異世界探求者の色探し

西木 草成

文字の大きさ
上 下
143 / 155
第3章 緑の色

第138話 悩まずの色

しおりを挟む

「はい、どうぞ。こんなのしかないけど、食べてって」

「ありがとうございます」

 目の前のテーブルに並べられたのは、『こんなの』というには豪華な昼食だった。朝に出たパンにはさまれた色とりどりの野菜と肉が焼かれたもの、そして軽いスープとサラダまで付いている。

「それにしても素敵な彼氏さんね。羨ましいわ」

「....いや、まぁ。はい....」

 そこは適当に合わせて行こう。厨房に立って果物を切り分けている彼女がよく通る声で話しかけてくる。やはり、あの子にして、この親ありかと思った。

「付き合ってどのくらいなの?」

「....まぁ、4ヶ月といった感じかと」

「へぇ、まだまだ初々しいのね」

「え、えぇ....」

 そういう関係ではない、それは確実なのだがここで下手にボロ出しても面倒臭い。とにかく、昼食までの間だ、それくらいならば付き合える。

「私は夫とはすぐに結婚したから、デートとかしてもっと時間が欲しかったわねぇ....」

「そういえば、旦那さんは? ここに来てから一度も見ていない」

 ここの宿に来てから、会っているのは彼女と、その娘だ。二人で切り盛りしてゆくにはいささか広い宿とも思える。

 すると、厨房から聞こえていた包丁とまな板の擦れる音が一瞬止んだ。

「....ちょっと前の革命騒ぎでね....事故だったんだけど....さ」

 厨房から聞こえてきた返答に全身に寒気が走る。

 しばらくの無音の後に再び、包丁の音が厨房から響いて時間が動き始めた。

「お客さんに話すような話じゃないですよ、それにこの宿と娘さえいてくれたら私はどうなったっていいんですから」

「そう....か」

 不意に見た自分の右手は震えていた。思わず右手を膝の上に乗せ、左手で覆い隠す。なぜ、震えているのか。自分でもわからなかった。

 その時、ちょうど皿に切った果物を盛り付けた彼女がテーブルに向かってくる。その表情はフロントで見せる笑顔とはなんら変わりない。

「では、ごゆっくりと。私は晩御飯の買い出しに行ってきますので、お皿はそのままにしていただいても大丈夫ですから。娘が帰ってきたら、宜しくお願いします」

「あぁ....わかった」

 そういうと彼女はフロントに置いてあったカゴを提げて宿を出て行った。やはり、娘のことが心配なのだろう。笑顔の裏に見える動揺が見て取れた。皿の上に盛られた果物の一つを口の中に放り込む。

 甘酸っぱい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「告白は体育館倉庫の裏側....ってのが定番ですけど、どう思います?」

「知らないわよ。人間の定番なんて」

 林にできた道を歩きながら倉庫のようなもののところへと進む。

 なぜあのような場所にロザリーがいるのか。いや、確定したというわけではないが理由が知りたい。もし、なんか用事があって手伝わされているとか青春を謳歌しているとかだったら邪魔しちゃ悪いだろうし、ましてや不法侵入だし。

 とりあえず、ローブに魔力を回しておいて様子をみようか....

 倉庫のスライド式の木製の扉の前に立つ。扉には閂かんぬきのようなものがあり南京錠のものを差し込む穴があったが、そこに鍵はない。となると倉庫は開いているということになる。早速倉庫の扉に手をかけ横に引いてみる。

 しかし、

「あれ.....開かない?」

 もしかしたら立て付けが悪いのかもと思い、もう少し力を込めて引いてみるが全くビクともしない。

 なんだか、本当に嫌な予感がする。

「ねぇ、そこの窓から入れそうじゃない?」

 後ろで様子を眺めていたウィーネの方へと振り向くと、ウィーネは倉庫の扉の上にある天窓を指差している。見ると、窓が開いているのが見える。おそらく換気用の窓だと思うのだが、確かに入れないことはなさそうだ。

「いけるかな....」

 高さはちょうど2階から3階の間くらいの高さだ。身体強化術でギリギリ飛べるくらいの高さだ。

 おそらく。

 その大体の距離を目算していると、後ろでウィーネのため息が聞こえてきた。

「あんたねぇ....どんだけ脳筋か知らないけど、こんな高さ脚力だけで飛ぼうとするなんてバカじゃないの?」

「え、まぁ....確かに....」

 まぁ、確かに普通の人間だったらアホとしか思えない行動だけれども。まさか、自分が脳筋なんて言われる時代が来るとは....

「私を使えばいいでしょ」

「....え?」

 そう言ってウィーネが指差したのは、自分の腰に下げているパレットソードだ。そしてちょっと恥ずかしかったんだろうか、彼女の顔は若干赤い。

「....もしかして照れてます?」

「うっさいっ! さっさと使うか使わないか決めなさいっ!」

 指摘した途端いつもの調子に戻ったウィーネが噛み付いてくるが、まぁ使ってもいいというのなら是非もない。

 使わしてもらおう。

「行きますよ」

 パレットソードの柄に手をかけ一気にひねる。そして、鞘の精霊石が青く光り同時に剣を引き抜く、手の中にあった剣は槍に変化し再び手の中に収まる。

(使い方はわかるわね?)

「えぇ、大丈夫ですよ」

 地面に槍を突き刺す。壁の方を見ると刺した地面に流れた水脈から壁に流れている水脈が青く発光している。まずは準備完了。

 そして、

『アクア・ウィア』

 一気に槍から流れ出た魔力は、接続した水脈を一気に拡張させる。そして拡張された水脈は他に流れている水脈を取り込んで行き一本の大きな水脈へと成長した。

「よっ....と」

 目の前に現れた水の流れに足をかける。これはアエストゥスでやった時と同じ要領だ。地面にから壁へと足を進める、壁の方に足をかけるとそのまま足の裏が壁に張り付いたかのように、階段を昇るがごとくそのまま天窓へと一直線に駆け上がって行った。

「さてと....」

 能力を解除、その瞬間持っていた槍は剣へと戻り、腰に差してある鞘へと戻した。天窓の枠組みに腰をかけ、倉庫の中を見渡す。中は陽の光が当たらないためか、そこそこ暗い。そして、微かな人の気配を感じる。そして話し声、やっぱり青春の真っ最中なのか?

 そして、再びローブに魔力を流して、天窓から倉庫の中に入る。飛び越えるのは無理だが、降りるのは容易い。なるべく音を立てないように着地を行う、当然身体強化術を使ってだ。そして飛び降りて後ろの方を見ると、引き戸の扉にご丁寧に板がはまっており、開かないようになっていた。ここまでするとなるとただgとではないというのがわかる。

「それにしても、あんたのローブ。私の力を使うとまた変わった効果になるのね」

「そうなんですか?」

「うん」

 いつの間に後ろに立っていたウィーネがそう答えるが、となるとこのローブには青色の魔術が流れていたということか。となるとどんな能力が使えるのか、まぁ楽しみじゃないといえば嘘になる。

「こっちから聞こえてくるわね」

「そうですね」

 ウィーネの指差す方向、確かに話し声が聞こえてくる。どうやら複数人いるような感じだ、青春の告白にしては若干人数が多いような気がする。ふと周りを見てみると、学校の倉庫にしてはかなりのものが詰め込まれている。中には地球で見たことのあるような道具や、用途不明のものまで沢山置かれている。

 そして、若干埃っぽい倉庫の奥へと進むと、声は先程と違い拾いやすくなっていた。そして聞こえてきた内容なのだが、

 どうやら、青春話ではなさそうだ。

『平民のくせに、そんなものを持つなと言っている』

『煩いわねっ、私のパパからもらった大事なものよっ! 何度言ったらわかるのっ!?』

『魔法もろくに使えない奴が何を言う? そんなもの貴様には無意味だと言っているだろう?』

 倉庫の荷物の陰から覗き込み話し声が聞こえてくる方を見ると、数人の男子に囲まれたロザリーの姿があった。ロザリーの胸には固く朝見た教則本が握られていた。そして、周りの男子はそれをよこせと言わんばかりに威圧をかけている。

 そして、あのロザリーの近くにいる一人男子、口ぶりから見て地位の高いやつなのだろうか?

『そういえば聞いたぞ? 父上から。お前の親は革命だのとほざいて、あっけなく戦争で死んだそうじゃないか? ハッ、貴族に逆らうからそんなことになるんだ。平民は平民らしく、売れない宿屋で汚く働いているのがお似合いさ』

『....っ!』

 次の瞬間、ロザリーが男子に飛びかかり殴りかかろうとする。しかし、拳が届く寸前、周りの男子に抑えられ、地面へと組み伏せられてしまった。

「平民の分際で、貴族に殴りかかろうなんて何様だっ!」

 まずいな、子供相手にちょっとやり合いたくはなかったが。

 すでにそばに回り込み、組み伏せられたロザリーの顔面に男子の蹴りが入り込むその刹那、

 その足を当たる寸前で受け止め

「そいっ」

 そのまま足を上に持ち上げ転ばせた。

「な....っ!」

 思いっきり尻餅をついた貴族の男子によってたかて周りの男子が心配そうに寄ってくる。見れば、全員似たような服を着ている。となると、兄弟もしくは従者なのだろうか、何しろ初めて見たものだからよく分からない。

「な、何をしたロザリーっ!」

 男子が憤慨して、ガンを飛ばすがロザリーは今、突然現れた自分の姿にあっけにとられていた。そして、ロザリー以外、自分がローブを使っている時の姿は見えていないため、今あの男子はロザリーが何かしたようにしか思えなかっただろう。

「え、お客さ....むぐっ!」

「ごめん、ちょっと今は勘弁」

 『お客さん』と言いそうになった彼女の口をふさぐ。ここで自分の正体がバレたら一巻の終わりだ。彼女は勿論の事、自分も貴族の人間と関わったら何をされるかわかったもんじゃない。

 ロザリーを起こし、立たせた後地面に転がっていた彼女の本を拾い渡す。

 そして、ローブの魔力を解いた。

「何者だ貴様っ! 僕をフェルナード家の人間と知ってのことかっ!」

 今、ローブの魔力を解いた自分の姿は目の前にいる数人の男子にも見えている。それにしてもロザリーと大して年齢の変わらない奴らがよくやるものだと思った。

 さて、問題は彼女と自分の演技力だな。

「何者でもない。強いて言うなら、私は彼女の使い魔だ」

「つ、使い魔? なんだそれ」

 意気揚々に行ったつもりが早速つまずいた。なんだ、この世界には使い魔はいないのか。

 でも、ゴリ押しするしかないな。

 顔を見合わせてなんだか話ししているが、気にしないでおこう。

「使い魔も知らないとは、貴族が聞いてあきれる。ロザリ....いや、マスター。指示を」

「へ.....え?」

 頼む、ロザリー。うまく合わせてくれ....っ。

 今後のためにも、これは重要な芝居なんだ。頼む。

 必死な形相でロザリーの顔を見るが、その意思が伝わったんだろう、しばらく考えたような表情をした後、こちらに向けて微笑み先ほどとは違い、自信あふれる表情へと変化した。

「ちょっと、遅くない来るの? 私大変だったのよっ」

「すまないな、いろいろ立て込んでいたんだ。埋め合わせはしよう、マスター。それで、こいつらをどうする?」

 若干声色を変えて、ローブのフードは深くかぶったままだ。おそらく正体がバレるようなことはない。はずだ。

 そして、彼女の返答を待つ。

 正直、自分が世話になっている宿の娘にこんな仕打ちをした輩をタダで返すつもりはない。

 ちょっと痛い目を見てもらおう。

 そして、背後に立っている彼女が開始の言葉を言った。

「今ここで、あなたの力を見せてちょうだいっ!」

 やっぱりそうこないとな。

「了解した。マスター」
しおりを挟む

処理中です...