、本当ですか?」
「うん、あの子の魔力探知は凄いからね。ちょっと呼びなさいよ」
「わかりました」
早速腰に下げたパレットソードの柄をひねり、鞘にはめられて緑色の精霊石と接続させる。
(何? 眠いから起こさないで)
早速脳内に聞こえてきた声は、不機嫌そうな子供の声。まず幸先はよろしくないな。
「ちょっと手伝って欲しいことがあるんだ。いいかい?」
(ウィーネお姉ちゃんの頼みなら聞くけど、お兄ちゃんは嫌)
とことん嫌われてるな....
「....えっと、人探しがしたいんだけど。ウィーネさんが、シルちゃんが適任じゃないって言ってくれて」
(....本当?)
食いついたか?
(今、食いついたって思った)
まず....っ
(今、『まず....っ』って思った)
そういえば、全部思考が読まれるんだっけ....
(そう、でもお兄ちゃん嘘を言ってないから。いいよ、手を貸してあげる)
頭の中で声が響くと同時に、背後でローブをチョイチョイと引っ張られる。後ろを振り向くと、緑のチャイナドレスに身を包んだシルがこっちを見ていた。
「それで、誰を探すの? お兄ちゃん」
どうやら乗る気になってくれたらしい。相変わらず、無機質な人形のような感じだが、まぁそれはいいとして。
「ロザリーって女の子で。無色の魔力を持っている子なんだけど....」
「....わかった」
焦点の合わない彼女の目が緑色に光る。次の瞬間、彼女を中心にそよ風程度の優しい風が周囲に流れた。そして、しばらくシルは目を閉じて周囲の風を感じるように両手を広げていたが、目を開けるのと同時にその手を下ろす。
「見つかった」
「どこにいる?」
「この建物の反対側にある、なんかたくさん物が詰まっている場所にいる」
「.....わかった、ありがとう」
そういうと彼女は空気に溶けるようにして消えていった。あまりにも素っ気ない態度に頭を掻きながら、これからはもっとコミュニケーションを取らないとまずいなと思った。
シルのいう建物の反対側という方向へと向かって歩いて行く。後ろにはウィーネもいるが、周りをキョロキョロしながら物珍しげに、若干楽しそうに歩いている。今まで森での生活が長かったからか、外の世界が珍しいのだろう。
校舎の通路を通り、さらに校舎の奥の方へと行く。
「ん? これは....」
通路の途中、学校だよりだろうか。掲示板らしきところに貼ってある一枚の紙に目が止まる。そこには案内が書いてあり、要約すると満10歳になる生徒は、魔力検査を実施するという連絡だった。
「まずいな....」
日付を見ると、二日後となっている。このままではロザリーの無色が世間に露見して、下手をしたら『啓示を受けし者の会』に目をつけられるかもしれない。あの家族が、自分達みたいな危険な目に会うのは、どう考えても許せない。
「とりあえずは、ロザリーって子探しましょう。今考えてもしょうがないわ」
「そう....ですね、急ぎましょう」
そうだ、今考えてもしょうがない。
とにかく、校舎の中を進み外へと出る。そこは学校の裏側という特にうら口なんかもないような軽い林みたいなのが広がっている場所だ。
「もしかしてあれか?」
「たぶん....」
林の中には、倉庫のような箱型の建物が一つだけポツンと置かれているかのように建っていた。
なんだか、嫌な予感がする。
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