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第3章 緑の色
第140話 有限安寧の色
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帰り道、誰にも自分の姿が見えていないということにロザリーは何も言わなかった。単純に気を使ったのか、それとも会えて気付かないふりをしていたのかはわからない。そして、学校を出る頃には陽が傾き人通りの少ない道に長い影が一つ伸びている。
「なるほどね。その本は本来ならあの学校で買わなきゃいけないものなんだ」
「うん、でも革命の騒ぎがあって貴族だけじゃなくて平民も学校に通うことができるようになったから、それにこれはお父さんが私に買ってくれた....大事な本だから」
「そうか....」
隣を歩くロザリーのペースに合わせながら思考を巡らす。なるほど、あのフェルナードが執拗に本に執着していた理由がようやくわかった。要は、貴族御用達の学校で貴族しか買うことのできない教材を平民であるロザリーが持っていたからしつこく迫っていたと。
聞けばくだらない話だが、時に子供は残酷だ。身勝手な行動で、他人が傷つくというのを全く考えない。それが他人の人生を大きく狂わすことだってあるのだ。それを考えると、案外そういった子供は多いような気がする。
体は大人になったとしてもだ。
「それにしてもお腹すいたなぁ....今日の晩御飯なんだろう?」
「う~ん、メニューはいつもお母さんが考えるからわからないなぁ」
そんな会話をしながら宿へと向かう道を歩く。
そう、こんな会話をしながら....
とても、懐かしかった。
「ねぇ、お客さんの右手に巻いてるその緑色の髪の毛って。エルフのだよね?」
「え、うん。まぁ、そうだけど」
突然振られた話題に動揺する。彼女が指を指しているのは、自分の右腕に巻きつかせているリーフェさんの形見の髪だ。そういえば結構長い間つけている気がする。いろんなものと戦って、いろんなところに行って、たくさん逃げて。
それでも、その髪はあの時と同じ、ずっと綺麗だった。
「それは....」
「君の持ってる本と同じだ、大切なものだよ。僕の」
右手に巻きつけた髪にそっと手を触れる。いつだって自分を見ていてくれた。こんな自分を見たら彼女はなんて言うのだろう。
たぶん、こんな無茶をするんじゃないって怒るんだろうな。
でも、最近はあなたがいなくても案外やっていけそうなんです。
「お客さん?」
「あっ、うん。ごめん」
考え事をしてボーッとしていたらしい。なんとなくだが、ロザリーは若干。彼女に似ているような気がする....いや、気のせいかな。
宿への道のりは結局、そのあとは何もしゃべらずに終点を迎えた。とにかく、今日は疲れた。ローブの魔力を解いて、透明ではなくなる。その時だ、
「あ....」
「ロザリー.....?」
宿の前の入り口、そこでそわそわしながら待っていたのはロザリーの母親だった。そして、ロザリーの姿を見るなり駆け寄って、その小さな体を抱きしめる。
「あぁ.....っ、よかった....っ」
「お母さん....ごめんなさい....」
しばらく抱き合う二人を見ながら、自分にも母親がいたらこんな風に心配されていたのかなだなんて思ってしまう。自分は母親を知らない、子供の頃は羨ましいとは思わなかったが、こういう光景を見るとやはり母親というのはいいと思った。
なんというか、暖かい。
「カケルさん....本当にありがとうございました」
ロザリーの手を取り、こちらに向けて母親は頭を下げた。思わず自分も頭を下げてしまったが、なんというか人助けをして純粋に感謝されたのは久しぶりのような気がした。偽名ではあるが、こうなるとこっちが逆に申し訳なく感じるのは日本人の性なのか?
「今日はご馳走を用意したので、こんなお礼しかできませんが楽しみにしていてください」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
なぜロザリーがこんなにも遅く帰ることになったのか、母親は最後まで理由は聞かなかった。いや、むしろわかっているからこそ聞かなかったのか。母親を知らない自分にはわからなかった。
宿に入ってゆく彼女たちの後ろ姿を見守りながら、今日の夕食はなんだろうと彼女たちの後を追う。その時だ。
おもむろにロザリーがこっちの方を向き、近寄ってきた。
「お客さん」
「ん、何?」
ロザリーの人差し指は、自分の後ろへと向けられる。
そして、
「その青い髪の女の人。お客さんの知り合い?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「精霊の眼ね。それ」
「精霊の眼?」
部屋でウィーネが備え付けの椅子の上に座りながらそんなことを言うが『精霊の眼』だなんて初めて聞く単語だ。
「そう、精霊を見ることのできる特別な眼を持っている人のことよ。私も久しぶりに見たわ、何百年ぶりかしら?」
「それをロザリーが持っているということなんですか?」
「えぇ」
『精霊の眼』説明を聞けば、単純に精霊を見ることのできるという眼のことらしい。本来精霊は、契約を交わした人間にしか視ることはできないし、声も聞くことはできない。しかし、稀に契約を交わさないでも精霊の姿を視ることができる人間がいるのだそうだ。
そしてそれらを『精霊の眼』と呼ぶらしい。
「精霊術師には必須なスキルね。見えなきゃ契約も交わせないし」
「精霊の眼って、どういう人が持つんですか?」
「そうね....大体は魔力が濃い人。もしくはあんたや、そこで寝ているレギナちゃんみたいに無色の人ね。そういう人が精霊の眼を持っていたりするわ」
「なるほど....」
となると、ロザリーは無色の魔力を持っていたからウィーネの姿を見ることができたわけか。初めて見られた時は正直、かなり動揺したが。しかし彼女には聖れだと伝わらなかったし、妙な勘違いをしているとは思うがうまくごまかせた方だと思う。うん、そういうことにしよう。
「だからあのローブの透明化もあの子の前では無意味だったわけね。でも、そういうあんただって精霊の眼を持っているのよ?」
「え、俺が?」
「そうよ。だって、持ってなきゃその剣を使ってどうやって私と契約できると思っていたの?」
ウィーネが椅子の上で長い足を組み、ベットに置いてあるパレットソードを指差すが、
そういえば。
ウィーネに言われて改めて気づいたが、自分は契約を交わす前からウィーネの姿を視ることができた。もし視ることができなかったら自分はウィーネと契約を交わすことができなかっただろう。
だが、疑問だ。
なんで、異世界人である自分にそんな精霊の眼だなんてものがあるのか。
「まぁ、大方あんたがその剣を使って、精霊と大きなパイプラインができたから自然と視えるようになったのかもね。それにただ視えるってだけで特に害はないんだからいいじゃない」
「まぁ....確かに」
確かに、視えるだけでは害にはならないだろう。だが、本当に害はないのかと聞かれれば嘘になる。精霊は自分が一番よくわかっているが、かなり危険だ。自分はサリーの呪いを受けてなんども死にかけた。もし同じ目にロザリーが合うと考えたら、身の毛がよだつ。
そう思ったその時、ドアの扉がノックされる。
「ウィーネさん」
「わかった」
ドアの方に向かう、そして自分の横で解けるようにして消えてゆくウィーネを確認する。こうなるとロザリーでも認識できなくなるらしい。
ドアを開けると、そこにはロザリーが登校用の格好から給仕服に着替えてドアの前に立っていた。
「晩御飯の準備ができましたので、どうぞ下の階へ」
「ありがとう」
「彼女さんも起こしてあげてね」
「....ありがとう....」
一言余計である。
扉を閉め、下のラウンジに向かう準備をする。服装を整え、すでにこの宿に戻ってきた時にはベットで横になっていたレギナを起こす。そういえば、彼女はこの宿に来てからぐっすりとよく眠っているような気がする。普段なら眠りが浅いのだが。
「レギナさん、晩御飯の時間ですよ。今日はご馳走ですって」
「.....ん.....晩御飯.....もうこんにゃ時間か....」
眠そうな目をこすりながらレギナが起き上がるが、この人。今噛んだよな?
「えっと....大丈夫ですか?」
「あ、あぁ....なんか妙に眠くてな....疲れてるのか....おっと」
レギナがベットから起き上がる、だがその足はふらつきおぼつかない。寝起きということもあるかもしれないが、こんなにも憔悴仕切っている彼女を見るのは初めてだった。
思わず倒れかかった彼女を抱きかかえるが、その体は若干熱っぽい。
息も荒く、確か自分はこんな症状を知っている
風邪だ、これ。
「レギナさん、ちょっと頭を失礼」
「やめろ....恥ずかしい....」
「いいから」
レギナが抵抗するが、その動きも普段とは違い弱々しいものだ。左手でレギナを支え、右手でレギナの前髪を掻き上げ自分の額とくっつけるが、明らかに自分よりも熱い。
完全に風邪だ。
そう思ったその時。
最悪のタイミングで扉が開かれた。
「お客さん大丈夫.....で....す....」
「あ....」
現在状況。
俺とレギナはおでことおでこをくっつけている状態。
10歳耳年増少女がこの状況を見て思うことはたった一つだろう。
「キャーッ、キスっ! キスなのねっ!」
「....これは完全に僕が悪いな」
「あ、お客さん。私はいないものだと思ってっ! 早くっ! ブチューっとっ!」
「やりませんっ!」
その日の晩餐はミネストローネのようなものと、ちょっと良さげのステーキに山のように盛られた新鮮なサラダだった。
その晩餐に彼女の姿はない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「スープ飲めますか?」
「すまん....食欲がない....」
部屋で、レギナをベットで寝かせ、彼女の口元に今日出たミネストローネのようなスープを彼女の口に運ぶが彼女はそれを拒否する。病人だから仕方がないと言われれば仕方がないのだが、食べなくては良くなるものも良くならない。
「すまないな....ショウ....」
「大丈夫ですよ、今はゆっくり寝ててください」
「はぁ....風邪を引くだなんて子供の時以来だ....」
「レギナさんも風邪引くんですね、意外でしたよ」
そう思いながら棚の上に置かれた洗面器の水に布を浸し、それをきつく絞った後、火照っている彼女の額にそっと置く。
そういえば、彼女が毒でやられた時も、命がけで薬草探しに行ったっけ。今となっては懐かしい思い出だ。
「すいません。ウィーネさんの力でも病気はなんともならないそうで。ケガとかだったらどうにもできるんですが....」
「....自分の体調管理の甘さが出ただけだ。気にやむことはない」
ウィーネの力を使って治すことができるのは命に関わるような怪我だけだ。病気や寿命はどうしようもできない。この世界で病気になると、薬草などを使って地道に治療を行うというのが主流になる。
幸いにも、ロザリーがこの宿に常備してある薬を持ってきてくれた。お金はいいと言われ感謝してもし足りないくらいだ。
「とりあえずは薬を飲みますか、起き上がれますか?」
「....いやだ」
ん、なんだって?
「え?」
「....薬は....いい....」
「でも飲まないと治りませんよ?」
「....苦いのは嫌いだ....」
おいおいマジかい。
レギナは布団を深くかぶり口元を隠して断固拒否をしている。その姿は完璧薬を飲むのをいやでゴネている子供の姿そのものだ。
布団のそばに置かれた薬は丸く固められた丸薬のような形状をしているが、ちょっと匂いが独特できつい。いくら体にいいとはいえ、あんまり飲みたいものではないだろう。
「はぁ....でしたらレギナさん。もう僕はご飯作りませんよ?」
「....自分で作れる....」
「風邪をひいたレギナさんに特製の料理を用意しようと思ったのに。残念だなぁ....」
「....別に.....」
「柔らかくて、トロトロで。弱った体にスーッと溶け込んでゆくような、本当に風邪をひいたら、いや。引いてなくても口にしたいくらいのものなんですがね....まぁ、薬を飲まないような人には作ってあげませんよ」
「.....わかった....飲めばいいんだろう、飲めば」
ゆっくりと、辛そうに起き上がったレギナが横に置かれたコップと丸薬をブン取り、口に一気に放り込んで飲み込んだ。
「うっ....」
「ほらほら、ゆっくり飲まないからですよ」
一気に飲み込んだのが災いになり、むせるレギナの背中をさする。背中から伝わってくる熱がその症状の辛さを物語っている。
そしてしばらくして落ち着いたレギナは再び床に入った。
「もう大丈夫ですか?」
「あぁ....ありがとう」
「じゃあ、僕はこれで....」
病人のいる部屋にいるわけにはいかない。今回はこういう事態のため、もう一つ客室をとって自分はそっちに移動することにした。ちょっと痛い出費だが、仕方があるまい。
「ゆっくり寝てくださいね。また明日」
「あぁ....」
「お休みなさい」
「おやすみ」
とにかく、明日の朝も彼女の体調が悪かったら滞在を伸ばすかと考えていた。病人を一人にするのもどうかと思ったが、彼女も大人だ。自分のことは自分でなんとかできるだろう。
だが、そう思っていた自分はバカだったかもしれない。
扉を閉める音が、廊下に響いた。
「なるほどね。その本は本来ならあの学校で買わなきゃいけないものなんだ」
「うん、でも革命の騒ぎがあって貴族だけじゃなくて平民も学校に通うことができるようになったから、それにこれはお父さんが私に買ってくれた....大事な本だから」
「そうか....」
隣を歩くロザリーのペースに合わせながら思考を巡らす。なるほど、あのフェルナードが執拗に本に執着していた理由がようやくわかった。要は、貴族御用達の学校で貴族しか買うことのできない教材を平民であるロザリーが持っていたからしつこく迫っていたと。
聞けばくだらない話だが、時に子供は残酷だ。身勝手な行動で、他人が傷つくというのを全く考えない。それが他人の人生を大きく狂わすことだってあるのだ。それを考えると、案外そういった子供は多いような気がする。
体は大人になったとしてもだ。
「それにしてもお腹すいたなぁ....今日の晩御飯なんだろう?」
「う~ん、メニューはいつもお母さんが考えるからわからないなぁ」
そんな会話をしながら宿へと向かう道を歩く。
そう、こんな会話をしながら....
とても、懐かしかった。
「ねぇ、お客さんの右手に巻いてるその緑色の髪の毛って。エルフのだよね?」
「え、うん。まぁ、そうだけど」
突然振られた話題に動揺する。彼女が指を指しているのは、自分の右腕に巻きつかせているリーフェさんの形見の髪だ。そういえば結構長い間つけている気がする。いろんなものと戦って、いろんなところに行って、たくさん逃げて。
それでも、その髪はあの時と同じ、ずっと綺麗だった。
「それは....」
「君の持ってる本と同じだ、大切なものだよ。僕の」
右手に巻きつけた髪にそっと手を触れる。いつだって自分を見ていてくれた。こんな自分を見たら彼女はなんて言うのだろう。
たぶん、こんな無茶をするんじゃないって怒るんだろうな。
でも、最近はあなたがいなくても案外やっていけそうなんです。
「お客さん?」
「あっ、うん。ごめん」
考え事をしてボーッとしていたらしい。なんとなくだが、ロザリーは若干。彼女に似ているような気がする....いや、気のせいかな。
宿への道のりは結局、そのあとは何もしゃべらずに終点を迎えた。とにかく、今日は疲れた。ローブの魔力を解いて、透明ではなくなる。その時だ、
「あ....」
「ロザリー.....?」
宿の前の入り口、そこでそわそわしながら待っていたのはロザリーの母親だった。そして、ロザリーの姿を見るなり駆け寄って、その小さな体を抱きしめる。
「あぁ.....っ、よかった....っ」
「お母さん....ごめんなさい....」
しばらく抱き合う二人を見ながら、自分にも母親がいたらこんな風に心配されていたのかなだなんて思ってしまう。自分は母親を知らない、子供の頃は羨ましいとは思わなかったが、こういう光景を見るとやはり母親というのはいいと思った。
なんというか、暖かい。
「カケルさん....本当にありがとうございました」
ロザリーの手を取り、こちらに向けて母親は頭を下げた。思わず自分も頭を下げてしまったが、なんというか人助けをして純粋に感謝されたのは久しぶりのような気がした。偽名ではあるが、こうなるとこっちが逆に申し訳なく感じるのは日本人の性なのか?
「今日はご馳走を用意したので、こんなお礼しかできませんが楽しみにしていてください」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
なぜロザリーがこんなにも遅く帰ることになったのか、母親は最後まで理由は聞かなかった。いや、むしろわかっているからこそ聞かなかったのか。母親を知らない自分にはわからなかった。
宿に入ってゆく彼女たちの後ろ姿を見守りながら、今日の夕食はなんだろうと彼女たちの後を追う。その時だ。
おもむろにロザリーがこっちの方を向き、近寄ってきた。
「お客さん」
「ん、何?」
ロザリーの人差し指は、自分の後ろへと向けられる。
そして、
「その青い髪の女の人。お客さんの知り合い?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「精霊の眼ね。それ」
「精霊の眼?」
部屋でウィーネが備え付けの椅子の上に座りながらそんなことを言うが『精霊の眼』だなんて初めて聞く単語だ。
「そう、精霊を見ることのできる特別な眼を持っている人のことよ。私も久しぶりに見たわ、何百年ぶりかしら?」
「それをロザリーが持っているということなんですか?」
「えぇ」
『精霊の眼』説明を聞けば、単純に精霊を見ることのできるという眼のことらしい。本来精霊は、契約を交わした人間にしか視ることはできないし、声も聞くことはできない。しかし、稀に契約を交わさないでも精霊の姿を視ることができる人間がいるのだそうだ。
そしてそれらを『精霊の眼』と呼ぶらしい。
「精霊術師には必須なスキルね。見えなきゃ契約も交わせないし」
「精霊の眼って、どういう人が持つんですか?」
「そうね....大体は魔力が濃い人。もしくはあんたや、そこで寝ているレギナちゃんみたいに無色の人ね。そういう人が精霊の眼を持っていたりするわ」
「なるほど....」
となると、ロザリーは無色の魔力を持っていたからウィーネの姿を見ることができたわけか。初めて見られた時は正直、かなり動揺したが。しかし彼女には聖れだと伝わらなかったし、妙な勘違いをしているとは思うがうまくごまかせた方だと思う。うん、そういうことにしよう。
「だからあのローブの透明化もあの子の前では無意味だったわけね。でも、そういうあんただって精霊の眼を持っているのよ?」
「え、俺が?」
「そうよ。だって、持ってなきゃその剣を使ってどうやって私と契約できると思っていたの?」
ウィーネが椅子の上で長い足を組み、ベットに置いてあるパレットソードを指差すが、
そういえば。
ウィーネに言われて改めて気づいたが、自分は契約を交わす前からウィーネの姿を視ることができた。もし視ることができなかったら自分はウィーネと契約を交わすことができなかっただろう。
だが、疑問だ。
なんで、異世界人である自分にそんな精霊の眼だなんてものがあるのか。
「まぁ、大方あんたがその剣を使って、精霊と大きなパイプラインができたから自然と視えるようになったのかもね。それにただ視えるってだけで特に害はないんだからいいじゃない」
「まぁ....確かに」
確かに、視えるだけでは害にはならないだろう。だが、本当に害はないのかと聞かれれば嘘になる。精霊は自分が一番よくわかっているが、かなり危険だ。自分はサリーの呪いを受けてなんども死にかけた。もし同じ目にロザリーが合うと考えたら、身の毛がよだつ。
そう思ったその時、ドアの扉がノックされる。
「ウィーネさん」
「わかった」
ドアの方に向かう、そして自分の横で解けるようにして消えてゆくウィーネを確認する。こうなるとロザリーでも認識できなくなるらしい。
ドアを開けると、そこにはロザリーが登校用の格好から給仕服に着替えてドアの前に立っていた。
「晩御飯の準備ができましたので、どうぞ下の階へ」
「ありがとう」
「彼女さんも起こしてあげてね」
「....ありがとう....」
一言余計である。
扉を閉め、下のラウンジに向かう準備をする。服装を整え、すでにこの宿に戻ってきた時にはベットで横になっていたレギナを起こす。そういえば、彼女はこの宿に来てからぐっすりとよく眠っているような気がする。普段なら眠りが浅いのだが。
「レギナさん、晩御飯の時間ですよ。今日はご馳走ですって」
「.....ん.....晩御飯.....もうこんにゃ時間か....」
眠そうな目をこすりながらレギナが起き上がるが、この人。今噛んだよな?
「えっと....大丈夫ですか?」
「あ、あぁ....なんか妙に眠くてな....疲れてるのか....おっと」
レギナがベットから起き上がる、だがその足はふらつきおぼつかない。寝起きということもあるかもしれないが、こんなにも憔悴仕切っている彼女を見るのは初めてだった。
思わず倒れかかった彼女を抱きかかえるが、その体は若干熱っぽい。
息も荒く、確か自分はこんな症状を知っている
風邪だ、これ。
「レギナさん、ちょっと頭を失礼」
「やめろ....恥ずかしい....」
「いいから」
レギナが抵抗するが、その動きも普段とは違い弱々しいものだ。左手でレギナを支え、右手でレギナの前髪を掻き上げ自分の額とくっつけるが、明らかに自分よりも熱い。
完全に風邪だ。
そう思ったその時。
最悪のタイミングで扉が開かれた。
「お客さん大丈夫.....で....す....」
「あ....」
現在状況。
俺とレギナはおでことおでこをくっつけている状態。
10歳耳年増少女がこの状況を見て思うことはたった一つだろう。
「キャーッ、キスっ! キスなのねっ!」
「....これは完全に僕が悪いな」
「あ、お客さん。私はいないものだと思ってっ! 早くっ! ブチューっとっ!」
「やりませんっ!」
その日の晩餐はミネストローネのようなものと、ちょっと良さげのステーキに山のように盛られた新鮮なサラダだった。
その晩餐に彼女の姿はない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「スープ飲めますか?」
「すまん....食欲がない....」
部屋で、レギナをベットで寝かせ、彼女の口元に今日出たミネストローネのようなスープを彼女の口に運ぶが彼女はそれを拒否する。病人だから仕方がないと言われれば仕方がないのだが、食べなくては良くなるものも良くならない。
「すまないな....ショウ....」
「大丈夫ですよ、今はゆっくり寝ててください」
「はぁ....風邪を引くだなんて子供の時以来だ....」
「レギナさんも風邪引くんですね、意外でしたよ」
そう思いながら棚の上に置かれた洗面器の水に布を浸し、それをきつく絞った後、火照っている彼女の額にそっと置く。
そういえば、彼女が毒でやられた時も、命がけで薬草探しに行ったっけ。今となっては懐かしい思い出だ。
「すいません。ウィーネさんの力でも病気はなんともならないそうで。ケガとかだったらどうにもできるんですが....」
「....自分の体調管理の甘さが出ただけだ。気にやむことはない」
ウィーネの力を使って治すことができるのは命に関わるような怪我だけだ。病気や寿命はどうしようもできない。この世界で病気になると、薬草などを使って地道に治療を行うというのが主流になる。
幸いにも、ロザリーがこの宿に常備してある薬を持ってきてくれた。お金はいいと言われ感謝してもし足りないくらいだ。
「とりあえずは薬を飲みますか、起き上がれますか?」
「....いやだ」
ん、なんだって?
「え?」
「....薬は....いい....」
「でも飲まないと治りませんよ?」
「....苦いのは嫌いだ....」
おいおいマジかい。
レギナは布団を深くかぶり口元を隠して断固拒否をしている。その姿は完璧薬を飲むのをいやでゴネている子供の姿そのものだ。
布団のそばに置かれた薬は丸く固められた丸薬のような形状をしているが、ちょっと匂いが独特できつい。いくら体にいいとはいえ、あんまり飲みたいものではないだろう。
「はぁ....でしたらレギナさん。もう僕はご飯作りませんよ?」
「....自分で作れる....」
「風邪をひいたレギナさんに特製の料理を用意しようと思ったのに。残念だなぁ....」
「....別に.....」
「柔らかくて、トロトロで。弱った体にスーッと溶け込んでゆくような、本当に風邪をひいたら、いや。引いてなくても口にしたいくらいのものなんですがね....まぁ、薬を飲まないような人には作ってあげませんよ」
「.....わかった....飲めばいいんだろう、飲めば」
ゆっくりと、辛そうに起き上がったレギナが横に置かれたコップと丸薬をブン取り、口に一気に放り込んで飲み込んだ。
「うっ....」
「ほらほら、ゆっくり飲まないからですよ」
一気に飲み込んだのが災いになり、むせるレギナの背中をさする。背中から伝わってくる熱がその症状の辛さを物語っている。
そしてしばらくして落ち着いたレギナは再び床に入った。
「もう大丈夫ですか?」
「あぁ....ありがとう」
「じゃあ、僕はこれで....」
病人のいる部屋にいるわけにはいかない。今回はこういう事態のため、もう一つ客室をとって自分はそっちに移動することにした。ちょっと痛い出費だが、仕方があるまい。
「ゆっくり寝てくださいね。また明日」
「あぁ....」
「お休みなさい」
「おやすみ」
とにかく、明日の朝も彼女の体調が悪かったら滞在を伸ばすかと考えていた。病人を一人にするのもどうかと思ったが、彼女も大人だ。自分のことは自分でなんとかできるだろう。
だが、そう思っていた自分はバカだったかもしれない。
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