異世界探求者の色探し

西木 草成

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第3章 緑の色

第139話 何処かの誰かの色

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 とは言っても子供相手だ。本気になるつもりは毛頭ない、ちょっと痛い目を見てもらうくらいだ。

「主様に盾を突くだなんていい度胸だな」

 先ほど偉そうなことを吐いていた男子を囲み守るように、周りの男子がこちらにジリジリと近づいてくる。それにどこから持ち出したかわからないが、腰にはレイピアのようなものを下げており、それを引き抜いている。だいたい4人くらいか。完全に殺しに来てる。

「どうした? 貴様もさっさと腰の物を引き抜いたらどうだ?」

 従者の一人が腰につけているパレットソードを指差している。

「だそうだマスター、どうする? 私はどっちでも構わないが」

 後ろに立つロザリーを見る。レイピアを引き抜いた男子たちを見て怯えた表情をしていたが、再びキリッとした表情になり逆に男子を睨みつけるような顔になった。

「ダメよ。抜いちゃだめ、怪我は最小限に抑えなさい」

「了解だ、マスター。ということだ、私は抜かない」

 返答を聞いた男子たちの顔が怒りで赤く染まる。確かに、この返答はいわば挑発だ、それでもって、ロザリーが剣を抜いて戦えなどという子ではなくてよかった。剣なんて引き抜いたらさすがに自分も大人気ない。

 そして、その言葉を聞き一人の男子がこちらに飛び込んできた。

「舐めやがってっ!」

 レイピアのような武器は基本的に切りつける類の武器ではない。主に使用する技は突きだ。ならば、剣撃は読みやすい。

 右手に持った男子のレイピアの先端が自分の左肩に迫る。

 そして当たる寸前、左肩を逸らしレイピアを躱す。完全に伸びきった男子の右腕を掴み取るにはあまりにも簡単すぎた。

 左手首をつかんだ自分の左手、そして引き寄せた男子の体の鳩尾に右手を添える。そして、男子の体に手を添えた右手をそのまま上に持ち上げるように力を込める。

「な....っ!」

「えい」

 簡単に持ち上がった男子の体をそのまま背負い投げで地面へと叩きつける。

 叩きつけられた男子はぐったりして動かなくなった。気絶をしているだけだろう。体重が軽いからこういった攻撃は有効的だ。

「さて、次は誰だ?」

 最初に飛び込んだ男子が今は自分の立っているそばでぐったりと動かなくなっている。これで大分戦意は削がれただろう、これで話しやすくはなったか?

 しかし、一人だけ戦意損失どころかむしろ憤慨して当たり散らしている奴がいる。まぁ、予想通りと言われれば予想通りだが。

「何をやってるんだっ! 使い魔だなんだか知らないが、フェルナード家の従者として恥ずかしくないのかっ!」

 そう、さっきからうるさい貴族のボンボンだ。

 その言葉を聞きなんのやる気だかわからないがレイピアを持つ手に力がこもっているのがわかる。

「全員でかかれっ! フェルナード家に盾を突いたことを後悔させろっ!」

「「「はいっ!」」」

 意気揚々に返事をする従者たちだが、どうやら話し合いに応じる気も引く気もないらしい。しょうがないから少し付き合ってやるか。しばらくどういう行動をとるか眺めていると、自分を中心に従者3人が取り囲む。

「私を取り囲んで。君たちはいったい何がしたい?」

 自分を取り囲む従者は全員レイピアをこちらに向けて立っているが、結局のところ何をしたいのか、その意図が見えない。

 なぜ、ロザリーにそんなにも突っかかるのか、相応の理由があるのだろう。

「フェルナード家に盾を突いた貴様らを粛清するんだっ!」

「私のマスターがその本を持っていたことがフェルナード家を侮辱することなのか?」

「そうだ、前までノワイエの管理を任されていたフェルナード家は革命騒ぎで一気に没落したっ! その威光を示すために、我々は平民に舐められてはいけないんだっ!」

 従者の一人が話すが、なるほど。要は舐められたくないということなのだろう、だがそれが彼女の持つ本とどういった関係があるのかわからない。話を聞けばそれは父親からもらったものだと聞いていたが。

「だが、マスターが本を持つことの何が悪い? 私を呼び出せるほどの魔術師だ、マスターがそれを持つのには何の違和感も感じないが?」

「うるさいっ! その本は貴族である我が主人が持つべきものだっ、あのような平民が持つべきではないっ!」

 話し合いの余地なしか。

 彼らの言い分もわからなくはない。だが、正しいとは思えない。

 まず一人、飛び込んできたレイピアを躱し、とっさに右足を引っ掛け転ばす。間髪入れずに飛び込んできたもう一人はレイピアを持っていた手を掴み、腰に下げていたレイピアの鞘を使って背面を取り抑え込む。

 最後の一人、レイピアの扱いに慣れていなかったのだろう。まるで剣を扱うようにレイピアを高々にあげ振りおろそうとしているのを視界の端で確認する。

 振り下ろされる寸前、

 左手を使って、レイピアを持っていた手を払い、相手の腕の間に自分の右手を差し込み、そのまま相手の頭をつかんで地面へと突き倒す。

 とにかく一瞬だった。

 一人を除いて、気絶まではしてないとは思うが子供には酷な痛みだ。先ほど倒された3人はウンウン唸って地面に倒れている。

 さて、

「残るのは君だけだが、どうする?」

「ひ....っ」

 目の前で一瞬の間に従者が倒されたのだ。しかも武器を使ったのにもかかわらず、子供から見れば自分は大人にも見えるだろうが、武器を使えば勝てると思ったのだから、こんな結果になり怯えるのもわからなくはない。

 尻餅をつきながら、先ほどとはまるで違う表情でこっちを見上げている貴族のボンボンだ。

「へ、平民ごときが、私を見下ろすなっ!」

「知らないな。平民だが貴族だか知らんが、私には全員同じ人間にしか見えない」

 ローブを深くかぶり、声を低くしてボンボンを見下ろす。

 本番はここからだ。

「忠告をしよう、フェルナード。私のマスターには近寄るな。いいな」

「平民が、貴族に命令するなっ!」

 唾を飛ばし、体を起こしてすでにないはずのプライドを掲げるその姿勢に若干ではあるが哀れみというものを感じた。

 だが、今はそんなものを感じる時間ではない。

「もう一度言うぞフェルナード。彼女には近寄るな、お前さんがどのような誇りを掲げようが自由だ、だが他人を傷つけるような誇りは誇りなどではない。それは呪いというものだ」

「....っ」

 自分が説教をできる立場ではないのは知っている。

 自分が誰かに見せられるような誇らしい人生を送ったと言われれば、この世界に来てからは目も当てられないようなことばかりしてきた。

 だが、自分が恥ずかしい人間だということを知っている。

 自分が浅ましい人間だということを知っている。

 自分がどうしようもなく弱いことを知っている。

 自分が正しくないということを知っている。

 だからこそだ。知っているからこそ、彼に言えることがある。

「もう一度誇りという言葉を考えてみろフェルナード、答えを得たならばもう一度彼女の前に立ち、何をすべきかわかるはずだ」

 若干涙目になりながらも、彼はしっかりとこっちを見て話を聞いていた。そして、後ろの方では先程まで伸びていた従者が立ち上がり、それぞれレイピアを手に持ってこちらの様子を伺っていた。

 気配を感じ振り返るとまだやる気らしい。

 しょうがない、もう一度相手をしてやるか。

 そう思い構える。そして、今まさに飛びかかろうとした刹那、

「やめろっ!」

 倉庫全体を震わすような声が響いた。

 声の主は、フェルナードだった。

 肩を震わせ、涙眼になりながら。しっかりとこっちをまっすぐ見ていた。

 フェルナードの言葉に従者の動きが止まる。主人の命令とならば彼らにできることはないもないだろう。

「....ウィルを起こせ、いくぞ」

「ですが....っ」

「いいっ! 興が削がれた....今日は帰るぞ....」

 呆気にとられている従者に背中を向けてフェルナードはそのまま倉庫を去って行く。そしてそれを追いかけるようにして、二人が気絶した一人を運び、こちらを睨みつけながら去って行く。

 だが

「おいっ!」

 去ろうとするフェルナードに向けて声をかける。体を一瞬震わせ、細い目でこっちを見た。後ろに続いた従者も同じようにこっちを見ている。

「私はどこでも見ているぞ、今後このようなことがあったら、わかるよな?」

 睨みを利かせ威圧をかける。従者たちは一瞬たじろいだが、フェルナードはその目をそらすことなく、そして倉庫の出口の方へと去っていった。

 完全に気配が消える。

「はぁ.....」

 軽いため息をついて地面に膝をつく、案外疲れた。

 子供相手の手加減、慣れない説教と威圧。彼女の今後のためにと思い正体を偽っておいたが、おそらく今後彼女に関わることはないだろう。もしあるとすれば、それは彼の度量次第だ。

「お客さん....大丈夫?」

「あぁ....うん。なんか疲れちゃった。はは....」

 後ろの方でロザリーが心配そうな表情で近づいてくる。彼女もよく演技に付き合ってくれたと思う。とても10歳とは思えない順応さだ。

「どうしてここに?」

「うん、お母さんが心配しててね、頼まれたんだ。来てよかった....」

「どうしてここがわかったの?」

「あ....それは.....ちょっと.....」

 しまった、自分は不法侵入をしていることを忘れてた。

 答えに詰まり、黙ってしまう。だが、ロザリーはしばらくしてやっぱいいといった感じに微笑んでこっちに手を差し出した。

「助けてくれて、ありがとう」

「....いいえ、どういたしまして」

 ロザリーの手を取り立ち上がる。服の裾を払い、ふと隣ロザリーを見るとその目には涙がたまっていた。

「本当に....っ、ありがとう....っ」

「....怖かったよね」

「っ....」

 一言、

 その一言が引き金になったのか、ロザリーは自分のローブに顔を埋めて本当に10歳相応の子供のように泣いた。
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